「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」について慎重審議を求める会長声明

政府は、「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」を本年3月11日に閣議決定し、4月1日に国会に上程した。



同法案は、かつて、自民党・公明党政権下において、政府が提案していた「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」から、当連合会も強く反対していた共謀罪等の創設を含む組織犯罪処罰法の改正案を切り離し、主としてサイバー犯罪条約の国内法化を中心とする刑法、刑事訴訟法等の改正案である。



改正法案については、かつての法案に対して当連合会が問題点として指摘していた内容を踏まえて一部修正がなされている点は評価できるところであるが、以下のとおり、いくつかの問題点を残している。



不正指令電磁的記録作成等の罪の新設については、「正当な理由がないのに」との文言が付けられたことにより、正当な試験行為やアンチウイルスソフトの作成が処罰対象ではないことが従来よりも明確になった点は評価できる。しかし、行為の対象となる「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」との文言自体は、一般市民にとって、必ずしも理解の容易なものであるとはいえないことから、本罪による検挙が捜査機関によって恣意的になされるおそれが完全に払拭されたとはいえない。

 

記録命令付差押えや電磁的記録に係る記録媒体の差押えの執行方法については、コンピュータやサーバなど大量の情報を記録・保存している記録媒体には、差押えの目的とは無関係の情報も多く含まれているのが通常であり、憲法35条の一般令状の禁止という趣旨に照らして、他の記録媒体に複写等して差し押さえることができる場合には電磁的記録に係る記録媒体の差し押さえができないという補充性や、このような差押えを認める場合に元の電磁的記録と複写等された電磁的記録の同一性を担保することが必要である。

 

接続サーバ保管の自己作成データ等の差押え(リモート・アクセス)については、憲法35条1項が、捜索する場所と押収する物を特定し、令状に明示することを求めているところ、当連合会としては、リモート・アクセスによって接続されている別のコンピュータが設置されている場所を特定し明示しなくても、元のコンピュータに対する捜索差押許可状において特定・明示さえされていれば、別のコンピュータに対する差押えを可能にすることがその趣旨に反しないかどうかという点を指摘していたところである。今回の法案では「当該電子計算機で作成若しくは変更をした電磁的記録又は当該電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている電磁的記録を保管するために使用されていると認めるに足りる状況」という文言が追加され、リモート・アクセスで閲覧できる全ての電子的記録を差し押さえることができない点が明確にされた点は評価できるが、電気通信回線で会社の本社と支社のコンピュータが接続されている場合には、実際にアクセスしてみないとどの支社のコンピュータに差し押さえるべき電磁的記録があるかどうかが分からない以上、令状による記載はある程度包括的なものとならざるを得ず、捜索すべき場所や押収すべき物の特定としては不十分となるおそれがある。



次に、通信履歴の保全要請については、プロバイダ等に対して、差押え等をするため必要があるときに、業務上実際に記録している通信履歴(通信の送信元、送信先、通信日時など)を消去しないように任意で要請することを認めるものである。 法案提出時に保全の必要性を要件としたこと、保全期間の短縮及び保全要請を書面で行うこととした点は評価できる。しかし、そもそも、我が国においては、憲法が保障する通信の秘密の保障には通信履歴も含まれると伝統的に解されており、その取得は強制捜査として令状主義による裁判官の審査の下になされるべきものであって、通信の秘密の制約については、慎重に考える必要がある。しかるに、法案は、通信の秘密の制約となり得る保全要請を任意捜査としているために、実際の運用に当たり、捜査機関による濫用を抑制できないおそれがある。



さらに、この法案が成立すれば、我が国もサイバー犯罪条約を批准することになるが、その結果、通信傍受法の改正につながる可能性もある。

よって、この法案の審議に当たっては、国民の権利・利益を侵害することがないように、審議における質疑を通じて、この法案の規定内容をより明確にし、恣意的な運用がなされることがないように、慎重な審議がなされるよう求める。


2011年(平成23年)5月23日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児