原子力損害賠償支援機構法案成立に際し賠償負担額に上限を設けるとの趣旨の附帯決議を行うことに反対する会長声明

本年7月26日、衆議院東日本大震災復興特別委員会において、原子力損害賠償支援機構法案(以下「法案」という。)が修正の上可決され、7月28日に、衆議院本会議において、同法案が可決され、参議院に送付された。報道によれば参議院においても、近々可決、成立の見込みとされている。


衆議院における法案可決に至る過程において、民主党、自民党及び公明党の修正協議により、国の責任を明確化する条項が設けられた(修正後の法案第2条)一方、法律の施行後できるだけ早期に原子力損害の賠償に関する法律(以下「原子力損害賠償法」という。)等の改正等の抜本的見直しをはじめとする必要な措置を講ずるとする条項(修正後の法案附則第6条第1項)が設けられ、さらに原子力損害賠償法第3条等の検討、見直しを1年以内を目途に行う旨の附帯決議が採択された。この附帯決議に先立つ報道によれば、原子力損害賠償法第3条第1項でいう原子力事業者の無限責任原則を変更し、賠償負担に上限を設ける法改正を1年以内に検討する方向で、民主党、自民党及び公明党が合意したとされ、この附帯決議もその趣旨を表現したものである可能性がある。


現在、参議院において法案の審議が行われているが、原子力事業者の無限責任原則を変更し、賠償負担に上限を設ける趣旨の附帯決議が付される可能性があり、これらの附帯決議に基づき、今後、賠償負担額に上限を設ける原子力損害賠償法の改正が行われかねない。しかし、そのような立法には以下に述べるように多大な疑問がある。


原子力損害賠償法は原子力発電に関わる当事者の中で原子力事業者だけに責任を集中させ、原子炉メーカーや取締役個人などは免責されている。しかし、実際に福島第一原子力発電所事故が起きて、市民にこれだけの損害を与える事態が現実のものとなった。現在1200億円とされている賠償措置額を引き上げるとしても、無限責任を限定することとすれば、電気事業者はその賠償措置額を賠償するための損害保険契約を締結することしか求められず、どのような重大事故が発生したとしても、それ以上の損害の補償を求められることはない。原子力発電以外に、安全なエネルギーの供給方法があるにもかかわらず、なぜ民間企業の事業にすぎない原子力発電にこのような優遇策を講ずる必要があるのか、合理的な説明は不可能である。ドイツでは過去、有限責任を定めていた原子力損害賠償制度が改正され、無限責任に転換されている。


もし、国が無限責任を負うとしても、原子力事業者の無限責任を否定することは、電気事業の市場の自由化が展望される中で、原発の事故リスクを国が肩替わりすることとなり、再生可能エネルギーや天然ガスなどの様々なエネルギー供給業者間の公正な競争条件を阻害することが明らかである。


また、国が無限責任を負わないとすれば、将来、原子力発電所事故が生じた場合にその被災者が本来得られるべき損害賠償額が、定められた賠償負担の上限額によっては、失った財産価値に全く見合わない賠償しか受けられなくなり、被害救済が十分に図られなくなるおそれがある。


いずれにしても、原子力事業者にとっては深刻な事故を起こしても倒産の危険はないこととなり、原子力災害に対する厳格なリスク評価がされないというモラルハザードをもたらし、ひいては原発事故防止のための対策がおろそかになる危険性すらある。


福島第一原子力発電所事故の発生によって、これまで国が唱えてきた原子力発電所の安全神話が崩れたことはいうまでもない。将来的に重大事故発生の危険性が否定できない以上、事故による莫大な補償コストを考慮に入れれば、原子力発電を継続する経済的な理由付けは根拠を喪失している。今回の事故を機に国の原子力政策に対する国民的不信感が高まり、内閣総理大臣も脱原発の方針を明言し、エネルギー政策の転換こそが最重要の政策的課題となっている。


当連合会は、6月17日付けで「福島第一原子力発電所事故による損害賠償の枠組みについての意見書」を公表し、同事故による損害賠償の枠組みについては、東京電力株式会社の現有資産による賠償がまずなされること及びそれで不足する部分については国が上限を定めず援助する法律上の義務があること等の原則を確立すべきことなどを提言した。上記意見書は、まずは重大な事故を引き起こした東京電力株式会社の責任を明確にし、可能な限り東京電力株式会社の現有資産から損害賠償の原資を捻出することで、国費、すなわち税金や電気料金の値上げによる国民負担をできる限り少なくすることを主眼とするとともに、同事故を引き起こした経営者等の責任を明確化し、事故の再発を防止するべきとしている。


今回の法案において、国の賠償責任を明文化したことについては、既に発生した被災者に対する救済という観点では一定の評価を与え得るものである。しかし、その後、原子力損害賠償法第3条第1項に定める原子力事業者の無限責任原則を変更し、賠償負担に上限を設ける法改正がなされることは原子力事業者に対する行き過ぎた優遇策であり、国のエネルギー政策を根本からゆがめるものであって、決して許されない。


したがって、当連合会は、今後、原子力損害賠償法の改正により原子力事業者の無限責任原則を変更し、賠償負担に上限を設けること及び参議院における法案の可決に際し、同様の趣旨を有すると解し得る附帯決議を行うことに断固反対するものである。


2011年(平成23年)7月29日

                  日本弁護士連合会

会長 宇都宮 健 児