被害者参加制度新設に関し慎重審議を求める会長談話

英語版へ


本日、被害者参加制度の新設を含む「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が閣議決定され、国会に上程された。被害者参加制度は、裁判員裁判対象事件や業務上過失致死傷等の事件について、裁判所に参加を申し出た被害者やその遺族(以下「犯罪被害者等」という。)に対し、公判への出席、情状に関する事項についての証人に対する尋問、自ら被告人に対して行う質問、証拠調べ終了後の弁論としての意見陳述(求刑を含む)を認める制度である。


これまで、犯罪被害者等が、経済的補償の面でも、また医療・精神的ケアの面でも、十分な支援を受けられずにいたことについて、われわれは真摯に反省し、当連合会は、犯罪被害者等補償法の制定及び公費による被害者の弁護士選任制度の導入が早急になされるよう強く要請するものである。


しかしながら、刑事裁判への被害者参加制度については、まだまだ十分な国民的議論がなされたとは言えない。また、刑事手続の現場を担う法曹三者の間でも、実質的議論は始まったばかりである。


本年3月7日、「被害者と司法を考える会」が法務省に対して制度の見直しを求める要望書を提出したことが報じられており、犯罪被害者等の中にも、被害者参加制度に賛成しない意見があることも明らかになっている。


このような状況下においては、この制度についてより広範な意見交換が必要であり、当連合会は国会においても十分に時間をかけた慎重な審議がなされるべきであると考える。


被害者参加制度には、以下に述べるような裁判現場での影響を考慮すべき様々な問題点がある。


まず、犯罪被害者等の生の声を被告人に伝えることの重要性は理解できるが、既に被害者等の意見陳述制度が導入されている。さらに被告人に対し、直接法廷で犯罪被害者等の生の声を尋問や求刑という形で対峙させるよりも、検察官や弁護人を介して伝える方が被告人に冷静に受け止められて反省を促すには有効であり、実際そのような努力がなされている。


また、本来刑事手続が予定しているところとは異なり、結果の重大性に圧倒され、検察官の主張に対して言うべきことが言えない被告人は少なくない。特に、正当防衛の成否、被害者の落ち度、過失の存否という重大な争点について、結果が悲惨であればあるほど、これらの点を主張すること自体が心理的に困難な状況に置かれている。法廷で犯罪被害者等から直接質問されるようになれば、被告人は沈黙せざるを得なくなる可能性がある。


そのほか、被害者参加制度が現行の刑事訴訟法の本質的な構造である検察官と被告人・弁護人との二当事者の構造を根底から変容させるおそれがあることや、犯罪被害者等の意見や質問が過度に重視され、証拠に基づく冷静な事実認定や公平な量刑に強い影響を与えることが懸念される。2009年から施行される裁判員制度においては、その制度設計の際に被害者参加制度のことが考慮されておらず、被害者参加制度が及ぼす影響は大きなものがあると予想される。裁判員制度が実施され定着する前に被害者参加制度を導入することによって、裁判員制度の円滑な運用に支障を来すおそれがある。


当連合会は、現時点において直ちに被害者参加制度を導入することは刑事裁判の本質に照らし将来に取り返しのつかない禍根を残すことになると思料する。以上の諸点について、国会において国民が納得のゆくように徹底的に審議を尽くすべきであると考える。


よって、当連合会は、この法案の国会における慎重な審議を求めるものである。


2007年(平成19年)3月13日


日本弁護士連合会
会長 平山 正剛