中国人女性強制送還にあたって

日本政府は、本日、政治難民であると主張している中国人女性(24歳)を福岡地方裁判所における「退去強制令書発布処分取消訴訟」の係属中にもかかわらず「送還の執行停止について、裁判所が認めなかったから、裁判が継続中でも、送還はできる」として本国に強制送還した。


しかし、同女性は、上記訴訟とは別にすでに日本政府に対し、「政治難民として保護」を求め、難民認定申請をなし、さらに法務大臣の難民不認定処分について、昨年12月5日、東京地方裁判所に対し、法務大臣を被告として「難民不認定処分取消」を求めている。


難民条約上に定める難民の意義については、わが国ではいまだ解釈も確立していないのが現状であり、正しく司法当局の判断をまって確定されなければならない性質のものである。


にもかかわらず、東京地方裁判所の審理途中の段階で中国に強制送還した措置は、同女性の「裁判をうける権利」を故意に奪うものであり、わが国における「法の支配」の原則をゆるがせにしたものである。


さらに、先の張振海事件において東京高等裁判所は政治的意見を異にする者に対して「中国では官憲による行き過ぎた取り調べが行われ、刑事手続きにおいても『公正な裁判を求める国際準則』が保証されておらず、その傾向は天安門事件以降顕著であるとされ、人権規約の趣旨に反する扱いがなされるおそれが予見されると指摘するものが少なくない」と認定されている。このような状況を考慮するならば、本件女性を本国に送還する政府の今回の措置は、わが国が批准し、その効果的実施を義務づけられている市民的・政治的権利に関する国際規約7条、14条並びに難民条約33条の精神に反するとのそしりは免れない。


日本政府は、今後、人道上、同女性の迫害の有無はもとより人権侵害の有無についても厳重に監視すべき責任がある。


1991年(平成3年)8月14日


日本弁護士連合会
会長 中坊公平