東京都の拡声機による暴騒音の規制に関する条例案の上程にあたって

  1. 東京都は、9月都議会に「拡声機による暴騒音の規制に関する条例案」を上程しようとしている。
  2. 一部の常軌を逸した拡声機使用から、都民の日常生活の平穏を保持するために、暴音発生を行う拡声機の使用に適切な規制を行う必要があることは首肯しうるところである。
    しかし、拡声機の使用は国民が広く、かつ、容易に利用しうる表現活動の手段であり、「表現の自由」が憲法上の基本的人権であることを考慮すれば、拡声機に対する規制は、必要最小限にとどめられなければならず、また、いやしくも恣意的運用の余地を残し、正当な市民の表現活動を制限するものであってはならない。
    1. 条例案は、表現活動の主体・場所・時間帯及び表現内容の如何を問わず、音源から10メートル離れた地点で最大値85デシベルを超える意見表現活動を「暴騒音」と認定し、一律かつ全面的に禁止する内容になっている。このことは、民主主義のルールを逸脱した一部の拡声機使用方法を規制する目的を超えて、正当な拡声機の使用による言論表現活動をも封じてしまう危険性を有している。
      都内の駅前や繁華街では、日常、交通騒音等により85デシベル前後に達することがあり、聴衆に聞こえるようにするためにはそれ以上の音量を出さなければならないのが実態である。
      条例案によれば、駅前や繁華街では、正当な拡声機の使用による言論・表現活動であっても規制の対象になってしまうのである。
    2. 条例案は、現場の警察官、警察署長などに拡声機使用の「中止命令権」、「防止措置命令権」、拡声機や宣伝カーの「提出命令権」を認め、これらに違反したものは、6月以下の懲役または20万円以下の罰金に処すことにしている。これらの命令権には、白紙委任の部分が多く、特に防止措置命令の内容はまったく無限定であって、これらの処罰規定は、白地処罰規定であるといわざるを得ない。
      このように条例案は、警察官による行政権限を過大に拡大し、実質的には警察官による令状なしの捜査を認め、黙秘権を奪うものにほかならず、適正手続(憲法31条)、令状主義(憲法35条)、自己に不利益な供述を強要されない権利(憲法38条)を定めた日本国憲法の刑事手続の各原則をゆるがす恐れが強く、刑事訴訟法、警察官職務執行法にも違反するものといわざるを得ない。
      以上みたとおり、民主主義社会における拡声機を用いた意見表明活動の重要性に鑑みれば、東京都の条例案による規制内容はあまりにも漠然として広汎に失し、このまま条例の制定を行うことは、「角を矯めて牛を殺す」との批判を免れないものである。
  3. 一方、今回、東京都が規制目的とした一部の常軌を逸した拡声機の使用と街宣活動に対しては、刑法の脅迫罪、強要罪、名誉毀損罪、侮辱罪、軽犯罪法の静穏妨害罪、道路交通法などの現行法規を厳正に適用することなどにより関係諸機関において有効適切な対応措置がまず講じられるべきである。
  4. 当連合会は、条例案の審議にあたっては、公聴会の実施などにより、広く各界の意見を徴し、コンセンサスを得られるよう慎重かつ十分な審議を尽くすことによって、憲法の保障する表現の自由を侵害したり、令状主義をはじめとする刑事手続の諸原則を侵害するものにならないように十分に配慮されるよう要望する。

1992年(平成4年)9月18日


日本弁護士連合会
会長 阿部三郎