家庭裁判所移管後の離婚訴訟の審理のあり方について(意見)

2002(平成14)年10月25日
日本弁護士連合会


本意見書について

1 はじめに

今回の人事訴訟手続法の見直しは、2001年6月の司法制度改革審議会意見書で提言された、離婚をはじめとする家庭関係事件について、国民が利用者として容易に司法にアクセスすることができ、多様なニーズに応じて充実・迅速かつ実効的な司法救済を得られる制度を確立することが目的である。


このための方策の一つとして人事訴訟を家庭裁判所へ移管する方向が法制審議会民事・人事訴訟法部会において示され、パブリックコメントにおいてもおおかたの賛成を得ている。


しかし、移管後に家庭裁判所で行われる人事訴訟の審理が、真に充実した迅速なものであると同時に、何よりも利用者たる国民にわかりやすく納得のいく透明な手続で行われるものでなければ、家庭裁判所への人事訴訟の移管は手続の改善とはならず改悪となる。


家庭裁判所へ移管された後の人事訴訟の審理は、法制度的にも運用の実際においても、地裁で行われている現在の人事訴訟手続より些かなりとも後退することがあってはならない。本意見書は、こうした観点から、特に家庭裁判所へ移管された後の離婚訴訟の審理のあり方の重要性に着目し、改めて移管後の離婚訴訟の審理のあり方を提言するものである。


2 現行の地方裁判所における離婚訴訟の審理と見直しの基本指針

現在、離婚訴訟は地方裁判所において審理されているが、そこでは、離婚原因の存否のみならず、離婚と同時に解決されるべき親権者の指定や子の監護に関する処分、財産分与といった本来的家事審判事項についても基本的には訴訟手続により審理が行われている。


未成年者の親権者指定について特に厳しい争いがあるような事案では、当事者から鑑定が申請され裁判所において採用されることもあるが、そこで実施された未成年者との面接調査、父親・母親・未成年者に対する様々な心理テスト、養育環境についての調査、幼稚園や小学校の先生などの関係者からの事情聴取などの結果についても、鑑定書に記載され、当然のことながら当事者双方に開示されている。


このように、現在の離婚訴訟は、本来的審判事項を含め基本的にはすべて訴訟手続により審理が進められており、当事者は、その審理の過程において、相手方の提出した主張、証拠はもとより裁判所において実施された鑑定の結果も含め、裁判所が判断の基礎とする資料をすべて認識し了知し十分にこれらに対して反論する機会を保障されている中で、主張・立証を尽くしたうえで裁判所の判決を待つということが可能な手続となっている。


今回の家庭裁判所へ移管された後の審理においても、現在当事者に保障されているこうした手続の透明性と主張・立証の機会は確実に保障されなければならない。これが今回の離婚訴訟の審理の見直しにおける絶対条件である。


家庭裁判所調査官の関与が可能となることにより、裁判所の判断の資料は充実したものとなるであろうが、そのことと引き換えに手続きそのものが不透明になり当事者の関与なく判断材料が収集されるのであれば、それは本末転倒の結果を招来するものであり、手続の利用者たる当事者の理解も信頼も到底得られない手続になってしまう。


3 家庭裁判所移管後の審理についての検討課題と具体的提言

以上のような観点に立ったとき、家庭裁判所移管後の離婚訴訟の審理において慎重に議論されるべき最も重要な点は、離婚と同時に申し立てられる親権者の指定又は子の監護者の指定その他子の監護に関する処分もしくは財産の分与に関する処分についての審理のあり方であり、とりわけ家庭裁判所調査官による調査結果の当事者への確実な開示の保障である。


この点につき、法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会では、事実の調査の結果については、当事者に対しては閲覧・謄写等を許可する方法により当事者へ開示するとしているものの、以下の場合には例外的に閲覧・謄写を不許可とすることができるとの方向が示されている。


  1. 子の福祉を害するおそれ
  2. 夫婦の一方、未成年者又は第三者の生活の平穏を害し、又は業務の円滑な遂行に支障を生ずるおそれ
  3. 夫婦の一方又は第三者の私生活上の秘密の記載または記録
  4. その他

しかし、このように調査報告書の当事者への閲覧・謄写等の許可の例外が広く認められるような制度とすることには、当会は断固反対する。


かかる制度となった場合には、いかに充実した調査がなされ、裁判資料として従来より豊富な資料が収集されたとしても、当事者にとっては、いかなる資料、証拠を根拠に判決がなされるのか不明であり、また、裁判所が収集し判断の根拠とした資料について反論・反証の機会も与えられないまま判決を言い渡される結果となる。こうした結果は、訴訟手続における当事者の手続保障の観点から到底容認できるものではない。かかる不透明な手続の中で出された結論では、当事者の納得は到底得られず、ひいては家庭裁判所の離婚訴訟手続そのものに対する不信を招くことになろう。


上記の例外事由のうち、親権者の指定又は子の監護に関する処分は、子の利益を対象とするものであるから、a(子の福祉を害するおそれ)によって当事者の手続保障が一定程度制約されることはありうるが、それ以外のbcdによって当事者の手続保障が制約されることを認めるべきではない。親権者の指定や子の監護に関する処分の手続きで尊重されるべきは子の利益であり、親には手続きの結果の開示を求め手続きに関与することを要求する権利はないといった趣旨の意見があるが、親がこれらの手続に当事者として関与しているのは、親の権利としてではないにしても、子の利益の担い手の一人として関与していることが忘れられてはならない。裁判所のみが子の利益の担い手ではないし、むしろ離婚後将来にわたって子の利益の担い手となるのは裁判所ではなく父親と母親である。このような子にとっても重要な立場にある当事者の関与を排除すべきではない。


近時、親権のあり方についての考え方も変容してきており、離婚に際して親の一方を親権者に指定するものの、親権者とならなかった親も、養育費の負担や面接交渉を通じて子の養育に関与することが子の福祉にかなうものと認識されるに至っている。こうした離婚後の親権者たる親と親権者となりえなかった親の協力関係を形成し、離婚後において双方の親が子と円滑な親子関係を継続するためには、離婚に際しての親権者の決定手続が透明なものであり、当事者が裁判所の決定に納得し、その結論を信頼してこれに従おうという気持ちを持つことが不可欠である。かかる観点からも、事実の調査の結果部分の当事者への開示は十二分に保障される必要があり、閲覧・謄写等の許可の例外規定は「閲覧・謄写により子の福祉を著しく害するおそれがあると認めることにつき相当の理由がある場合」という厳格な要件に絞り込まれなければならない。仮にこれ以外に例外規定を設けるとしても、「閲覧・謄写により、当事者およびその関係者の生命・身体に危害が加えられるなどの差し迫った危険があると認めることにつき相当の理由がある場合」に限られるべきである。


また、このような調査結果の当事者への開示の重要性に鑑みたとき、開示不許可決定に対する不服申立についても、一審段階において、即時抗告により十分に争う機会を保障すべきである。人事訴訟法分科会においては、上訴裁判所の判断を受けるものとすることで足りるとする意見が強く主張されているようであるが、かかる考え方は一審段階における当事者の手続に対する保障を軽視し、また、一審の結論に対して当事者がどれほどの関心を持っているかを全く理解していないものであり、当事者不在の議論といわざるをえない。


さらに、2の観点からすれば、家庭裁判所移管後の離婚訴訟の審理方式は、次のような内容のものであるべきである。


  1. 離婚訴訟についても、計画的審理を行う。

    そして、一定の主張と書証の提出を経て、争点整理が実施され、各争点について、証拠調べを実施するか調査官による調査もしくは裁判官による審問を実施するか、また証拠調べと調査官による調査もしくは裁判官による審問のいずれを先行させるのかなどを、当事者との協議のうえで決定する。

    なお、親権者の指定や子の監護に関する処分、財産分与等の本来的審判事項についての事実の調査は、調査官による調査と裁判官による審問に限る。

    この協議においては、特に調査官による調査の内容(調査対象・調査方法など)、調査の期間についても協議の対象とする。なお、調査官調査の場合は、調査の進行につれ当初の計画どおりに調査が進まないことや調査内容を変更すべき事態が発生することも予想されるが、その場合は、当事者に対して調査の進行状況を報告し再度調査方法等について協議がなされるべきである。

  2. 裁判官により一方当事者に対して審問が行われる際には、原則として相手方当事者の立会いを認める。


4 まとめ

家庭裁判所移管後の離婚訴訟の審理は、現在の離婚訴訟の審理よりもより充実したかつ透明な審理でなければならず、安易に、現在の家事審判事件の審理方式が離婚訴訟手続に持ち込まれることは断じて許されない。審理対象が実質的には家事審判事項の性質を有するとしても、あくまで離婚訴訟手続の一環として審理されるのであり、現在の家事審判手続とは異なる手続が用意されるべきである(なお、家事審判手続においても、透明性の確保その他の当事者の手続保障が今後一層図られるべきであることはいうまでもない。)。


特に離婚訴訟で行われる調査官調査は、その結果が原則として全て当事者に開示されることを前提に行われるべきであり、このことは現在の鑑定で現に実現されていることから見ても十分に可能なことである。


法制審議会民事・人事訴訟法部会人事訴訟法分科会におかれては、人事訴訟手続の新しい審理方式を創設するにあたり、当事者の手続保障を確保する視点にたって、現在の人事訴訟手続の透明性が些かなりとも減殺されないことをはじめとし、具体的かつ慎重な検討をされるよう切に要望する。


以上