東京電力福島第一原子力発電所事故における避難区域再編に対する会長声明

本年12月18日、政府は、事故収束の工程表のステップ2達成で「住民の生命、身体が緊急かつ重大な危険性にさらされるおそれはなくなった」として、東京電力福島第一原子力発電所事故に伴い設定した警戒区域と計画的避難区域について、早ければ来年4月1日にも見直し、被ばく放射線量に応じて新たに三つの区域に再編する方針案を地元自治体に示した。

 

もとより警戒区域の設定は、原子炉がいまだ安定していない時点においては、放射線量の多寡にかかわらず一定の地域に安全上の大きなリスクが懸念されることが理由とされていたのであるから、緊急かつ重大な危険性の低下に伴い区域の再編をすることにはそれなりの合理性があるといえる。しかし、現在の原子炉の冷却システムは通常の原発運転時とは比較にならないほど脆弱なシステムに依存しているのであり、仮に政府が発表しているとおり冷温停止状態にあるとしても、何らかの原因によって冷却不能状態が再発すれば、ステップ2以前に逆戻りする可能性を常にはらんでいることを忘れてはならない。

 

今回の政府の方針案によると、新たな区域の区分について、現在の被ばく放射線量を基準に、年間20ミリシーベルト未満の「避難指示解除準備区域」、年間20ミリシーベルト以上50ミリシーベルト未満の「居住制限区域」、現時点で年間50ミリシーベルト以上であり5年以上にわたり年間20ミリシーベルトを下回らないとみられる「帰還困難区域」を設定するとされているが、特に、「避難指示解除準備区域」の基準となる放射線量を年間20ミリシーベルト未満としていることには重大な疑問がある。

 

すなわち、放射線業務従事者の放射線障害の防止のために定められた電離放射線障害防止規則においては、実効線量が3月当たり1.3ミリシーベルト(年間5.2ミリシーベルト)を超える区域を管理区域とし、必要のある者以外の立ち入りを禁止している(第3条第2項)。また、放射線業務従事者の受ける実効線量は5年間につき100ミリシーベルトを超えず、かつ、1年間で50ミリシーベルトを超えないようにしなければならないとされているが(第4条第1項)、実際に、財団法人放射線影響協会の下に設置されている放射線従事者中央登録センターの調査によれば、2009年度の放射線業務従事者75、988人のうち、年間20ミリシーベルトを超える被ばくをした者はわずか7人にすぎず、極めて少数である。これまでに、原発労働者が労災認定されたケースは1976年以降10人が報告されているが、そのうち、6人が白血病であり、多発性骨髄腫と悪性リンパ腫がそれぞれ2人となっている(なお、がんについては因果関係がはっきりしないことから現在労災の対象とはされていない。)。認定されているケースでは、最も被ばく量が少ないもので5.2ミリシーベルト、最も多いもので129.8ミリシーベルトであり、大半は40から80ミリシーベルトである(いずれも年間ではなく累積の放射線量である。)。

 

このように、20ミリシーベルトの被ばくは決して安全なものとして社会的に容認できるものではなく、放射線業務従事者でさえこのような規制の下に置かれていることを考えれば、一般の住民にそれと同等又はそれ以上の被ばくの可能性を強いることは許されるものではない。

 

また、「避難指示解除準備区域」の解除について、来年4月にも警戒区域を解除し、春から年央にも段階的に住民の帰還を開始するとされているが、そもそもそれまでに除染が十分に進むかどうか現状においては全く不透明な状況である。除染については、例えば現時点における放射線量が等しい地域であっても、地形や土壌の性質、土地の利用形態、ホットスポットの存在などによってその難易は大きく異なるのであって、現時点における放射線量を基準に機械的な区分を行うことは、除染の実情と乖離する恐れがある。にもかかわらず、帰還スケジュールの達成が優先されると、十分な除染とインフラ整備の進まないままに帰還を促される地域が生じかねない。

 

これまで警戒区域及び避難準備区域、特定避難勧奨地点などの設定に当たっては、機械的な線引きによって隣接する地域や世帯の扱いが大きく隔てられ、地域社会や自治体が精神的に分断されることが繰り返されてきた。今回の区域再編についても、どの区域に設定されたかによって、損害賠償請求や政府による支援の内容、今後の生活設計など、様々な面において実質的な差異が生じることが予想されるところであるから、各区域の設定に当たっては、地域コミュニティの復興を念頭に、地域社会の実情や住民の意見につき十分な考慮がなされるべきである。

 

当連合会はこれまで、警戒区域及び計画的避難区域においては本来目標とされるべき追加被ばく線量が年間1ミリシーベルト未満となるまでに相当な長期間を要するのであるから、地域指定の解除には極めて慎重であるべきであり、少なくとも、追加被ばく線量が年間1ミリシーベルト未満となることが明らかとなるまでは地域指定を解除すべきではないとの意見を表明してきた(本年10月19日付け「放射性物質汚染対処特措法に基づく基本方針骨子案についての意見書」)。避難住民が帰還し地域コミュニティを復興するためには、子どもや妊婦であってもその地域で生活することができなければならない以上、当然のことである。

 

以上により、当連合会は、政府に対し、避難区域等の再編に当たっては慎重を期し、基準となる放射線量を見直すとともに、当連合会の上記意見書記載のとおり、年間1ミリシーベルト未満を達成するために、除染の難易と要する期間、さらに地域社会の実情をも考慮に入れた十分な調査と議論を積み重ねることを求める。

 

2011年(平成23年)12月26日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児