弁護人の役割へ理解を求める会長声明-オウム真理教信者の関係する刑事事件について

地下鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教信者が関係する刑事事件について、捜査が進み、順次起訴がなされ、今後裁判所において多数の事件が審理されます。私たち弁護士は、国民の皆さんとともに、被害者、御遺族の方々への適正な被害回復が図られること、今後の刑事裁判でこれらの事件の真相が解明されること、ならびに、このような事件の再発が防止されることを強く望んでいます。


同時に、私たち弁護士は、これらの刑事事件において、弁護人としての職責を果たさなければなりません。


「非道なことをした人間をなぜ弁護するのか」という問いがたびたび発せられます。「なぜ、悪いことをした人間をかばうのか、被害者のくやしさがわからないのか」という反発があります。では、なぜ、刑事事件の被告人に弁護士である弁護人が付されなければならないのでしょうか。


憲法37条3項は、被告人が、「いかなる場合にも、資格を有する弁護人」、すなわち弁護士を「依頼することができる」と規定し、さらに、「被告人が自ら依頼することができないときは、国でこれを付する」として、いわゆる国選弁護制度を設けています。そして、刑事訴訟法は、289条で、必要的弁護の規定を置き、軽い事件を除き、「弁護人がなければ開廷することができない」と定めています。 裁判は、法に従い、証拠に基づいて、適正かつ厳正に行なわれなければならず、そのための不可欠の要素として、わが国の憲法、刑事訴訟法のみならず、国際人権法においても、被告人に対して弁護人を付し、その援助の下に、裁判を進めなければならないことを規定しています。


このような規定が定められているのは、裁判が誤って無辜の人を処罰しないようにするために、そして、実際に犯罪を犯した被告人であっても、事案が法廷で解明され、その責任の軽重が正しく刑罰に反映されるようにするためには、法律専門家である弁護士の十分な援助が不可欠であると考えられているからです。このような弁護権の保障は、長い歴史に裏付けられたものであり、それを欠いた裁判への反省と教訓から生まれたものです。


それ故に、私たち弁護士、弁護士会は、いかなる事件であっても、また、いかなる思想、信条をもつ被告人に対しても、法に従って、その職責を果たすための体制を整えなければなりません。国連の「弁護士の役割に関する基本原則」18では「弁護士は、その職務を果たしたことにより、依頼者あるいはその主義と同一視されないものとする」と定めています。ルールを破り、社会の安全を脅かす者に対しても、法に従い適正かつ厳正な手続きの下に対処することが、民主主義社会のルールです。そして、このルールこそが、法秩序を維持し、国民、市民の皆さんの安全と財産を護る最善の方法であると信じるからです。


私たち弁護士、弁護士会は、国民、そして、世界も注目する今回の大規模な刑事事件の裁判が適正かつ厳正に行なわれるように、その職責を全うすることを誓うとともに、刑事裁判における弁護人の必要性と役割について、国民の皆さんの一層のご理解とご支援を期待致します。


1995年(平成7年)6月28日


日本弁護士連合会
会長 土屋公献