大阪府における教育基本条例案に対する会長声明

大阪府では、2011年(平成23年)6月13日、「府立学校及び府内の市町村立学校の行事において行われる国歌の斉唱にあっては、教職員は起立により斉唱を行うものとする」との服務規律条項を含む「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」が府議会で成立し公布された(以下、「国歌斉唱条例」という。)。

 

次いで、教育基本条例案が府議会9月定例会に提出されたが、会期末である本年12月21日の本会議で閉会中継続審査とされた。同条例案では、教職員が同じ職務命令に3回違反した場合の標準的な分限処分は免職とするとされ、国歌斉唱条例とあいまって、国歌斉唱の際に不起立や不斉唱を繰り返す教職員を分限免職とする意図が明確にされている。また、同条例案は、教育への政治の関与の必要性を強調し、地方議会が教職員の懲戒・分限処分の基準を細かく定めて条例化するとともに、首長が教育の目標を設定し、その目標を実現する義務を果たさない教育委員は罷免事由に該当するとするなど、教育行政の組織的一体性の強化を通した首長主導のトップダウン教育を目指していることが明らかである。

 

当連合会は、君が代斉唱時の起立・斉唱を条例によって教職員に強制することにつき、2011年5月26日に会長声明を発して、思想・良心の自由等の基本的人権の保障に加え、教育の内容及び方法に対する公権力の介入は抑制的であるべきという憲法上の要請に違反するものとして、看過できないことを明らかにした。

 

また、本条例案は上記のとおり教育への政治の関与の必要性を強調し首長主導のトップダウン教育を目指しているところ、まず、首長が定める教育目標を法的効力のある規則としてその実現を教育委員会に課し、目標実現の責務を果たさない場合を教育委員の罷免事由としている点は、ときの政治家による教育の政治利用による教育の不当な支配を禁じた教育基本法(16条1項)及び教育委員会の職務権限を首長から独立させ教育委員の身分を保障した地方教育行政の組織及び運営に関する法律(7条、23条、24条)に抵触する。また、地方議会が教職員の懲戒・分限処分の基準を細かく定めて条例化する点は、教職員人事への政治介入に道を開くことになる。すなわち、教職員の懲戒免職はもちろん、その他の懲戒処分の決定に際しては、職務命令の内容・必要性、違反行為の程度、代替措置の有無などが考慮されて、教育委員会が裁量権を行使するのであり、地方議会が条例によって一律の処分基準を設けることは、教育委員会の人事権・裁量権(同法23条3号)を剥奪又は制限するものである。

 

したがって、首長が教育目標を設定できるとし、地方議会が教職員人事を条例化する本条例案は、教育基本法及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律の上記の各条項に違反し、条例制定権を「法律の範囲内」とした憲法94条に反するものであって、戦前の教育行政において政府の意向のままに教育が歪められたという歴史の反省の下に創設された教育委員会制度を形骸化させて教育の政治的中立性を害するものである(なお、渡辺喜美衆議院議員の質問主意書に対する本年12月16日付け内閣総理大臣の答弁書においても、地方公共団体の長には教育目標を定める権限がない旨の答弁がなされている。)。

 

なお、本条例案を子どもの立場から見れば、首長の交代に伴って教育目標が変更され得ることを意味するのであり、子どもの個性や成長・発達段階に対応した教育の継続性が阻害され、子どもの学習権を充足することが困難になる危険がある。加えて、必ず教師全体の5%に割り振られるD評価を2年以上続けて受けると免職もあり得るとする人事評価制度の導入は、教師間の競争を強いて、いわゆる学級崩壊など教師間の協働なしには解決困難な課題への取組意欲を削ぐなど、子どもの立場に立った教育をできなくするおそれがある。これは、教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じてその個性に応じて行わなければならないという教育の本質的要請(1976年5月21日旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決)に反し、子どもの学習権を侵害することにもなりかねない。

 

以上により、当連合会は、大阪府議会に対し、教育基本条例案が可決されることのないように求める。

 

2011年(平成23年)12月27日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児