新任拒否に関する声明

最高裁判所は、1994年(平成6年)4月6日、裁判官志望の第46期司法修習終了者105名のうち、1名を不採用とした。当連合会は会長談話をもって、最高裁判所が今回の不採用の理由について本人の求めがあればこれを具体的に明らかにすることを要望し、本人もまた不採用の理由の開示を求めてきた。しかし今日に至るも最高裁判所はこれに応えようとはしていない。


第22期以来最高裁判所が行った新任拒否者は、今回も含め50名の多数にのぼる。当連合会は、これまでの新任拒否について、思想・信条・団体加入を理由とした疑いが極めて強く、司法の公正に対する国民の信頼を著しく損ねるものとして、その都度遺憾の意を表明するとともに、新任拒否をしないよう強く要望をしてきた。


当連合会が、今回不採用とされた裁判官志望者につき調査したところによれば、同志望者は、積極的かつ真面目に修習に取り組み、社会に生起する具体的な諸問題に旺盛な関心を寄せ、少年事件研究会等修習生としての自主的な活動に積極的に参加してきたほか、クラスの修習生からの信望も厚かったことがうかがわれ、直接指導を担当した弁護教官からも、その人格、識見、能力ともに法曹三者としての適性を十分有するものとの評価を得ていることが認められる。


しかるに、最高裁判所がこの裁判官志望者を不採用としたのは、指導担当の裁判教官の発言等に照らし、同人がこのような自主的活動に積極的に参加してきたことや、修習前期においては西暦使用による判決起案をして元号使用についての疑問を提示し、検察実務修習においては検察取調修習の適法性に疑問を提起してこれを辞退したこと、さらには、同人が従前からいわゆる箕面忠魂碑違憲訴訟の原告補助参加人の立場にあることなどをとらえて、その拒否の理由としたことが強く疑われるところである。


しかし、修習生が自主的な活動に積極的に参加することは、自由闊達な活動をとおして自己の経験と視野を広げ、裁判官としての職責を全うするうえで有用なことであり、また、取り組むべき課題について疑問を提起しその適法性を吟味する姿勢は裁判官の資質として求められるものと考えられること、そして、実際の訴訟当事者的な立場にあることもまた、この経験が裁判官の職責を果たすうえで貴重なものと考えられることからすれば、これらが不採用の理由とすべき正当な根拠は見出しがたいところであり、これが実質的な理由であるとすれば思想・信条による差別的な新任拒否であることは明らかである。


従って、最高裁判所が「人柄、能力、識見を総合的に判断した結果」であるとする説明のみでは今回の不採用について到底国民を納得せしめるものではなく、この理由を具体的に開示しない限り、今回の不採用は志望者の思想・信条に基づく差別的なものと考えざるを得ず、憲法に抵触する疑いが強く、極めて不当なものといわざるをえない。


今日、裁判の公正と開かれた裁判所を求める国民の期待は大きく、裁判所がこの国民の期待に応えるべきことはいうまでもない。今回の新任拒否がこの国民の期待を大きく損なうことはまことに遺憾というほかはない。


当連合会は最高裁判所に対し、司法がこの国民の期待に応えるために、あらためてこの裁判官志望者を裁判官として採用されるよう強く求めるものである。


1994年(平成6年)5月2日


日本弁護士連合会
会長 土屋公献