「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案」についての意見

2005年3月18日
日本弁護士連合会


本意見書について

1 法案に対する全体的評価

「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律案」(以下「新法案」又は単に「法案」という。)には、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)のまとめた刑事被拘禁者の処遇に関する法律案(略称「日弁連刑事処遇法案」)と比較すれば、数々の不十分な点は認められる。


しかし、日弁連が「全体として、これを実現することによって受刑者の人権保障と刑務官の執務環境を改善し、刑務所運営を透明化するものとして、評価」した、2003年12月の行刑改革会議提言(以下「提言」という。)を大筋において実現したものと評価することができる。


また、日弁連がその抜本的修正を求めてきた刑事施設法案と比較すると、日弁連が長年にわたって提案し続けてきた第三者機関が刑事施設視察委員会として実現されること、外部交通権の範囲がかなりの程度拡大されること、規律秩序の偏重を是正しようとする姿勢が見られること、社会一般水準の医療を保障するものであることなど、日弁連が求めてきた「刑事施設法案の抜本的修正」に近づいたものと全体的に評価することができる。


法案は、未決処遇と既決処遇を明確に分離しており、未決処遇については今後の課題とされている。日弁連としては、長年の懸案である代用監獄廃止問題や弁護人の接見交通権問題等について、今後、日弁連と法務省・警察庁間の三者協議等を通じて、より望ましい解決が図られるよう努力していく所存である。


2 受刑者処遇法案の今国会成立に期待

日弁連は、未決処遇と既決処遇の明確な分離のもとに、既決処遇を定めるものとしてのこの新法案の今通常国会における成立に期待するとともに、引き続く未決拘禁者の処遇に関する法律案についての三者協議及び行刑改革推進委員会顧問会議での審議を経た立法化に向けて努力を傾けることとする。


3 今次立法に当たり最小限対応を求める重要点

ただし、新法案には、行刑改革会議の提言の趣旨や確立した国際的な人権基準に照らして疑問の残る点が、いくつか認められる。少なくとも、提言が処遇の改善を求めている部分について法案に生かされていない、あるいは、確立した国際的な人権水準に照らして明らかにこれを満たしていないと言わざるを得ない次の諸点については、なお今次の立法に当たり、改善を行うことを求めるものである。また、省令内容も確認するべき点がある。


(1) まず矯正の人員と予算の拡大を求める。


今回の立法が必ずしも十分なものとはならなかった理由として、過剰拘禁の下で必要な人員、設備が確保できていないためと説明されている点がいくつもある。運動時間の問題や、土曜・休日・夜間の面会、単独室原則などがそれである。


警察の人員予算の拡大に比較して、矯正の人員予算の拡大はまだまだ不十分である。矯正の人員、予算の抜本的な拡充こそが、監獄法改正を実効あるものにする大前提であることをまず強調しておきたい。


(2) 面会、信書、書籍閲覧などの権利制約の要件をより限定されたものに改めるべきである。


「規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとき」「矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがあるとき」という要件は、権利制約の要件としてあまりにも広範である。せめて「規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれが明らかなとき」「矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれが明らかなとき」などと訂正するよう求める。


(3) 1日1時間の運動を法律上保障することを求める。


提言は、運動スペースと職員配置の問題を解決した上で1日1時間の運動時間を確保するよう努力することを求めている(26頁)。しかし、この点は法案に盛り込まれていない。理由は、運動スペースと職員配置の問題が解決できないためとされている。しかし、運動スペースはなくても、所内の散歩でも戸外の運動になるのであり、運動スペースの問題は提言を実施できないことの理由とならない。1日1時間の戸外で過ごす時間を保障することを法案に明記するべきである。


(4) 申出のあったときに診療義務があることを明確にすべきである。


提言は、「被収容者が希望するのに医師の診察を受けられない場合がある」ことを認め、「他部門の要請が、場合によっては医療的判断に影響を及ぼす可能性があることも否定し難い」とする(36頁)。医師法上患者から診察の申出のあった場合には医師は正当な理由なくこれを拒むことはできないとされており、このことは刑事施設における医療においても例外ではない。受刑者が希望して医師の診療を受けられない事態を避けるため、医療を行う場合として、「受刑者が診療を申し出たとき。ただし、その受刑者が診断を受けた後も同一内容の診療の要求を繰り返すなど医師において明らかに医療上の必要性がないと認める相当な理由があるときはこの限りでない。」を付加することを提案する。


(5) 隔離収容と保護室収容についての長期を明確に定める規定を置くべきである。


隔離収容と保護室収容について長期を限定するなどの措置を執るべきである。


隔離収容と保護室収容については、深刻な人権侵害が相次いでおり、医師の意見の聴取の規定や必要性がなくなったときの中止規定などは認められたものの、日弁連の強い要望であった長期の限定の規定は入れられていない。隔離収容については6か月、保護室収容については7日程度の長期の限定規定を置くべきであるし、長期の隔離収容を避けるためには、隔離収容について、本人に理由を告知すべきである。


(6) 受刑者の居室を単独室とすることを法律上の原則とすべきである。


法案には単独室原則が規定されていない。過剰拘禁の下で個室を準備する予算がないという理由である。しかし、昼間は共同の生活を送り、夜間は個室における処遇が最も望ましい形態であることは異論のないところであり、単独室原則が規定されなければならない。


(7) 外部交通の保障と拡大を求める。


  1. 提言においては、土日の面会について、親族との面会に関し職員配置のための体制が整うことを前提としてこれをできるよう配慮していくべきとされた(23頁)。土日・夜間の面会については省令のレベルで一定の範囲内で認めるとの説明があったが、土曜・休日・夜間の面会の範囲内容を国会審議の中で明らかにされるべきである。
  2. 弁護士との面会、信書の発受については、原則として立会い・検査しないとされたことは歓迎するが、「受刑者が自己に対する刑事施設の長の措置その他自己が受けた処遇に関する業務」に限定されている点は問題である。提言では、法律上の重大な利害に係る用務の処理のための弁護士の面会については立会いをしないなどの配慮」を求めている。この提言の趣旨に従い、「弁護士法第1条及び弁護士法第3条第1項に規定する職務を行う弁護士」については面会の立会いと信書の検査は原則として行わないことを法律上明記すべきである。
  3. 裁判員制度・改正刑事訴訟法の適正な運用の確保のために、日弁連は、身体拘束中の事件関係者との接見が必要であることを強調している。弁護人が自由に証人予定者等と面会して尋問の準備等を行うことは被告人の防御上重要である。したがって、弁護人が立会いなく、時間制限なしに身体拘束中の事件関係者と接見する権利が保障されるべきである。また、弁護士会の人権擁護委員会がその職務のために申立人や事件関係者と面会する場合も、秘密面会の要請が強い。そこで新法案では、やはり、「自己が受けた処遇に関する業務」に限定されず、「弁護士法第1条及び第3条第1項に規定する職務を行う弁護士」との面会については原則として立会いをしないとすべきである。

(8) 外部通勤と外出・外泊のため、仮釈放期間の経過を必要とする要件は削除すべきである。


「仮釈放を許すことのできる期間を経過した」ことを外部通勤と外出・外泊の要件としているが、いずれにしても施設長の裁量に係る措置であり、制度の今後の発展の阻害要因になると考えられるのでこの要件は削除すべきである。


(9) 附則に5年後をめどとして見直し規定を設けることを求める。


法案には、電話の導入や外部通勤、外出・外泊など初めて導入される制度がある。また、長年運用されてきた累進処遇制度に代わって導入される優遇制度の運用についても、明確でない部分がある。


提言に含まれている措置の中で、新法案において見送られている単独室原則や1日1時間の運動時間の保障などの問題は、過剰拘禁と施設予算に関係している。


国会として法案の運用状況をチェックし、必要に応じて改正していく姿勢を明確にするために、法案附則に5年後をめどに見直しの規定を設けることは、必要なことであり、また、有益なことである。


(10) 警察留置場に関する規定を必要最小限のものとすべきである。


法案の補則に警察留置場の管理運営規定、代用監獄に収容されている受刑者の処遇等に関する詳細な規定が設けられている。これらの規定の必要性そのものが疑問である。


とりわけ、「警察庁長官は、…その指定する職員に警察留置場を巡察させる」との規定は現行監獄法にはない規定であり、これから開始される未決処遇の検討の中で十分審議すべき問題である。今回の法案に規定する理由はなく、削除を求める。 


また、代用監獄に収容されている受刑者についての防声具の使用について法案に規定している。今回の立法では、刑務所、拘置所における防声具は廃止されることとなった。防声具については最近も死亡例の報告がある(2004年4月21日、和歌山東警察署)。警察留置場を含めて防声具は使用しないことを求めるのが日弁連の基本的立場であるが、少なくとも、この点は未決拘禁者の処遇を議論する次の段階で代替案を含めて検討すべきである。


したがって、法案補則の警察留置場に関する規定については、「警察留置場の管理運営及び処遇については、なお従前の例による。」という規定あるいはこれと同趣旨の、現行法令がそのまま適用される旨の何らかの規定を置くにとどめるだけで十分である。


以上の点からすれば、少なくとも、法案第146条の見出しは「警察留置場の管理運営」ではなく、単に「警察留置場」とすべきである。また、警察庁長官による巡察の規定は削除すべきである。


4 更なる改善を求める事項

日弁連が長年にわたってあるべき監獄法の改正を求めてきたことは、本意見書の冒頭に記載したとおりである。


この観点から、日弁連は上記3の最重点以外にも、本意見書本文第2部「新法案に対する意見」に記載した各事項ができる限り実現されることを求める。


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