取調べ過程の透明化を(談話)

日米地位協定下における米国兵士被疑者の司法手続きをめぐり、日本政府と米国政府との間で協議が行われている。報道によると、米国政府側からは、日本の取調べは密室性が高く、暴力や自白強要につながりかねないことが指摘されているという。


密室で行われる取調べが、冤罪誤判事件の大きな原因となっていることは、かねてから指摘されてきたことであり、その実情は現在も変わりがない。また、審理が長期にわたる刑事裁判では、その審理の多くが、捜査段階で作成された供述調書の任意性や信用性をめぐる尋問に費やされており、密室の中で行われる取調べが裁判の迅速化を妨げる大きな要因となっている。


この点は、国際的にも問題とされており、いわゆる国際人権「自由権」規約のわが国における実施状況を審査した国連自由権規約委員会は、1998年11月の最終見解で、(1)起訴前勾留は、警察の管理下で23日間もの長期間にわたり継続し得ること、(2)被疑者がこの23日の間、保釈される権利を与えられていないこと、(3)取調べの時刻と時間を規律する規則がないこと、(4)取調べは被疑者によって選任された弁護人の立会いなしで行われること等において、規約に規定する保障が完全に満たされていないことに深い懸念を表明し、日本国政府に対し、速やかな改革を強く勧告した。


また、2003年6月21日に開催した第20回司法シンポジウム国際会議「国際水準からみた裁判員制度」においても、米国セントルイス大学ロースクールのステファン・サーマン教授から、身体拘束された被疑者が弁護人の立会いを求めることを権利としたミランダ・ルールの精神は、アメリカだけでなく、イギリス、フランス、イタリアその他多くの西欧諸国とロシアにおいて採用されている最低基準であると報告があった。さらにアメリカでは取調べの録音・録画を義務づける州も出始めており、イタリアでは録音・録画しない調書は裁判で使用できない扱いとしている。またフランスでも少年の取調べにビデオ録画を義務づけるなど、取調べ過程の透明化は国際的な流れを作りつつあると言える。


日本弁護士連合会は、かねてから取調べ過程の可視化(透明化)を求めてきたところであるが、2003年5月8日に開催した国選弁護シンポジウムにおいて、取調べの可視化(透明化)の実現を目指すことを改めて確認し、イギリスが自白強要による冤罪事件が発生したことの反省から、1984年以来、被疑者取調べ全過程について録音による記録を義務づけた実情に学び、刑事司法改革の実現のためには、取調べの可視化(透明化)が不可欠であると主張している。


さらに、参議院法務委員会も、2003年7月8日、裁判の迅速化に関する法律案に対する附帯決議において、「裁判所における手続の充実と迅速化を一体として実現するため(中略)取調べ状況の客観的信用性担保のための可視化等を含めた制度・運用について検討を進めること」と決議している。


米国兵士による犯罪は絶対にあってはならない。またわが国の刑事手続において米国兵士だけを特別扱いすることもあってはならない。しかしわが国内で万人に平等に適用されるべき日本の刑事手続について、なぜ米国政府は繰り返し起訴前の被疑者引き渡しを拒むのか、その主張に合理的理由があるのかは、これらの問題とは別に、国際的な観点からも慎重に検討すべき重要な事柄である。


日本弁護士連合会は、刑事事件における取調べ状況を可視化(透明化)することが、わが国の司法手続きを国際水準にまで高めるうえで、また迅速な裁判を実現する上でも必要不可欠であると考える。日本国政府は、1998年に与えられた国連自由権規約委員会の勧告や、近時の世界の動向を十二分に考慮して、わが国の刑事手続全般のあり方を直ちに見直すべきである。


2003年(平成15年)7月14日


日本弁護士連合会
会長 本林 徹