「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」に関する会長談話

性同一性障害を有する人々は、現在日本において数千人存在すると言われている。


性同一性障害を有する人々は、幼少の頃より、自らの性自認と生物学的性との間に違和感を持ち、とりわけ第2次性徴を受け入れることができず、自傷行為を行うなどの状態にまで至ることもある、と言われている。1997年、日本精神神経学会は、「性同一性障害に関する答申と提言」を発表し、性別適合手術を含めた、性同一性障害に対する治療の指針を示し、性同一性障害に対する医学的救済の道を開いた。


しかし、性同一性障害を有する人々が、治療によって性自認に従った生物学的性の外観を獲得し、それに基づいた社会生活を確立しようとする際、大きな阻害要因になるのが戸籍を中心とする法的性別である。具体的には、身分証明書の提示によって性同一性障害を有することが明らかになることを恐れ、職場に戸籍謄本などを提出できず、安定した職を得られない、同様に健康保険証の提示もできず、保健医療を受けることができない、といった事例が存する。当連合会においても、性同一性障害を有する人々からの戸籍訂正を求める声を受け、戸籍訂正の要件や抜本的解決の方向性を検討してきた。


こうした中、今般、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が制定され、一定の範囲で戸籍変更の道が開かれたことは、性同一性障害を有する者の置かれた状況の改善への重要な一歩として高く評価するところである。


しかしながら、同法律において、戸籍訂正を認める要件として、「現に子がいないこと」を要求している点については、疑問があると言わざるを得ない。なぜなら、性同一性障害を有する人々に子がある場合、戸籍訂正による子の福祉への影響を考えざる得ないことは確かであるが、それは、戸籍訂正を求める者と子の関係、具体的には、子の年齢、親権・監護権の有無、子を含めた親族等の意識、戸籍訂正以前の生活状況等、個別に判断すべきものであり、全ての場合において、戸籍訂正が子の福祉を害するとは言い得ないからである。


それゆえ当連合会は、戸籍変更の要件として、「現に子がいないこと」ではなく、「現に子がいる場合には、子の福祉に反しないこと」とすべきであると考えるところである。


性同一性障害を有する人々の置かれている現状を考えれば、戸籍変更を認める法律が早期に制定されたこと自体は評価されるべきである。しかし、それがかえって一部の性同一性障害者の権利を不当に阻害することになってはならない。したがってこの度の法律の制定によって全てが解決したと判断するのではなく、法律により十分な救済が図られるのか、不備はないか等を調査し、今後も必要な見直しを行っていくべきである。


もちろんその際には、戸籍変更の要件の点にとどまらず、性同一性障害を有する人々が、雇用や社会保障その他生活全般の局面に亘り不利益・差別を受けることのないよう、検討されるべきである。


2003年(平成15年)7月10日


日本弁護士連合会
会長 本林 徹