東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者及び居住者に対する損害賠償に関する指針についての会長声明

本年11月25日、第17回原子力損害賠償紛争審査会が開催され、政府による避難指示等がなされていない区域からの避難(以下「区域外避難(自主的避難)」という。)によって生じた損害の賠償範囲について、事務局から、「中間指針追補(自主的避難等に係る損害関係)のイメージ(案)」(以下「追補イメージ」という。)と題する資料が配付され、議論が行われた。



追補イメージにおいては、区域外避難にかかる賠償項目として、①自主的避難によって生じた生活費の増加費用、②自主的避難により生じた精神的苦痛、③避難及び帰宅に要した移動費用の3点が挙げられている。これらについて、子ども及び妊婦とその他の対象者に分けた上で、区域外避難者への賠償額を自主的避難等対象区域内の住居に滞在を続けた住民(以下「滞在者」という。)の精神的苦痛及び生活費の増加費用の合計額と基本的に同額にする方向が示された。その額について具体的な議論はなされなかったものの、これまでの議論の流れを見る限り、見舞金程度の低額に抑えられることが憂慮される。



追補イメージが、「住民が放射線被曝への相当程度の恐怖や不安を抱いたことには相当の理由があり、また、それに基づき自主的避難を行ったことについてもやむを得ない面がある」と正面から認めていることは評価できる。



他方、追補イメージは、区域外避難(自主的避難)に関する賠償項目について、「避難指示等の場合と同じ扱いとすることは、必ずしも公平かつ合理的ではない」とする一方、「自主的避難の有無によりできるだけ金額に差を設けないことが公平かつ合理的である」とする。しかし、公平かつ合理的な賠償とは、実際に生じた損害額(慰謝料や逸失利益を含む)の賠償である。損害の内容が異なる被害者間に同様の賠償を行うことは、公平でもなく合理的でもない。



区域外避難者には、交通費や通信費などの生活費の増加等の避難費用や営業損害・就労不能等による損害等が実際に発生しているのであるから、これらが賠償項目に含まれるのは当然である。実際に生じた損害を賠償した結果、区域外避難者が多額の賠償金を受けることになったとしても、公平性の問題が生じないことはいうまでもない。



また、滞在者についても、放射線被ばくの危険の中でその後の健康被害の不安を強いられているのであるから、低廉に扱われるべきではない。同じ地域に避難者がいた場合には、コミュニティの破壊による経済的・精神的損害をも受けている上、恒久的な健康管理の必要が高いともいえる滞在者の損害を低く抑えた上で、これと避難者の損害を一律に扱おうとすることは、二重の誤りを犯すものである。  



さらに、避難者の中には、避難のために退職・廃業を余儀なくされ収入の喪失に苦しんでいる方や、収入喪失への懸念から母子だけが避難し父との別居生活を強いられ、多大な経済的負担と家族の分断の苦しみを受けている方が多数存在する。



追補イメージの賠償方針は、これらの世帯に対し、実際の損害額からかけ離れた損害額のみを提示するものであり、被害の実態に対する公正な賠償とはいえない。



なお、追補イメージは、「自主的避難者と滞在者を区別し、個別に自主的避難の有無及び期間等を認定することは実際上極めて困難であ」るという。しかし、既に中間指針においても、緊急時避難準備区域からの避難者と滞在者を区別し、個別に避難の有無及び期間等を認定しているが、かかる賠償において実際上の困難が生じているとの事実は示されていない。



早期の救済が目的であれば、まず一律額の賠償を行った上で、同額を超える賠償を希望する者について個別に全損害の賠償を認めるという方法も可能であり、実際に生じた損害の賠償を否定することは、理論的にも不合理であり、不公正である。



審査会の議論においても、早期の支払いのために、滞在者と避難者の精神的苦痛及び生活費の増加費用の合計額を基本的に同額とするとしても、避難者について合理的な避難費用は別に請求できるとする方向が示されており、個別に生じた実際の損害が証明された場合にその賠償を否定するものではないことは明らかであるから、これを尊重し、中間指針追補で明確にすべきである。



以上に基づき、当連合会は、避難区域外の避難者及び滞在者に対しても、損害賠償の対象者については、現実に発生した損害全てが賠償されるべきことを指針に明記すべきであり、具体的には、避難区域外の避難者及び滞在者についての損害賠償に関する指針において、以下の点を明確にすることを求める。



(1) 損害賠償の対象者、損害項目及び損害額算定について、当連合会が本年11月24日付けで発表した「東京電力福島第一、第二原子力発電所事故における避難区域外の避難者及び居住者に対する損害賠償に関する指針についての意見書」に述べた点を考慮すること。



(2) 避難区域外の避難に係る損害項目は、原則として避難指示等に基づく避難に係る損害項目と同一であること。



(3) 指針が定める一律額を超える損害が発生している場合には、個別の損害項目について賠償が認められること。



(4) 損害賠償の対象者についても、対象とされた市町村以外であっても、福島第一原子力発電所からの距離、放射線量、避難者の属性等から、個別に、避難に合理性が認められる場合には賠償されること。



2011年(平成23年)12月2日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児