川辺川ダム建設に伴う漁業権等の強制収用に向けた裁決申請の取下げを求める会長声明

  1. 国土交通省が進めている川辺川ダム建設事業で、同省は、2001年12月18日、土地収用法に基づき、球磨川漁協の漁業権などを強制収用するため、熊本県収用委員会に裁決申請した。国直轄のダム事業で、漁業権消滅を伴う裁決申請は初めてのケースであり、従来の収用委員会の例から考えて、近々結論が出される可能性が高い。
  2. 川辺川ダム建設事業は、関連事業を含め約3910億円もの事業費をかける巨大多目的ダム計画である。この計画は、1963年から65年にかけて人吉市を中心に大水害に見舞われたことを契機に、流域の治水目的で建設省が計画し、1968年にはダムから潅漑用に水を引く農水省の利水事業(土地改良事業)等が追加されたものである。
    ところが治水目的については、最近研究者グループから「掘削や堤防のかさ上げなどで対応が可能」と代替案が出されるなどダムによる治水効果には疑問が出されている。また利水目的についても、土地改良事業の受益農民の約半数から、事業の必要性や過重な経済的負担の問題、さらに同意手続の瑕疵などを争点とする行政訴訟が提起され、現在、福岡高等裁判所において審理中である。
    以上のように川辺川ダム建設事業の目的とされる治水・利水の必要性については、そのいずれについても重大な疑問が出されている。
  3. そもそも川辺川は、1998年に環境庁が実施した水質調査で日本一きれいな川と発表され、全国でも貴重な尺アユと呼ばれる大きなアユの産地である。またダム建設予定地周辺は、絶滅危惧種であるクマタカの生息地でもあり、豊かな自然環境が残されている。
    ところで漁業権収用の対象となる球磨川漁協は、2001年2月の総代会と11月の臨時総会で2度にわたって国が提示した漁業補償案を否決した。それだけでなく球磨川下流の坂本村議会は、強制収用に反対する意見書を採択し、八代海沿岸37漁協も裁決申請反対の要望書を提出している。さらに、潮谷義子熊本県知事も国土交通省が説明責任を尽くしていないと言明している。
    このように漁民をはじめとする多くの流域住民が疑問を提起しているにもかかわらず、漁業権を強制収用してまで事業を強行しようとすることは、河川行政に住民参加や環境保全の視点を取り入れた1997年の河川法改正の精神にも反するものである。
  4. 当連合会は、わが国の公共事業の多くが各地で深刻な環境破壊を引き起こし、必要性や投資効果に疑問があるにもかかわらず見直されることなく継続されていることにかんがみ、1998年9月、第41回人権擁護大会において「環境保全と真の豊かさの実現に向けて公共事業の適正化を求める決議」を採択し、「独立かつ中立の『公共事業再評価委員会』を設置し、市民参加の下に事業の中止を含む抜本的な見直しを改めて実施すべきである」とし、さらに1999年8月にはダム等建設事業に対し「ダム等建設事業の適正な見直しを求める意見書」において同趣旨の意見を表明するなど、環境保全や住民参加等の観点から河川をめぐる公共事業に対し意見を述べてきた。
    また世界的にみても、ダムに頼る治水・利水については見直しの動きが顕著であり、例えばアメリカにおいては、1994年5月、ダム建設を中心になって進めてきた開墾局総裁が「アメリカにおけるダム開発の時代は終わった」と宣言し、ダムよる治水・利水の大転換が図られている。
    このような観点からすれば、川辺川ダム建設事業については、住民参加の視点も含め、抜本的な見直しこそ必要である。ところがこのたびの裁決申請は、当連合会のこれらの決議・意見や、ダム建設をめぐる世界的な動向に反するものである。
    よって当連合会は、同省に対し、申請を直ちに取り下げ、事業の必要性の有無や環境保全の問題など、住民から出されている問題点に真摯に耳を傾け、本事業の見直しを求めるものである。

2002年(平成14年)3月19日


日本弁護士連合会
会長 久保井 一匡