いじめ対策緊急会議報告書に対する談話

文部省は、3月13日に、「いじめ対策緊急会議報告書」に基づいて、いじめ対策として当面の緊急措置を関係者に通知したが、その中には子どもの人権と教育を受ける権利の保障の観点から看過することができないものが含まれているので、当連合会の見解を明らかにするものである。


通知の中で文部省が、いじめにおいては、「いじめられる側の責に帰すことはあってはならない」として、「いじめられる側」に理由や原因があるとの見解を退けたことは評価できるが、他方「いじめる側が悪いのだという認識に立ち、毅然とした態度で臨むことが必要」だとしたうえで、「いじめの状況が一定の限度を越え、いじめられる側を守るために必要である場合には、いじめる側に対し出席停止の措置を講じたり、警察等適切な関係機関の協力を求め、厳しい対応を取ることが必要である」としているのには疑問がある。


「いじめられる側」を守るために関係者は最善の努力を尽くさなければならないが、その手段として「いじめる側」にのみ厳格な対応を求めるような姿勢は、現在の子どもたちの世界に起こっているいじめの実態を十分にとらえていないばかりか、実際にいじめをなくすためにも有効・適切な手段とならないものである。現在の集団的・構造的いじめは、子どもたちの内面に鬱積した様々な問題が「いじめ」という形で噴出したものであり、その根底には子どもたちを取りまく画一的・均質的な人間関係や学校における管理教育と受験競争の激化などが存し、これらの様々な要素を考慮しなければこれを的確にとらえることができないものである。また、「いじめる側」とみなされた児童・生徒も、他方で学校や家庭において様々な人権侵害やいじめを受けた被害者であることが少なくないことからして、いじめを「いじめる側」と「いじめられる側」との関係において固定的にとらえ、「いじめる側」とみなした児童・生徒を学校教育の場から排除するだけでは、いじめ問題を解決することは困難である。現在まず必要なのは、「いじめる側」とみなされた児童・生徒がいじめをする原因をその子どもの内面に則して究明し、その不安定な心情をいやす手当てを講ずることであって、これらの子どもを一方的に加害者とみなして学校教育の場から排除したり、警察等の関係機関による厳しい措置に委ねることではないはずである。


とりわけ、「一定の限度を超えた」いじめについて、「いじめる側」とみなした児童・生徒に対して出席停止の措置をとることができるとするのは、「いじめる側」とみなされた児童・生徒の「教育を受ける権利」の観点から問題があるばかりではなく、最終的にいじめをなくす手段としてもその有効性に疑問が存するものである。出席停止の措置は、市町村教育委員会の権限として認められていたところ、文部省が1983年12月にいわゆる「校内暴力」対策として、学校長の独自の権限として打ち出したものである。しかし、その要件・基準は必ずしも明らかにされておらず、多くはその権限を委任された学校長の最良に委ねられてきたものであって、従来からも批判が少なくなかったものである。出席停止の措置は、これを受けた児童・生徒の「教育を受ける権利」を、学校の秩序維持を名目にして、一時的であれ停止するものであり、これら児童・生徒を隔離・排除することによって、学校の果たすべき教育責任を放棄する結果を招くおそれがある。また、学校長が「いじめる側」とみなした児童・生徒に対して出席停止措置を講ずることがやむをえない場合があるとしても、対象となる児童・生徒とその保護者に聴聞などの適正手続を十分に保障するとともに、出席停止期間中及びその後の教育指導などのケア-についても具体的な方策を十分に検討する必要があり、いやしくもこれを濫用することがないようにしなければならない。


また、文部省は、「いじめられる側の責に帰すことはあってはならない」と表明したのであるから、いじめられている児童・生徒がその生命・身体に危険があるとして、いじめを理由として学校に出席することを拒んだ場合には、学校教育法施行令第20条にいう「出席させないことについて保護者に正当な事由」があるものとして、これを認める旨の通知を発することを考慮すべきである。


当連合会は、昨年12月20日付の「会長声明」において、いじめ問題から子どもを救済するためには、その真の原因や構造を深く掘り下げ、子どもの人権と生存を基軸にして、いじめをなくすために具体的措置を講ずることが、子どもにかかわる関係者すべての課題であることを指摘したが、いじめ問題の背景に存する教育内容の画一的規制等の構造的・制度的な問題についても検討することが必要であることを申し添えるものである。当連合会は、今後とも全国各地において「子どもの人権救済窓口」を拡大・強化するなどして、いじめ問題の解決に向けて、関係者とともに全力をあげて対処する所存である。


1995年(平成7年)3月27日


日本弁護士連合会
会長 土屋公献