特別事業計画による和解仲介案尊重義務に関する会長声明

本年11月4日、政府は、原子力損害賠償支援機構(以下「機構」という。)及び東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)が共同で申請した特別事業計画(以下「本計画」という。)を認定し、これが公表された。本計画は、原子力損害賠償の迅速かつ適切な実施を目的とする東京電力への政府資金援助の条件とされ、東京電力は、本計画に盛り込まれた諸事項を遵守し、確実に実施する義務を負っている。

 

本計画の中で東京電力は、これまでの賠償への対応に不適切な面があったことを認めた上で、「今後の対応改善~被害者の方々への『5つのお約束』~」と題し、「迅速な賠償のお支払い」、「きめ細やかな賠償のお支払い」、「和解仲介案の尊重」、「親切な書類手続き」、「誠実な御要望への対応」の5項目を掲げ、これを「確実に、誠実に実行に移す」ことを約束した。その中の一つとして「和解仲介案の尊重」が盛り込まれた。これは、原子力損害賠償紛争審査会(以下「審査会」という。)の下に本年8月29日に設置された「原子力損害賠償紛争解決センター」(以下「原紛センター」という。)における和解仲介手続において仲介委員が和解仲介案を提示した場合、東京電力はその和解仲介案を尊重する義務を負ったということにほかならない。

 

当連合会は、福島第一原子力発電所事故発生当初から、多数の被害者の公正かつ迅速な救済のために、原子力損害賠償に係る紛争解決に特化した独立の実効的な裁判外紛争解決機関を立法により設立すべきことを訴え、原紛センター設置後は、その運営に積極的に協力してきた。原紛センターについては、和解の仲介の機能しかないことから、紛争解決の実効性の点で限界があると指摘されてきたが、本計画において東京電力が和解仲介案について尊重義務を負うことが明らかにされたことは大きな前進である。これにより、原紛センターの和解仲介手続がより実効的なものとなり、より多くの案件が解決されることが期待される。

 

当連合会は、福島第一原子力発電所事故による多数の被害者の未曾有の深刻な被害に対して、適正かつ迅速な救済を確実に実現するため、この機会に改めて、東京電力、機構及び原紛センターに対して、以下のことを求める。

 

1 東京電力について

 

東京電力に対しては、本計画に謳っているとおり「被害者の方々の立場に立ち、紛争処理の迅速化に積極的に貢献する」見地から、原紛センターの和解案を尊重する義務を負ったことを深く自覚するとともに、原紛センターにおける和解仲介手続における迅速な解決(部分的な順次の支払を含む)に積極的に協力することを含め、上記「5つのお約束」を「確実に、誠実に」履行することを求める。この点、中間指針に明記されている損害であり、かつ、早急な救済の必要がある財物価値喪失損害について損害賠償しようとしない姿勢は、直ちに改めるべきである。また、審査会の定めた原子力損害賠償の中間指針にも明記され、また本計画にも改めて記載されたとおり、中間指針や審査会が今後策定する指針に当てはまらないものの今回の事故と相当因果関係のある原子力損害が存在することを踏まえ、被害者からの賠償請求に柔軟に応ずる姿勢を求める。さらに、東京電力自身が策定した賠償基準が審査会の定めた基準と一致するかのような誤った説明を被害者その他関係者にして、これ以上の混乱を起こさないよう求める。

 

なお、東京電力は「迅速な賠償のお支払い」を約束している以上、東京電力自身が策定した賠償基準においても支払うことに争いのない部分については、原紛センターの和解仲介案を待つまでもなく速やかに支払うよう求める。その際、東京電力所定の書式の使用に拘泥してはならないことはいうまでもない。

 

2 機構について

 

機構に対しては、賠償実施状況のモニタリング等を通じて、東京電力が原紛センターの和解仲介案尊重を始めとした上記「5つのお約束」が確実かつ誠実に履行されるよう、適切に監督し指導することを求める。また、機構が行う専門家チームによる巡回相談等の相談・情報提供及び助言業務については、東京電力作成の請求書類の作成にとどまらず、原紛センターや訴訟などの紛争解決手段についても正確に情報を提供するなど、適切に実施されることを求める。

 

3 原紛センターについて

 

原紛センターに対しては、被害者の居住する地域に近いところで口頭審理期日を開催するなど、できる限り被害者の生の声をその近くで聴くよう努めること、被害者の置かれた境遇やその意見を十分に汲み取り、中間指針や審査会が今後策定する指針に当てはまらないものの今回の事故と相当因果関係のある原子力損害が存在することを前提として、柔軟な和解仲介手続を実施すること、そして適正かつ迅速な解決を旨として設置されている裁判外紛争解決機関であることを踏まえ、被害の早期救済のために、一部和解の活用等手続上様々な工夫をすることを求める。

 

最後に、当連合会としても、適正かつ迅速な被害救済の実現のために、上記の機構及び原紛センター運営への協力に加えて、各弁護士会、弁護士会連合会、さらに会員の協力を得ながら、あらゆる側面で被害者に対する支援と協力を惜しまない所存である。



2011年(平成23年)11月9日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児