裁判員制度「たたき台」に対する意見

2003年5月30日
日本弁護士連合会


本意見書について

裁判員制度は,戦後半世紀以上経過して初めて実現される国民の司法参加制度であり,画期的な意義を有する。日弁連では,裁判員制度の実施にあたっては,裁判員の主体的・実質的参加を実現すること,刑事手続を抜本的に改革することが重要であるとの観点から,2002年7月31日に,日弁連司法改革実現本部において,「『裁判員制度』の具体的制度設計要綱」(以下,要綱という。)を作成し,同年8月23日の理事会において,これを対外的に利用することを承認した。また,同理事会において,「『裁判員制度』の具体的制度設計にあたっての日弁連の基本方針」(以下,基本方針という。)を採択した。


ところで,今般司法制度改革推進本部事務局から,「裁判員制度について」と題するたたき台(以下,「たたき台」という。)が提示され,現在,裁判員制度・刑事検討会において,この「たたき台」に基づいて議論が行われている。そこで,当連合会は,上記要綱及び基本方針を前提としつつ,この「たたき台」のうち,特に重要な事項について日弁連の考え方を明らかにする。


1. 裁判員の数は9人以上とし,裁判官の数は1人または2人とすること

裁判に国民の社会常識を反映させること,国民的基盤の確立,諸外国との比較等からすると,裁判員の数はできる限り多数であるべきであり,その数は9人以上(9人から11人)が適切である。この程度の人数が参加しても,評議の実効性は損なわないし,判決書の起案も可能である。


他方,裁判員の数を3人前後とするいわゆるコンパクト論では,社会常識が裁判に十分反映されず,国民的基盤の確立という制度趣旨にほど遠い。裁判員が自由に意見を述べ,裁判官と対等に評議するためには,裁判員の数が裁判官の数よりも相当数上回っていなければならないことについては,各地の模擬裁判等において実証されているところである。


裁判官の数については,刑事裁判の中心的機能である事実認定と量刑に裁判員が関与するため,より慎重に行われるようになること,裁判官数3名を所与の前提とする考え方は,従来どおりの「裁判官による裁判」を想定し,裁判員を「お飾り」的存在として位置づけるものであって正当とはいえないこと,法律判断は単独事件では1人の裁判官が責任をもって行っており,判事1人または2人で行うことが十分可能であること等の理由から,裁判官の数は1人または2人とすべきである。


2. 評決は全員一致を原則とし,有罪の評決は,一定の要件(一定時間経過後又は評議と投票を数回繰り返しても意見の一致をみないとき)の下で3分の2以上の多数決制とすること

合理的疑いを残さない立証の必要性,充実した評議の確保,現行の3名の合議制は実質的には3分の2の多数決制となっていること等の観点から,有罪の評決は全員一致を目指しつつ,一定の要件の下で3分の2以上の多数決でもよいとすべきである。ただし,量刑として死刑を言渡すときは,その重大性に鑑み全員一致を要するとすべきである。


「たたき台」は,過半数による評決を前提とする案を提示しており,再検討されるべきである。


3. 直接主義,口頭主義の原則に忠実な証拠調べとすること

裁判員に分かりやすく,その主体的・実質的関与を可能とする証拠調べを実施するためには,直接主義・口頭主義を徹底することが必要である。特に,供述内容を証拠とする場合は証人尋問を原則とすべきであり,検討会においてもその方向で議論が進みつつある。しかし,これを単なる運用に委ねず,制度として確立したものとするためには,供述調書の採用はできる限り制限すべきであり,伝聞法則の厳格化が必要である。


なお,裁判の更新,差戻し審等といった事態が生じうることをも考慮すると,公判廷における証人尋問等をビデオ録画し,更新後の裁判あるいは差戻し審等において活用することが検討されるべきである。


4. 取調べの適正化に加えて,裁判員に分かりやすい証拠調べという観点からも取調べの可視化(取調べ全過程の録音・録画)を実現すること

従来,日弁連は,取調べの適正化という観点から可視化を強く主張してきたが,裁判員制度が実施された場合,現在のように供述調書の任意性や信用性を立証するため,取調べ状況に関する尋問を長時間行うことは事実上不可能となる。


「たたき台」では,「供述調書の信用性等については,その作成状況を含めて,裁判員が理解しやすく,的確な判断をすることができるような立証を行うこと」と記載され,基本的には同様の問題意識が示されているが,そのような立証としては,取調べ状況を録音・録画し,それを活用することが最も適切である。


よって,裁判員制度の導入を契機に,取調べ全過程の録音・録画をぜひとも実施すべきである。


5. 連日的開廷を実施するためにも,完全な証拠開示と十分な準備期間を確保すること

裁判員制度の場合には,いったん公判が開始されれば原則として連日的に開廷されるので,充実した準備手続が必要となる。そのためには,検察官手持ち証拠が原則として全て開示され,かつ準備期間が十分に保障されることが必要である。


なお,証拠開示の前提として被告人・弁護人の争点の提示を要求し,開示の対象を「争点に関連する証拠」に限定する考え方は,理論的にも実際的にも妥当でなく,強く反対する。


6. 身体拘束制度を抜本的に改革すること

連日的開廷やそれに備える充実した準備手続等を行うためには,被疑者,被告人の防御権が十分保障される必要があるが,そのためには,弁護人と被告人の意思疎通が十分図られなければならない。それを実効的なものとするには,保釈(起訴前・後)の原則化等勾留制度の改革,刑事訴訟法第39条3項の削除をはじめとした接見交通権の実質的保障の確保等が必要である。


今次の裁判員制度の導入及び刑事裁判の充実・迅速化のための改革の中で,これらの身体拘束制度の抜本的改革をぜひとも取り上げるよう求める。


以上


 

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