代用監獄廃止について(申入れ)

日弁連総第66号
2003年11月5日


 

法務大臣 野沢 太三 殿
行刑改革会議 座長 宮澤 弘 殿


日本弁護士連合会
会長 本林 徹


 

代用監獄廃止について(申入れ)


第1 申入れの趣旨


今次行刑改革においては、長年の懸案事項である代用監獄の廃止を実現されたい。


行刑改革会議におかれては、代用監獄問題について十分論議を尽くしたうえ、法務大臣に対し、代用監獄の廃止を提言されたい。


第2 申入れの理由


1 代用監獄とは


代用監獄は、本来拘置所に収容されるべき勾留決定後の被疑者・被告人を引続き警察留置場に収容する日本特有のシステムである。その根拠は監獄法1条3項(「警察官署ニ附属スル留置場ハ之ヲ監獄ニ代用スルコトヲ得」)にあるとされている。


しかし、この制度は「逮捕された被疑者の身体は、司法官憲に引致された後、捜査官憲の手に戻されてはならない」という刑事司法の大原則に違反するばかりでなく、現に長く冤罪の温床、人権侵害の温床となってきた。それは、犯罪捜査を担当する警察が被疑者の身体を管理しているのをよいことに、自白を獲得するため長時間あるいは苛酷な取調べを行うためである。


2 代用監獄は廃止しなければならない


有名な死刑再審4事件(免田事件・財田川事件・松山事件・島田事件)は、いずれも代用監獄を利用してつくられた虚偽の自白が原因であった。女性被疑者が看守からわいせつ行為を受けた三島警察署事件・川崎臨港警察署事件なども、代用監獄だからこそ起きたものであり、拘置所なら女性の看守を配置しているため起こり得ないことである。2000年、判決間際になって窃盗の真犯人が見つかるという誤認逮捕事件が愛媛県宇和島市で発生したが、これも代用監獄が生んだ虚偽の自白によるものである。


代用監獄は先進国ではとっくに廃止された前近代的な制度であり、「人権後進国」日本の象徴とさえいわれている。捜査機関が被疑者の身体を管理すると上記のような弊害が生ずるため、世界では捜査機関と被疑者を拘禁する機関を別にすることが常識となっているからである。現に、国際人権(自由権)規約は、刑事上の罪に問われて身体を拘束された者は速やかに裁判官の面前に連れていかれ、その後は捜査機関に戻されてはならないことを定めている(9条3)。この原則について、日本の警察庁は1980年以降、留置業務を捜査部門から分離し総務課に移して弊害を解消した旨弁解するが、所詮は同じ警察組織内の事務分掌にすぎず、全く実効性がない(現に1980年以降も代用監獄による弊害・人権侵害は多発している)。


日本の代用監獄に対しては、既に10数年前からアムネスティ・インターナショナル、国際法曹協会(IBA)など多くの国際人権団体・NGOが批判の声を上げてきた。国際人権(自由権)規約委員会も、代用監獄を同規約に適合するようにすることを日本政府に繰り返し求めている。当日本弁護士連合会も長年、代用監獄の廃止を訴えてきたことはいうまでもない。


以上のとおり、代用監獄は廃止されなければならない。


3 代用監獄廃止と拘置所の増設


次に、代用監獄を廃止して、拘置所を増設すべきである。当連合会の試算(1994年)によれば、拘置所を全国で約60か所増設すれば勾留決定後の被疑者・被告人を全員収容することができ、この増設に要する費用は概算300億円で足りる(日本弁護士連合会拘禁二法案対策本部編「解説・日弁連刑事処遇法案」20頁)。この案をもとに現在の収容実数その他の点から必要な検討を加えることによって、拘置所増設計画を具体化し実行することは決して困難ではない。


なお、現在東京都では、警視庁が中心となって、警察留置場が不足しているとして、渋谷区神宮前(原宿)その他の地区に数百名を収容する大規模警察留置場を新たに建設する計画を進めている。しかし、この計画は、その前提とされる被収容者数増加の見通しに根本的な欠陥があるばかりでなく、拘置所を増設して代用監獄を廃止するという本道から大きくはずれ、国際世論に逆行するものである。


4 行刑改革としての代用監獄廃止


現在、行刑改革会議においては刑事施設の被拘禁者の基本的人権を保障する方向での行刑改革論議が進められており、2003年中には法務大臣への提言ないし意見が明らかにされることとなっている。


この論議においては、長年の懸案事項である代用監獄問題について十分論議を尽くされたうえ、答申書ないし意見書において監獄法1条3項の削除による代用監獄の廃止を提言されるよう切望する次第である。


5 被逮捕者の留置場所や処遇に関する法律は不要


なお、警察庁は、捜査のための必要性を強調する立場から、この間一貫して代用監獄の廃止に反対してきた。のみならず、国際世論に逆行して、警察立法によって警察留置場を正規の刑事拘禁施設に格上げするよう求めてきた。


警察庁の主張の根拠は、被逮捕者(勾留決定前の被疑者)を収容すべき場所やそこでの処遇等について法律上の規定がないという点にある。


しかし、警察は被疑者を逮捕した後48時間以内にその身体を検察官に送致しなければならない(刑事訴訟法203条1項)。もともと逮捕に伴う身体拘束は、「逮捕」という行為とその後の本格的な身体拘束である「勾留」の中間に位置する一時的・過渡的なものであり、その限度で警察は被逮捕者を留置することができるにすぎない。そして、警察留置場は逮捕状に記載された「引致すべき官公署」(同法200条1項)の一室と解することができる。


かように、警察留置場への被逮捕者の留置には刑事訴訟法上の根拠が現にあり、しかも一時的な仮の身体拘束という性格上、処遇の内容について細かく規定する必要はないから、被逮捕者の留置場所や処遇に関する法律を新たにつくる必要は全くない。


以上