婦人少年問題審議会婦人部会における公益委員案に関する会長声明

婦人少年問題審議会婦人部会において、11月26日、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保のための法的整備について「公益委員案」が提示された。


この公益委員案は、職場の現状にかんがみ、働く女性が差別されることなく、男女平等に働くことができるよう積極的法的整備を行うことが必要であるとし、男女雇用機会均等法について、募集・採用から定年・退職・解雇にいたる各段階における性差別を禁止し、平等の確保を実効あるものとするため、数々の改正すべき点を打ち出している。当連合会は、これらの点はまさに改正が必要な点として、公益委員案に賛意を表したい。ただ、同案では、平等確保のために不可欠な、「間接差別」(表面上平等に見えても結果的に一方の性を排除し、不利益をもたらすもの)の禁止や救済命令など実効ある救済措置をとり得る差別救済機関の設置などの点については取り上げられておらず、これらの点についても法改正に盛り込むことが必要である。


ところで、この公益委員案の重大な問題点は、時間外・休日労働、深夜業にかかる労働基準法の女子保護規定の解消を打ち出している点である。


わが国における野放し的ともいうべき長時間・深夜労働の現状は過労死に代表されるように、働く者の生命と健康をおびやかしている。さらに、根強い性別役割分担意識等もあって、家事労働の負担が一方的に女性に偏っている実態がある。このような現状のなかでの保護規定の撤廃は、女性の健康のみならず、職業生活と家庭生活の両方にとってきわめて大きな障害をもたらし、多くの女性にとっては正規労働者として就業を継続することすら不可能とするものであろう。


男女の平等とは、男女がともに人間らしい生活を営み得る労働条件を保障するものでなければならない。そのためには女性に対する保護規定を撤廃するのではなく、男性に対する時間外・休日・深夜労働の規制を行い、人間らしい生活を営み得る水準において男女共通のものとしていく必要がある。


当連合会は、男女雇用機会均等法につき男女差別解消に向けて、上記のとおり実効ある法改正を求めるとともに、労働基準法の時間外・休日・深夜労働についての女子保護規定を撤廃することのないよう強く求めるものである。


1996年(平成8年)12月6日


日本弁護士連合会
会長 鬼追明夫


会長声明に関する補足説明

1. 「公益委員案」の前文について

(1)

男女雇用機会均等法(以下「均等法」という)施行後10年の現状に鑑み、働く女性が性別により差別されることなく、平等に働くことができるよう、法の見直しを行うことが重要かつ緊急な課題となっている。


そして、平等に働くための法的整備を考える場合、男女共に人間らしく働くための労働条件はどうあるべきかという観点から、均等法をどう改正し、また労働基準法(以下「労基法」という)の女子保護規定をどうすべきかを論議すべきである。


(2)

このような基本的観点に立つとき、公益委員案に示されるように、法的整備にあたっては募集・採用から定年・退職・解雇に至る雇用のあらゆる段階において、性別による差別を禁止し、差別解消にむけて実効性を確保する措置を強化することが必要である。


しかしながら、公益委員案が「時間外・休日労働、深夜業にかかる労働基準法の女子保護規定を解消することによって、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇を確保するための法的枠組みを確固たるものとすることが必要である」と述べている点は、働く女性の実態を無視したものである。現在、我が国の労働実態は、長時間・過密労働の中で、過労死を生み出している。そして、さらに、女性には家事労働の負担がかかっている。このような実態の中で、男性の労働時間・深夜業についての歯止めがないまま女子保護規定が撤廃されれば、多くの女性は平等に働けるどころか、正規労働者として働き続けることすら困難となろう。


(3)

母性保護については、職場において女性がその母性を尊重され、働きながら安心して子どもを産むことができるよう、公益委員案にも示されるように、女性労働者の母性保護の法的規制につき、一層強化を行うことが必要である。


そして、後述するように、男性への労働時間、深夜、休日労働の規制がなければ、女性も母性を尊重されつつ働き続けることは考えられないのである。


(4)

男女が共にバランスのとれた職業生活と家庭生活を送ることができるよう法的整備が必要である。


わが国も批准している家庭責任をもつ男女労働者の平等待遇に関するILO156号条約及び165号勧告は、家庭責任を有する男女労働者について、育児・介護等の家庭責任を有する労働者の特別の必要に応じた措置と一般的労働条件を改善することを目的とする措置が必要であるとし、一般的労働条件を改善する措置として、1日の労働時間の漸進的短縮及び時間外労働の短縮が必要であることを規定している。この条約・勧告に従った改善策こそが必要であるのに、労基法の時間外・休日労働、深夜業の女子保護規定を撤廃することは、とうてい許されることではない。 さらに、育児や家族の介護を行う労働者の職業生活と家庭生活とを両立させるための労働条件や社会制度上の施策を充実していくことが必要である。


(5)

以上のような観点に立って、法的改正がなされることが必要であり、具体的内容は以下のとおりである。


2. 具体的内容について

(1)

均等法については、企業の募集・採用から定年・退職・解雇に至る雇用の各段階における男女差別をすべて禁止し、男女平等を確保するため実効のある法制度を確立することが必要である。このことは、公益委員案が指摘するとおりである。女子差別撤廃条約では、雇用における差別を禁止すべきとされており、諸外国では雇用の全段階について禁止規定としており、ほとんどの国で罰則その他の制裁措置を設けている。


(2)

均等法において、努力義務となっている募集・採用、配置・昇進にかかる規定については、男女差別を禁止する規定とすべきである。教育訓練については、差別を禁止する対象の範囲を限定しない(OJTも含む)こととすることが必要である。これらは公益委員案の指摘しているところであるが、福利厚生についても、範囲を限定せずに男女差別を禁止することが必要である。


(3)

一定の職種・職務について、女性のみを募集・配置する等、女性のみを対象として、または女性を有利に扱うものとして実施される措置のうち、女性の職域の固定化や男女の職務分離をもたらす弊害が認められるものについては、女性に対する差別として禁止する必要がある。このことは、「男女雇用機会均等問題研究会」報告(1995年10月25日発表)の分析からもいえることであり、公益委員案の指摘しているとおりである。


(4)

男女差別の中には、表面上平等に見えても結果的には一方の性を排除し、不利益をもたらす「間接差別」も含まれることを、均等法に規定すべきである。


均等法施行以後、金融・保険・商社を中心に採用されている「コース別人事」は、コースを分ける基準として、転居を伴う転勤をあげている。女性がほとんど家庭責任を負っている現状の下、女性が選択しにくい基準を設けているものであって、間接差別に他ならない。また、「世帯主」や「主たる生計の維持者」等を理由とする差別も根強く残っており、この解消のために裁判まで起こさなれければならない実情にあり、間接差別として禁止していく必要が大きい。世帯主条項による賃金規定が女性を不利に扱うものであり、許されないことは、三陽物産事件判決(東京地裁1994年6月16日)でも認められている。


(5)

婚姻上の地位や家族状況を理由とする差別も禁止すべきである。結婚退職制は制度としては姿を消したが、肩たたきや嫌がらせによって事実上の結婚退職制の実態がある企業は少なくない。既婚・未婚・扶養家族の有無等、の家族状況を理由とする女性の差別的取扱いに対する規制なしに真の男女平等は確立しない。


(6) 均等法の実効性を確保する手段について

A.

実効性を確保するために、罰則や企業名の公表などの制裁措置を設ける必要がある。公益委員案は、法に違反している事業主がその是正を求める勧告に従わない場合に、労働大臣がその旨を公表する制度を法律の中に盛り込む、と述べているが、これは最低限必要な措置である。


B.

救済措置に関して、公益委員案は、(1)調停制度が有効に機能することを促進するため、紛争当事者の一方からの申請により調停ができるようにする、(2)婦人少年室長に紛争解決援助を求めたことや調停申請を理由とする解雇その他の不利益取扱いを禁止することをあげている。しかし、これらの改正のみでは、極めて不十分である。


現行の機会均等調停委員会の調停は、婦人少年室長が調停を開始するのが必要と認め、相手方が調停を開くことに同意することによって初めて調停が開かれるという仕組みになっていて、救済機関としての意味をもたないことは、均等法施行10年の実績が物語っている。公益委員案はこれを改め、紛争当事者の一方からの申請により調停ができるようにするとしているが、調停という制度では何らの強制力も持たない。


差別救済を実効あるものとするため、機会均等調停委員会の制度を抜本的に改め、独立した行政委員会とし、男女差別の有無について判断し、差別是正のために必要な措置を使用者に命ずる権限を有するものにする必要がある。


また、婦人少年室長による助言・勧告・指導をなすために、事業主に対する資料提出命令権、立入調査権、質問権等権限の強化を行うべきであり、さらに婦人少年室の数を多くし、人数の増加をはかるなど充実が必要である。企業内における自主的紛争解決手段として、苦情処理機関の設置を義務づけ、募集・採用についてもその対象とすべきである。


(7)

職場における実際の差別を是正していくために、積極的差別是正措置としてポジティブアクションが必要である。積極的な取組みを促進するための措置を法律の中に盛り込む必要があることは、公益委員案において指摘しているとおりである。


(8)

職場におけるセクシャルハラスメントは、一方の性に対し性的要求に応ずるあるいは職場の環境を女性に対し働きにくくするなどの特別な労働条件を賦課するなど、女性の人格権を侵害するものである。福岡地裁の判決では、企業は「労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵し、その労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、これに適切に処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つように配慮する注意義務」があると判示している(1994年4月16日)。


均等法に、セクシャルハラスメントに関する条項を設け、定義及び労働者の人格権及び労働権を侵害する違法行為であることを明記するとともに、使用者はこれに対する予防ないし対応義務があること、均等法による救済対象となることを明記すべきである。


(9)

現行労基法において、妊娠・出産に関する母性の保護が十分図られているとは言えず、母性保護に関する女性労働者の権利規定を一層充実・強化させることが必要である。個々の具体的な内容については、当連合会が1996年9月24日発表した「婦人少年問題審議会婦人部会の中間報告に関する意見について」P13、P14において述べたとおりである。公益委員案の指摘している多胎妊娠にかかる産前休業期間を10週間から14週間に延長することも改正が必要とされるところである。


(10)

時間外・休日労働、深夜業にかかる労働基準法の女子保護規定について、公益委員案は、「女性の職域の拡大を図り、均等取扱いを一層進める観点から、解消することが適当である」と述べている。しかしながら、これら女子保護規定の撤廃は、女性の健康のみならず、職業生活と家庭生活の両立にとって多大の不利益、支障をもたらすものであり、就労の継続それ自体を不可能にするものであって、女性の労働権を侵害するものであり、賛同はできない。


時間外労働・深夜業については、男性は協定(労基法36条)を結べば何時間でも残業させることができる。このような男性並みの適用を受けるならば、男女共に過労死が増大し、さらに現在家庭責任を負っている女性にとっては、正規労働者として働き続けることそれ自体を困難にする。男性の長時間労働、深夜業を野放しにした現状を残したままで女子保護規定を撤廃することは、ますます女性の就業機会を奪うこととなり、女性はより低い労働条件にあるパート、派遣等の不安定雇用にいかざるを得ないであろう。


男女が共に人間らしく生きるためには、まず男女共通の時間外労働の規制、休日労働の禁止が必要である。そして、規制の基準は少なくとも現在の女子保護規定の規制の水準を下回るべきではない。


日弁連は1996年 3月に発表した「女性の労働権確立に向けての意見書」で、既に「時間外労働を男女共に、1日2時間、週6時間、年間120時間以内に規制すべき」との提言をなしている。


また深夜業は、男女共に健康上有害であることは、医学的見地からも指摘されている。


このような深夜業については、原則として男女共に廃止し、公共上、公益上必要な場合に限り認めるべきである。ただし、その場合にも深夜勤をなす者に対して、健康の保護、家庭責任及び社会生活上の便益のための規制を早急に定めることが必要である。


また、家庭責任が現状、女性にかかっていることを直視すれば、家庭責任や職業生  活の両立のための環境整備がまず先行しなければならない。このことは先述のように、家庭責任をもつ男女労働者の平等待遇に関するILO156号条約(我が国も批准)、165号勧告でも規定している。


時間外労働、休日労働、深夜業については、人間らしい生活-労働を考えるならば、最低限、現行労基法に認められた女性に対する保護規定を男女共通の規制とすることが必要である。現状の男性の労働実態を女性に認めるならば、女性は正規労働者として働き続けることが困難となろう。


「女子のみ保護」から「男女共通の保護」へと法的枠組みを転換せずして、にわかに「女子のみ保護」を解消することは許されない。そして、この枠組みは、少なくとも現行の女子保護規定を男性にも適用すべきである。


女子保護規定の撤廃は、女性の職域拡大につながるものではない。現在、過労死まで生み出している職場実態に根本的にメスを入れ、改善すべき点を洗い出す作業こそ今日強く求められているところである。


(11)

深夜業にかかる労基法の女子保護規定を解消すべきでないことは、前項において述べたとおりである。


深夜労働は、男女とも原則禁止すべきであり、例外は公共サービスないし公益上必要とされる業種に限り、その場合も最小限度の範囲に留めるべきである。そして、育児や家族の介護など家庭責任を有する労働者、妊娠中の女性労働者などは深夜労働を禁止すべきである。例外的に深夜労働を認める場合についても、労働者の健康の保持、家庭及び社会的責任の遂行、業務上または通勤における負担の軽減、安全の確保等の措置を講じることが必要である。