被災した大学生・大学進学希望者に対する緊急の就学支援を求める会長声明

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東日本大震災により親が職を失うなどしたため学費が払えなくなり、就学・進学を諦めざるを得ない大学生・大学進学希望者が少なからず存在する。報道によると、本年8月時点で、東日本大震災で被災し経済的な理由から就学が困難になった小中高校生らは約7万3千人に上る。本年5月に成立した平成23年度第1次補正予算には、「被災児童生徒就学支援等臨時特例交付金」として約113億円が計上され、文部科学省は震災直後に利用見込み者を6万8140人と算出していたが、8月時点で既に111億2300万円分の申請があり、小中学生の場合のみでも全国から約4万4千人分が申請され、就学援助費等も底を突きかけているとのことである。このように、授業料の負担がなくても、学用品購入費やクラブ活動費等を支払うことができず、就学援助等に頼らざるを得ない子どもたちが膨大に存在するという事実は、授業料の実質無償化等の施策が未だなされず、全ての学費が受益者の自己負担とされている大学については、状況は更に深刻であり、親の減収が子どもの就学断念に直結する状況にあることを端的に示している。当連合会貧困問題対策本部が岩手県において実施した被災地現地調査においても、職を失った被災者から、大学生の子どもの学費が払えず大学を辞めさせなければならないかと思うと辛いとの悲痛な声が聞かれた。大学進学や大学での勉学の継続を強く望みながらも、日々生きることに精一杯な状況下で、その望みすら声にできない若者たちが多く存在することは容易に想像できる。このような事態は、子どもたちの夢を奪うのみならず、子どもたちの将来の貧困を生み出すことにつながる。これを放置すれば、震災の爪あとが子どもの貧困という形で維持増幅され、震災からの復興どころか被害の長期化固定化をもたらすことにもなりかねない。



そもそも、子どもの教育機会が親の経済力により大きく左右される、我が国の現状自体が大きな問題である。



教育は、子どもの自己実現の基礎として不可欠であるとともに、自由で公正な活力ある社会を築く基盤となる取組である。また、子どもが将来の社会の担い手として成長し、貧困に陥ることを防ぐためにも、教育の果たす役割は極めて重要である。したがって、教育費を単純な受益者負担とせず、社会全体の問題であるとの認識に立った政策、予算措置が必要である。



しかし、我が国の実情は、ようやく実現した高校授業料無償化さえも見直しが検討されているなど、学費負担軽減への流れに逆行するものである。また、奨学金についても、公的奨学金は全て貸与制であり、しかも有利子奨学金枠のみの拡大や滞納者のブラックリスト化など、その本来の理念と乖離、逆行しており、限りなく営利事業たる「教育ローン」に近いものに変質しようとしている。



このように、被災地以外においても大きな問題であるが、特に、被災した大学生・大学進学希望者については、その問題が切迫している。来年度以降の学費支払のめどが立たなければ、大学在学生は中退せざるを得なくなり、大学進学希望者は受験自体を諦めざるを得ない。平成24年度以降の学費支払のめどが立つか否かは、大学生・大学進学希望者にとって将来を左右する重大な問題である。平成24年度大学入試センター試験の出願は既に受付を開始しており、これから各大学の入試出願期間が訪れる。大学進学希望者にとって、来年度以降の進路を決めるのはまさに今この時期であり、その決断には一刻の猶予も許されない。また、在学生も中退せざるを得ない場合、来年度以降の就職に向けた活動を開始する必要があり、やはり時間的余裕はない。したがって、これら被災した大学生・大学進学希望者に対しては、緊急かつ集中的な支援が必要不可欠である。



文部科学省は各国公私立大学長などに宛てて緊急・応急採用奨学金の周知や、授業料免除制度等の経済的支援制度の活用などの配慮を求めている。しかし、緊急・応急採用奨学金は全て貸与制であり、新たな借金を負うという負担を課すこととなる。また授業料免除制度等の経済的支援制度も各大学等独自の既存の制度であり、国公私立大学の財政基盤が脆弱となっている今日、その実効性には限界がある。



この点から、文部科学省は、震災で家計に困難を生じた大学生らへの経済的支援策として返還義務のない給付型奨学金の制度創設に向けた検討を始めているが、一刻も早くその実現がなされることが必要である。



そこで、当連合会は、政府に対し、被災した大学生・大学進学希望者の大学での就学機会を確保するため、①被災した大学生・大学進学希望者に対し各大学等が設置主体の区別なく同等に学費減免が実施できるよう、必要な予算措置を講じること、②被災した大学生・大学進学希望者を対象とした給付制奨学金制度を緊急に整備することを強く求めるものである。



2011年(平成23年)11月16日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児