「有事法制」法案に反対する理事会決議

2002(平成14)年4月20日
日本弁護士連合会


4月17日,政府は衆議院に「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案」(「武力攻撃事態」法案という),「安全保障会議設置法の一部を改正する法律案」(安全保障会議設置法「改正」法案という),「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案」(自衛隊法等「改正」法案という)を上程した(以上を有事法制3法案という)。


有事法制3法案には,憲法原理に照らし,少なくとも以下に指摘する重大な問題点と危険性が存在する。


  1. 「武力攻撃のおそれのある事態」や「事態が緊迫し,武力攻撃が予測されるに至った事態」までが「武力攻撃事態」とされており,その範囲・概念は極めて曖昧である。政府の判断によりどのようにも「武力攻撃事態」を認定することが可能であり,しかも国会の承認は「対処措置」実行後になされることから,政府の認定を追認するものとなるおそれが大きい。
  2. いったん内閣により「武力攻撃事態」の認定が行なわれると,陣地構築,軍事物資の確保等のための私有財産の収用・使用,軍隊・軍事物質の輸送,戦傷者治療等のための市民に対する役務の強制,交通,通信,経済等の市民生活・経済活動の規制などを行なうことにより,市民の基本的人権を大きく制限することとなるが,これは憲法規範の中核をなす基本的人権保障原理を変質させる重大な危険性を有する。
  3. 曖昧な概念の下で拡張された「武力攻撃事態」における自衛隊の行動は,憲法の定める平和主義の原理,憲法9条の戦争放棄,軍備及び交戦権の否認に抵触するのではないかとの重大な疑念が存在する。
    また周辺事態法と連動して,米軍が主体的に関与する戦争あるいは紛争に我が国を参加させることにより,日米の共同行動すなわち個別的自衛権の枠を超えた「集団的自衛権の行使」となり,我が国に対する攻撃を招く危険を生じさせる。
  4. 武力の行使,情報・経済の統制等を含む幅広い事態対処権限を内閣総理大臣に集中し,その事務を閣内の「対策本部」に所掌させることは,行政権は合議体である内閣に属するとの憲法規定と抵触し,また内閣総理大臣の地方公共団体に対する指示権及び地方公共団体が行なう措置を直接実施する権限は地方自治の本旨に反し,憲法が定める民主的な統治構造を大きく変容させ,民主政治の基盤を侵食する危険性を有する。
  5. 日本放送協会(NHK)などの放送機関を指定公共機関とし,これらに対し,「必要な措置を実施する責務」を負わせ,内閣総理大臣が,対処措置を実施すべきことを指示し,実施されない時は自ら直接対処措置を実施することができるとすることにより,政府が放送メディアを統制下に置き,市民の知る権利,メディアの権力監視機能,報道の自由を侵害し,国民主権と民主主義の基盤を崩壊させる危険を有する。

以上のように,有事法制3法案は,武力又は軍事力の行使を許容するための強大な権限を内閣総理大臣に付与する授権法であり,基本的人権侵害のおそれ,平和原則への抵触のおそれだけでなく,憲法が予定する民主的な統治構造を変容させ,地方公共団体,メディアを含む指定公共機関の責務と内閣総理大臣の指示権,直接実施権及び国民の協力・努力義務を定めることにより,国家総動員体制への道を切りひらく重大な危険性を有するものである。当連合会は,法案の持つ重大性,危険性に鑑み,法案の問題点を国民に明らかにし,上記理由に基づき,有事法制3法案に反対し,同法案を廃案にするように求めるものである。


決議の理由

政府は,4月17日,衆議院に「武力攻撃事態」法案,安全保障会議設置法「改正」法案,自衛隊法等「改正」法案を提出し,今国会における成立を期している。しかし,これら法案には少なくとも以下のような重大な憲法上の疑義があるから,有事法制3法案に反対し,廃案にすることを強く求める。


1. 「武力攻撃事態」法案の曖昧さと危険性

(1)「武力攻撃事態」法案は,我が国に対する外国からの武力攻撃が発生した事態,そのおそれのある事態及び事態が緊迫し,武力攻撃が予測されるに至った事態(3つの事態を「武力攻撃事態」という)において,「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全」を確保するために,「武力攻撃事態」への対処についての基本理念,国,地方公共団体,公共的事業体,国民の責務等を定めて,「武力攻撃事態」に対処する法制(有事法制という)の基本的あり方を定めるとともに,今後有事法制として整備すべき事項を定め,さらにそれ以外の「緊急事態」に対処するため施策を講ずることを規定する。


(2) 同法案は,政府により「武力攻撃事態」の認定がなされることを要件とするが,同要件の「武力攻撃のおそれ」,「事態が緊迫し,武力攻撃が予測されるに至った事態」とはいずれも極めて曖昧にして無限定な概念であり,且つ,政治的な判断となるおそれがあり,武力又は軍事力の行使及び基本的人権を制限する要件としては,不適切であり,危険なものと言わざるを得ない。


同事態の認定は,政府により行なわれるが,政府の秘密主義,とりわけ防衛・外交情報につき秘密主義が根強く温存する現状を考慮すると,政府の恣意的判断により,憲法の基本的人権の尊重及び平和主義の原理に反して行なわれるという危惧も生ずる。


(3) 同法案は,「武力攻撃事態」の対処措置として「武力攻撃事態を終結させるために実施する措置」及び「武力攻撃から国民の生命,身体,財産を保護するため,又は武力攻撃が国民生活及び国民経済に影響を及ぼす場合において,当該影響が最小となるようにするために実施する措置」を定めるが,同法案が規定する「措置」はいずれも包括的で,広汎で,且つ,無限定なものとなっている。


例えば,自衛隊は「武力の行使,部隊等の展開その他の行動」をとりうると規定され,自衛隊は「武力攻撃事態を終結させるため」であれば,あらゆる行動を行ないうると定められている。しかし,「武力攻撃事態を終結させるため」とは主観的なものであり,何ら制限規定となり得ないものである。同規定の下では「武力攻撃事態を終結させるため」であれば,外国の武力発進基地を攻撃することも許されることになってしまう。自衛隊又は駐留米軍の行動を円滑・効果的にするための措置についても,「物品,施設又は役務の提供その他の措置」と定められており,同様に無限定なものとなっている。


2. 重大な基本的人権侵害のおそれ

(1) 「武力攻撃事態」法案は,上記のように,政府が「武力攻撃事態」と認定した場合に,自衛隊,駐留米軍の行動を円滑・効果的に行なわせるために,あらゆる措置をとりうる仕組みを用意した上で,個々の実施法令を制定して,具体的な実施措置を定めようとするものである。


(2) その先陣を切るのが自衛隊法等「改正」法案である。


同法案は,防衛出動時の土地,家屋使用を実効あらしめるために,都道府県知事(緊急の場合は長官等)に対して土地上の立木,工作物等の移転(緊急の場合は処分)権限を付与し,必要に応じて「家屋の形状を変更」する権限を付与する。 また,自衛隊法103条が定める病院等施設,土地等の使用,物資の収用,保管命令等の処分を行なう手続として「公用令書」交付手続を規定する(所在が知れない場合等政令で定める場合には,事後の交付で足りるとする)。


同法案は,「事態が緊迫し,武力攻撃が予測されるに至った事態」に対処するため,防衛庁長官が自衛隊に対して陣地構築その他の防衛のための施設を構築することを命じることができると定め,土地の使用を実効あらしめるために,防衛出動時と同様に立木・工作物等の移転・処分することができると定める。


そして,保管命令違反に対して6カ月以下の懲役等の刑罰を,立入り検査拒否,妨害等に対して20万円以下の刑罰を課すと規定する。


しかし,「武力攻撃事態」という認定がなされたという一事で,個々の事案における私有財産権制限の適否を判断する実体的要件を不要とし,一片の公用令書の交付だけで制限しうるとするのは,事前の告知・弁解・防御の機会を保障する適正手続を省略して,市民の自由・人権を制限する点で,基本的人権を保障する憲法規定に違反する疑いが強く,且つ,濫用の危険性も極めて高いものと言わざるを得ない。


(3) 「武力攻撃事態」法案は,国民保護又は「武力攻撃の排除に支障」があり,「特に必要があると認める場合」で,「総合調整に基づく所要の対処措置」が実施されないときには,「別に法律で定めるところにより」,内閣総理大臣は,指定行政機関,指定地方行政機関,地方公共団体,指定公共機関の各長(地方公共団体等の長という)に対して措置を実施するように指示をなし,同指示が実施されない場合には,内閣総理大臣が直接自ら,又は所掌大臣を指揮して,「地方公共団体又は指定公共機関が実施すべき対処措置」を実施することができると規定する(15条)。


同法案は「国民」に対して直接協力させる具体的な仕組みは明記していないが,その法的基盤となしうる足がかりとして,国民は措置に「必要な協力をするように努めるものとする」旨の規定を置いている(8条)。


また公務員及び民間人に対して,軍事目的・軍事行動に対して協力することを行政措置,業務命令,刑罰等で強制することは,憲法が保障する思想・良心の自由,その意に反する苦役に服さない自由,幸福追求の権利,私有財産権の保障等の基本的人権,さらに平和のうちに生きる権利を基盤とする平和原則にも反するおそれが強いと言わざるを得ない。


以上のように,法案には,憲法の立脚する人権保障原理に抵触し,重大な人権侵害を生じさせるおそれが強く,憲法上重大な義疑が存すると言わなければならない。


3. 平和原則等への抵触のおそれ

(1) 憲法の規定


憲法は前文において,「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」て主権が国民に存することを宣言し,「日本国民は,恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した」ことを表明し,「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免れ,平和のうちに生存する権利を有することを確認」している。


その上で,憲法9条1項において,「国権の発動たる戦争と,武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する」と定め,2項において,「前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。」と規定している。


(2) 自衛隊の憲法適合性についての疑義の存在


自衛隊の憲法適合性については,上記規定及び憲法制定経過に照らし,未だ「違憲」との強い疑義が呈されているところである。また,自衛隊の存在を合憲と解する見解に立っても,現在の自衛隊の規模,実態に照らし,憲法が認める範囲を超えているとの疑念も提出されているところである。


上記疑義又は疑念が国論を二分するほど根強く存在する状況の下で,自衛隊による武力の行使又は部隊の行動を円滑・効果的に行なう権限をさらに拡大・強化し,その環境を整備することは,一層自衛隊の憲法適合性に関する対立,意見の相違を深刻化させるものである。


(3) 自衛隊の権限・出動範囲の拡大と集団的自衛権行使の危険性


有事法制3法案は,自衛隊の出動範囲を自衛隊法が定める「防衛出動」事態,すなわち「我が国に対し外部からの武力攻撃が発生した事態,及びそのおそれのある事態」から「事態が緊迫し,武力攻撃が予測されるに至った事態」にまで広げるものであるが,同文言は極めて曖昧な概念である。


曖昧な概念の下で拡張された上記事態における自衛隊の行動は,一層憲法適合性についての疑念を強めるものである。


同「武力攻撃が予測される事態」が「周辺事態法」でいう「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」とどのように異なるのか不明であり,文言からすると,むしろ「周辺事態」と重なっていると解するのが自然である。すると,自衛隊は「周辺事態法」に基づき「日本の安全に寄与し,並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」に活動する米軍の支援活動を「後方地域」において行なう一方,有事法制の下で,「武力攻撃事態」に対処するための活動を行なうとともに,駐留米軍の行動を円滑・効果的するための措置をとり得る(「武力攻撃事態」法案2条2号,6号イ(2))ことになる。これは正に「武力攻撃事態」における日米の共同行動であり,個別自衛権の枠を越えた「集団的自衛権の行使」との指摘をうける危険な事態である。


(4) 慎重な検討の必要性


軍事力は,いったん行使されると,人々の生命,身体,財産に取り返しのつかない甚大な被害を生じさせるものであること,有事法制の整備・強化が他国の招来する戦争あるいは紛争に我が国を参加させ,我が国に対する攻撃を招くおそれを生じさせることは,数多くの戦争の歴史が教える冷厳な現実である。


現代における軍事力行使の危険性,被害の甚大さ,悲惨さを考慮すると,武力の行使及びその環境整備については,慎重な上にも慎重でなければならない。


有事法制3法案は,自衛隊の権限・行動の範囲を拡大・強化するものであり,憲法の平和主義の原則,軍隊の不保持規定等に抵触するおそれを一層強めるものである。


他国の憲法と異なり,日本国憲法には,有事法制を前提とした規定が存しないことを踏まえると,憲法の平和主義原理を変容・変質させるおそれを有する有事法制3法案の憲法適合性については,より一層の慎重な検討が求められる。


また,我が国を取り巻く状況をみると,憲法原則に基づいた我が国周辺諸国との友好関係の構築・維持・発展という平時の安全保障外交の実践,確立こそ重要であり,有事法制の導入・整備はむしろ緊張を高め,有事を誘発し,国際関係における平和の維持・発展に障害をもたらすものではないかとの問題も存し,この観点からも慎重な検討が求められるものである。


4. 統治構造の変容,権限濫用のおそれ

(1) 行政構造の変容


「武力攻撃事態」法案は,政府に「武力攻撃事態」認定権限を与え,内閣総理大臣に対して「事態対処措置」という強大な権限を独占・集中させている。同法案は,内閣総理大臣に対して,安全保障会議に「対処基本方針」を諮問することを義務づけているが,同会議は審議機関であり,総理大臣に対して意見を述べる諮問機関に過ぎず,対処基本方針を決定する機関ではない。「武力攻撃事態」の認定を含む対処基本方針は,最終的には閣議で決定するものとされている。


しかし,いったん「対処基本方針」が決定されると,閣内に設置された「対策本部」が事態対処事務を所掌し,内閣総理大臣が本部長としてその事務を総括し,職員を指揮して事態対処措置に関する「総合調整」を図ることとされている。


地方公共団体又は指定公共機関が対策本部長の「総合調整」に従わず,内閣総理大臣の「指示」に従わない場合には,内閣総理大臣が直接自ら又は主務大臣を指揮して,地方公共団体又は指定公共機関が実施すべき措置を実施し,又は実施させることができると規定されている。対処措置が包括的で,広汎で,且つ,無限定であることを考え合わせると,「武力攻撃事態」における内閣総理大臣の事態対処権限は,極めて特異,且つ,強大である。


これは「行政権は内閣に属する」と定め,行政権の行使を内閣総理大臣にではなく,「内閣」という合議体に所属させ,各主務大臣に行政を担当させるという,憲法の定める統治構造を大きく変容させるものである。


(2) 地方自治の変容


「武力攻撃事態」法案は,上記のとおり,内閣総理大臣に地方公共団体に対し,事態対処措置を実施するように指示する権限,そして地方公共団体がこれに従わない場合には,内閣総理大臣は,直接自ら又は主務大臣を指揮して,地方公共団体が実施すべき措置を実施することができる権限を付与している。これは地方公共団体の独立性,自主性を否定するものであり,憲法が保障する「地方自治の本旨」に反するとの疑いを強く有するものである。


(3) 国民のコントロール不在


有事法制3法案は,武力攻撃事態の認定,事態対処に関する全般的な方針,対処措置に関する重要事項等を定める「対処基本方針」につき,国会に承認を求めるものと定めるが,国会の権限,すなわち,国会に「対処基本方針」の内容を修正する権限が存するか否かを明記していない。法案では,国会にはそれを承認するか否かの権限しか存しないものとして規定されているようにみえる。また,国会の議決をなすべき期間について定めがなく,審議の遅滞又は長期化により,内閣総理大臣は,不適正な事態認定の場合でも長期間,特異,且つ,強大な事態対処措置権を行使し得ることになる。


防衛出動についても,自衛隊法において国会の承認を求めるものと規定されているが,国会の承認を得るべき期間についての定めは存しない。


これらの手続・仕組みは,対処措置及び防衛出動の重大性を考慮すると,国会による事前コントロールとしては極めて不十分と言わざるを得ない。


また,有事法制3法案では,一旦承認された後の「武力攻撃事態」における内閣総理大臣の事態対処措置権限に対するコントロールについては,全く市民,国会の立場からの仕組みが用意されていない。


さらに,いったん「武力攻撃事態」と認定された後の個々の対処措置実施現場における市民の立場に立った濫用抑制の仕組みも用意されていない。


濫用を防止するための,行政内部における抑制の仕組み,誤った判断又は権限を濫用した場合の事後的制裁システムも全く用意されていない。


有事法制3法は,「武力攻撃事態」に対する国民のコントロールとしては極めて不十分なものであり,権限濫用の危険性は,無視できないほど重大と言わざるを得ない。有事法制3法案は,もっぱら事態対処権限を付与する「授権法」としての性格を有するものであり,「武力攻撃事態」における権力の行使を民主的にコントロールして,濫用を抑制する「抑制法」としての基本的性格を有しないものと言わざるを得ない。


有事法制の立法理由として,しばしば「備えあれば憂いなし」との格言が引用されるが,そもそも「備え」をすべき事態が我が国をめぐって存するか否かについて十分な検証が尽くされていないものである。


5. 政府の放送メディア統制と知る権利等侵害のおそれ

「武力攻撃事態」法案は前述したとおり,日本放送協会(NHK)等の放送機関をも指定公共機関とし,国等と相互に協力し,「必要な措置を実施する責務」を負わせ(6条),かつ対策本部長(内閣総理大臣)は対処措置について「総合調整」を行なうことができると定める(14条)。


そして,国民保護又は「武力攻撃の排除に支障」があり,「特に必要があると認める場合」で,「総合調整に基づく所要の対処措置」が実施されないときには,「別に法律で定めるところにより」,内閣総理大臣は,指定公共機関の長に対して措置を実施するように指示をなし,同指示が実施されない場合には,内閣総理大臣が直接自ら,又は所掌大臣を指揮して,「指定公共機関が実施すべき対処措置」を実施することができると規定する(15条)。


これは「武力攻撃事態」を理由に政府が放送メディアをその統制下に置くものであり,有事において市民に最も必要とされる情報を管理し,国民の知る権利,メディアの権力監視機能,報道の自由を侵害するものであり,国民主権と民主主義の基盤を崩壊させる危険性を有するものである。


私達は,報道統制の下の「大本営発表」がいかに国民の判断を誤らせ,戦争を継続させ,その被害を拡大したかを忘れてはならない。


6. 国民主権の軽視と民主的手続の違背

以上に述べたとおり,有事法制3法案は,憲法及び国のあり方に関する極めて重要な法案であるにもかかわらず,長年調査・研究を行なってきた政府は,事前に法案の具体的内容及び調査・研究の成果・問題点を国民に明らかにしないまま,今国会に法案を上程して成立を図ろうとしている。しかし,我が国を取り巻く状況の中に,有事法制問題につき,我が国が期間をかけて国民的な論議を行なうことを妨げるような状況を見出すことは困難である。


このことは,例えば,中谷防衛庁長官が「(有事事態は)3年,5年のターム(期間)では想像ができないかもしれません」(2001年5月31日参議院外交防衛委員会)と述べ,小泉総理大臣も,「現在のところ,ご指摘のような,(日本が侵略をうける)事態について,我が国に脅威を与えるような特定の国を想定しているわけではない」(2002年2月8日参議院本会議)と答弁していることからも明らかである。


我が国の平和と安全にかかわる問題については,とりわけ情報公開の徹底が求められるものであるが,有事法制をめぐる経緯をみると,未だ政府には根強い秘密主義的体質の存在を窺わせるものがあり,有事法制につき一層危惧の念を抱かせるものである。


有事法制3法案は,市民の基本的人権と民主主義の根幹,憲法にかかわる重要な問題を包含するだけに,当然政府は国会上程に先立ち,その構想する有事法制の具体的内容を国民の前に明らかにして,主権者である市民一人ひとりがその内容と必要性を見極めた上で判断し,国民的論議を尽くすことができるよう保障し,その状況を踏まえて法案の内容及び上程の適否を判断するという,国民主権に基づく民主的手続をとることを求められているものである。


そうした民主的手続を抜きにして法案を国会に上程することは,国民を軽視するものであり,性急・拙速と言わざるを得ない。


7. 結び

当連合会は,去る3月15日の理事会決議により,国会上程が報じられている有事法制法案には憲法上の疑義が存し,且つ,今国会への法案上程は,国民主権に基づく民主的手続を尽くさないものであり,性急・拙速であるとして法案上程に反対する旨意見を表明した。にもかかわらず,政府は,法案上程直前に至るまで有事法制3法案の内容を明らかにすることなく,同法案を国会に上程した。


有事法制3法案は,武力又は軍事力の行使を許容するための強大な権限を内閣総理大臣に付与する授権法であり,基本的人権侵害のおそれ及び平和原則への抵触のおそれだけではなく,憲法が予定する民主的な統治構造を変容させ,地方公共団体,メディアを含む指定公共機関の責務と内閣総理大臣の指示権,直接実施権及び国民の協力・努力義務を定めることにより,国家総動員体制への道を切りひらく重大な危険性を有するものである。


当連合会は,有事法制3法案には,憲法に抵触する重大な疑義が存すること,同法案が憲法の基本にかかる重要な問題点を有するにもかかわらず,国民が十分に論議する機会を保障されていないことに鑑み,同法案の問題点を国民に明らかにし,改めて同法案に反対することを表明し,同法案を廃案にすることを強く求めるものである。