新型インフルエンザ対策のための法制に関する会長声明

内閣官房新型インフルエンザ等対策室は、本年1月、「新型インフルエンザ対策のための法制のたたき台」と題する資料(以下「たたき台」という。)を公表し、政府は今国会に「新型インフルエンザ対策特別措置法案(仮称)」(以下「新型インフルエンザ特措法」という。)の提出を予定している。



「たたき台」によれば、国は、発生した新型インフルエンザが国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあり、かつ、国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがあるときに「新型インフルエンザ緊急事態」を宣言できるとされ、その緊急事態における措置として、集会等の制限の要請や指示を始め、土地の収用、政策金融、国民の予防接種など、国民生活や企業活動に広範な影響を及ぼす措置を実施するとされ、罰則規定にも言及されている。



しかし、これらの人権制限については慎重な配慮と十分な国民的議論が必要であり、とりわけ、集会の制限については、集会が民主主義の基礎となる市民に身近な表現活動であり、それゆえに集会の自由が憲法21条によって保障されている重要な人権であることに鑑みれば、より一層の慎重さが要求される。



また、「新型インフルエンザ」の危険性の程度や流行の可能性については、科学的にも意見が分かれているところである。衛生状態や環境の異なる海外での事例を我が国にそのまま当てはめることもできない。さらに、「たたき台」では、「新型インフルエンザと同様の影響を持つ未知の新感染症にも適用する」とされているが、「同様の影響をもつ未知の新感染症」の範囲も不明確である。 新型インフルエンザ等について、科学的な根拠が十分でないまま、予防接種が強制されたり、集会の自由を始めとする各種人権が制限される懸念を払拭できない。



新型インフルエンザについては、現行の「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(1998年10月2日法律第114号)においてその対策が定められている。同法においては、「新型インフルエンザ等感染症」は「新たに人から人に伝染する能力を有することとなったウイルスを病原体とするインフルエンザであって、一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」と定義され(6条7項)、「国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれ」が要件とされているが、2009年に発生したA型H1N1亜型インフルエンザ(以下「09年インフルエンザ」という。)は、その危険性がなお不明な時点で「新型インフルエンザ等感染症」に該当するものとして同法が適用され、その後、09年インフルエンザの危険性が概ね季節性インフルエンザと同程度であることが判明した後も、適用が続けられた。政府が、09年インフルエンザについて、同法6条7項の「新型インフルエンザ等感染症」と認められなくなった旨を公表したのは、2011年3月31日である。



このような09年インフルエンザの経験に照らすと、新型インフルエンザ特措法についても、その拡大適用が懸念されるところであり、仮に新たな新型インフルエンザ対策が必要であるとしても、その適用の要件及び手続、制限される人権の範囲及び程度等について、具体的内容を定めた法案に基づく十分な検討が必要であるが、今なお、政府が示しているのは極めて抽象的な「たたき台」のみであり、具体的な検討は全くなされていない。にもかかわらず、政府が3月中の法案提出を予定しているのは、あまりにも性急に過ぎる。



当連合会は、新型インフルエンザ対策のための法制が、科学的な根拠が不十分なまま、各種人権に対する過剰な制約を伴うものとならないよう政府に求めるとともに、上記問題点を十分に検討することなく性急な立法を目指すことには反対する。
 

2012年(平成24年)3月2日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児