知的財産権侵害に関する懲役刑の上限引き上げに関する意見書

2006年(平成18年)3月16日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

1 意見書作成の経緯

政府は、今月7日に、『意匠法等の一部を改正する法律案』を閣議決定し、通常国会に提出しました。現在、知的財産権侵害罪の懲役刑の上限は、特許法・商標法は5年、意匠法は3年とされていますが、この改正案によると一律に10年に引き上げられることになります。


刑事罰の強化は、国民の自由の侵害のおそれを伴う法律改正です。


しかしながら、本改正案立案に際して、パブリックコメントを経た産業構造審議会の意見が考慮されないなど慎重な検討が行われなかったことは誠に遺憾です。


そこで当連合会は、2006(平成17)年3月16日の理事会において、「知的財産権侵害に関する懲役刑の上限引き上げに関する意見書」をとりまとめました。


2 意見書の概要

当連合会は、『意匠法等の一部を改正する法律案』の懲役刑の上限引き上げに関する部分に反対します。


知的財産権は、常に権利が無効となる可能性を含んだものであり、しかも権利行使時には無効であることが明らかでない場合が多いことは以下の事例を見ても明らかです。


『一太郎訴訟』      
一審判決で特許権侵害が認められながら、控訴審判決では特許無効とされた


『スロットマシーン事件』 
一審で特許権侵害に基づく74億円もの損害賠償が認められた後に、特許無効となった


仮に、知的財産権侵害による懲役刑が執行された後に、その権利が無効であることが確定した場合には、国はどのように責任をとるのでしょうか。不適切な刑罰権行使によって生じる損害は、国家賠償請求訴訟等によっては決して回復できません。


知的財産権の侵害にあたるか否かは専門家でも見解が分かれるほど微妙な判断であり、企業は、特許権侵害の可能性について常にリスクを負いながら日常の経済活動を行っているといっても過言ではありません。後日、その判断に誤りがあるとして懲役刑が適用されることになるとするならば企業活動が萎縮することが懸念されます。


現在まで知的財産権侵害に対する刑事罰は謙抑的に適用されており、過去10年間の検挙数を見ても商標権、著作権侵害を除くと1年間に0~2件に過ぎません。


他の先進諸国の立法例を見ても、最も重いドイツでも懲役刑の上限は5年であり、アメリカ・イギリスには刑事罰の定め自体が存在せず、我が国のみが他国に突出して重い刑事罰を定める理由は見いだせません。いたずらに重罰化を図ることによっては知的財産権侵害行為を抑止しできず、これによって生ずる弊害の方がはるかに大きいのです。


3 特許庁長官への提出

当連合会は、2006年3月17日、特許庁長官などにこの意見書を提出しました。

(※本文はPDFファイルをご覧下さい)