知的財産高等裁判所の創設についての意見

2003(平成15)年6月17日
日本弁護士連合会


本意見書について

1. 「事実上」の知財高裁は世界最新鋭の構想

(1)特許権等に関する訴えについては、今国会において審議されている民事訴訟法の改正1)により、第一審は東京と大阪の各地方裁判所へと管轄が専属し、しかもこれらの控訴審は東京高等裁判所へと一本化されることになりました。加えて、現在、最高裁では、改正民事訴訟法の施行が予定される平成16年4月に合わせて、東京高等裁判所に知財大合議法廷を設置し100名以上の「専門委員」を投入することによる、早期の判例統一と専門技術的問題への対応力が強化された「事実上」の知財高裁の実現が構想されています。


(2)ちなみに、米国におけるCAFC(連邦巡回控訴裁判所)は、特許権等(すなわち、著作権や商標権等は含まれない)に関連する訴訟の控訴審として専属管轄権を有していますが、知的財産権関係以外の事件も多数取り扱っており、全体の事件数から見ると知的財産権関係の事件は3割程度であります。


イギリスにあるパテント・コートにしましても、これは高等法院(日本の地方裁判所に類する)の特許専門部のことを称しているものに過ぎません。なお、イギリスでは1990年にパテント・カウンティ・コートなるものが1庁、設立されましたが、これは高等法院の特許専門部と管轄が競合しているだけではなく、カウンティ・コートという裁判所の位置づけが日本の簡易裁判所に類する存在に過ぎないことにも注意すべきものと思います。


また、ドイツ及び韓国には特許裁判所といわれるものがありますが、これらは特許庁における行政処分についての不服審査を取り扱うのみでありまして、これらの国においても侵害訴訟については、通常の裁判所が取り扱っております。


(3)このように、諸外国の実情をも概観し、これと我が国において実現が構想されております「事実上」の知財高裁を比較しますと、我が国の「事実上」の知財高裁は、その集中度、充実度において世界でも最新鋭の制度と評価できるのではないかと思います。


2. 「法律上」の知財高裁を創設した場合に考えられる問題点

(1)ところで、今申し述べました「事実上」の知財高裁につき、これを更に一歩進めまして、内外に対し知財重視という国家政策を明確にするため、第9番目の高等裁判所として法律上も独立させるべきではないのか、との構想を拝聴することも多くなっておりますが、「事実上」の知的高裁が「法律上」の知的高裁として、組織上も独立した存在となりました場合には、問題点が考えられないわけでもありません。


(2)例えば、知的財産権において大きな比重を占める著作権等の事件については、改正民事訴訟法のもとでも、全国の各地方裁判所に管轄があり、控訴審についても全国の各高等裁判所に管轄があります。これは、著作権等の事件が特許権等事件に比べて訴額も小さいものが多く、また地域密着型の事件が多数存在することにも配慮した結果であると思われます。


しかし、仮に、著作権等事件についても「法律上」の知財高裁の専属管轄とされるとするならば、地方在住者にとっての裁判を受ける権利を損なうことになりはしないかという問題があります。


(3)また、理念的な問題としましては、米国におけるCAFCが、なにゆえ、知的財産権関係以外の事件も多数取り扱っているのか、ということにつきましても、一度確認しておく必要があろうかと思われます。


CAFCは、連邦控訴裁判所制度改革委員会(委員長 Roman・L・Hruska上院議員)においてまとめられたレポートの提言を受けて設立されたものでありますが、このレポート(「Hruskaレポート」)においては、(1)裁判官の視野が極めて狭いものとなってしまう、(2)裁判官が自らの政策的意見を判決に反映させる可能性がある、(3)地域毎の差異についての視野が狭まる、(4)裁判官の任用に際して特定の利益団体の影響を受ける可能性がある等の理由から、特別の分野についての控訴事件を専属的に審理する特別裁判所的なものを創設することは望ましくないとされております。


私どもと致しましては、「Hruskaレポート」が挙げる理由の中でも、特に、裁判官の視野が狭くなるとの指摘は、「法の支配」及び法的判断の本質に関わる問題を含んでいるのではなかと考えております。


3. 慎重な配慮が必要

冒頭に申し述べましたとおり、現在、その実現が構想されております「事実上」の知財高裁は、その構想が着実に実を結ぶならば、世界的にも最新鋭のものとなります。


私たちが、まず取り組むべきは、既に構想が固まった「事実上」の知財高裁を着実にスタートさせ、その運用の実際を見極め、改善をはかっていくことではないかとも思われます。


この意味において、「法律上」の知財高裁を創設する場合にも、考えられる問題点につきまして、慎重な配慮が必要ではないかと考えるものであります。


以上