「労働関係事件への総合的な対応強化についての中間取りまとめ」に対する意見

2003年9月5日
日本弁護士連合会


本意見書について

当連合会は、司法制度改革推進本部事務局が平成15年8月15日付で提示した「労働関係事件への総合的な対応強化についての中間取りまとめ」(以下「中間取りまとめ」という。)についての意見募集に対し、次のとおり意見を述べる。


意見

第1 司法制度改革審議会意見書と当連合会の取り組み

1.司法制度改革審議会意見書


  1. 司法制度改革審議会意見書(以下「意見書」という。)は、「労働関係事件への総合的な対応強化」として、[1]労働関係事件の審理期間をおおむね半減することを目標とし、民事裁判の充実・迅速化に関する方策、法曹の専門性を強化するための方策等を実施すべきこと、[2]労働関係事件に関し、民事調停の特別な類型として、雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する労働調停を導入すべきこと、[3](a)労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方、(b)雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否、(c)労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否について、早急に検討を開始すべきことを求めている。
  2. 意見書によれば、これは、近年、社会経済情勢の変化に伴い、企業組織の再編や企業の人事労務管理の個別化の進展等を背景として、個別労使関係事件を中心に、労働関係訴訟事件が急増し、さらにこれを大幅に上回る件数の相談が関係行政機関に持ち込まれている現状、労働関係事件については、雇用・労使関係の制度や慣行等の実情に基づいて判断することが求められ、そのためにはこれらの実情についての専門的知見が必要であること、労働関係事件は、労働者の生活の基盤に直接の影響を及ぼすことから、一般の事件に比し、特に迅速な解決が望まれること、ヨーロッパ諸国では、労働関係事件について労働参審制を含む特別の紛争解決手続を採用しており、相当の機能を果たしていること等々の認識・理解に基づくものである。

2.当連合会の取り組み


  1. 当連合会は、今次の司法改革で、「法の支配」が社会のあらゆる場に貫徹され、透明で公正な社会をつくるため、「市民の司法」の実現を目指してきた。
    「市民の司法」とは、これまでの2割司法といわれる「小さな司法」を抜本的に改革し、司法が国民的基盤に立脚し、「市民に身近で、利用しやすく、わかりやすく、納得のできるもの」であるべきとするものである。
    こうした基本的立場から、当連合会は、労働裁判の改革については、労働裁判所の設置、労働裁判における参審制の導入を求めてきた。
    意見書の指摘のとおり、近年、個別労使関係事件を中心に、労働関係訴訟事件が急増し、これを上回る件数の相談が関係行政機関に持ち込まれている現状であるところ、審理期間の長さ、解決内容に対する納得度において、労働裁判に対する不満は大きいものがある。
    このため、労働裁判へのアクセスが阻害され、多くの労働関係事件が司法による救済を受けられない状況にある。
    労働関係事件の解決には、労働実態についての専門的知見が不可欠であり、これに通暁している労働者側、使用者側それぞれの者を非職業裁判官として労働裁判に関与させ、職業裁判官とともに審理・判断に当たらせれば、企業と労働の実情が手続と判断に反映され、迅速かつ公正で納得のいく労働裁判の実現が期待できることになる。
    こうした現状認識と基本的立場から、当連合会は、労働裁判の現状を打開し、労働裁判も国民的基盤に立脚し、「利用しやすく、役に立つもの」とするための制度的改革として、労働裁判に参審制を導入することを求めてきた。
  2. 当連合会は、意見書の現状認識・問題意識、意見書が示す改革の方向性に賛同するものであり、改革が小さなものに終わることなく、大胆・強力に推進されることを期待するものである。
    このために、当連合会も、全力を挙げて取り組んできた。
    当連合会は、取り組みの一つとして、労働検討会の検討に資したいとの考えから、平成15年7月5日、イギリス、ドイツの労働裁判所の裁判官を招いて、「労使紛争の解決と労働裁判の役割」と題するシンポジウムを開催し、また、労働検討会検討委員と両裁判官との意見交換の場をもち、充実した議論が行われた。
    両国の労働裁判所(イギリスでは「雇用審判所」と呼ぶ。)は、労働者側、使用者側双方から選出された非職業裁判官(イギリスでは「労使審判官」、ドイツでは「名誉職裁判官」と呼ぶ。)が職業裁判官とともに裁判所を構成し、中立・公正な立場で個別労働事件について審理・判決するものであり、このシステムは、両国ともに十分に機能し、その役割を果たしているという。
    国情も歴史も異なる両国において、ともに、労働参審制度が労働関係事件の解決に貢献し、評価を得ていることは、我が国に労働参審制度を導入した場合にも、同様の機能を果たし、個別労働訴訟事件の解決に役立つことが期待されるものである。

第2 「第2 専門的な知識経験を有する者の関与する新たな紛争解決制度(労働審判制度)の導入」

1.中間取りまとめに示された制度案は、個別労働関係事件を対象に、3回程度の期日で事件処理を図る簡易迅速な手続により、労使関係に関する専門的な知識経験を有する者(労働検討会での議論の状況からして、その給源を、主として労働者側・使用者側双方に求めるものとされる。)が職業裁判官とともに合議体を構成して審理し、合議により、権利義務関係を踏まえつつ事件の内容に即した解決案を決するものとされるが、[1]労使関係の専門的知識経験を有する者が裁判官とともに合議体を構成して審理・評決をすること、[2]簡易迅速な紛争解決を図る手続とすることにより、労働裁判の国民的基盤を拡げるとともに、労働裁判を利用しやすく、納得のできる制度に改革するための重要な一歩を踏み出すものとして、高く評価できるものである。

2.制度案に残された課題


第一に、決せられた解決案の効力及びこれとの関連における当事者の意向への考慮の在り方については、なお検討するとされている。


制度案は、労働調停制度を基礎とし、事件を審理しつつ、調停を試み、調停によって解決し難い事件について解決案を決するというものであるところ、当事者の意向への考慮の在り方、解決案の効力如何については、利用しやすく、納得が得られ、実効性のある制度となるよう検討されることを要請する。


第二に、手続の内容については、なお検討することとされているが、3回程度の期日で争点の整理・証拠調べの実施・調停の試みという事件処理が円滑に行われるための方策(例えば、期日外での打ち合わせを含めた事前準備の必要性とその手順、証拠資料の事前開示の問題、証拠調べの程度と方法、調停を試みる時期・段階等々)がぜひとも必要である。


第三に、訴訟手続との関連については、なお検討するものとするとされているが、[1]当事者の意向への考慮の在り方と訴訟手続との関連、[2]せられた解決案の効力と訴訟手続との関連、[3]証拠調べの結果と訴訟手続との関連等々が検討されるべきであり、制度を利用者にとって「利用しやすく、実効性のあるもの」として定着させるためには、訴訟手続と何らかの形でリンクさせるべきである。


第四に、合議体を構成し、審理・評決をなす専門的知識経験を有する者の選出の在り方については、専門性、中立・公正性の両面における適格者を得、かつ又、そうであるとの信頼を保つために、その給源問題を含め(原則として、労働組合と使用者団体選出の者とすべきである。)、公正・透明な選出の在り方を具体化する必要がある。


なお、これらの専門的知識経験を有する者の確保、育成に向けた早急な取り組みが求められる。


第五に、労働参審制等の、雇用労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する訴訟制度の導入の当否については、労働関係訴訟の今後の状況、労働審判制度案(及び専門委員制度)における専門的な知識経験を有する者の関与する実績等を踏まえるべき、将来の重要な問題と考えられるとしているところ、労働参審制の導入が、中間取りまとめにおいて時期尚早とされた点は残念なことであるが、労働審判制度案は労働参審制導入に向けての一里塚であると位置づけ、具体的な制度設計にあたって、その趣旨が最大限に生かされることが望まれる。


第3 「第3 労働関係事件の訴訟手続の更なる適正・迅速化について」

1.中間取りまとめは、訴訟手続の適正・迅速化について、実務に携わる裁判官、代理人である弁護士等の関係者において、今般の民事訴訟法の改正等を踏まえ、計画審理、定型訴状等の在り方をはじめ、実務の運用に関する事項についての具体的協議を行うこと等により、訴訟実務における運用の改善に努めるべきとするものである。


2.上記の方策自体について異論があるわけでないが、利用しやすい労働裁判、迅速な紛争解決という観点からして、このような方策だけでは不十分といえる。


付記された意見のとおり、特に労働関係終了に関する事件に関しては、労働者の生活の基盤が直ちに失われるため、とりわけ審理の迅速化が強く求められるものであり、審理の充実を踏まえて、審理の迅速化・計画審理の原則化等の運用改善の指針を法制化することが望まれる。


第4 「第4 労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方について」

1.中間取りまとめは、救済命令に対する司法審査の在り方について、労働委員会における不当労働行為事件の審査の際に提出を命ぜられたにもかかわらず提出されなかった証拠が、救済命令の取消訴訟において提出されることに関し、何らかの制限を課すものとすることについて、引き続き検討することとし、具体的には、[1]労働委員会における証拠の提出を命ずる手続等の内容、[2]証拠の提出を制限することができるための要件、[3]証拠の提出の制限の効果等について、なお検討することが必要であるとするものである。


そして、いわゆる審級省略(「事実上の5審制」の解消)及び実質的証拠法則の導入の当否については、今後の労働委員会における不当労働行為審査制度の改善状況を踏まえ、さらに検討されるべき重要な課題であるとする。


2.中間取りまとめで指摘されているとおり、厚生労働省の「不当労働行為審査制度の在り方に関する研究会報告」は、取消訴訟において提出を制限する措置を講ずる方向で検討することが適当であるとしている。


不当労働行為審査制度の意義が没却されている状況を是正するために、証拠制限の措置を講ずる方向で検討することが望まれることはいうまでもない。労働検討会において十分に検討し成果を挙げることが求められる。


更に、審級省略及び実質的証拠法則の導入の当否については、これを実現する方向での積極的検討を期待するものである。


以上