国際刑事裁判所への日本の積極的参加を求める決議

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今般、国際刑事裁判所の設立が確実なものとなった。国際刑事裁判所設立のためのローマ規程が、条約の発効に必要な60カ国の批准を満たして、本年7月に発効することとなった。


国際刑事裁判所は、ジェノサイド罪、人道に対する罪そして戦争犯罪を行った個人を、同裁判所に設置される独立の検察官が訴追し、同じく独立の裁判官が証拠に基づき裁くことを目的とする、常設かつ独立の裁判所である。その設立のため条約であるローマ規程は、1998年のローマ全権外交会議においてアメリカの強い反対にもかかわらず圧倒的多数で採択され、現在までに67カ国が批准をすませている。そのため必要な60カ国の批准を満たしたことから、同規程は本年7月に発効し、来年早々に国際刑事裁判所はオランダのハーグに設立される予定である。このローマ規程に対し、日本政府は、現在にいたるまで署名も批准も行うことなく、国際刑事裁判所の設立に背を向け続けている。


国際刑事裁判所が目指すのは、専ら武力紛争に伴い引き起こされる重大な人権侵害行為に対し、責任ある者に対して刑事司法と正義を適用し、もって不処罰と残虐行為の繰り返しや暴力と報復の連鎖を断ち切り、これらの重大犯罪を抑止することである。国際刑事裁判所は、いまなお武力紛争や民族紛争のもとで重大な人権侵害がくり返されているもとで、それらに有効に対処する新たな国際的システムとしてその役割が期待されている。これまで国際的な司法機関としては、原則として国家と国家との間の非刑事的紛争を取り扱う国際司法裁判所、国連安全保障理事会のもとに設置された旧ユーゴスラビア国際刑事法廷やルワンダ国際刑事法廷などが存在した。しかし国際刑事裁判所は、国際的な犯罪行為を行った個人を刑事的に裁く点で、あるいは条約機関として独立かつ常設の専門司法機関として設立される点で、これまでにある国際的な司法機関とは異なるものである。


このような国際刑事裁判所の必要性は、2001年9月11日の同時多発テロやそれに対応する軍事行動が世界中で行われる中で新たな重要性を増してきている。すなわち反テロリズムの名のもとに軍事力の行使を容認する姿勢の拡大や、無関係な市民の政治的・市民的権利を制限するおそれのある立法が拡大しつつある中で、そのような方法によることなく犯罪を抑止し、正義を実現する道が模索されているからである。


日本においても同時多発テロの直後に、テロ対策特別措置法と自衛隊法の改正が実施され、さらに現在、日本政府は、わが国が武力攻撃される事態および武力攻撃にいたらない段階を想定して、自衛隊および駐留米軍の行動や権限を定める「有事法制」法案を国会に上程している。


このような事態に対し、当連合会は、「テロ対策特別措置法案に関する声明」及び「自衛隊法の一部を改正する法律案に関する会長談話」(2001年10月12日)、「『有事法制』法案の今国会上程に対する理事会決議」(2002年3月15日付)、そして最近では、「『有事法制』法案に反対する理事会決議」(2002年4月20日)によって、当連合会の懸念を表明してきた。これらの意見表明において当連合会は、「有事法制」法案は、憲法の保障する基本的人権、平和原則及び民主的な統治構造を脅かす危険性を持つこととあわせて、政府がその導入の口実とするテロ対策については、国際社会が共同で対処し、国連憲章と国際法に基づき、実行犯や組織者などを特定し、国際法廷における厳正な法の裁きをもって臨むべきことを、求めてきた(テロ対策特別措置法案に関する声明)。日本は、国際的な犯罪に対し、武力をもって対抗する「有事法制」法案の導入を急ぐ前に、国際的な刑事司法制度を確立してそうした犯罪を抑止し、厳正な法の裁きをもって望む姿勢を確立すべきである。


以上の次第で、当連合会は、日本政府は「有事法制」法案を急ぐのではなく、ローマ規程の加入手続を直ちに取り、すでに国際社会で進められている国際刑事裁判所の設立を含む国際刑事司法制度の確立に積極的に参加するべきであると確信する。


よって、以上の通り決議する。


2002(平成14)年6月21日
日本弁護士連合会
会長 本林 徹



 

提案理由

1. 国際刑事裁判所(ICC)の設立と日本政府の対応

重大な人権侵害行為に関与した個人に対し、国際社会が法を適用して裁きを行うシステムは、国際刑事裁判所(ICC)としていま実現されようとしている。


国際刑事裁判所設立のための国際条約であるローマ規程は、1998年7月ローマ全権外交会議において賛成120カ国、反対7カ国という圧倒的な賛成のもとに採択された。ローマ規程は、海外に派遣された自国の軍隊が自国以外の司法機関に裁かれることを嫌うアメリカなどが異議を唱えているものの、すでに139カ国が署名している国際的に承認された条約である。ローマ規程は、60カ国の批准・加入によって発効するところ、すでに67カ国が批准していることから、2002年7月に条約が発効し、来年早々には国際刑事裁判所がオランダのハーグに設立されることが予定されている。


日本政府は、1998年のローマ会議の際には小和田恒全権大使をはじめとする代表団を派遣し、最終的にはローマ規程の採択を支持して積極的な行動を取った。しかしながら、採択後は、ローマ規程に敵意を示すアメリカの意向もあってか、ローマ規程に対し署名も批准も行うことなく、大きく立ち後れた状況にある。


ところで、国際的な司法機関としては、これまで原則として国家と国家との間の非刑事的紛争を取り扱う国際司法裁判所、国連安全保障理事会のもとに設置された旧ユーゴスラビア国際刑事法廷やルワンダ国際刑事法廷などが存在した。


国際刑事裁判所は、ジェノサイド罪、人道に対する罪そして戦争犯罪を行った個人を裁く、常設かつ独立の裁判所である。裁判官や検察官は、その専門的資格において締約国の国民から選出され、その職務の独立が保障されている。またその裁判手続においては、被害者や証人の保護とあわせて、被疑者や被告人の国際的に認められた人権の保障との両立が求められているなど、公正な手続が期待される内容となっている。


この国際刑事裁判所の設立によって、20世紀を通じてくり返されてきた、不処罰と残虐行為の繰り返しや暴力と報復の連鎖を断ち切り、専ら武力紛争に伴い引き起こされる犯罪を抑止し、国際社会における正義を実現することが期待されている。これまでにある国際的な司法機関とは異なるものである。


国際刑事裁判所においては、テロ行為自体は構成要件として処罰の対象とはされていないが、テロ行為を構成する集団的な殺傷や民間人に危険を及ぼす行為は、人道に対する罪や戦争犯罪によって裁くことが可能である。さらには、締約国の合意によってテロ犯罪事態をローマ規程に含める改正を行うことも不可能ではない。


それゆえ、国際刑事裁判所は、テロ犯罪や武力紛争に関わる犯罪に対して、国際社会が共同で対処し、国連憲章と国際法に基づき、実行犯や組織者などを特定し、国際法廷における厳正な法の裁きをもって望むことを可能とするシステムになっている。


2. 同時多発テロ以降の状況と当連合会の対応

2001年9月11日の同時多発テロ以降、アメリカとイギリスによるアフガニスタン空爆をはじめ、反テロリズムの名のもとに軍事力の行使を容認するかのような事態が続いてきた。そして、日本政府も、テロ対策という口実のもとに、テロ犯罪に対する刑事司法的な対応以上に、テロ対策特別措置法の制定や自衛隊法の一部を改正などによって、自衛隊の活動や権限を拡大する立法措置をくり返してきた。すなわち、これらの立法は、米軍など諸外国の軍隊等の活動に対する自衛隊の協力支援活動の拡大、自衛隊の武器の使用基準の緩和、自衛隊の部隊等による警護出動の制度の新設、防衛秘密保護規定の導入など、を行ってきた。さらに日本政府は、2002年2月4日の小泉首相の施政方針演説に見られるように、テロとの闘いや武装不審船の問題などを口実に、「有事への対応に関する法制」(有事法制)法案を準備し、同法案は現在、国会に上程されている。


このような日本政府の動きに対し、当連合会は、日本国憲法の平和主義原則や基本的人権の尊重の観点からくり返し懸念を表明してきた。


すなわち、2001年10月12日付「テロ対策特別措置法案に関する声明」及び「自衛隊法の一部を改正する法律案に関する会長談話」においては、テロ対策特別措置法案が憲法第9条に定める武力行使の禁止に抵触するおそれがあること、また、防衛秘密保護規定の導入は国民の知る権利、言論・報道・出版の自由に対する重大な侵害のおそれを含み、罪刑法定主義の原則と相容れない運用の危険を持っていることを指摘して、それらの法案の慎重審議を求めてきた。


また、日本政府による「有事法制」法案上程の動きに対して当連合会は、2002年3月15日付「『有事法制』法案の今国会上程に対する理事会決議」及び同年4月20日付「『有事法制』法案に反対する理事会決議」において、「有事法制」法案が、憲法の保障する基本的人権、平和原則及び民主的な統治構造を脅かす危険性を持つことから、反対することを表明している。


あわせて当連合会が、テロ犯罪に対する対応として強調したのは、武力紛争への関与を深めることではなく、国際社会が共同で対処し、国連憲章と国際法に基づき、実行犯や組織者などを特定し、国際法廷における厳正な法の裁きをもって望むべきことであった(「テロ対策特別措置法案に関する声明」)。


3. 国際的な刑事司法の確立に積極的に参加する必要性

テロ犯罪や武力紛争に関わる犯罪に対して国際的な刑事司法をもって望むべきことは、国際刑事裁判所への圧倒的支持に見られるように、大きな国際社会の流れであるにもかかわらず、日本政府はこの流れに参加する立場を取っていない。しかし、平和主義原則を持つ日本がテロ犯罪や武力紛争に関わる犯罪への対応として先ず取るべきなのは、軍事的関与への傾斜を強めることではなく、厳正な法の裁きを実現しようとする国際社会の流れを積極的に進めることである。ローマ規程への加入は、その重要な第一歩となるであろう。


国際刑事裁判所設立の機運とあわせて、その受け皿となる国際刑事弁護士会の設立も現在検討されている状況であるが、日弁連は、その設立への参加の意義を検討するべく、国際刑事弁護士会の準備委員会及び設立総会に代表を送ることを決めている。


国際刑事裁判所は、対象となる犯罪が第1次的には締約国の国内裁判所で裁かれることが前提とされ、国際刑事裁判所は国家が裁く能力や意思がない場合に補完的にその裁判権を行使することとされている。そのためローマ規程に加入するに際しては、同規程が掲げている犯罪を国内法でも処罰できるような措置をとる必要があるが、これはヨーロッパをはじめとする国々ですでに実施されている。日本は、すでに戦争犯罪に関する1949年ジュネーブ諸条約を批准しているが、そこで処罰が義務づけられた犯罪行為の国内立法化が未だになされていない。しかし、ジュネーブ諸条約の執行立法もローマ規程への加入を準備するなかで実施されるべきであろう。


4. まとめ

以上の次第で当連合会は、テロ犯罪や武力紛争に関わる犯罪に対して日本が取るべき道として、日本の軍事的関与をなし崩し的に行いかねない政策ではなく、国際刑事裁判所の設立をはじめとする国際的な刑事司法に積極的に参加していくことであると考えるので、日本政府が直ちにローマ規程の加入手続を取るよう求めるものである。