国家公務員法違反事件無罪判決に関する会長談話

東京高等裁判所は、2010年3月29日、政党機関紙をマンションの郵便受けに配布したとして、国家公務員法違反の罪に問われていた社会保険事務所職員に対し、第一審の有罪判決を破棄し無罪とする判決を言い渡した。


本判決は、国家公務員の政治的活動に対する罰則規定自体の合憲性は認めつつも、職員の職務内容及び職務権限に裁量の余地がなかったことなどから、本件配布行為は、国民の法意識に照らせば、行政の中立的運営及びそれへの国民の信頼の確保という保護法益を侵害するものとは考えられないとして、罰則規定を適用することは憲法21条1項及び31条に違反するとした。


これまで、裁判所は、猿払事件に対する1974年の最高裁判所大法廷判決以降、公務員の職種・職務権限等を区別することなく広く刑罰をもって禁止することを正当化してきたが、その姿勢に対しては広く批判が加えられてきた。国際人権(自由権)規約委員会は、2008年10月、政府を批判するビラを郵便受けに配布したことによって公務員らが逮捕、起訴されたことに対して懸念を示し、日本政府に対し、表現の自由に対するあらゆる不合理な制限を撤廃すべきであると勧告した。当連合会も、2009年第52回人権擁護大会において、裁判所に対し、市民の表現の自由に対する規制が必要最小限であるかにつき厳格に審査することを求め、政府及び国会に対し、国家公務員法の改正を提言したところである。


本判決は、厳格審査の点について適切な判断を行ったのみならず、立法問題についても、わが国における国家公務員に対する政治的行為の禁止は、諸外国と比べ広範なものになっており、グローバル化が進む中で、世界標準という視点などからも再検討される時代が到来している旨、付言をしており、人権諸条約と国内法との整合性を問う人権保障システムの構築が日本でも現実の課題となっている現在、司法及び立法のあるべき方向を示したものと評価できる。


当連合会は、表現の自由が民主社会の死命を制する人権であることを十分踏まえ、政府に対し、国家公務員法の政治的活動に対する罰則規定をすみやかに改めることを求める。


2010年(平成22年)4月5日


日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児