食品新規制値案とこれに対する放射線審議会の答申等についての会長声明

厚生労働省は昨年12月22日、食品中の放射性物質に係る基準値案を作成し、食品から許容することのできる放射性セシウムの線量を、現在の年間線量5ミリシーベルトから年間1ミリシーベルトに引き下げることを基本として、特別な配慮が必要と考えられる飲料水、乳幼児用食品及び牛乳についてはより厳しい基準を設定した。これは放射性物質に対する食品の安全と安心を確保するための措置として、一定評価し得るものであるが、次の点でまだ不十分である。



すなわち、本基準値案は、食品・飲用水による内部被ばくのみに1mSv/年を割り当てたもので、外部・内部被ばくを合わせて1mSv/年として基準値を算出したものではない。したがって、外部被ばく線量の高い地域の住民にとっては、十分に低いとはいえない数値となっている。また、「乳児用食品」・「牛乳」の基準値についても、「一般食品」の2分の1にすぎず、子どもの感受性の高さに鑑みると、十分に安全とはいえない値である。厚生労働省が実施した意見公募において、「もっと厳しくすべき」との意見が多数(約1700件中約1400件)寄せられているのも、多くの国民が当連合会と同様の懸念を抱いていることの表れである。



ところが、去る2月16日、放射線審議会は、上記基準値案について、「技術的基準として策定することは差し支えない」としつつ、食品のリスクは既に1mSv/年よりも十分小さくなっているとして、①事故の影響を受けた地域社会の適正な社会経済活動を維持し復興するため、食品基準値の策定及び運用に当たって、地元の生産者などのステークホルダー(利害関係者)の意見を最大限に考慮すべきである、②「乳児用食品」及び「牛乳」に対して50Bq/㎏という特別の基準値を設けなくても子どもへの配慮は十分になされている、との異例の意見を述べた。



しかしながら、このような意見の申述は、以下に述べるとおりその内容が不相当であるのみならず、「従業者及び一般国民の受ける放射線の線量をこれらの者に障害を及ぼすおそれのない線量以下とする」(「放射線障害防止の技術的基準に関する法律」第3条)ことを基本方針として技術的基準を策定するための諮問に答えるという放射線審議会の所掌事務の範囲を逸脱しているといわざるを得ない。



放射線による健康影響を防止するためには、食品・水道水による内部被ばくをできる限り少なくする必要があることはチェルノブイリ事故の経験からも明らかであり、そのための食品等の基準値は、できる限り安全を考慮する側に立ったものでなければならない。とりわけ、放射線に対する感受性が強い子どもたちについては、可能な限り厳しい値とすべきである。



また、食品基準値の策定は、専ら食品の安全性の確保という観点から定められるべきであって、「社会経済活動の維持・復興」というような要素を勘案してはならないことは、食品安全基本法、食品衛生法に照らし明らかである。逆に、被害地域の生産者は、深刻な被害に苦しみながらも、消費者の信頼を回復するため、日々真摯な努力を重ねているのであり、こうした審議会の姿勢は、あたかも社会経済活動の維持・復興と食品の安全が対立するかのような誤解を招き、食品の安全と安心を求める国民・消費者の不信を増大させるとともに、生産者の意思にも反するものとなろう。



放射線審議会については、前会長である中村尚司氏が、「厳しい基準は福島県の農業・漁業に甚大な影響を与える」などとして上記基準値案への反対意見の投稿要請とも受け取れる依頼を関係学会の会員らにメールで送付し、これに現会長である丹羽太貫氏とも連絡をとった旨記載されていたと報道されているが、このことが事実であるとすれば、審議会の答申に外部から不当な影響力が行使されたものといわざるを得ず、極めて遺憾である。



よって、当連合会は放射線審議会に対し、その答申に付された意見を速やかに撤回することを強く求めるものである。


2012年(平成24年)2月24日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児