国連被拘禁者人権原則をうけて

デュープロセスを理念とする我が国の新刑事訴訟法が施行されて40年が経過した。しかしながら、この40年の到達点に立って現状をみるとき、われわれは直ちに改革に着手すべき数々の問題に直面しているといわねばならない。


捜査段階における代用監獄など不当な拘禁下での、捜査当局によるほとんど無制約かつ長時間の取調と、これと対照的に接見の機会及び時間が著しく制限されるなど弁護権の大幅な制限、さらには起訴前には国選弁護人も保釈も制度として認められていない今日のあり方は、死刑再審事件をはじめ虚偽の自白による多くの冤罪を生むなど、我が国刑事司法全体を著しく不健全なものにしており、もはや看過できないところである。


昨年12月、国連総会は法制度改革の指針として提案された「あらゆる形態の抑留・拘禁下にある人々を保護するための原則」を我が国を含む全会一致で採択した。同原則は、捜査機関に対する司法のコントロール、自白を強要するための拘禁状態の不当な利用の禁止、被疑者・被告人と弁護人との秘密交通権の完全な保障、起訴の前後を問わない国選弁護人や保釈の制度的保障などを、今日の国際的水準として掲げており、我が国刑事司法とりわけ未決拘禁のあり方を根本的に問うものである。


昨年10月、ハンガリーが国際人権規約B規約選択議定書を批准し、本年3月8日にはソ連が拷問等禁止条約に関し国際司法裁判所の管轄条項を認めるなど、人権に関し国際的な法規範や人権基準が国内的規定より優位にあるという考え方は、いまやひとり西欧諸国のみならず、全世界的潮流である。


このようにして、今日我が国の代用監獄制度を含む刑事司法全体については、これら内外の批判に応えて再検討さるべき時期にあり、すべての法曹は、これらの課題に真剣に取組むことが必要である。虚偽の自白強要と人権侵害の温床である代用監獄は廃止されなければならないし、捜査の必要を理由に被疑者と弁護人との秘密交通権を制限する刑事訴訟法の規定は見直さなければならない。


起訴前保釈制度や起訴前国選弁護人制度を創設すること等も必要である。


ことに、現在国会で審議中の拘禁二法案は、先の国連の新たな人権原則に照らして、根本的に見直されなければならないことは当然である。監獄法改正の目的が、「近代化・国際化・法律化」の実現にあることは、かねてから政府当局が表明してきたところであるから、この新たな原則に基づく見直しなくして立法作業を推進することなどは背理である。


今後、当連合会は、右国連原則に基づく未決拘禁制度さらに刑事司法全般の見直しに真剣に取り組み、積極的に提言を行っていく所存であり、あわせて関係各方面に対して、この制度改革につき鋭意検討されることを要請するものである。


とくに拘禁二法案については、右の国連原則や国際的人権基準からみて、この際出直しを避けてとおることはできないものと考える。


1989年(平成元年)3月18日


日本弁護士連合会
会長 藤井英男