アムネスティ・インターナショナルの「日本の死刑廃止と被拘禁者の人権保障」に関する報告書の公表に寄せて

1982年並びに1987年国会に提出された所謂拘禁二法案は、何れも廃案となっている現状にあるが、昨年来今通常国会に改めて再々上程されるといわれている。この時期に、国際的なNGOであるアムネスティ・インターナショナルから本日「日本の死刑廃止と被拘禁者の人権保障」に関する報告書が公表されたことは、誠に時宜を得たものであり、後に述べるように日本の被拘禁者の人権侵害の是正のために日弁連がかねてから指摘してきた「代用監獄の廃止」「被疑者と弁護人との接見交通権の確立」等について、国際人権法の観点から日弁連の主張を完全に支持するものであり、我国の被拘禁者の人権保障にとって画期的なものである。


今回のアムネスティ・インターナショナル報告書は、被拘禁者の人権保障につき日本政府並びに関係当局が実施すべき事項として以下のことを要請している。


  1. 不当な取扱をうけたとする被拘禁者からの申立事例を検証し、取調べ、拘禁に関する立法及び実務を見直すこと。
  2. 「拷問禁止条約」を早期に批准し加入すること。
  3. 逮捕及び勾留手続が改正され、裁判官に対して拘禁中に受けた取扱につき陳述する権利を保障し、そのことを逮捕の際に告知し、裁判官が調査する権限を与えられるようにすること。
  4. 全ての被拘禁者があらゆる拘禁施設において、入所時及びその後も定期的に医師の診察を受けることができる旨の規定をおくこと。
  5. 取調担当官と被拘禁者の拘禁と福祉を担当する当局者とを正式に分離し、その責任体制の分離が被拘禁者に確実に認識されるようにすること。
  6. 全ての者はその逮捕の際に、その取扱について報復のおそれなしに告訴する権利があること及びその手続きを告知され、不服申立手続きが国連被拘禁者処遇最低基準規則に沿うよう保障すること、取調べ記録に弁護人がアクセスできるようにすること。

その他被疑者と弁護人との接見交通に関する所謂「具体的指定」は国連被拘禁者人権原則に反し、実務の上で弁護人と被疑者の接見に対する日時、場所及び時間の指定は例外的な場合に限定すること、又、これに加えて私選の弁護人を選任していない者を含む全ての被疑者が逮捕後数日内に速やかに弁護人と接触できるようすべきであること等を指摘している。


この中 5. は、警察による被疑者の拘禁を否定すること即ち代用監獄の廃止を述べるものであり、被疑者と弁護人との接見交通権についても前述のとおり具体的な指摘をしており、その内容は日弁連が従来から主張してきたことを国際人権法の観点からも裏付けるものである。その他の項目に挙げられることも、日本の刑事司法の現状を改善するために、現実的且つ的確な改革の方向を示すものである。日弁連は拘禁二法案に反対すると共に、刑事司法の改善とりわけ捜査段階における弁護活動の充実の為に刑事弁護センターを設置し又各単位会においても刑事弁護センターや委員会を設け活動している。この弁護士会が挙げて取り組む刑事司法の改革についても、この報告書は多くの教示と示唆を与えてくれる。この報告書を発表したアムネスティ・インターナショナルは国連の諮問機関として最大且つ最も権威あるNGOであり、世界150ヶ国に会員70万名を擁し、その活動は全世界に及んでいると聞く。これまでも、拷問禁止条約の制定等国際人権法の分野では幾多の人権条約、人権基準の制定に重要な役割を果たし、その活動は各国政府、国連、NGO等人権団体からも高い評価と信用を得ていることを知っている。本報告書も1988年から1990年にかけて3年の期間を費やし、慎重な調査と日本政府とのやりとりを経、熟慮の上で報告されているものであり、且つその内容は日本の実情を踏まえて具体的な実現可能な提案をしているものである。又1989年3月の調査団のメンバーであるクリスチャン・トムシャット教授は元国連規約人権委員会委員、現国連国際法委員会の委員でもある。かようなことから見ても、この報告書は現在の国際人権法の分野において極めて権威あるものということができる。先に1989年2月パーカー・ジョデル報告書が公にされ日本の刑事司法が批判された際には、日本の実情を良く知らない外国の一部民間団体の活動として政府はこれを無視してきたが、今又アムネスティ・インターナショナルにより日本の刑事司法についての批判と改革の要請がなされたことは、今や過去と同様な態度をとることを出来ないものと言わなければならない。


日本政府、法務省、警察庁、裁判所等はこのアムネスティ・インターナショナルの要請を真摯に受け止め速やかにその実現に向けて取り組むことを願うものであると同時に、再々上程されようとしている拘禁二法案はその上程を断念し、本報告書の指摘をも考慮し改めてよりよき監獄法の改正の努力をすべきものであり、日弁連もその努力を惜しまないものであることを約束する。


なお、この報告書は、被拘禁者の人権保障と並んで、日本政府に死刑の早期廃止とそれまでの期間の執行停止を求めている。死刑問題については、日弁連は公式に見解をまとめたことはないが、昨年の旭川の人権大会において、死刑廃止問題が検討され、国際人権B規約の第二選択議定書の採択を契機として、会内で真剣に討議していくこととされている。今回のアムネスティ・インターナショナルの日本政府に対する要請も踏まえ、より一層にこの問題を会内で論議していく所存である。


1991年(平成3年)1月25日


日本弁護士連合会
会長 中坊公平