「道路運送車両法の一部を改正する法律案」に対する意見書

2002(平成14)年4月20日
日本弁護士連合会


本意見書について

第1 はじめに

  1. 本年3月15日に閣議決定され、国会に上程された「道路運送車両法の一部を改正する法律案」(以下「改正法案」という。)は、主に、従来わが国の自動車行政が最も立ちおくれていたとされる自動車リコール制度について、リコール命令制度の導入、違反行為に対する罰則の強化、後付装置リコール制度の導入などを提言したものとして、その基本的方向性を支持するものである。
  2. 更に重要なことは、(1)迅速・的確なリコール命令制度の実現、(2)その適正な行使を確保するための情報収集および公開制度の確立、(3)内部告発者保護に関する法の整備である。

この点につき、日本弁護士連合会としての意見を述べる。


第2 日本弁護士連合会の意見

(1)道路運送車両法を改正し、リコール命令制度を導入すること。
  リコール命令が勧告、公表を待たずに発動できること。
(理由)

現行法下では、国土交通大臣は、リコールが必要とされる場合でも改善措置を勧告・公表できるにとどまり、リコールを命令することができなかった(道路運送車両法第63条の2)。この法制度が、三菱自動車工業株式会社による30年にわたる組織的リコール隠しを産んだ温床であることは明白である。リコール隠しは三菱自動車に限らず、富士重工業、ダイハツ工業など他の自動車メーカーにおいても行われてきたことである。自動車の欠陥や不具合による事故や危険の発生を事前に防止するためには、改正法案のようにリコール命令制度の導入が不可欠であることに異論はない。


ところで、改正法案は、リコール命令発動の要件として、「自動車製作者等又は装置製作者等がリコール勧告に従わなかった旨を公表された後において、なお、正当な理由がなくてその勧告にかかる措置をとらなかったときは、当該自動車製作者等又は装置製作者等に対し、その勧告にかかる措置をとるべきことを命ずることができる。」とするに止まる(改正法案第63条の2 第5項)。


しかしながら、リコール命令は、勧告、公表を待たずに直ちに発動できることが必要である。なぜならば、リコールがなされるまでの実情を踏まえると、リコールを必要とする自動車が市場に出回ってから実際にリコールが実施されるまでに数ヶ月あるいは1年以上を経過しているケースが多数である。また従前の行政の対応からすると、「勧告」「公表」の措置に慎重であることから、リコール命令が発動されるまでに相当期間を経過することが予想される。


この間に、重大な事故が発生する危険な状態を放置することになる。改正法案が「公表」を「必要的前置」とした点は問題がある。リコールをすべき客観的状況が発生し、緊急性があるときは、勧告、公表を待たずに直ちにリコール命令が発動できることが重要である。少なくとも公表を経ずにリコール命令を発動できることとすべきである。


そして、行政が、リコール命令を発動すべき状況にありながら、懈怠したときは、その行政責任が問われなければならない。


それを担保するためにも、後述する企業の行政に対する情報提供義務の確保が必要となる。


(2)後付装置についてもリコール命令制度を導入すること。
  リコール達成率を高くする法的措置を講ずること。
  リコール命令が勧告、公表を待たずに発動できること。
(理由)

近年、タイヤやチャイルドシートなどの後付装置の欠陥や不具合によって事故が発生するケースが増えている。これまで、後付装置のリコールについての法制度がないため、メーカー等の任意の措置に任されてきたが、これについてもリコールの対象にする必要があることは、諸外国の例からも明らかである。


今般実施されたパブリックコメントの募集においてチャイルドシートのメーカーなどから「廃業や倒産に追いやられかねない」「部品は車と違い登録制度がなく顧客の連絡先がつかめない」などとして反対の意見が出されている。しかし、チャイルドシートの欠陥・不具合によって幼児に重篤な被害が発生したり、走行中にタイヤが外れ大きな事故の原因となっているのが実情である。これらをリコール制度の対象から除外する理由は全くない。


問題は、その対象とする装置の範囲である。改正法案は、第63条の2第2項において「主として後付装置として大量に使用されていると認められる政令で定めるもの(特定後付装置)」に限定し、その範囲を政令に委ねている。危険性が指摘されているタイヤやチャイルドシートの他に、如何なる装置を加えるべきかは、今後、事故の実態調査をし適切に判断される必要がある。危険性が明らかとなった時点で速やかにリコールを実施できる体制が必要であり、一般的指定が検討されるべきである。


改正法案に規定されていないが、後付装置については、自動車のような登録制度がないので、リコール達成率を高くする法的措置が併せ検討される必要がある。


後付装置についても、勧告、公表を待たずにリコール命令が発動できるようにすべきことは、(1)で述べたのと同じである。


(3)自動車メーカーないし後付装置メーカー及び販売店に対し、自動車ないし後付装置の欠陥や不具合、またはこれらが疑われる事故および危険等に関する自社保有の情報並びに販売店およびユーザー等からのクレーム情報を、国土交通大臣に対し報告することを義務づけること。
(理由)

リコール命令制度の迅速・的確な執行のために、自動車メーカーないし後付装置メーカー及び販売店に対し、自動車ないし後付装置の欠陥や不具合、またはこれらが疑われる事故および危険等に関する自社保有の情報並びに販売店およびユーザー等からのクレーム情報を、国土交通大臣に対し報告することを義務づけることが必要がある。


これらの情報を国土交通大臣に報告することを義務づけてはじめて国土交通大臣は、的確なリコールを行うことができる。また情報提供を義務づけることにより、情報公開法第5条二ロの任意提供情報による不開示の例外を認めず、国民による監視を可能にすることができる。


報告を義務づける自動車の情報の範囲は、事故情報及び安全性に深い関わりをもつ燃料装置、動力伝達装置、電気装置、エンジン、シートベルト、エアバッグなどを対象とすべきである。


報告義務の対象者は、自動車メーカーないし後付装置メーカーはもとより、情報が多数集まる販売店を含める必要がある。


改正法案は、これらの点の措置がなされていない。今般の改正にあたって情報提供義務制度が導入されるべきである。


(4)リコール隠しや事故情報の不開示、虚偽情報の提出、リコール命令違反に対する罰則を強化すること。
(理由)

前記(2)の情報提供義務に違反し、リコール隠しや、事故情報の不開示、虚偽情報の提出がなされた場合は、厳しい刑事罰をもって予防効果を期すべきである。


この点に関しては、米国が2000年に法改正したTREAD act が参考になろう。


改正法案は、リコール命令違反、改善措置の届出義務違反・虚偽の届出、虚偽報告、検査拒否等の場合に、行為者に1年以下の懲役若しくは300万円以下の罰金又はその併科を規定し(第106条の2)、企業に対し2億円以下の罰金を規定した。 しかし、一般予防、再犯防止の観点から軽きに失する。行為者に対する懲役刑ないし罰金刑は懲役3年以下、罰金1000万円以下が相当であり、企業に対しては、市場規模を勘案すると、予防効果を期するためには5億円程度の罰金が相当である。


(5)欠陥、不具合等に関する国土交通省の情報の収集分析体制を強化するため
a. ユーザー等から、事故および危険等に関するクレーム情報を適切に収集する体制を更に整備すること。
b. 収集した事故および危険等に関するクレーム情報の調査・分析体制を早急に整備すること。
c. 情報公開法による開示請求を待つことなく、国土交通省がリコール情報、事故情報、クレーム情報を、広く速やかに一般に公表すること。
(理由)

国土交通大臣が、リコール命令その他の措置を適切に行使するためには、安全性、不具合等に関する情報を収集し、分析できる体制を強化する必要がある。


そのためには、a ユーザー等から、事故および危険等に関するクレーム情報を適切に収集する体制を更に整備すること、b 収集した事故および危険等に関するクレーム情報の調査・分析体制を早急に整備することが前提となる。


また、国土交通大臣のリコール命令その他の措置が適切であるか否かを国民が監視するためには、情報公開法による開示請求を待つまでもなく、リコール情報、事故情報、クレーム情報を速やかに一般に公表する法制度を実現する必要がある。


近時、国土交通省は、コンシューマー・インフォメーション・システムにより、情報を収集し、これらの情報の主な部分をインターネット上で開示しているが、かかるシステムを更に拡充する必要がある。


(6)内部告発者の保護に関する制度を導入すべきである。
(理由)

リコール隠しに限らず、内部告発によって企業の不正が発覚する事例が多い。リコール隠しを防止するためには内部告発者の地位を保護することが必要である。内部告発者の保護の制度は米国、英国などで制度化されており、OECDの多くの国でも検討中である。我が国でも「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」第66条の2において立法化されている。


車の欠陥・不具合は重大な事故を招来するものであり、内部告発者の保護に関する制度が導入されるべきである。


以上