諫早湾干拓事業の中・長期開門調査を求める会長声明

亀井善之農林水産大臣は5月11日の閣議後の記者会見で、長崎県の国営諫早湾干拓事業(以下「本件干拓事業」という)と有明海の環境悪化や漁業被害との因果関係を解明するための潮受け堤防排水門の「中・長期開門調査」について、その実施を見送ることを表明した。


中・長期開門調査は、本件干拓事業とノリの不作をはじめとする有明海全域における漁獲高の低下との関係が疑われたことから、ノリ不作等の原因を究明するために農水省が自ら設置した各分野の専門家で構成される「有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会(ノリ第三者委員会)」が、2001年12月19日に「諫早湾干拓地潮受け堤防排水門の調査に関する見解」を公表し、その中で、本件干拓事業と有明海異変と呼ばれる漁獲生産高低下との因果関係についてはさらなる調査が必要であるとして、その実施を提言したものである。


そもそも、干潟等の湿地は、生物多様性に富み、多くの野生生物の命を育んでいるだけでなく、食料等を提供し、またその水質浄化機能や洪水調節機能等によって人の生存を支えるという極めて重要な価値を有しているのであり、国際的な湿地保全意識の高まりを背景に、環境基本計画や生物多様性国家戦略において、湿地保全の重要性をうたい、また、2002年12月に失われた自然を取り戻すために自然再生推進法を制定した現在のわが国においては、欧米諸国のように、残された湿地の保全は当然のこととして、かつて破壊した湿地の再生に本腰を入れるべき時期にきている。


当連合会は、このような観点から、わが国最大級(2900ha)の干潟である諫早湾干潟を消滅させる本件干拓事業に対しては、1997年4月14日の潮受け堤防の閉め切り以降、5月22日には会長声明で速やかに排水門を開放するよう求めたのを嚆矢として、同年10月17日には「諫早湾干拓事業に関する意見書」を公表して、関係機関に対し、排水門を開放して潮受け堤防内に海水を導入すること、干拓事業を廃止すること及び諫早湾干潟をラムサール条約の登録湿地とすること等を求めた。そして、2003年10月23日には、「諫早湾干潟の再生と開門調査の実施を求める意見書」を公表して、諫早湾干潟と有明海の真の再生には、潮受け堤防内に海水を導入し、諫早湾と有明海の海水の出入りを元の状態に戻す以外に途はなく、それには、本件干拓事業と有明海異変との関連性を究明するとともに、周辺漁民に著しい損害等を与えることなく諫早湾干潟と有明海異変の資料を得ることが必要であり、それには長期にわたる開門調査が必要であるとして、農水大臣に対し、本件干拓事業を廃止し諫早湾干潟再生のための計画作成に着手すること及び中・長期の開門調査の早急な実施を求めたところである。


農水大臣は、中・長期の開門調査を行わない理由として、「コンピューターによる再現も含めて検討を行なわせた結果、有明海のノリ漁を含めた漁業環境に影響を及ぼす可能性がある」とすることを上げているが、その根拠や被害程度についてはまったく明らかにしておらず、その合理性について疑問がある。また、諫早湾干潟がもたらす多大かつ永続的な利益に鑑みれば、仮に多少の被害が出る可能性があるとしても、それを回避、最小化する方法や補償をしつつ実施する方法も検討されるべきであるのに、大臣の発言内容を見る限りそのような検討がなされた形跡は全くない。


今回の農水省の決定は、干潟が有する価値をまったく理解しない、国際的潮流からかけ離れたものであることは言うに及ばず、農水省も策定に関与した環境基本計画や生物多様性国家戦略の趣旨にも反しているものであり、容易に看過できるものではない。


当連合会は、農水省に対し、当連合会がかねてより繰り返し意見を述べてきたように、貴重な価値を有する諫早湾干潟を保全・再生するため、自ら設けたノリ第三者委員会の提言に従い、中・長期開門調査を行うよう重ねて強く求めるものである。


2004年(平成16年)5月14日


日本弁護士連合会
会長 梶谷 剛