放射線審議会基本部会の住民の年間被ばく線量上限改定審議に関する会長声明

本年10月6日、文部科学省の放射線審議会基本部会(以下「審議会」という。)は、福島第一原子力発電所事故による汚染状況下での住民の年間被ばく線量上限を現行の年間1ミリシーベルトから年間1~20ミリシーベルトに緩和する方針で検討を開始した。

 

審議会は、国際放射線防護委員会(ICRP)Pub.111において「最適な防護方策とは、被ばくがもたらす害と関連する経済的、社会的要素とのバランスによるものであり」「被ばく自体に便益はないが、その状況において居住し続けることは、住民、社会双方とも便益を見出す。」とされている箇所を引用して、被ばく上限の改定の根拠としている。

 

しかし、正にICRP Pub.103が「被ばく自体に便益はない」と指摘しているように、放射能に汚染された地域に居住する住民は、様々な事情からその地域から離れるわけにいかないためにその地域にとどまっているのであり、居住継続による被ばくを甘受するとの意思を明らかにしているわけではない。

 

そもそも放射線が人体や環境に及ぼす影響は、科学的に十分解明されているとはいえないのであって、被ばく放射線量が相対的に低いからといって後の健康影響の危険がないことが科学的に証明されているわけではない。ICRPも、放射線被ばくによる確率的影響についてはこれ以下であれば安全であるとされるしきい値はないとするLNT仮説を前提にしている。予防原則の観点からも、被ばく線量は可能な限り低くすることが必要である。

 

そのような観点から、放射線同位元素等による放射線障害の防止に関する法律等では、公衆の被ばく上限を年間1ミリシーベルトと定めていた。

 

今般審議会が根拠としているICRP Publication 111も、「汚染地域内に居住する人々の防護の最適化のための参考レベルは、この被ばく状況区分に対処するためにPublication 103(ICRP、2007)で勧告された1~20mSvの範囲の下方部分から選定すべきである。過去の経験により、長期の事故後状況における最適化プロセスを制約するために用いられる代表的な値は1mSv/年であることが示されている。」としているのであって、住民の生命・健康保護の見地から、被ばく線量上限の安易な緩和は到底許されない。

 

したがって、当連合会は、審議会に対しては、今般の被ばく上限の改定をしないことを、文部科学省に対しては、放射線防止法等関連法令における年間1ミリシーベルトの被ばく上限を維持することをそれぞれ求めるものである。




2011年(平成23年)10月18日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児