上関原発建設計画意見書

2002(平成14)年5月10日
日本弁護士連合会


本意見書について

意見の趣旨

当連合会は、2000年の人権擁護大会で「原発の新増設を停止し、既存の原発については段階的に廃止する」ことを決議している。これは、原子力施設での事故の続発に見られる安全性の欠如と高レベル放射性廃棄物の処分の見通しのないこと、などを理由とするものである。


上関原発建設計画については、加えて地震や防災対策の上でも、また自然保護の点からも重大な問題点があり、さらに周辺住民の多くが計画に反対しているなどの実情が認められるので、中国電力(株)による上関原発建設計画は撤回されるべきである。


意見の理由

第1 はじめに

1. 原子力開発に関する日弁連の立場


当連合会は、1976年、1983年の2回の人権擁護大会で原子力の開発・利用とエネルギーに関して、いずれも危険性・環境汚染の観点から、国及び企業に対して、「現に稼動中の原子力施設の運転及び原子力施設建設の中止を含む根本的再検討」を行うように求めた。当連合会はその後、調査を進め、「核燃料サイクル施設問題に関する調査研究報告書」(1987年9月)、「高レベル放射性廃棄物問題調査研究報告書」(1990年9月)、「美浜原子力発電所2号機蒸気発生器細管破断事故に関する調査報告書」(1992年12月)、「孤立する日本の原子力政策」(1994年11月)、「孤立する日本のエネルギー政策」(1999年2月)などを次々に発表し、1998年5月の当連合会総会ではこれらの意見をふまえた「日本のプルトニウム政策及びエネルギー政策に関する決議」で国に対して原子力に偏重したエネルギー政策を改め、エネルギー政策の立案過程における民主化・透明化をはかり、安全性の確保、情報公開、国民的討議を可能とするエネルギー政策基本法を制定するように提言した。


そして、2000年の人権擁護大会の決議では、一歩進んで「原発の新増設を停止し、既存の原発については段階的に廃止する」よう提言している。この提言は原子力施設での事故の続発からみられる安全性の欠如・高レベル廃棄物処分の見通しがないことなどを理由とするものである。


2. 本意見の経緯


当連合会はこれまでに述べてきたように原子力とエネルギー問題について、検討を行ってきたが、中国地方弁護士会連合会公害対策・環境保全委員会から2001年6月6日付けで、日弁連公害対策環境保全委員会エネルギー原子力部会・自然保護部会に対して、中国電力の上関原子力発電所建設問題についての調査と意見表明を求める要請があった。そこで両部会は2001年10月28日と29日の両日に、現地調査を行ない、その結果、本意見書を提出するものである。


第2 上関原発建設計画の経緯

中国電力(株)は、137.3万kwの改良沸騰水型(ABWR)原発2基の建設を計画している。建設予定地の上関町(かみのせき)は山口県東南部にあり、瀬戸内海に面する室津半島の突端室津と周防灘の長島、祝島、八島等から構成されている。人口は約4500人で海岸線が砂浜、岬、絶壁などとなっている。


上関原発立地問題は1982年9月に中国電力が建設有力地として上関町を上げたことに端を発する。


これに対して1984年4月には立地予定地から約3㎞強しか離れていない対岸にある祝島の漁業協同組合がいち早く反対の決議を行い、他方町長選では原発推進派の片山秀行氏が当選した。以後、同町では推進派と反対派が争い、町政(町議に占める割合)においては推進派がやや優勢という状況で推移している。ただし朝日新聞社が2000年12月に行った世論調査では反対が46%であり賛成の33%を大きく上回っている。


このように立地前から賛否の勢力が拮抗し激しく対立しており、特に90%以上の祝島住民が長期間に渡って反対運動を継続している。


その後の調査が進む中で予定地周辺の陸海の自然にはスナメリ、ヤシマイシン(「カクメイ科」の新種巻貝)、ナメクジウオ、ハヤブサなどが生息することが確認され、自然環境保護の問題が大きくクローズアップされている。


更に、立地予定地に神社敷地があり、その買収が未了であり、かつ、同じく立地予定地で総有地訴訟も継続しており、敷地の2割以上が未取得である。


しかし、2001年4月、二井開成山口県知事は6項目21件の条件付きながら電源開発基本計画に組入れることに同意し、これを受けて、同年5月12日の総合資源エネルギー調査会・電源開発分科会が計画組入れを承認し、同年6月経済産業相が計画を決定している。着工は1号機が2007年度、2号機が2010年度、営業運転開始は2012年度、2015年度が予定されている。


第3 上関原発計画の問題点

そもそも当連合会は人権擁護大会において、新規原発の建設停止を提言しているが、これに加えて上関原発建設計画には、以下に述べるような問題点がある。


1. 安全性


(1) 地震


原発建設予定地周辺の状況


上関原発周辺で発生した被害地震としては,1979年7月13日に原発建設予定地の北約6kmにある牛島付近(深さ約70km)で発生したM6.1の地震や1903年3月21日に東側約10kmの平郡島で発生したM6.2の地震がある。これらの地震は,沈み込むフィリピン海プレート内部で発生した地震と推定されている。


上関原発周辺の安芸灘,伊予灘では,このフィリピン海プレート内部で発生するタイプの地震が繰り返し起こっている。特に1905年6月2日に安芸灘付近で発生した芸予地震(M7.2,深さ約50km)は,震源から40~50km離れた広島市,呉市,江田島町,松山市,伊予市などでも建物損傷などの大きな被害を出した地震として知られており,震度は5~6相当であった。そして,2001年3月24日,この芸予地震の震源周辺で,再度M6.4の地震が発生し,呉市,東広島市,今治市,松山市などを中心に建物等にかなりの被害を生じている。


地震に対する上関原発の安全性


前述した上関原発予定地近傍で発生した被害地震は,芸予地震と同様に今後も繰り返して発生すると考えられる。このような地震が再度発生した場合,芸予地震の被害状況から見ても,原発周辺では震度6以上となり,原子力発電所に相当の被害を与える可能性は高い。


また,上関原発は埋め立て部分が多く,原子炉建物の一部は埋立地上にかかるが,一般に地震の振動は埋立地では大きくなるため,上関原発は特に地震に対して脆弱で,より危険性が高いといえる。


以上のとおり,上関原発は地震に対し危険性が高いといわざるを得ない。


(2) 岩国基地


①米海兵隊岩国航空基地は上関原発予定地から東北東40kmに位置している。


所属航空機の2000年度離陸総数は8,573回、岩国発低空飛行回数は204回に及ぶという。


更に海上自衛隊岩国航空基地も一部共同使用しており、飛行回数は2,000回であるという。


又、1948年以来、岩国基地周辺の米軍機・自衛隊機事故は74件に上る。うち墜落32件とある。


ところで、2001年9月11日のニューヨークでの世界貿易センタービルに対する飛行機によるテロは、世界の人々に、飛行機によるテロが原発に対して行なわれれば悲惨な被害がひきおこされるであろうことを想起させた。


そもそも原発は上空から垂直に近い角度で突入してくるような想定を全くしていない。また大量のジェット燃料が衝突と同時に爆発するような事態も想定していない。


国連は、原発に対する攻撃について、1981年以降約20回以上総会決議等により警告を発しているが、原発に対する攻撃の危険性への認識は2001年9月11日のテロ以降、益々強まっている。このような状況下において、あえて原発を新設することは再検討されるべきである。


中・長期的安全確保という観点から、軍事基地から近い上関に原発を新設することは差し控えることが適切であろう。


2. 防災対策


(1) 上関町は、室津、上関、蒲井、四代、白井田、戸津、祝島、八島の8地区からなり、このうち、室津は、室津半島の突端に、上関、蒲井、四代、白井田、戸津は、室津半島から橋一本で繋がれた長島にそれぞれ位置し、祝島、八島は、いずれも離島である。半島、長島、祝島、八島ともに、上関町全体が急峻な地形であり、主要道路は、海岸線あるいは谷間を縫うように走っており、集落も港のある狭い海岸部に密集している。上関原発の予定地は、長島の先端(四代地区内)に位置している。


(2) 上関原発において、原子力災害が発生した場合、次のような問題点が懸念される。


①上関町の島嶼部のうち、長島は、上関大橋により本州側の室津半島と繋がれているが、陸路による本州側への避難、傷病人の搬送や本州側からの医療、災害救助等は、上関大橋を通行する外にない。避難・搬送車両が、上関大橋に集中する結果となり、災害時における避難・搬送経路としては、甚だ脆弱である。長島島内を周遊し、上関大橋に至る道路も、緊急時の避難路として、適切に利用できるか懸念される。特に原子力災害が地震によってもたらされた場合には、避難・搬送ルートの確保に、より困難な問題が浮かび上がる。


②離島である祝島、八島では、海路または空路による避難・搬送しか方法がない。特に、祝島は、上関原発予定地から直接距離にして、約3㎞強しか離れておらず、早急な避難が必要となる場合もある。特に船舶を保有していない世帯では、定期便あるいは避難救助用船舶を待つしかないが、原子力災害時にも、これらの定期便が順調に運航される保障はない。船舶を保有している世帯にあっても、天候や波浪の状況によっては、自力避難できない可能性もある。


以上のように上関原発の防災対策には大きな不安が残る。


3. 自然環境への影響


(1) 本件原発予定地付近の豊かな生態系


本件原発予定地付近の岩礁潮間帯の特徴について、研究者は、多様性の高い生物群集が形成されていること、普通種が豊富であることを挙げ、同地域の各生物種の個体群が他の生息場所への幼生の供給源になっている可能性があると報告している(日本生態系学会中国四国地区会報NO.59「長島の自然」7、8頁等。なお、本稿では同会報並びに中国電力株式会社「環境影響評価書」等を参照・参考とした)。


貴重な植物としては、絶滅危惧Ⅰ類のイワレンゲ、絶滅危惧Ⅱ類のヒメウラジロ、アカウキクサ等の生育が確認されている。


②本件原発予定地から数百メートル沖合に浮かぶ鼻繰島には雌雄2羽のハヤブサの営巣繁殖活動が確認され、本件原発建設予定地もハヤブサの活動域であることが確認されている。ハヤブサは国内希少野生動植物種、絶滅危惧Ⅱ類に登録されている。


③特定昆虫類に該当するタイワンウチワヤンマ、アヤヘリハネナガウンガ、シロフクロノメイガ、イシガケチョウ、フタイロカミキリモドキ、「無脊椎動物レッドリスト」絶滅危惧Ⅱ類に該当するウラナミジャノメ等が確認されている。


④海域にはスナメリが生息している。スナメリは、水産庁が「希少種」に指定し、日本哺乳類学会によれば瀬戸内海個体群は準絶滅危惧種(保全依存ではないが、絶滅危惧VU(Vulnerable)のカテゴリーに近いもの)とされている。


粕谷教授らの調査結果によれば、1976~1978年と1999~2000年の各調査の比較から、直接の比較が可能な18調査ルート中の全てにおいて平均発見頭数の減少が見られ、内12ルートにおいて減少が統計的に有意であり、海域別には周防灘では21年前調査の40~90%で比較的良好であったが、それ以外では0~20%であったと報告している(同会報9頁)。この報告から瀬戸内海全体ではスナメリの生息頭数は著しく減少していると推定されるなかで、本件海域のスナメリが比較的良好な状態であることがうかがわれ、他方で本件海域の月別確認頭数は繁殖期におけるものが顕著であることから、同海域が個体群の重要なまたは周辺海域での唯一の繁殖海域である可能性があることが推定される。


⑤本件原発建設予定地周辺で断続的に現地調査を実施している貝類等研究者たちは、最近の調査のたびに新たに希少生物等を発見している。例えば、貝類の系統進化を解明する鍵として注目される稀少なカクメイ科のヤシマイシンとその近似種、同海域が現時点で世界唯一の産地とされるワカウラツボ科の新種・ナガシマツボ、絶滅寸前とされ、極めて希少性高いとされている腕足類のカサシャミセン、生貝として初めて記録されたトウガタガイ科の3種チリメンクチキレ等生態学的に極めて貴重な発見が多数ある。


陸上部にも分類学的検討が必要とされるカミノセキオトメマイマイなど,希少な生物が生息しており、本件原発建設予定地周辺で水産庁レッドデータブックで危急種に指定されているナメクジウオの棲息も確認されている。


オミナエシフサゴカイが瀬戸内海で初めて本件原発建設予定地内で生息していることも確認された。産出例の少ない希少種で瀬戸内海全域で記録例がないアマクサウミコチョウも見られた。


(2) 本件地域を保全する意義と原発建設による影響


脆弱な生息基盤


貝類等の生息はわずかな環境の変化によりその生息基盤が失われてしまうおそれがある。特に、新種・希少種等の発見の項で記載した種等はその傾向が強いと推定される。したがって、本件原発建設に伴う地形改変や原発のその後の操業の影響により、回復不可能な生息基盤の喪失をもたらすおそれが高い。


本件原発建設・操業に伴う影響


本件原発建設に伴う土地造成面積は約30万平方メートル(うち公有水面埋立約15万平方メートル)とされているが、これまでの生態系の劣化・破壊の主たる要因が海岸部の埋立であったように、その影響の大きさが推測される。


また、原発操業による冷却水使用量は2基合計で毎秒190立方メートルという膨大なもので、取放水温度差(7℃以下とされている)の放水海域への影響が懸念される。


(3) 以上の本件原発建設予定地周辺の生態系上の重要性並びに同生態系の脆弱性を考えれば、本件原発建設計画には重大な疑問がある。


4. 住民合意


(1) 反対の強い住民の意思


上関原発に関して、世論調査や関連する選挙投票の結果などを総合すれば、山口県と上関町の住民の多数が強く反対していることが明らかである。


上関町では、計画が表面化して以来、5回の町長選挙で反対派が常に45%前後の得票を得ていることは、現職優位の地方選挙の常識からすれば、根強い反対の声があることを示しているといえる。


国の公開ヒアリング実施の直後にあたる、2000年12月17、18日に山口県内有権者1600人を対象に朝日新聞が世論調査を実施した。


その結果は次の通りである。


地域 賛成 反対 答えない・その他
上関町 33% 46% 21%
周辺2市5町 21% 58% 21%
山口県全体 24% 47% 29%

この世論調査の結果は、圧倒的に反対の声が大きいということを示している。


山口県全体でも、反対の声は賛成の倍に達しており、反対の声が予測された以上に根強いことが判明した。


県知事から、国の意見聴取に答えるに当たっての意見を求められた周辺2市5町のなかで、大島町は「安全性や代替エネルギーの開発を十分勘案して判断すべきだ」と慎重判断を求める意見を提出している。大島町では、これに先立って町議会が住民アンケートを実施したが、2000年11月に公表されたアンケート集計では、計画に反対が59.6%、計画延期が9.1%、賛成は3.1%,やむを得ないが、16.8%という結果が出た。このアンケート結果も朝日新聞の世論調査における周辺市町村の意識状況とよく重なっている。


他の2市4町は賛成反対の両論を併記する異例の意見書を提出した。


立地自治体と周辺自治体で明確に原発受け入れを表明したのは上関町の片山町長だけという状況であった。


(2) エネルギー政策における地方住民の意思尊重の必要性


①エネルギー施設とりわけ発電所は地方に立地されることが多い。それにより地方に迷惑をかけることも多い。また大型発電所で巨大な電力を作って広大な送電網で広範囲に電気を送る一極集中型のシステムは時代遅れとなり必要な場所で必要な量を発電して使う分散型システムが環境にもよいということで増える傾向がある。そのような傾向をふまえ地方自治の本旨にもとづいて考えるとエネルギー政策の決定は地方の自主性を尊重すべきである。


そして、仮に原子力施設を立地するとしても、他の政治的な思惑に左右されがちな首長や議会に自治体としての判断を委ねるのではなく、住民の多数の意思の在処を確認することがむしろ原則と考えるべきである。


(3) このような観点で、上関原発の立地経過を見れば、知事の意見表明の手続、内容の不十分さは明らかである。


5. 用地と漁業権


(1) 用地


上関原発の敷地面積は約137万㎡とされ,そのうち土地造成面積は約30万㎡(うち公有水面埋立約15万㎡)とされているが、2001年10月29日の時点で、中国電力の説明でも、既に取得された用地は7割台とのことであった。


上関原発の建設計画が明るみに出た1981年以来既に20年が経過しているが,2001年5月16日に総合資源エネルギー調査会電源開発分科会で上関原発建設計画を国の電源開発基本計画へ組み入れることを了承した後になっても,未だに2割以上の用地買収が残っており,とりわけ,神社地と総有地の原発建設に不可欠な用地が未解決のまま残っており、総有地については登記抹消や入会権確認の訴訟が提起されていることは,今後に大きな問題を残している。


(2) 漁業権


①上関原発予定地周辺には、光、牛島、田布施、平生町、室津、上関、四代、祝島の8つの漁業協同組合があり、予定地周辺海域には、共第96号(上関漁協)、共第101号(四代漁協)、共第107号(上記8漁協)の3つの共同漁業権の免許が付与されており、共第107号の共同漁業権(たいらぎ漁業、磯建網漁業等)を管理するために、上記8漁協によって共同漁業権管理委員会が設置されている。2000年4月26日開催の共第107号共同漁業権管理委員会は、祝島漁協の反対を承知しながら、賛成7、反対1(祝島漁協)で、上関原発の建設に同意し、中国電力と補償契約を締結する旨の決議をし、翌27日、中国電力との間で、金125億5000万円の漁業補償契約を締結した。


②漁協に免許された共同漁業権を,水産業協同組合法所定の同漁協の特別決議を経ないまま,祝島漁協の反対を承知の上で,管理委員会が変更することができるかについては,議論のあるところで,これに関する漁業補償契約無効確認訴訟での裁判所の判断が注目されるところである。


③また,知事から各漁業者に許可が与えられた許可漁業については,共同漁業権とは異なり,上記管理委員会が変更する余地のないところと思料され,許可漁業についての補償の問題は未解決のままとみることができる。


④さらに,許可漁業ならびに自由漁業についても,当該漁業の利益が社会通念上権利と認められる程度にまで成熟しているものについては,漁業権の場合と同様に補償が行われることとなっており(公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱2条5項),現実に,長良川河口堰建設の際には,自由漁業も補償の対象となったようであるが,上関原発の場合には,自由漁業に対する補償は全く手付かずの状態ということができる。


⑤このように,漁業権についても,基本的な問題の解決を積み残したままとなっており,特に共同漁業権についての裁判所の判断如何では,上関原発の建設計画が頓挫する事態も十分に予測され,将来に禍根を残すものと批判をされてもやむを得ない状況にある。


6. 地域振興


原子力発電所や核燃料サイクル施設の新規立地、増設にあたって、国や事業者が宣伝するのが「地域振興への寄与」であり、地元にとっても地域活性化の起爆剤、過疎対策のカンフル剤としての思惑が強い動機となっているのが実情である。


確かに、電源三法交付金、固定資産税などの税収入は、過疎と慢性的赤字財政に悩む地元自治体にとっては大きな魅力であるが、その財政的効果は短期的であるうえ、交付金の使途が限定されているため、長期的に見ると、維持管理面で逆に自治体の財政を圧迫しているのが現状である。


また、原発などの建設に伴なう地域経済への波及効果は認められるが、それはいわゆる「原発特需」がもたらす一過性のものにすぎず、地元経済の恒久的発展を支えるものとはならない。巨額な原子力施設の建設費の殆どは大手ゼネコンに吸い上げられ、地元中小零細企業はわずかの恩恵に浴するだけである。


原発立地により、建設中の人口は緩やかに増加する例はあるが、原発運転開始後は横ばいもしくは減少する傾向にあり、過疎対策になっていないケースが多い。若者の地元離れ現象が顕著に見られ、過疎化に拍車をかけている。


建設工事終了後の地元雇用は大幅に減少するし、原発建設に投資された建設費の大部分は大企業の収益となり、地元の所得向上に結びついていないのが実情である。


以上のように、原子力施設の立地、稼動は必ずしも地元の地域振興に結びついていないことが明らかになっている。


国や電気事業者は、原発等の立地によるプラス面だけを一方的に宣伝するのでなく、メリット、デメリット両面の情報公開を行い、地元住民が適正な選択ができる判断材料を提供すべきであるし、地元自治体も真の意味での地域振興とはいかにあるべきかを十分に検討し、住民の健康、福祉の向上、財産権の保護、環境保全などの観点から慎重に立地受入れの是非を決めるべきである。

7. 上関原発の必要性の有無


2002年1月11日の朝日新聞朝刊は「原発コスト支援等要請-国に電力業界」と報じている。従来の電力会社が電力小売りの自由化拡大に原子力発電がたえられないので資金的な支援を要求するという内容である。原発の発電コスト(1kwあたり5.9円)が天然ガス(同6.4円)や石油(同10.2円)にくらべて安いというのは意識的計算操作によるものであって実際には1kwあたり約8円であり、新しい原発の稼動直後は1kwあたり約12円であるとしている。


今まで原発はコスト安だから推進するのだと言ってきた電力業界が実は原発は割高につくということを正式に認めたということである。


そして同記事は「特に負担が重くなるのは企業規模の小さい地方電力が新設原発を抱えた場合だ」と明言する。これは中国電力にも当てはまるのではないだろうか。


中国電力は上関原発の新設に固執している。しかし20数年前の電力業界の事情、原子力発電をめぐる状況と現在の状況は電力の自由化、需要の停滞、世界的な脱原発の傾向等において大きく変化をしている。


中国電力は「時のアセス」の考え方を柔軟に取り入れ、上関原発に固執する姿勢を再検討すべきではないだろうか。


原発新設はかえって電力料金の上昇を招く恐れが強いので、消費者(市民)の利益を害することになる恐れが非常に強いと言わねばならない。上関原発を新設しなければならない必要性は極めて薄いのではないだろうか。


第4 まとめ

原子力発電についての世界の潮流は大きく脱原発の方向に進んでいる。その理由は第1に重大事故が発生した場合にはその人命、身体、経済に加えられる被害があまりに深刻で誰も責任をとれないような損害が発生することである。第2はもっと根本的な問題であるが日々発生する使用済み燃料=核廃棄物は膨大な量であり、かつそれを適切に処分する方法を人類は未だに完成しておらず、全て後世に負担として押し付けていることである。これらの廃棄物は数百年から数万年にわたって我々の後の世代に生命、身体、経済への重大な危険と負担として重くのしかかっていく。これは世代間倫理として我々がもっとも反省しなければならない所である。


日弁連は公害対策・環境保全委員会を中心としてこの問題に対して数十年来の取り組みをしており、必要と思われる時期に必要な意見表明をしてきた。その具体的内容は、第1、1原子力開発に関する日弁連の立場に述べたとおりである。


そのような長い歴史を持つ調査・提言活動の一環として今回の上関原発問題調査も行われた。


その結果の結論は「上関原発はその立地計画を撤回することが適切である。」ということである。


その理由は第3「上関原発計画の問題点」の1ないし7の通りであるが要約すると以下のとおりである。


  1. 原発の安全性について、日弁連は第1、1「原子力開発に関する日弁連の立場」でのべたとおり、数回にわたり決議や出版活動によって疑問を提起してきた。
    それら一般的な問題に加えて上関原発には強い地震が 発生するおそれがあり、また岩国基地という航空機の離着陸が非常に多い日米両用基地があって故意・過失による航空機事故も考えられる。
  2. 原発災害発生時の防災対策上、上関町には構造的・地理的欠陥(町の中心地が島にあり、本州と橋一本で結ばれている、急峻地が多く地震による原子力災害発生時に崖崩れ及びそれによる道路寸断が予測される、離島が多い)がある。特に原発予定地の直近・直前(3km強)にある祝島は悪天候時に原子力災害が発生した場合には文字通り逃げ場を失い、放射能を浴び続けるおそれがある。
  3. 上関原発予定地の長島及びその周辺水域には豊かな生態系が展開されている。植物としては絶滅危惧Ⅰ類のイワレンゲ、絶滅危惧Ⅱ類のヒメウラジロ、全国的に減少傾向にあるビャクシン等、鳥としては絶滅危惧Ⅱ類のハヤブサ、昆虫としては絶滅危惧Ⅱ類のウラナミジャノメなど、海域には準絶滅危惧のスナメリ、貝類としては新種・希少種のカクメイ科のヤシマイシン、ワカウラツボ科のナガシマツボ、腕足類のカサシャミセン等、原始的な魚として貴重な研究・保護対象であるナメクジウオなどが生息している。
    これらは自然の微妙なバランスの中で生息しており、その生息基盤は極めて脆弱であり、原発建設のための広大な砂浜及び海の埋立(15万㎡。原発サイトの約半分)森林伐採、大規模建設工事等による自然破壊、原発操業による大量の取・排水(毎秒190立方メートル)と高熱の温排水(取・排水の温度差7℃)による影響により貴重な生態系が根底的に破壊されるおそれがある。予定地周辺の海域はいわゆる閉鎖海域であるだけに原発の建設及び操業による影響は一層強烈であると考えなければならない。
  4. 原発建設について住民合意は成立しているとはいえない。
    上関町の町長選では原発推進派の現町長が約55%を得票しているが、反対派の候補も常に45%前後の得票をしているし、新聞による世論調査では反対派は上関町で46%(賛成派33%)、周辺市町村では58%(賛成派21%)、山口県全体では47%(賛成派24%)であり、反対派が賛成派を圧倒的に上回っている。
  5. 住民合意が成立していないことの当然の結果として用地の取得や漁業権者との交渉が難航している。それを反映して用地取得及び漁業権交渉の過程において無理なことや不透明なことが数多く行われ、それがために訴訟が続発している。
  6. 原発を新設しても潤うのは極く一時期であり、それを過ぎるとかえって反動のため経済が衰退する。原発は地域振興にならない。
  7. 原子力発電は割高につくということ、また原発新設はより一層割高につくということを電力業界全体が認めつつあり、上関原発新設は結局は電気料金の値上げ等市民の不利益となって跳ね返ってくる。また上関原発をどうしても必要とする電力需要があるとは考えにくい。

以上のとおり、あらゆる観点から検討しても、上関原発はその立地計画を撤回することが適切であると結論せざるを得ない


以上