知的財産戦略推進計画策定に関する意見

2003(平成15)年5月16日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

1. 当連合会の対応

知的財産に強い法曹を養成することは、「法の支配」の理念の下に「この国のかたち」を再構築し、我が国産業の国際競争力を強化し、もって、21世紀においても我が国が世界の中で確固たる地位を占め続けるための喫緊の課題である。


当連合会は、この課題に積極的に応えるため、昨年8月、知的財産政策推進本部を立ち上げ、知的財産についての特別研修の実施及びその履修者に対する実践の場の積極的提供により、この3年間で新たに1000名の知的財産専門弁護士を養成することとしている。また、平成16年4月から開講される法科大学院と連携し、知的財産研修を大規模かつ継続的に行うことも計画している。


2. 知的財産に強い法曹は法科大学院で養成されるべき

法科大学院は、21世紀の法曹には、経済学や理数系、医学系など他の分野を学んだ者を幅広く受け入れていくことが必要であるとの認識の下、社会人等としての経験を積んだ者を含め、多様なバックグラウンドを有する人材を多数法曹に受け入れるため、学部段階での専門分野を問わず広く受け入れ、また、社会人等にも広く門戸を開放するものとして性格づけられている。実際、その設置基準においても、各法科大学院の創意工夫により独自性・多様性が発揮されるよう制度設計がなされており、これは知的財産に強い法曹を養成するという我が国の国家戦略にも十分応えうる制度である。


したがって、知的財産戦略推進計画(以下「推進計画」という。)においては、この法科大学院による法曹養成制度の趣旨を生かし、技術の素養を有する者が法科大学院にて学べる機会を増やすための経済的支援を含めた環境を整備するとともに、知的財産教育に重点をおいた法科大学院が多数設立されることを促すべく、設置認可の運用及び第三者評価の在り方に対する独自性と多様性を求める提言をなすべきものと考える。


また、新司法試験制度の検討に当たっては、法科大学院の教育内容を十分に踏まえ、知的財産法をはじめとするビジネスに関連する各種の法分野の科目を選択科目とすることも検討されるべきである。


3. 「知的財産法弁護士」なるものには反対

我が国の国家戦略として求められるのは、あくまでも、知的財産に強い「法曹」の多数の養成である。これこそが、我が国の知的財産にかかわる司法制度の国際的信用を高め国際競争力を強化するインフラとなるものである。


知的財産をめぐる訴訟においても、代理人として法的主張を行い(弁護士)、あるいはこれを受けて法的判断を行う者(裁判官)は、単なる専門的な法的知識を習得したのみでは足りず、「法の支配」の観点からそれを批判的に検討し、また発展させていく創造的な思考力、あるいは事実に即して具体的な法的問題を解決していくために必要な法的分析能力や法的議論の能力を育成された者、すなわち「法曹」でなければならない。


したがって、仮に、技術的素養を有する者に対し、単に知的財産に関連する法律・実務科目等を履修したことの故に、知的財産関連事件のみを担当する訴訟代理人資格を認めるとするならば(いわゆる「知的財産法弁護士」)、それは、我が国の国家戦略に反するのみならず、一国の司法制度の根幹をも揺るがすものである。


よって、当連合会は、「知的財産法弁護士」制度に反対である。


なお、特許権等の侵害訴訟における弁理士の代理権については、技術的知見を有する弁理士の専門性をも活用する趣旨で、弁護士が訴訟代理人となっている事件に限りかつ信頼性の高い能力担保措置を講じた上で、それが付与される制度がようやくスタートしたところであって、未だ、その能力担保措置を経た弁理士は一人も輩出されていない。


したがって、弁理士に特許権等の侵害訴訟における単独代理権を付与すべきとの意見があるとすれば、当連合会は、これにも、当然のことながら反対である。


4. いわゆる「技術裁判官」について

知的財産関連訴訟の充実・強化を図るため、裁判官以外の専門家が裁判に関与して裁判官をサポートする制度の導入の必要性は認められる。


しかし、更に、法曹資格を持たない者に対し、専門的知見を有することの故に、裁判官という立場で紛争解決における判断者たる地位を付与する「技術裁判官」制度を導入すべきであるとの意見に対しては、反対である。


なぜなら、専門技術的判断を要する知的財産訴訟といえども、その本質は、あくまでも法的判断であり、法的判断に対する信頼の基礎は、公正な第三者としての立場を保持しうるに必要な法的素養のある資格を有する裁判官、すなわち、前述した能力を有する「法曹」が担うことにあるからである。


裁判官の専門技術的判断をサポートする制度としては、専門委員制度の新設及び現行の裁判所調査官制度の充実・適正化をもって対応すべきであり、また、本質的には、法科大学院において技術と法律の双方がわかる知的財産関連の「法曹」を養成することをもって対応することこそが求められている。


推進計画に盛り込まれるべきは、法科大学院において専門技術的素養のある法曹を数多く養成するための経済的支援を含めた諸条件の整備であることは、前述のとおりである。


ちなみに、米国の連邦巡回控訴裁判所(CAFC)においても、裁判官は全員法曹資格者によって構成されていることは看過されてはならない。


5. 法曹人口について

我が国の法曹人口については、平成22(2010)年ころには新司法試験の合格者数の年間3000人達成を目指し、おおむね平成30(2018)年ころまでには、実働法曹人口は5万人規模に達することが見込まれているところであって、これにより、知的財産に強い法曹を含めて、我が国における当面の法律事務に対する需要には十分対応できる体制が整ったものと評価しうる。


冒頭にも述べたとおり、当連合会では、知的財産に強い弁護士を向こう3年間で1000名増員するとの数値目標を設定し、現在、具体的にその施策に取り組んでいるところであって、これに知的財産に重点をおいた法科大学院の設立を推進し、あるいは司法試験科目に知的財産法を選択科目にて採用することなどの施策を併せることによって、知的財産に強い法曹を多数養成するとの国家戦略には十分に応えうるものである。


仮に、法的需要についての実態把握なしに新司法試験合格者数を6000人にすべきとの意見があるとするならば、当連合会はそれに反対である。


6. 本意見書の性格

知的財産戦略本部におかれては、平成15年5月21日に開催予定の第3回本部会合において推進計画骨子に対する議論を行い、これを受けてパブリックコメントを実施されるとのことである。


当連合会は、現段階において、推進計画骨子が如何なる内容のものであるか知りうる立場にない。


本意見書は、新聞報道等により、推進計画の骨子として第3回本部会合において議論の対象となるのではないかと推測される事項のうち、我が国の司法制度の根幹にかかわるテーマに絞って意見を表明したものである。


よって、当連合会としては、第3回本部会合における議論を経て実施されるパブリックコメントにおいて、更に意見を述べる機会を留保することを附言して、本意見書を提出するものである。


以上