東京電力株式会社が公表した損害賠償基準に関する会長声明

東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)は、福島第一原子力発電所事故の賠償について、本年8月30日、新たな基準を発表した。今回の基準は、3月11日の事故発生から8月31日までに発生した損害を対象としている。具体的な支払額は、政府等の指示で避難を余儀なくされた際に、交通費を負担した場合は、県内での移動は原則として1回につき1人5000円、宿泊費を負担した場合は原則実費で1人1泊当たり8000円を上限とし、実際に使った金額が基準を超える場合は、事情を確認した上で支払額を決めるとした。また、避難した人の精神的な損害には月額10万円などを支払うほか、避難によるけがや病気の医療費についても実費を支払うとしている。避難によって仕事ができなくなった人には、事故以前の収入と現在の収入の差額などを支払うとしている。


しかし、この基準には以下の問題点があることを指摘しなければならない。


第一に、損害項目・対象者から、中間指針で認められているもののいくつかが除かれていたり、制限されているという問題がある。


牛肉の放射性セシウム汚染への対応の問題は、原子力損害賠償紛争審査会の指針にも盛り込まれ、多くの畜産農家にとって死活問題となっている。多くの畜産農家から早期の対応を求める声が寄せられていることは当然であり、事業の継続のためには一刻も早い対応が望まれているにもかかわらず、このような重要問題を先送りした東京電力の対応は極めて遺憾である。



また、観光業についての補償について、東京電力の基準では、解約と予約控え等に伴う減収分を基準について補償するとされている。しかし、小売業や外食産業等、観光業には予約ではない顧客の占める割合が多い業態もあり、解約と予約控えだけでなく、過去数年の売上げと利益の実績に基づいて損害額を算定することがより公平である。8月30日に公表された「平成二十三年原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律施行令案」においても、主として観光客を対象とする小売業と外食産業等予約をしないのが通例と思われる観光業まで含めて、広くその「請求対象期間における事業の収益の減少」について仮払金を支払うとしていることからみても、東京電力の基準は適切ではない。



さらに、財産価値の減少分の補償の点については、「中間指針」においても賠償の対象とすることが明記されているが、避難が継続中で最終的に家屋や土地の財産的な価値がどの程度減るかが不明として、東京電力の基準では問題が先送りとされている。しかし、最終的な判断が不可能でも、暫定的な判断は可能であると考えられ、早期に賠償の方針を明確にすべきである。



第二に、中間指針で対象とはされていないものの、緊急に損害賠償の必要がある項目については、そもそも基準に掲載されていない。



避難対象とされた区域以外の地域からも、子どもや妊産婦の安全を考えて多くの者が自主的に避難をし、それが長期化している今日、その賠償が急ぎ必要となってきており、東京電力においても、指針が策定以前であるからという形式的な理由によって賠償の範囲外として交渉を拒否するような姿勢をとることは許されない。審査会でも賠償の必要性については意見が一致しているところであり、早急に賠償すべきである。



第三に、避難の際の交通費、宿泊費について、上限を設けたり、生活費の増加分を精神的損害に含め、それ以外の賠償を認めないという扱いをしているが適切ではない。本件の場合、極めて緊急かつ大規模の避難が発生し、家族・地域社会すらもばらばらとなったために、交通費、宿泊費、更には家族や近隣住民の間の交通費・通信費等の生活費の増加は著しく、支払った経費については、上限を定めずに、また、精神的損害に全て含ませず別途に賠償すべきである。



第四に、損害の証明のための必要書類について、被災者に領収書や各種証明書の提出を求めているが、被災地域内に会計記録を置いたまま避難しているケースや、事故後の混乱の下、何度も移動を余儀なくされた中で、これらの書面が保管されていないケースも多く、十分な補償が受けられるかどうかについて、不安の声が上がっている。行動経過から合理的に推定できる場合については、領収証の有無にかかわらず、賠償の対象とすべきである。



第五に、東京電力は、今後、3か月ごとに支払をするとしているが、被災者はいずれも、被害が続いている以上、毎月の支払に追われており、その生活苦は著しい状況となっている。したがって、今回の請求を基礎として、今回請求した者に対しては、毎月定額の支払をするか、3か月ごとに前払をするなどといった方策が確保されるべきである。



最後に、当連合会は、被災者の被害回復のために、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解仲介によって迅速かつ適正な解決がなされるよう、最大限協力するとともに、全弁護士会を挙げて、被災者に対する法律相談体制を拡充することに全力で取り組む所存である。




2011年(平成23年)9月2日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児