裁判員制度及び刑事裁判の充実・迅速化に関する日弁連意見書

2003年12月11日
日本弁護士連合会


本意見書について

裁判員制度、刑事裁判の充実・迅速化及び検察審査会制度に関する検討が大詰めを迎えているが、今般司法制度改革推進本部裁判員制度・刑事検討会の「座長ペーパー」(以下「座長試案」という。)が公表され、それを受けて司法制度改革推進本部事務局より意見募集が行われている。


しかし、座長試案は、裁判員制度については、全体として国民の司法参加を実質化することに消極的であり、また刑事司法改革についても、証拠開示、取調べ過程の可視化(録画・録音)、直接主義・口頭主義の徹底等裁判員制度を適切に運用する上で必須とされている改革に消極的であるばかりでなく、被告人、弁護人の防御権、弁護権への配慮に著しく欠け、かえって規制を強化する項目を含む内容となっており、極めて多くの問題を含んでいる。とくに、裁判員制度の性格を決定づけると言われる裁判官と裁判員の数、割合について、裁判官3人、裁判員4人としている考え方は、司法制度改革審議会意見書(以下「意見書」という。)の趣旨に背馳するものである。


また、意見書は「この制度が所期の機能を発揮していくためには、国民の積極的な支持と協力が不可欠となるので、制度設計の段階から、国民に対し十分な情報を提供し、その意見に十分耳を傾ける必要がある」(102頁)と述べているが、座長試案は、検討会委員間の議論状況を踏まえたものに過ぎず(しかも、非専門家の市民委員の意見は余り反映されていない)、これまでの意見募集に寄せられた多くの国民の意見を全く考慮していない点でも、極めて問題である。座長試案公表後、こぞってマスコミの厳しい批判を浴びた。国民不在の案であると評価されてもやむを得ないものである。


このように、座長試案は根本的に再検討されなければならない。


当連合会は、「裁判員制度「たたき台」に対する意見(2003年5月30日)及び「司法制度改革推進本部たたき台「刑事裁判の充実・迅速化について」に対する意見書(同年8月22日)を提出しており、当連合会の意見はその各意見書に記載したとおりであって、基本的には座長試案に対してもその意見がそのまま当てはまるものである。そこで、当意見書では、そのうちとくに問題のある点に絞って、再度当連合会の意見を述べることとするが、その骨子は以下の通りである。


I 裁判員制度について

合議体の構成

【意見】


裁判官は1ないし2人、裁判員は9ないし11人とする。


【理由】


裁判に国民の社会常識を反映させること、司法の国民的基盤の確立、裁判員が気後れしないで発言でき、裁判員が主体的・実質的に参加できる環境づくり等のためには、裁判員は多数必要である。


裁判官は、刑事裁判の中心的機能である事実認定と量刑に裁判員が関与するため、より慎重に行われるようになること、法律判断は単独事件では1人の裁判官が責任を持って行っており、判事1人又は2人で行うことが十分可能であること等の理由から、1人又は2人で十分である。これに対しては、他の法定合議事件とのバランスや、裁判官2人の場合意見が分かれると決められない等の批判があるが、そもそも、裁判員を参加させる新しい制度を設計するにあたり、既存の裁判官裁判とのバランスを考慮する理由は乏しく、また、裁判官2人の意見が分かれた場合には意見を決するルールを決めておけばよいのであって、それは裁判官3人の意見が分かれた場合にルールが定められていることと同様である。


評決

【意見】


評決は全員一致を原則とし、有罪の評決は、一定の要件のもとで3分の2以上の多数決とする。死刑を言い渡すときは全員一致を要する。


訴訟手続に対する判断及び法令の解釈に関しては、


  1. 当事者のいずれかに立証責任が認められる事項に関して2名の裁判官の意見が分かれた場合は、立証されなかったものとみなすものとする。
  2. 上記以外について2名の裁判官の意見が分かれたときは、裁判長がこれを決するものとする。

【理由】


合理的疑いを残さない立証の必要性、充実した評議の確保等の観点から、評決は原則全員一致とし、有罪の評決は、一定の要件(一定時間経過後又は投票を数回繰り返しても意見の一致をみないとき)の下で3分の2以上の多数決制とすべきである。ただし、死刑を言い渡すときは、その重大性に鑑み全員一致を要するとすべきである。


裁判官が2人の場合には、立証責任の分配の趣旨を生かす観点、決定基準の明確性の観点から、上記意見のとおりとすべきである。


裁判員の年齢要件

【意見】


裁判所の管轄区域内の普通地方公共団体の議員の選挙権を有する者とする。


【理由】


一般市民が裁判員として裁判に参加することは、統治主体としての役割を果たす一局面であるから、同様の意義を持つ選挙権と一致させるのが自然である。年齢を引き上げなければならないとする理由はない。一般国民の社会常識を反映するというならば、成人に達した若者の感覚や経験も重要である。


裁判員等の義務と罰則

【意見】


裁判員等の守秘義務は、評議の経過、各裁判官及び各裁判員の意見、その多少の数、その他の職務上知り得た秘密に限る。


裁判員等が、上記守秘義務に違反した場合、または、合議体の裁判官及び他の裁判員以外の者に、担当事件の事実の認定、刑の量定等に関する意見を述べた場合には、○円以下の罰金に処するものとする。


裁判員等の職にあった者は、正当な理由なく、評議の経過、各裁判官及び各裁判員の意見(自らの意見を除く)、その多少の数、その他の職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。但し、各裁判官若しくは各裁判員の意見を、その意見を述べた者が特定される方法で明らかにする場合を除き、有罪判決については、守秘義務の期間を限定する。


裁判員等の職にあった者が、上記守秘義務に違反した場合には、○円以下の罰金に処するものとする。


【理由】


広く国民に裁判員制度の理解を広め、また制度の運用状況を検証する余地を残すため、広汎な守秘義務を課すべきではない。


各裁判員や補充裁判員が、任意で自分の見解を明らかにすることを禁止する必要はなく、一定の事項については、正当な理由のある場合に、守秘義務を解除すべきである。更に、裁判員の心理的負担を考え、一定期間の経過により守秘義務を一律に解除することも検討されるべきである。なお、無罪判決の場合には、被告人の利益を守る観点から、一定事項につき守秘義務を課すこともやむを得ない。


罰則については、裁判員制度という新制度の実態について、国民が知り、事後的に検証する利益(「知る権利」の保障)及び参加する国民の心理的負担と、保護されるべき利益との調和の観点から、罰金刑のみとすべきである。


公判手続等

【意見】


取調べの可視化(録画・録音)が必要である。


【理由】


取調べの可視化は、取調べの適正化とともに、裁判員裁判における取調べ状況のわかりやすい立証に資する。供述調書の信用性等につき、「その作成状況も含めて、裁判員が理解しやすく、的確な判断をすることができるような立証」(座長ペーパー12頁)の方策として最も適切なこの制度を、裁判員裁判導入を契機にぜひとも実施すべきである。


裁判員等に対する接触の規制

【意見】


裁判員等に対する接触の規制は、その任務終了までとする。


保釈不許可事由、接見禁止事由、保釈取消事由の新設には反対する。


【理由】


裁判員の任務が終了した後まで、一律かつ永続的に接触を禁止するのは行き過ぎであり、特に、学術研究や報道取材など裁判員側の守秘義務が解除される場合の接触まで禁ずるべきではない。裁判員等の保護は、新設される「裁判員等威迫罪」や、刑法の強要罪、脅迫罪等によっても担保される。


保釈不許可事由等の新設は、運用次第では、保釈、接見という被告人の重要な権利を不当に制限するおそれがあり、反対する。


裁判の公正を妨げる行為の禁止

【意見】


裁判の公正を妨げる行為の禁止、報道規制の規定はいずれも設けるべきではない。


【理由】


裁判の公正を妨げる行為の禁止規定は、対象が曖昧・無限定であり、正当な弁護活動や国民の持つ表現の自由、知る権利、報道の自由などを制約するおそれがあるので、かかる規定は設けるべきではない。


報道の規制は、報道機関の報道の自由(表現の自由)の重要性に鑑み、報道機関の自主規制ルールにゆだねることとし、法令上規定を設けないこととすべきである。



II 刑事裁判の充実・迅速化のための方策について

準備手続の充実

【意見】


必要かつ十分な準備期間の保障を、法律に明記すべきである。


【理由】


被告人の防御権を保障しつつ、連日的開廷、充実しかつ迅速な裁判を実現するためには、十分な準備期間の保障が不可欠である。


取調請求証拠以外の証拠の開示

【意見】


検察官は、取調請求証拠を開示する際に、原則として、一定類型の証拠(座長試案が掲げる類型に、「捜査報告書」「法令により作成することが義務づけられている書類」を付加する)を、弁護側に開示しなければならないものとする。


 また、検察官は、前記証拠開示の際に、その保管する証拠の標目を記載した一覧表を弁護側に開示し、弁護側が、その一覧表の中から証拠を特定して開示を請求した場合には、原則として、当該証拠を開示しなければならないものとする。


【理由】


連日的開廷、被告人の防御権の実質的保障のためには、原則全面開示を前提とした十分な証拠開示が必要不可欠である。検察官手持ち証拠の一覧表開示や、一定の類型に属する証拠の全面開示は特に重要であり、開示を拒否できる弊害要件は非常に厳格なものとすべきである。


証拠の標目の提出命令

【意見】


裁判所は、証拠の標目の提出命令により提出された一覧表を被告人及び弁護人に開示するものとすべきである。


【理由】


証拠開示に関する決定に対する不服申立ての前提として、弁護側にも開示されるべきである。弊害が生じる場合には、例外的に当該部分を不開示とすれば足りる。


証拠開示命令違反に対する制裁

【意見】


開示を怠った場合の制裁規定を設けるべきである。


【理由】


証拠開示命令の実効性を担保するために必要である。


被告人側による主張の明示・争点の確認等

【意見】


被告人側の主張明示義務や、準備手続終了後の主張立証制限を設けるべきでない。


【理由】


被告人の黙秘権の保障という観点や、準備手続においてかえって無用な主張立証が提出されることになるとの観点等から、準備手続終了後の主張・立証制限は設けるべきでない。


開示された証拠の目的外使用

【意見】


開示された証拠は、被告人の防禦活動又は弁護活動その他正当な目的以外で使用してはならないものとする。


過料と刑罰の制裁規定を置くことには強く反対する。


【理由】


座長試案の「当該事件の審理の目的」以外の使用禁止は、禁止範囲が広範に亘り、弁護団会議や著作などによる弁護活動等をも規制するおそれがあるから、上記のとおりとすべきである。制裁規定は、弁護活動に萎縮効果をもたらすもので、被告人の防御権を著しく侵害するから、設けるべきではない。


連日的開廷の確保等

【意見】


連日的開廷を可能にするために必要な法整備を合わせて行うべきである。証拠開示の拡充、十分な準備期間の保障のほか、特に、(1)被疑者・被告人の身体拘束からの解放(保釈等)、(2)接見交通権の拡充(夜間・休日接見、裁判所構内での接見など)、(3)有効な弁護の保障(公的弁護制度、弁護人の権限拡充)、(4)公判の速記録又は録音テープの即時交付、が必要である。


【理由】


連日的開廷や充実した準備手続等を行うためには、被疑者・被告人の防御権が十分保障されなければならず、そのためには弁護人と被告人の意思疎通が十分図られなければならない。それを実効的なものとするため、保釈の原則化等勾留制度の改革、刑事訴訟法39条3項の削除をはじめとする接見交通権の実質的保障の確保等が不可欠である。


また、弁護権の拡充として証拠保全制度の活用等や、公判準備のための速記録等の即時交付も必要である。


訴訟指揮の実効性確保

【意見】


弁護人が出頭しない場合等の職権による弁護人の選任は、不出頭に正当な理由がない場合、または、被告人の同意がある場合とすべきである。


出頭命令や訴訟指揮違反に関し、過料の制裁及び損害賠償、並びに裁判所による処置請求に関する規定を設けることには強く反対する。


【理由】


弁護人の不出頭の場合の職権による弁護人の選任については、要件を明確にする観点及び被告人の利益を保護する観点から、上記の要件を明記すべきである。


訴訟手続の主宰者が裁判所であり、訴訟指揮権が裁判所にあることは当然であるが、その行使は当事者の信頼関係を基本として行わなければならない。当事者の不出頭や尋問等により深刻な対立が続き、そのために訴訟遅延となった具体的事例は近年ほとんどなく、新たな規定は設けるべきでない。


即決裁判手続

(被疑者・被告人が、手続の選択にあたって虚偽の自白を強要されるおそれのないよう、取調べ全過程の録音・録画等の取調べの可視化や、被疑者段階からの公的弁護制度の整備が必要である。詳細は、別途提出する「即決裁判手続についての意見書」(2003年11月21日理事会承認)参照。)


以上


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