「公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律(案)」に対する意見書

2002(平成14)年4月20日
日本弁護士連合会


本意見書について

第1 意見

当連合会は、「公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の処罰に関する法律(案)」(以下「本法案」という)に反対する。


第2 理由

1. 条約からの逸脱

(1)本法案は、「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約の締結その他のテロリズムに対する資金供与の防止のための措置の実施に関する国際的な要請にこたえるため」に提出されたもので(本法案の提案理由)、テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約(以下「本条約」という)の国内法化のための法案である。


ところが、以下のとおり、本法案は、本条約が求める規制の範囲をはるかに越えており、およそ条約の国内法化などと言って正当化できるものではなく、本条約を口実とした処罰範囲の拡大以外の何ものでもない。


(2)本条約は、国際的な範囲で行われる国際的なテロ行為に対する資金提供等を防止することを目的とするものである。そのため、「犯罪が単一の国において行われ、容疑者が当該国の国民であり、当該容疑者が当該国の領域内に所在し、かつ、他のいずれの国も(中略)裁判権を行使する根拠を有しない場合には適用しない。(後略)」(本条約第3条)との規定にあるように、一国内で完結するような「テロ行為」に対する資金提供等は原則として対象としていない。ところが、本法案は、国際的な範囲で行われる国際的なテロ行為に対する資金提供等に限定せず、一国内で完結するような「テロ行為」に対する資金提供等についても同様に処罰しようとするもので、本条約の範囲をはるかに逸脱している。


(3)対象行為につき、本条約は、「その全部又は一部が、次の行為を行うために使用されることを意図して又は使用されることを知りながら、手段のいかんを問わず、直接又は間接に、不法かつ故意に、資金を提供し又は受領する行為は、この条約上犯罪とする。(a)(略)(b)文民又はその他の者であって武力紛争の状況における敵対行為に直接に参加しないものの死又は身体の重大な傷害を引き起こすことを意図する他の行為。ただし、当該行為の目的が、その性質又は状況から、市民を威嚇し又は政府もしくは国際機関に対して何らかの行為を行うこともしくは行わないことを強要することである場合に限る」(本条約第2条1項)と規定する。他方、本法案は、「公衆等脅迫目的の犯罪行為」を対象行為とし、「公衆等脅迫目的の犯罪行為」とは、「公衆又は国若しくは地方公共団体若しくは外国政府等(外国の政府若しくは地方公共団体又は条約その他の国際約束により設立された国際機関をいう。)を脅迫する目的をもって行われる犯罪行為であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう」として、1号から3号までの犯罪行為を掲げている(本法案第1条)。


第1に、本条約は、犯罪行為の目的につき、市民に対しては「威嚇」、政府もしくは国際機関に対しては「強要」、と区別して掲げているが、本法案は、公衆又は国若しくは地方公共団体若しくは外国政府等いずれに対しても「脅迫」で足りるとし、政府もしくは国際機関に対して「強要」を求める本条約よりも緩い要件となっている。


第2に、本条約は、犯罪行為につき、「文民又はその他の者であって武力紛争の状況における敵対行為に直接に参加しないものの死又は身体の重大な傷害を引き起こすことを意図する他の行為」と一応の限定をしているが、本法案第1条第1号は、「人を殺害」「人の身体を傷害」「人を略取し、誘拐し、人質にする」というように、「人」について限定せず、軍人や武力紛争の状況における敵対行為に直接に参加する者も含む結果となっている。また、第2号では、本条約にない航空機や船舶が対象として掲げられているばかりか、この航空機や船舶についても何の限定もないため、軍用機や軍用艦、あるいは武力紛争の状況における敵対行為に直接に参加している航空機や船舶も対象として含まれることになる。さらに、第3号では、公用・公衆用の電車・自動車・運送車輌や、道路・公園・駅など公共施設、公用・公衆用の電気・ガス・水道・下水道・電気通信施設、石油・可燃性天然ガス・石炭・核燃料の生産・精製・輸送・貯蔵施設、建造物などの破壊、重大な損傷を与える行為も対象とされている。本法案は、本条約の規制の範囲をはるかに逸脱しているのである。


 


2. 処罰範囲の広範さと構成要件の不明確性

(1)前項で述べたように、本法案は、本条約の規制の範囲をはるかに逸脱し、その処罰の範囲を著しく拡大している。


本法案は、前記のとおり、一国内で完結する第1条規定の犯罪行為に対する資金提供等についても同様に処罰するものである。わが国において、第1条規定の犯罪行為はこれまでにも数々行われてきたが、本法案のごとく犯罪行為の準備段階に対する資金提供という予備あるいは準備の幇助を独立犯として処罰しようという動きはなかった。予備あるいは準備段階の幇助を独立犯として処罰するという刑法の共犯とは相容れない異例の措置をとってまで処罰範囲の拡大を要請するような立法事実は存在しないといってよい。


(2)本法案第2条は、「情を知って、公衆等脅迫目的の犯罪行為の実行を容易にする目的で、資金を提供した者」を処罰する。


「情を知って」、「実行を容易にする目的」は構成要件としても不明確であるし、「使用されることを意図して又は使用されることを知りながら」という本条約の規定に照らしても、明確性に欠け、広きに失するものである。これでは、生活費の援助あるいは食事をおごることすら包含されることになりかねない。


提供する資金にも限定はない。街頭募金に応じることも犯罪となるのである。「南アフリカのアパルトヘイトに反対する活動や、東ティモールの独立などを支援する国内の団体に資金カンパするような行為すら、犯罪行為として処罰の対象とされる可能性がある」旨の、本条約の国内法化に関する2002年2月20日付日弁連会長声明(以下「会長声明」という)の危惧は、本法案で現実のものとなっている。


しかも、資金提供という犯罪の準備行為に対する幇助の未遂も処罰されることになっており、その処罰範囲は著しく拡大する。


(3)本法案第3条は、「公衆等脅迫目的の犯罪行為を実行しようとする者が、その実行のために使用する目的で、資金の提供を勧誘し、若しくは要請し、又はその他の方法により、資金を収集」する行為を処罰する。


「公衆等脅迫目的の犯罪行為」自体、前記のとおり、本条約の規制範囲を超えており、「公衆等脅迫目的の犯罪行為を実行しようとする者」及び「使用目的の対象行為」の範囲が、本条約の想定する範囲よりも広範なものとなることは明らかである。


資金の収集行為として、「勧誘」「要請」「その他の方法」が掲げられているが、これらは何の限定にもなっていない。「その他の方法」など、構成要件として全く無限定で構成要件足りえない。すなわち、資金を収集すれば方法のいかんを問わず犯罪となるのである。


3. 法案作成手続の問題

本法案は、刑法の共犯の例外を定めるなど、刑法の特別法としての性格をもつもので、刑事法制に重大な影響を与えるものであり、法制審議会でまず審議されるべき法案である。しかるに、かかる審議を経ることなく本法案は作成され国会に上程されており、その手続に重大な瑕疵があるといわざるをえない。


4. 会長声明から見た本法案の問題

会長声明は、本条約の国内法化につき、「市民の表現の自由や結社の自由を侵害する危険がある」と指摘し、その理由として、(1)本条約第2条1項(b)の「文民又はその他の者であって武力紛争の状況における敵対行為に直接に参加しないものの死又は身体の重大な傷害を引き起こすことを意図する他の行為。ただし、当該行為の目的が、その性質又は状況から、市民を威嚇し又は政府もしくは国際機関に対して何らかの行為を行うこともしくは行わないことを強要することである場合に限る」との規定は、政府の解釈でいかようにも広げられるおそれがあること、(2)本条約は、テロに関連した活動かいなかの認定手続や誤った認定の場合の救済措置についてなんの規定もなく、このままでは捜査機関の恣意的な判断に委ねられる可能性が大きいこと、(3)本条約では、「テロ行為を行うために使用されることを意図して又は使用されることを知りながら」資金提供をする必要があるとされている(本条約第2条1項)が、確定的又は未必的故意による資金提供でなくても処罰の対象とされる可能性があること、を掲げている。そして、本条約の規定は構成要件としての明確性を欠き、過度に広汎な規制をテロ対策の名目で正当化していると批判し、その国内法化に基本的な問題点があることを指摘し、法制審議会での審議を含めた慎重な検討と人権保障上問題の少ない制度とすることを強く求めている。


しかしながら、1・2のとおり、本法案において、本条約が持つ(1)~(3)の問題点が解消された事実はなく、あるいは本条約に比し、規制範囲が狭まり、構成要件が明確化された事実もない。むしろ、本法案は、1・2のとおり、本条約よりも後退し、処罰範囲は拡大し、構成要件もあいまいさをましている。その「市民の表現の自由や結社の自由を侵害する危険」、政府の拡大解釈や捜査機関の恣意的な判断による不当逮捕・勾留などの濫用の危険は増大し、本条約がもつ人権保障上の問題はなんら解決されていない。3のとおり、法制審議会での審議を含めた慎重な検討すら行われていない。