パートタイム労働研究会の「最終報告」に対する意見書

2002年12月19日
日本弁護士連合会


 

本意見書について

厚生労働省雇用均等・児童家庭局長の私的研究会であるパートタイム労働研究会は、2002年7月19日に、「パート労働の課題と対応の方向性」と題する最終報告(以下「最終報告」という)を発表した。当連合会は、この最終報告に関連し、次の提言を述べる。


第1 提言

労働時間の相違に基づく合理的理由のある場合以外は、賃金をはじめとする労働条件において差別的取扱いを禁止し、パートタイム労働者に対する均等待遇の原則を明文化する法律の整備を早急に行うべきである。


第2 理由(最終報告の検討)

1 パート労働者増加の要因

最終報告は、パート労働者が増加していることにつき、その需要側及び供給側の両面から分析を加えている。


そのなかで供給側の要因の1つとして、子供ができたら職業をやめ大きくなったら再び職業を持つという「再就職型」を依然として多くの女性が理想の就業パターンとしていることをあげている。しかし、結婚出産等で退職した後再就職した女性が、自らの知識や経験を生かし、自己実現の可能な仕事を求めても、仕事に選択の余地がないのが実情である。


一方、増加している母子家庭には家計を支える働きが必要であるが、正社員には簡単になれない(約4割がパート)。そのため女性は、やむなく家計補助的なパートに甘んじることになるが、1日8時間週40時間働いても、現状のパートの賃金単価では、生活するだけの賃金は到底得られない。さらに、パートの基幹的役割が増大しているのにもかかわらず、正社員との賃金格差は拡大傾向にあるという矛盾もある。


これらを考えれば、最終報告の述べる「柔軟で多様な働き方を求める傾向は、需給両面のニーズである」というのも、決して女性の自発的な形でばかりではない。最終報告は、パート等の働き方が拡大していくのは、不可逆的な流れであるとしているが、正社員と比較して雇用が不安定で、かつ賃金単価の低い等劣悪な労働条件の実態を改善せずに、パート等の雇用形態を進めるべきではない。


2 パート労働者の処遇実態

最終報告は、「パートの所定内給与を時間換算で正社員と比較すると男性で5割強、女性で7割弱の水準」であると報告している。


この数字は所定内給与の比較であるが、最終報告も述べるように所定内給与以外の賞与・退職金等における格差も大きく存在する。2002年版厚生労働白書では、女性正社員の賃金を100とした場合、パートタイム労働者の賃金は55.5%であるとの、最終報告(7割弱)と異なる数字が示されている。これは、所定内給与以外の格差を反映した結果であろう。さらに、最終報告の述べる比較は、同性の一般労働者と比較したものであり、一般労働者における男女差を考慮し、図表20の平成13年における男性の一般労働者の所定内賃金と女性のパートタイム労働者の所定内賃金を比較してみれば、その格差は前者を100とした場合後者は43.8%にしかならない。前記の厚生労働白書の数値を考慮すれば、この数値は、さらに低くなる。勤続年数や職種の違いがあり単純比較はできないものの、正社員と同じ仕事をしている基幹的パートであってもパートというだけで賃金は著しく低水準に押さえられており、女性パート労働者の置かれた立場は深刻である。この実態は早急に是正される必要がある。


3 雇用システムの多元化

最終報告は、「拘束性の高いフルタイム正社員」と「補助的なパート」の二者択一から脱却し、従来の正社員に比べ、残業、配転などの拘束性は少ないが、ある程度基幹的な仕事を行う「中間形態」の形成と、それらを相互に行き来できる連続的仕組みを方向性として提案している。


そして、その一つとして「短時間正社員」を推進しようとしている。しかし、この「短時間正社員」も、その残業や転勤という拘束性の違いが、処遇の違いの合理的理由とされるのであれば、同じ仕事をしても賃金が違うというパート労働者の抱える根本的な問題を解消するものにはならない。場合によっては、家族的責任を負い残業のできない正社員を、その新制度に追い込み、賃金を切り下げていくことになりかねない。「短時間正社員」は、基幹的な仕事を行うという限度では仕事の選択の幅を広げるかもしれないが、女性労働者に対する差別が拡大するおそれがある。


最終報告も、「多元的な雇用システムが有効に機能するためには、それぞれの働き方が納得して選択されることが必要であり、それが可能となるためには、仕事とそれに対する処遇の関係において公平性が確保されていることが重要である」と述べるが、「納得」や「公平性」が確保されるには、まさに「均等待遇原則」が確立されねばならない。正規雇用形態のフルタイム労働者からパートタイム労働者への転換は,「労働者の希望」という形式で半ば強制的になされるおそれもあり,パートタイム労働者になった後に,従前と同じ仕事をしているにもかかわらず賃金が下がる危険もある。パートタイム労働者と正規雇用形態のフルタイム労働者との労働条件の格差が是正される必要性は強く、さらには勤続年数の通算基準を整備し,原職への先任的復帰の権利を認めるべきである。


4 労使の合意形成

最終報告は、正社員の働き方や処遇の見直しも含めた全体の雇用・処遇システムのあり方について、労使が主体的に合意形成を進めることを期待している。


しかし、1993年制定のパート労働法が定める事業主等の義務が努力義務でしかなかったため、一般労働者とパート労働者の賃金格差は縮まるどころか拡大している。あるべき姿に近づけていくための政策の方向性については、労使の合意形成に期待していたのでは、実現は無理である。


パート労働者の処遇実態からすると、是正は早急にされるべきであり、法律によるリードが必要である。


なお、最終報告は、政労使のワークシェアリング合意にふれ、その議論の活用を提案している。しかし、最終報告も述べているように、処遇格差をそのままにしてワークシェアリングを進めると、不安定化や処遇条件の低下をもたらすことになる。均等待遇原則の確立が先行すべきである。また、わが国における現在のワークシェアリング議論は緊急対応型であるが、欧州各国で進められている本来的なワークシェアリングの前提である、労働者の生活の質の向上とは関係なしに進められるワークシェアリング議論は本来的なものではない。


5 同一労働同一賃金の原則

最終報告は、ヨーロッパでは同一労働同一賃金の考えに立脚した労働時間による差別的取扱い禁止の立法がされていることを紹介しつつ、わが国ではヨーロッパ諸国と仕事の組み立て方や処遇の仕組みが異なるため、ヨーロッパ的な意味での「同一労働同一賃金」原則が公序となっていないとする。


しかし、ヨーロッパのように産業別協約により職務と賃金がリンクしていなくとも、同じ事業場に働くものについての同一価値労働同一賃金は可能である。


また、最終報告は、残業、配転、転勤などの高い拘束性をわが国の特性として、大きく取り上げているが、これらは本来、例外的な場合であり、その事実に対して個々に残業手当や転勤手当を支払って対応すべきであり、拘束性により労働の強度が増すのであれば、それは、手当の額や割増率を上げることによって解決を図るべきである。しかし、新人の正社員が、将来転勤の可能性があるというだけで、同じ仕事をしても、経験のあるパート労働者より高い賃金を得るというのは、明らかにおかしなことである。家事・育児・介護等の家族的責任を負う労働者が、残業や転勤に簡単に応じられないことは当然であり、家族的責任を有する労働者を差別するものである。


ところで、わが国は、(同一価値労働同一賃金を規定する)ILO100号条約、(家族的責任を有する男女労働者の機会及び待遇の均等に関する)ILO156号条約及び女性差別撤廃条約を批准している。同一価値労働同一賃金原則の実施はILO100号条約が定める批准国の果たすべき義務であり、以上のような拘束性の有無・強弱による賃金等の労働条件に格差を設けることは、この義務に違反する。また、156号条約は、政府に対し、家族的責任を有する労働者が差別を受けることなく、家族的責任を果たしながら働き続けることができるように保障することを義務づけており、同条約にも違反する。かつ、家族的責任を負っている労働者は、現在においてもほとんどの場合女性であり、残業・配転・転勤等の拘束性を格差の合理的理由とすることは、憲法第14条、及び直接には性を基準としていないが、間接差別も禁止した女性差別撤廃条約に違反する。


したがって、これらの条約を批准しているわが国においては、パートタイム労働者も同一価値労働に従事する正規雇用形態のフルタイム労働者と同一の賃金率及び昇給率により、労働時間当たり同額の賃金を労働時間に比例して支給されるべきであり、この原則は、法律によって明記すべきである。


6 規制方法

最終報告は、「日本型均衡処遇ルール」の確立が必要であり、それは画一的規制にはなじまないので、法律では基本的な原則を示し、その具体的な内容をわかりやすく事業主等に示すガイドラインで補う手法が望ましいとする。


そして、法制のタイプとして、事業主に対し労働時間の長短による合理的理由のない処遇格差を禁止する「均等処遇原則タイプ」と、事業主に対し労働時間の長短による処遇の格差について均衡に向けた配慮を義務付ける「均衡配慮義務タイプ」をあげ、両者を相互補完的な組み合わせとすることを提案している。


しかし、現行パート労働法が事業主の努力に期待したもののパート労働者と正規雇用労働者の格差は縮小せず、むしろ拡大した事実を考えると、ガイドラインのみを設けるのでは、その効果は乏しいと言わざるを得ない。したがって、違反につき私法的に無効とする「均等処遇原則タイプ」を採用し、ガイドラインでなく法律に明記(法制化)することが必要である。そして、ガイドラインはそれを補完するものとするべきである。


最終報告は、「均等処遇原則タイプ」では事業主が合理的理由を整えるだけで終わってしまうと危惧するが、「残業、配転、転勤など」を理由とする「拘束性」の違いは格差の合理的理由とならない旨、立法化などの措置や厚生労働省の指針でその旨定めるなどの措置をとるべきである。そうすれば、表面的に合理的理由を整えるということも防げるし、そもそも合理的理由があるかのように装うのであれば、それは脱法的行為であり、違反と認定すべきである。


最終報告は、直ちに法制化するのではなく、ガイドラインで社会に浸透・定着をはかり、国民的な合意形成を進めるという道筋を示しているが、これはあまりに悠長な話である。パート労働法からすでに10年弱経過し、浸透・定着という段階はすでに過ぎたものと考える。パート労働者の人権擁護のためには、早急な法規制が必要である。


国際的な視野から見ても、EUでは、1998年4月のEU指令で、加盟各国に対し、2000年1月までにパートタイム労働者の均等待遇を規定するよう求めており、加盟各国においてはこれに基づき実施されている。国際的な視点からも、わが国における早期法制化が望まれる。