経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第16条及び第17条に基づく 第2回日本政府報告書についての日弁連報告

2001年3月2日
日本弁護士連合会


目次

  • 総論1
    • 規約に基づく国内立法及び行政上の措置 …1
    • 司法における規約の影響 …1
    • 規約4条の権利制限事由条項と「公共の福祉」 …2
    • 平等原則の解釈 …3
    • 規約の効果的実施と国内人権機関 …4
    • 人権教育 …6
  • 各論1 男女平等 …9
    • 男女共同参画社会の実現のための措置 …9
    • 平等かつ公正な女性労働の実現(3、6、7条) …10
    • 賃金ならびに昇進・昇格における男女格差(3、7条) …11
    • 差別是正のための救済機関 …13
  • 各論2 子どもの権利 …15
    • 児童の養育にかかる経済的援助(10条) …15
    • 保護を要する児童の養護 …16
    • 教育についての権利 …18
  • 各論3 高齢者の権利 …21
    • 高齢者の基本的権利の確立(10、11条) …21
    • 資高齢者の基本的権利の確立(10、11条) …23
    • 老齢年金(9条) …25
  • 各論4 障害を持つ人の権利 …27
    • 障害を持つ人に対する差別を廃絶する措置 …27
    • 障害を持つ人の労働の権利と所得保障(7、8、11条) …28
  • 各論5 外国人の権利 …30
    • 難民認定申請者の生活保障 …30
    • 資格外就労者と労働条件についての権利 …30
    • 公務員採用における外国人差別 …32
    • 国民年金 …32
    • 社会保障 …34
    • 医療保険 …35
    • 生活保護とこれによる医療給付 …36
    • 教育を受ける権利 …37
  • 各論6 労働 …39
    • 雇用関係諸政策(6条) …39
    • 労働生産性の向上のための政策(6条)、労働時間の制限及び有給休暇(7条) …40
    • 安全かつ健康な作業状況(7条) …41
    • 雇用形態による差別(7条) …42
    • 労働組合(8条) …43
  • 各論7 環境保全 …46
    • 環境対策(12条) …46
    • 環境対策について(12条) …47
    • 廃棄物処理について(12条) …49
    • 下水道整備について(12条) …51
    • 自然遺産の保護について(15条) …52
    • 環境保全について(12条、15条) …54
  • 各論8 適切な生活水準の権利(11条)-居住の権利を中心に …56
    • ホームレス …56
    • 阪神淡路大震災 …57
  • 各論9 社会保障 …61
    • 社会保障費 …61
    • 家族給付と家族の保護 …62
    • 十分な生活水準についての権利(11条) …63
  • 各論10 開発援助・国際経済関係 …65
  • 各論11 健康に対する権利 …69
    • 適切な医療を受ける権利 …69
    • 医療における患者の権利(12条) …70
    • 薬害(12条) …71
    • 感染症対策 …73
    • ハンセン病患者・元患者 …74
    • 精神障害を持つ人の健康権(2、12条) …76
  • 各論12 ドメスティック・バイオレンス(妻への暴力) …78
  • 各論13 元「従軍慰安婦」及び戦時性奴隷の被害救済…81
  • 付属資料 …84

総論

1. 規約に基づく国内立法及び行政上の措置

(1) 日弁連の意見

日本政府は、社会権規約の法的性格を、特に規約第2条の「漸進的実現」との関連で、社会的規約における政府の義務を法的義務ではなく政治的義務であるとしてその規範的効力を認めず、あるいは、実施過程における締約国の裁量権をほぼ無制約に認め実質的に法的義務とはみなさない。従って、社会権規約を根拠として立法措置や行政上の措置を取っていないが、これは規約2条に違反している。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

委員会一般的意見3によれば、社会権規約上の制約国の義務は「法的義務」であって単なる政治上の義務ではない.規約上の義務のうち即時実現の義務としては、2条2項、3条の無差別条項、7条(a)iの男女同一の労働条件、8条の労働基本権、10条3項の子供の保護、13条2項(a)の無償の初等義務教育、13条3項、4項の親や私立学校の教育の自由、15条3項の科学研究・創作活動の自由等がある。又、漸進的実現義務を課された権利であっても、「その目標に向けての措置は、関係国にとって、規約が発効した後、合理的短期間のうちに取らなければならない」と指摘(同委員会意見3)されているとおり、全てが締約国の裁量に任されるわけではない。日本政府はこのような具体的な立法、行政措置を全くとっていない。社会権規約上の締約国の法的義務に関する認識を日本政府は根本的に改める必要がある。


2. 司法における規約の影響

(1) 日弁連の意見

社会権規約の各条項の裁判規範性を一律に否定する日本政府及び大部分の裁判所の取扱は、規約2条に違反する。日本政府は、社会権規約の条文の内容及び社会権規約委員会の一般的見解について、裁判官をはじめとする司法関係者、行政官及び法執行官に周知させる措置を取るべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

社会権規約上の締約国政府の義務のうち司法判断に適すると考えられるものが相当数存在するとするのが委員会の考えであることは、前述の通りである。


裁判上で日本政府が当事者となった場合、規約上の義務として「政府は自らが訴訟手続に参加している際には、規約上の義務を実施する国内法の解釈を促進すべきである」(委員会一般的意見9)のにかかわらず、一律に社会権規約上の権利について自動執行性を認めない主張を繰り返している。


裁判所の判例についても、社会権規約上の政府の義務について、例えば規約9条に関する義務を単なる政治的責任と解する一連の判決がある。例えば1989年3月2日の最高裁判所第一小法廷判決(いわゆる塩見年金訴訟最高裁判決)は、元在日韓国人への国民年金の支払拒否について、「(規約9条は)締約国において、社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣言したものであって、個人に対して即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない。」と判示している。同様に、政治責任を負うことに過ぎないとする判決は、大阪地裁1994年3月24日判決、東京地裁1982年判決等がある。(後記資料集参照)


従って、日本政府の司法手続上の対応、裁判所の社会権規約についての基本的考え方に問題があることは明らかであり、訴訟手続に政府が参加する場合に訴訟手続を担当する政府関係者、裁判官等の教育に、社会権規約についての委員会の見解等を周知させる必要がある。


3. 規約4条の権利制限事由条項と「公共の福祉」

(1) 日弁連の意見

社会権規約上の権利であっても、日本国憲法12条、13条、22条等で基本的人権の一般的制限事由として規定されている「公共の福祉」によって制限できるとする日本政府の見解及び裁判所の判決は、規約4条に違反している。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、公共の福祉について、「一般的コメント」の6において記述している。


(3) 理由

規約4条では、権利の制限は「その権利の性質と両立しており、かつ民主的社会における一般的福祉を増進することを目的としている場合に限り、法律により課すことができる」とされている。日本国憲法上の「公共の福祉」概念について政府報告書は、「各個人の基本的人権が平等に尊重されることを可能ならしめるために、基本的人権相互間の調整を図る内在的制約理念として厳格に解釈されており、人権に不合理な制限を加えるものではない」としている。しかし実際には、「公共の福祉」は、さまざまな国家的利益を理由とした基本的人権の制約原理として運用され、機能している。


例えば、最高裁大法廷判決(1973年4月25日判決)では、国家公務員法98条2項の公務員の争議行為等の禁止を「国民全体の共同利益(この場合の憲法13条でいう「公共の福祉」とはこれを指すとする)の見地からするやむを得ない制約であって、憲法28条(労働基本権の保証)に反するものではない」としている。


なお、この問題については、自由権規約委員会が第4回日本政府定期報告書の審査における最終見解(CCPR/C/79/Add.102)における「主要な懸念事項と勧告」の一として、「委員会は、規約で保障されている権利に対して、『公共の福祉』を根拠として制限が課されうることに対する懸念を再度表明する。この概念は、曖昧、無限定で、規約の下で許される範囲を超える制限を許容しうる。前回の見解に引き続いて、委員会は、再度締約国に対し、国内法を規約に適合させることを強く勧告する。」と述べているが、これは社会権規約上の権利についても同様と考えられる。


4. 平等原則の解釈

(1) 日弁連の意見

規約上の平等の保障についても日本国憲法14条の適用に関し、法の規定上の区別が合理性を有する限り、憲法14条に違反しないとする判例上の理論である「合理的差別」、「立法裁量」の概念によって制限可能であるとする日本政府の見解、裁判所の判断は規約2条2項に違反する。


(2) 政府報告書の記述

日本政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. 差別の判断基準

日本の政府及び裁判所は、規約で保障された権利の享受に対し、現存する区別と判断する基準として「合理的差別」及び「立法裁量」という概念を用いている。


例えば、旧国民年金法の下で国籍要件が存在し、かつ1959年11月2月以降に帰化した者には、障害福祉年金が支給されないとする取り扱いが憲法14条に反するかどうかが争われた事件において、最高裁判所は、「支給対象者から在留外国人を除外することは立法府の裁量の範囲に属する事項と見るべきである。」「憲法14条1項は法の下の平等原則を定めているが、この規定は合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種種の事実関係上の差異を理由としてその法的取り扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定に違反するものではないのである」と述べて、区別を合法とした(1989年3月2日最高裁判所第一小法廷判決)。又、その後の下級審判決においても、元日本軍属であった在日韓国人が戦傷病者戦没者遺族等援護法の下での障害年金の支給を、日本国籍がないことを理由に拒否された事件について、その立法政策には充分な合理性があり憲法14条には違反しない(東京地裁1994年7月15日判決)として、禁止された差別ではないとしている。また、生活保護法の適用が日本人に限定されていることについて、東京高等裁判所は、生活保護法上の給付対象者から在留外国人を除くことも立法政府の裁量権の範囲に属するのであって、その区別の合理性を否定することはできず、合理的な理由のない差別にはあたらないと判断している(1997年4月24日)。また、これらの裁判例の立場は、日本政府が採用するところでもある。


以上のように、日本政府や裁判所が、「合理的差別」及び「立法裁量」という曖昧かつ無限定な概念を用いて、差別を合法なものとしていることは、規約が保障する権利の平等な享受を阻害する恐れがある。


なお、この問題については、自由権規約委員会が第4回日本政府定期報告書の審査における最終見解(CCPR/C/79/Add.102)における「主要な懸念事項と勧告」の一として、「委員会は、『合理的な差別』の概念の曖昧さに懸念を有する。それは客観的な基準がなく、規約26条に抵触している。」と述べているが、社会権規約2条1項についても同様と解される。


B. 私人間での平等の実現

日本政府は、規約で保障された権利が私人間でも保障されるために、立法その他の措置を何ら取っていない。そのため、裁判所も、在日外国人に対する入居差別が問題とされた事件において、『国際人権社会権規約の各規定が国内的効力を有する法源として機能するのは、国ないし地方行政機関がその趣旨に沿った立法政策上の措置を取るべきことを要請する面にとどまり、私人間に直接作用するものではない』と判断し(大阪地裁1993年6月18日判決)、規約の平等原則の私人間への適用を全く否定している状況にある。


5. 規約の効果的実施と国内人権機関

(1) 日弁連の意見

日本政府は、規約2条1項が締約国に義務づける規約の実施義務を実行するために、1993年国連総会の決議した「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に従った、人権救済、立法・政策提言及び人権教育の3つの機能を最低限有する、政府から独立した国内人権機関を設置すべきである。


(2) 政府報告書の記述

日本政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. 日本における国内人権機関の必要性

経済的、社会的及び文化的権利の保障における国内人権機関の役割に関する社会権規約委員会の一般的意見10は、規約第2条1項が定める締約国の義務に関し、「そのような方法の一つが、人権の伸長及び保護のための国内機関の活動であることを注記する。」であると指摘している。そのような国内機関の特徴として、委員会は、それが政府により設置されるものであること、行政府及び立法府からの重要な程度の自立性を有すること、当該国に適用可能な国際的人権基準に十分な考慮を与えていること、そして、人権の伸長及び保護のためのさまざまな活動を行なう権限を与えられていることなどをあげている。このような国内人権機関を設置することは、国連が1993年の総会決議(48/134)により採択した、「国家機関(国内人権擁護機関)の地位に関する原則」(パリ原則)によっても、要請されているところであり、同パリ原則は、政府から独立した国内人権機関が、(1)人権侵害についての調査と救済、(2)立法と政策についての提言、及び(3)人権教育の3つの機能を持つべき事を求めている。


しかしながら日本においては、一般的意見10やパリ原則で要請されている国内人権機関は、日弁連をはじめとするNGOの要求にもかかわらず設置されてはおらず、また、政府部内や国会で提案もされていない。


なお、日本には、法務省人権擁護局とその下部機関である法務局及び地方法務局・支局を中心として人権擁護行政が存在し、また、これを補完するものとして人権擁護委員の制度が存在する。しかし、人権擁護委員には調査方針や最終処理の決定権がなく、また、法務省人権擁護局の職員は専門職ではない。また、法務省人権擁護局は、人権問題に関してではあっても他の行政機関に優位する地位は与えられていないことなどから、国や地方自治体による人権侵害の場合には、ほとんど機能していない。1993年度に政府(総務庁)が行った被差別部落民に関する「同和地区全国実態把握等調査」によると、人権侵害への対応として、「法務局又は人権擁護委員に相談した」割合は、わずか0.6%であり、法務局又は人権擁護委員の制度が人権侵害事犯に対して、ほとんど機能していないことは明らかである。


また、法務省人権擁護局や人権擁護委員には、立法と政策についての提言や、公務員に対するものも含めての人権教育の機能は与えられていない。


このような日本の現状に対し、規約人権委員会は、1998年11月、日本の第4回定期報告に対する最終見解において、「委員会は、締約国に対し、人権侵害の申立を調査するための独立の機関の設置を強く勧告する。」(9項)、「委員会は、規約で保障された人権について、裁判官、検察官及び行政官に対する研修が何ら提供されていないことに懸念を表明する。」と述べた。


B. 人権救済制度の設立に向けた動き

法務省は、1997年5月、人権擁護推進審議会に対し、「人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策の充実に関する基本的事項について」諮問を行っていたが、同審議会は、2000年11月28日、「人権救済制度のあり方に関する中間とりまとめ」を発表した。この「中間とりまとめ」は、国内人権機関の設立に向けた動きと評価できる一方で、そこで検討されている人権救済制度は、政府からの独立性が十分に確保されていないこと、立法政策提言や人権教育に果たす機能が不十分であること、公権力による人権侵害に対して果たすべき役割が限定されていること、など多くの問題を持っている(日弁連2001年1月19日付意見)。


6. 人権教育

I 人権条約と人権教育

(1) 日弁連の意見
  1. 日本政府は、規約第2条1、第13条1及び一般的意見3の7項に規定されている「権利の完全な実現を漸進的に達成するため教育的措置をとる義務」を履行するため、経済的・社会的・文化的権利に関する人権教育に関し、直ちに具体的措置をとるべきである。
  2. 日本政府は、人種差別撤廃条約第7条、拷問禁止条約第10条及び子どもの権利条約第19条で日本政府が履行義務を負い、また、国際人権(自由権)規約に関する規約人権委員会の最終見解32項(1998年11月)及び子どもの権利委員会の最終見解23項(1998年6月)等で、具体的に履行を勧告されている人権教育、とりわけ裁判官・検察官・行政官・法執行官に対する人権教育や学校カリキュラムの導入等を、直ちに実施すべきである。

(2) 政府報告書の記述

日本政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

  1. 規約第2条1は、「締約国は、立法措置その他のすべての適当な方法によりこの規約において認められている権利の完全な実現を漸進的に達成するため、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、…行動をとることを約束する。」と規定し、一般的意見3の7項は、「第2条1の目的で「適当」と考えられうるその他の措置には、行政的、財政的、教育的及び社会的措置を含み、かつこれらに限られない。」と述べて、規約の権利の完全な実現のためには、教育的措置をも含むことを明らかにしている。また、規約第13条1は、「締約国は、教育が…人権及び基本的自由の尊重を強化すべきことに同意する。」と規定している。
  2. また、人種差別撤廃条約第7条、拷問禁止条約第10条及び子どもの権利条約第19条には、条約締約国の人権教育に関する義務が具体的に規定されている。更に、人種差別撤廃委員会作成の一般的勧告Ⅴ、女子差別撤廃委員会作成の一般的勧告No.3も人権教育に触れており、これらの国際文書の多くの規定は、外国人、子ども、女性等の経済的・社会的・文化的権利にも関連しているものである。
  3. ところで、国際人権(自由権)規約に関する規約委員会は、1998年11月、第4回政府報告書に対する最終見解32項において、裁判官・検察官・行政官に対する人権教育の必要性を指摘し、特に、「裁判官に関しては、規約の規定に習熟させるため、裁判官協議会及びセミナーが開催されるべきである。委員会の「一般的意見」及び第一選択議定書による個人通報に対して委員会が表明した「見解」が、裁判官に配付されるべきである。」と具体的に勧告している。この最終見解は、国際人権(自由権)規約の実施状況に関連して出されたものではあるが、その内容は、経済的・社会的・文化的権利を含む人権一般に該当するものである。
  4. また、子どもの権利委員会は、1998年6月、第1回政府報告書に対する最終見解23項において、「日本が、条約第29条に従い、人権教育を系統だったやり方で学校カリキュラムに導入するために充分な措置をとっていないことを懸念する。」と指摘している。この最終見解は、子どもの権利条約の実施状況に関連して出されたものではあるが、その内容は、経済的・社会的・文化的権利を含む人権一般に該当するものである。
  5. 国連人権高等弁務官事務所は、人権教育に関する教材として、人権に深く係わる特定職業従事者を対象とする「プロフェッショナル・トレーニング・マニュアル」を刊行している。具体的には、法執行官、監獄職員、裁判官等に対するトレーニング・マニュアルが作成されており、日本においても充分に利用価値のあるものであり、日本政府は、これらのマニュアルの利用も考えるべきである。

II 人権教育に関する「国内行動計画」・人権擁護推進審議会の「答申」・「人権教育及人権啓発の推進に関する法律」

(1) 日弁連の意見

日本政府は、国連の「人権教育のための国連10年行動計画」に基づき1997年に日本政府が作成した「国内行動計画」、1997年7月に出された人権擁護推進審議会答申」及び2000年11月に成立した「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」に基づき、経済的・社会的・文化的権利の教育を含む人権教育に関し、人権権に関わる業務を行う者)に対する具体的人権教育のカリキュラムの策定、NGOとの連携等の具体的措置を直ちにとるべきである。


(2) 政府報告書の記述

日本政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由
  1. 上記1(3)Aに述べたとおり、規約第2条1、一般的意見3の7項及び規約第13条1に鑑みると、締約国は、当然に、その国民に対して人権教育を施す義務を負っている。
  2. 「国内行動計画」・人権擁護推進審議会の「答申」及び「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」の策定と具体的措置の必要性
    1. 1993年のウィーンにおける世界人権会議において人権教育の必要性が指摘され、国連総会は、1994年に「人権教育のための国連10年」の計画を決定し、国連は1995年から2004年までを「人権教育のための国連10年」として詳細な「国連行動計画」を発表した。これに基づき、日本国政府は、内閣に「人権教育のための国連10年推進本部」(内閣推進本部)を設置し、1997年に「国内行動計画」を発表している。しかし、この「国内行動計画」は極めて抽象的なものであり、経済的・社会的・文化的権利の教育について何ら規定されていない。
      また、「国内行動計画」の実施にあたっては、以下に述べる人権擁護推進審議会の検討結果を反映させるとされているが、人権擁護推進審議会の答申は、検討対象を私人間の人権問題に限定しており、答申を「国内行動計画」の実施に反映させることは不可能である。
    2. 1996年12月、(1)人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育と啓発に関する施策(第1諮問)と、(2)人権が侵害された場合の被害者の救済に関する施策(第2諮問)、を推進することを国の責務とする「人権擁護施策推進法」が制定され、同法に基づき「人権擁護推進審議会」が設置された。その後、審議会は、第1諮問について1997年5月の第1回審議会以降29回の審議を重ね、1999年7月29日に答申を出した。しかし、この答申は、答申の対象を私人間の人権問題に限定しているうえ、人権条約については、国際人権(自由権)規約に関する第4回政府報告書の審査(1998年11月)の最終見解と子どもの権利条約に関する第1回政府報告書の審査(1998年6月)の最終見解の存在のみを、注のわずか4行で触れているのみである。
    3. 2000年11月、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が成立した。しかし、この法律は、上述したような各人権条約に基づく国の人権教育に関する法的義務に全く触れることがなく、人権教育を取り扱う国の具体的機関、財政的措置を講ずる義務、特定職業従事者に対する人権教育、NGOとの連携等、人権教育における重要な事項が全く規定されていない。
    4. このように、日本国政府は、「国内行動計画」、人権擁護推進審議会の「答申」、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」等を通じて人権教育に関する法やガイドラインの策定をある程度してきているが、いずれも極めて抽象的で、実際に人権教育を取り扱う統括機関や財政的措置はもちろん、上述したような、特定職業従事者に対する人権教育やNGOとの連携等については全く具体的措置がとられていない。

各論1 男女平等

1. 男女共同参画社会の実現のための措置

(1) 日弁連の意見

1999年6月に制定された男女共同参画社会基本法は、規約第3、6、7条に照らし、男女の社会参画に関する実質的な平等を確保するものとなるように改正されるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「一般コメント」の8において、「男女共同参画社会(男女が、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的利益を享受することができ、かつ共に責任をになうべき社会)実現にむけ、(中略)男女共同参画社会基本法を含めた調査審議が行われている」と記述している。


(3) 結論

1999年6月に「男女共同参画社会基本法」が制定された。しかし、法律は結果 の平等(結果の平等)をめざしていない。法律の名称その他に「男女平等」ではなく「男女共同参画」という用語を使用している。これが、女性差別撤廃条約や憲法の保障する男女平等を実質的に保障することまでを含んでいるか疑問である。事実、基本法の条文の文言は「機会の均等」を保障するにとどまっており、実質的な平等を保障するための間接差別の禁止も規定されていない。


最も基本的な権力及び意思決定における女性の参画も極めて遅れた状態にある。これらの分野の参画の指数を示すGEM(Gender Empowerment Measure)は102カ国中38位(1998年)と先進国では特異な後順位である。


各種審議会の委員の女性の割合が1999年でも18%である、国会議員については衆議院5%、参議院17.1%に過ぎない。平成11年の地方議会議員を見ても、女性議員が進出している議会が54%で、このうち1人あるいは2人というのが76%と女性議員は極端に少ない。なお、司法の分野では、司法修習生からの検事への採用について、女性について研修所の1クラス1名という事実上の「枠」を設けて制限している事実が報道され問題になっている。


また、雇用面においても、管理職に占める女性の割合は後述するようにきわめて低い。特に、1997年の男女雇用機械均等法(以下均等法という)改正と同時に、男女の雇用の均等な機会を保障するとして労働基準法の女性に対する従来の時間外・休日・深夜業に関する規制を外したということは、次項で述べるとおり、逆に長時間労働のもとで女性が男性と同様に働く条件を狭めるものである。新聞記事等でも1日の労働時間が延びており、家庭との両立が困難となり男女共同参画は困難との指摘がなされている。その結果が劣悪な労働条件を甘受させられているパートタイマーや派遣労働者等の非正規雇用の増大となって現れている。しかも、これら非正規労働者の労働条件は正規労働者に比較して劣悪である(第6章4参照)。


基本法では「積極的改善措置」としてボジティブ・アクションを規定したが、すでに1997年改正された均等法において規定されている。しかし、これらはいずれも法的義務とはされておらず、均等法も事業主がポジティブ・アクションを講じようとする場合、国が相談に乗ったり、援助することができるというのみで不十分である。


以上のように、この間の政府の施策が形式的機会均等のみを強調し、実質的平等実現を目指していないことが現れている。基本法を受けて徐々にではあるが、地方自治体においても男女共同参画社会条例が制定されはじめているが、社会に対する男女平等の参画の妨げとなっている長時間労働を解消し、女性についての家族的責任の過重な負担の軽減し、保育制度をはじめとする社会制度の整備が必要である。


2. 平等かつ公正な女性労働の実現(3、6、7条)

(1) 日弁連の意見

1997年の労働基準法改正によって行われた、女性の時間外・休日・深夜労働に対する規制の廃止は、女性の職場進出を困難とし実質的な差別を拡大するものであるから、労働基準法は、規約3条、6条及び7条に適合するように改正されるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第6条」の(1)(a)において、「男女間の雇用機会、労働条件の均等化を促進するため、均等法の制定と改正したほか、労基法の女性保護規定の時間外、休日、深夜業の制限を緩和した」と記述している。


(3) 理由

A. 労働基準法改正

1997年の労働基準法改正において、女性の労働に対する以下のような時間外及び休日労働の規制、ならびに深夜労働の規制を廃止した。


  • 工業的事業に従事する女性の時間外・休日労働
  • 1週6時間以内かつ1年150時間以内
  • 休日労働の禁止
  • 非工業的事業に従事する女性の時間外・休日労働
  • 4週36時間以内かつ1年150時間以内
  • 休日労働は4週間に1日まで
B. 女性の就業を困難にする長時間労働

日本では、過労死に象徴される長時間労働は解消されておらず、また男女役割分担意識が未だ根強く残っているため、現在でも家庭責任のほとんどは女性が負っている実情にある。1996年の総務庁社会生活基本調査では1日の家事労働について、共働き世帯=妻4時間30分、夫20分、専業主婦世帯=妻7時間30分、夫27分となっている。そのため、日本の長時間労働の下では、女性は家庭との両立ができず働き続けることが困難となり、職場から排除される。つまり、出産・育児のため退職する女性が多く、その後は賃金も低い不安定な身分のパートタイマー、派遣労働等の非正規雇用で働かざるを得ない状況にある。また、働き続ける場合でも家庭責任との関係で長時間働かないことが昇進・昇格において差別の実質的な理由とされてきた。また、長時間あるいは長期間働かないことを理由に女性には現在でも定型的補助的業務という配置差別は依然として解消していない。


従って、女性に対する時間外・休日・深夜労働の規制の撤廃は、形式的男女平等のみを強調するものであって、女性の働き続ける権利を奪い、昇進・昇格差別をもたらすものであり、実質的、結果的には男女差別を助長・拡大するものである。


C. 労働時間規制強化の必要性

ILO156号「男女労働者の家族的責任に関する条約」及び同165号勧告は、男女労働者が家庭責任を果たしながら働き続けられる条件整備を国の責任とし、そのために一日の労働時間の制限、時間外労働の規制を求めている。ILOの1995年の調査においても、ILO加盟国のうち96カ国が一日単位の時間外労働の上限、及び一日の労働時間の上限を定めており、うち40カ国は1日2時間の制限をしている。日本の長時間労働の実情をみれば、男女共に時間外労働・深夜労働等の労働時間の規制強化こそ求められているのであり、従前からの女性に対する制限をはずし長時間労働に拍車をかける法改定は同条約・勧告に違反するおそれがある。それはとりもなおさず、規約3条「男女平等」及び7条「労働時間の合理的な制限」に適合しないといわざるを得ない。


日本の長時間労働の実態からすれば、男女共通の規制として、時間外労働については1日2時間、年間120時間(当面の措置として150時間)の制限が必要である。深夜労働は健康や家庭生活に深刻な影響を与えていることから業務の性質上必要不可欠な業務に限り、時間外労働も含む1日の労働時間や勤務間の間隔の規制などILO171号夜業に関する条約・同178号勧告の批准、遵守が不可欠である。


3. 賃金ならびに昇進・昇格における男女格差(3、7条)

(1) 日弁連の意見

日本政府は、規約3条及び7条(a)に違反する、男女間の賃金の著しい格差ならびに昇進・昇格における著しい格差を解消するための実効的な措置を直ちにとるべきである。


(2) 府報告書の記述

報告書は、「第7条」の2において、男女間賃金格差については「わが国は、1967年7月、ILO第100号条約(同一価値労働同一報酬に関する条約)を批准しており、これに適合するように法制度の確保をはかっている」と記述し、また、昇進・昇格については「男女雇用機会均等法の施行後10年を経過し、この間企業における雇用管理の改善が進み、法の趣旨は着実に浸透してきている。」「(1995年調査)部長相当職の女性のいる企業は14.3%、課長相当職は30.6 %、係長相当職72%…均等法施行後10年経過し改善が進み、法の趣旨は浸透している」と記述している。


(3) 理由

A. 男女間賃金格差の状況

日本の男女の賃金格差は著しく、国連の関係機関から日本政府に対して度々勧告・意見がだされている。例えば、ILO100号条約適用専門家委員会「男女の平均所得において一貫して高い賃金格差を減らす措置をとるように、当委員会は数年間、日本政府に勧告し続けた」(1997年)、女性差別撤廃条約委員会「日本政府は、民間部門が雇用機会均等法を遵守することを確保すべきであり、民間部門において女性が直面している昇進や賃金についての間接的な差別を取り扱うためにとった措置について報告すべきである」(1995年)、国際人権(自由権)規約委員会「雇用における報酬に関し、日本では女性に対する差別的慣習が存続しているようであることに懸念を表明する」(1993年)などである。


特に、パートタイマーを含めた女性の賃金(国際的にも比較はパートタイマーも含む)は1993年で男性の50.9%(企業規模10人以上)、1997年で51.1%と約半分である。なお、正規雇用者で見ても1998年で63.9%と格差は著しい(労働省「賃金構造基本統計調査」)。特に金融・保険業では1990年以降格差が拡大している。あきらかに規約7条「同一価値労働同一賃金の原則」に反している。


また、このような在職中の賃金格差は、退職金や年金の算定にも影響することから、男女間賃金格差の影響は生涯にわたって残ることになる。


B. 男女間昇進・昇格格差の状況

上記政府報告書が掲げる統計は、1人でも女性の管理職がいる企業の割合を示すにとどまり、企業における女性の管理職の割合を示すものではない。企業の管理職における女性の割合は、1998年度の統計によれば、係長職で7.8%、課長職で3.7%、部長職で2.2%にすぎない。また、全国地方自治体における女性管理職の割合は、都道府県本庁で3.4%、政令指定都市で2.9%というきわめて低い状況にある。


こうした昇進・昇格における格差は、賃金格差に直接連動しており、女性の昇進・昇格が困難である結果、男女間の賃金の格差が拡大することになる。


C. 男女間の平等を進めるための障害

このような賃金ならびに昇進・昇格における男女格差は、男女雇用機会均等法の制定(1985年)や改正(1998年)、さらに男女共同参画社会基本法の制定(1999年)にもかかわらず、今日に至るまで改善されず、むしろ拡大する傾向にある。このように男女格差が是正されない要因としては、以下のような事実を指摘することができる。


  1. パートタイマーなどの非正規雇用者である女性が多いこと(1999年・女性雇用者の37・4%)。
  2. 多くの女性は、比較的賃金の低い補助的業務従事させられ、その結果、女性の業務への貢献や勤続年数にもかかわらず、昇進・昇格を受けることが困難であること。特に、採用時に労働者を総合職・一般職など職掌によって分けるコース別人事制度のもとで、賃金が高く昇進・昇格の可能性が高い総合職には男性、そうではない一般職には女性が振り分けられる傾向にある。
  3. 職場の慣行として長時間労働や単身赴任が放置・奨励され、それらを受け入れることが昇給、昇進・昇格を決定する重要な要因となっていることから、それに対応できない女性が昇給、昇進・昇格を受けることができないこと。

D. 実質的平等を実現する措置の必要性

男女雇用機会均等法の制定などにより、制度上は直接女性であることを理由とする不利益扱いはほぼ解消してきている。しかし、すでに述べたような障害を含め、間接的な口実による男女格差は温存されており、また、家庭や育児の責任を担わせられている女性が、男性との公正な競争に参加できないような長時間労働や不公正な労働形態が放置されている。


それゆえ日本政府は、男女間の実質的平等を実現するため、労働時間の短縮や保育制度の充実など職業と家庭生活の両立を保障する政策・制度保障、不公正な労働慣行の是正、そして格差是正のための実効力ある救済制度を整備する必要がある。


4. 差別是正のための救済機関

(1) 日弁連の意見

雇用の場における女性に対する差別を実効的に救済するために、雇用機会均等法のもとで厚生労働省が行う調停制度や、裁判制度の改善を図るべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第6条」の5(1)(a)において、「1997年均等法を改正点として、募集、採用、配置、昇進について禁止規定とした、調停制度について当事者の一方からの申請により調停ができるようにした、是正勧告に従わない場合はその旨を公表する制度を創設した」と記述している。


(3) 理由

男女差別を解消するには迅速・適正な救済を実現する制度が必要である。しかし、均等法が定める調停制度等は差別是正のための救済制度としては機能していない。


均等法改正以前は調停制度が相手方の同意がないかぎり開始されなかったため、調停開始件数は10年に1企業についてのみであった。法改正により相手方の同意は開始条件ではなくなったが、「女性少年室長が必要と認めた場合」という要件はそのままである。これまでも例えば前述したコース別人事については「男女」という基準で分けていないという、女性少年室長の形式論だけで調停不開始とされている。


また、均等法改正後第1号の調停申立事件である日本航空の男女昇格差別事件を見ても、申立後4カ月間も調停が開始されるかいなかも判明せず、開始することが決定された後も代理人申請等の手続面のことで実際の調停開始は大幅に遅れた。結果的に調停委員会からの調停案は何らの解決をもたらさなかった。そのため、調停制度の整備だけでなく、強制力をもち、迅速に是正命令を出すことができる独立行政委員会設置が必要であり、罰則を付与することが必要である。 


以上の事情から、差別されている女性が是正を求めるには裁判を提起せざるを得ない。しかし、女性が賃金・昇進・昇格差別是正を求める裁判は、労働の質と量が同一の場合は格別、定型的・補助的業務に差別的配置をされてきた場合は救済が困難な状況にある。特に昭和30~40年当時採用され、30~40年勤続の女性たちが著しい男女格差があることを理由に是正を求めている裁判で、最近の判決の特徴は後に述べる住友電工事件判決のようにいわゆる「時代制約論」を理由に男女差別ではないとする判決が相次いでいる。住友電工男女差別事件大阪地裁判決(2000年7月31日)は、女性のみを「定型的・補助的業務」と位置づけて低い処遇をすることは違法であるとしながら、男女平等と企業の営業の自由、財産権の調和を図る必要があり、昭和40年当時は女性は勤続年数も短く、転勤もしない、男性のように残業や休日出勤もしないという役割分担意識が強い時代にあっては、企業が女性のみ「定型的・補助的業務」の社員と位置づけて採用し、現在にも男性よりも低い処遇をし続けることも違法ではない、とした。


さらに、差別が認定されても昇進・昇格した地位確認の判決はいまだ一審判決・高裁判決で各1件のみで、他は過去の損害賠償の救済にとどまっている。また、第一審判決までに約10年もかかることも少なくない現状にある。その結果、差別されていても結局法的に争うまでは至らず泣き寝入りしている女性が少なくないという実情にある。


以上のような状況のもとで、雇用の場における女性に対する差別を実効的に救済するために、雇用機会均等法のもとで厚生労働省が行う調停制度や、裁判制度の改善が不可欠である。

各論2 子どもの権利

1. 児童の養育にかかる経済的援助(10条)

(1) 日弁連の意見

  1. 父母の離婚において、その子どもの扶養料が必ず取り決められ、扶養料が実際に支給されることを確保するための制度が創設されるべきである。
  2. 児童扶養手当制度において、合理的理由のない差別や支給制限を廃止するための制度改善が行われるべきである。
  3. 保育施設需要の増大に対応できるように、保育施設の増加及び保育費用の低減化が追求されるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、児童扶養手当については「第10条」1(2)(a)(ii)において、離婚後の扶養料については参照文献とされている「児童の権利に関する条約第1回報告書」パラグラフ134において、保育所については「第10条」1(2)(b)、パラグラフ200で、各々制度の概略を説明しているが、各制度の問題点に関する情報はまったく与えていない。


(3) 理由

A. 扶養料確保の必要性

日本の離婚の約90%を占める協議離婚では、養育費の取り決めが義務づけられておらず、実際に養育費の取り決めがなされることも少ない。また、養育費の履行確保のための制度が履行勧告・履行命令と強制執行しかない上、履行勧告・履行命令は家庭裁判所が関与して養育費の取り決めがなされた場合に限られ利用される割合はごくわずかであり、強制執行は手続が煩雑なために利用しにくい。日本弁護士連合会は、既に1992年に、協議離婚の場合の養育費取り決め届出制度・養育費支払命令制度・給与天引制度・国による立替払制度など、容易に養育費を回収できる制度の創設を政府に提言しているが、いまだに実現していない。その結果、別れた夫から養育費を受け取っている妻は14、9%にすぎない(1993年厚生省「全国母子家庭等調査」)。


B. 児童扶養手当制度の問題点

児童扶養手当は、母子家庭には支給されるが父子家庭には支給されない。一般的には女性労働者の賃金が男性労働者に比べて安く母子家庭の方が経済的に苦しいとはいえ、一律に父子家庭を対象から除外することは、母子家庭の子どもと父子家庭の子どもを差別することになり規約第10条3項に違反する。


また、児童扶養手当法は、父母が離婚した子どもについては、父の年収が一定額を超えるときは手当を支給しないとの条文を持っている。現在までのところ、同条文は施行されていないため、この制限は実施されていないものの、いったん政府が施行の日を定めたときは、直ちに実施されることになる。しかし、年収の高い父親が必ずしも養育費を払うとは限らず、上記のとおり養育費の履行確保の制度も未整備な現状では、このような父の年収による制限の定めは廃止すべきである。


さらに児童扶養手当法では、婚外子に対して養育費の送金の有無にかかわらず児童扶養手当が支給される一方で、ひとたびその婚外子が父親に認知された場合には支給が打ち切られ、その後1年間養育費が送られていない状態が続いた後でなければ、手当の支給が再開されない(同法施行令第1条の2、3号括弧書き)。しかしながらこの取り扱いは、離別家庭の子どもの場合には養育費の送金の有無に関係なくこの手当が支給されていることと比較し、不当に婚外子を差別することとなり規約第10条3項に違反する。


C. 保育施設の増設及び費用低減化の必要性

日本では、近年子どもの数は減少しているが、保育所入所希望者は急増しており、入所を申し込んではいるが入所できない子ども(待機児童)が、1998年で5万8000人以上いる。また、働く父母から0歳からの保育(乳児保育)や時間延長が求められているが、公立保育所での乳児保育の実施率は20%程度、延長保育で3%程度と低く、それが行政の監督の及ばない認可外保育所や保育条件の劣悪な「ベビ-ホテル」を急増させる原因となっている。保育料は、1997年6月の児童福祉法改正前は、保護者の年収を基準として徴収され、平均的な推計年収以上の階層で世帯収入の8~10%に及び、負担感がきわめて大きかったが、さらに改正後は、原則的に保護者の負担能力とは別に「児童の年齢等に応じて定める額」が徴収されることになったため、過大な負担という問題への歯止めが失われた。また、日本では、30年ほど前から、父母が働いている小学生を放課後あずかる施設として学童保育所が設けられてきて、上記児童福祉法の改正ではじめて法的地位が与えられ、最近3年間で急増しているが、それでも各小学校区に最低1か所は必要なところ、全小学校数の4割強の数しかなく、人的物的条件も不十分である。


2. 保護を要する児童の養護

(1) 日弁連の意見

  1. 虐待された子どもの早期発見・保護・リハビリテ-ション及び虐待する親へのケア-について実効ある措置を講じるべきである。
  2. 里親を増やすための具体的施策を講じるべきである。
  3. 乳児院・児童養護施設に入所している子どもの生活水準を規定する「児童福祉施設最低基準」は、現在の国民生活の水準に合致し、子どもの心の傷を癒し自立を促すための特別なケアなど必要とされる施策を含むように、早急に改善されるべきである。
  4. 乳児院・児童養護施設の中での子どもの人権を確保するため、体罰や管理の行き過ぎなどに対する防止措置、子どもに利用可能な不服申立制度の設置が実施さべきである。
  5. 非行を犯した児童・少年を、社会内で指導・教育し早期社会復帰を図るためのプログラムを創設すべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、上記について制度の概要は説明しているが、制度の不備やその弊害にかかわる情報はなんら提供していない。


(3) 理由

A. 児童虐待に対する措置の必要性

家庭内における子どもの虐待の急増は、日本政府の「児童の権利に関する条約第1回報告書」パラグラフ154においても報告されている。しかしながらそれへの対策はきわめて不十分であり、児童虐待を発見した市民等の通報制度が確立しておらず、児童相談所の数も全国で175か所しかなく、ケ-スワ-カ-の半数は専門職制を有しておらず、関係機関や民間のネットワ-クとの連携も予算不足のため不十分である。この結果、児童相談所に相談のあるケ-スは氷山の一角でしかなく、さらに相談のあったケ-スについてすら実効性のある対応ができず、児童相談所が関与していながら子どもが死亡するに至ったケ-スが1997年度だけで15件(厚生省児童家庭局企画課1999年3月30日発表「児童虐待に対する児童相談所の取り組みの実態」)にのぼる。日本政府は、1998年6月に子どもの権利条約に関し国連子どもの権利委員会最終見解40で児童虐待について実効ある措置をとるよう勧告されていながら、十分な対応をしていないのである。


B. 里親委託増加に必要な措置

日本政府の「児童の権利に関する条約第1回報告書」パラグラフ141が示すように、登録里親数・児童が委託されている里親数・委託児童数のいずれも数も、1970年以来激減している。日本政府は同パラグラフ141で、「里親制度の発展を図っている」と述べているが、里親あっせんにあたるスタッフが不足していること、里親の法的地位があいまいなこと、里親に支給される手当が十分でないこと、行政の側に施設入所を原則とする傾向があることなど、里親委託減少の原因に対する具体的改善措置はほとんど行われていない。


C. 児童福祉施設最低基準の改善の必要性

乳児院・児童養護施設の人的物的条件は、政府が定めた「児童福祉施設最低基準」によって規定されている。この基準は1948年の児童福祉法施行に伴い、第二次世界大戦後の荒廃と窮迫が深刻化していた当時の生活水準を基盤として定められたものであり、国民生活の向上に応じて改正されるはずのものであった。それにもかかわらず、基準内容は、1998年2月にその一部が改正されたのみである。この基準は、現在においては、職員数・施設の広さ・設備等が一般の国民生活の水準を満たすものでなく、本来施設が果たすべき子どもの心の傷を癒し自立を促すための特別なケアを行える水準にはないなど、改善すべき多くの問題を内包している。


D. 施設における子どもの人権の確保

乳児院・児童養護施設について、1995年5月に福岡県の施設、1996年4月に千葉県の施設、1999年8月に神奈川県の施設で、相次いで職員による体罰や厳しい管理等で子どもの人権侵害が報道されている。乳児院・児童養護施設においては、子どもを独立した人格主体でありそれに沿ったケアを行うことが必要であるとの考え方が確立しておらず、職員が一方的に「子どものために」との考えで、行き過ぎた管理や体罰の問題を引き起こす結果となっている。日本政府は、1998年2月、前記最低基準に体罰禁止の条項を盛り込んだが、施設職員の意識を十分変えるには至っておらず、子どもが容易に利用できる不服申立機関もない。なお、日本政府は、前記国連子どもの権利委員会最終見解45で施設における体罰をなくすための実効ある措置をとるよう勧告されている。


E. 非行を犯した児童・少年に対する社会内措置

非行を犯した児童(14歳未満)については、児童相談所が指導し、入所施設としては児童自立支援施設がある。また犯罪を犯した少年(14歳以上20歳未満)については家庭裁判所で審判を行い、保護観察・自立支援施設送致・少年院送致などの保護処分を決定している。ところが、自立支援施設や少年院などの入所施設に送られる児童・少年以外については、児童相談所や保護観察所の指導のもとにおかれるとはいうものの、児童・少年が定期的に参加できる更生・社会復帰のための教育的なプログラムもこれを行う機関・施設もない。非行を犯した児童・少年に対する処遇の基本が社会内処遇にあるべきことを考えれば、社会内で効果的な指導を行うプログラムがぜひとも必要である。国連子どもの権利委員会は、前記最終報告27、48で、日本の少年司法が北京ル-ルズ、リヤド・ガイドライン、自由を奪われた少年の保護に関する国連規則の原則及び規定に照らして見直されるべきこと、最後の手段としての拘禁及び裁判前の拘禁の代替手段が不十分であることを勧告・懸念している。


3. 教育についての権利

(1) 日弁連の意見

  1. 初等教育および前期中等教育において、教育費の実質的無償化に向けた措置が取られるべきである。
  2. 後期中等教育(高校)において、公立学校の受け入れ人数を増やし、父母の経済的負担を軽減すべきである。
  3. 公立の小・中・高等学校の1クラスの生徒数についての国の基準を少人数化し、生徒の個性やニ-ズにあわせたきめ細かい教育ができるようにすべきである。
  4. 学校管理下における災害防止に必要な学校施設設備についての安全基準の法定や教職員・子どもに対する安全教育をすべきである。
  5. 高度に競争的な教育制度等による子どもの過度なストレス・登校拒否に対する適切な措置、体罰・いじめを除去するための包括的なプログラムの考案・実施等を早急に実現すべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、学校教育制度の概要は説明しているが、制度の不十分さには触れず、また深刻な社会問題とすらいえる登校拒否・体罰・いじめなどについては、ごく簡単な記載しかしていない。


(3) 理由

  1. 義務教育の小・中学校においては、授業料と教科書は無償であるものの、給食費・補助教材費・音楽教育での楽器代・学用品費・制服代や体操服代等はすべて親の負担になっており、教育費が家計を圧迫している実情にある。よって教育費の実質的無償化に向けた措置が取られるべきである。
  2. 現在、公立高等学校に進学を希望する子どものすべてが公立学校に入学できるわけではなく、受験戦争と学校間格差を背景とする偏差値体制の下で、成績や偏差値によって進学先を選ばざるを得ず、その結果私立学校を選ばざるを得ないことも多い。また、高校における年間学校教育費は公立学校の場合ですらも年間27万円以上(1996年東京都下の父母らへのアンケ-ト)で、実際には、これ以外に受験準備のための補助学習費もかかることから、教育費は家計にとって大きな負担となっている。それゆえ公立学校の受け入れ人数を増やし、父母の経済的負担を軽減するための措置が取られるべきである。
  3. 公立の小・中・高等学校では、従来1クラスの生徒数40人が国の基準とされ、通常1人の教師がこの40人を教えている。そのため、低学年や学習の遅れのある学校、問題行動をとる生徒の多い学校などでは、生徒の個性やニ-ズにあわせたきめ細かい教育ができず、それが学校嫌いや『学級崩壊』などと言われる現象の原因となっている。文部省は、2000年5月、40人という国の基準は維持するものの、地方自治体がその費用負担によってこの基準以下の人数のクラスを設けることは妨げないと発表したが、現実に1クラスの生徒数を減らすためには、より積極的な施策が必要である。
  4. 日本体育・学校健康センタ-の調査によれば、学校管理下における災害は1997年度で158万件(加入児童生徒の約8%、うち死亡災害は175件)も発生している。ところが、災害防止に必要な学校施設設備についての安全基準の法定や教職員・子どもに対する安全教育は、ほとんどなされていない。また、災害が起きてしまった場合の事後的救済策としては、日本体育・学校健康センタ-からの給付金があるが、給付内容や支給期間が限定されているなど補償が不十分である上、学校長経由で請求しなければならない、給付請求権が2年で消滅時効にかかるなど手続上の問題点もある。裁判で損害賠償を請求するには、長い時間と費用を要する上、立証の困難性や認定損害額が低いという問題もある。そこで日本弁護士連合会は、1977年に無過失災害補償制度の確立を提言したが、未だに現実化していない。
  5. 日本政府の「児童の権利に関する条約第1回報告書」に対し、子どもの権利委員会は、1998年6月、その最終見解において、高度に競争的な教育制度等による子どもの過度なストレス・登校拒否に対する適切な措置、体罰・いじめを除去するための包括的なプログラムの考案・実施等を早急に実現すべきであることを勧告している。しかしその後においても日本では、この勧告に対応した具体的な措置やプログラムは実施しておらず、不登校・体罰・いじめ・高校入学者の中途退学などの教育分野での深刻な問題状況は改善されていない。たとえば、1997年度に「学校ぎらい」を理由に年間30日以上学校を欠席した子どもの数は、小学校で20,765人(全児童の0、26%)中学校で84,701人(全生徒の1、89%)、体罰は実際の数の内ごく一部しか報告されないであろう学校長から教育委員会に報告があった数だけでも、1997年度に989件(教員に対する懲戒処分109人、訓告等305人)、中途退学者は1996年度に111,989人(全生徒の2、5%)、いじめは1997年度に42,790件と発表されている(いずれも文部省発表)。子どもの自殺も後を絶たず、1997年に警察庁が把握した少年(20歳未満)の自殺者は469人(高校生が35、4%)であった。子どもの自殺については、上記国連子どもの権利委員会最終意見21・42で懸念・勧告されたところであるにもかかわらず、有効な措置がとられていない。

各論3 高齢者の権利

1. 高齢者の基本的権利の確立(10、11条)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、高齢者の基本的権利を保障する高齢者基本法を制定すべきである。
  2. 日本政府は、高齢者の十分な生活水準に対する権利を保障し、高齢者の家族を支えるための政策を実施すべきである。
  3. 日本政府は、高齢者が必要とする適切な介護サービスを提供できる体制を早急に確立すべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、家族の保護に関する10条や十分な生活水準に関する11条において、高齢者について何も記述していない。政府報告書は、「一般的コメント」7(2)の高齢者対策において、ゴールドプラン及び新ゴールドプランにより高齢者対策の基盤整備は概ね順調に進捗していることを記述しているが、高齢者の基本権や高齢者の十分な生活水準に対する権利やその家族の権利がどのように保障されているかについて触れていない。


(3) 理由

A. 高齢者基本法の必要性

高齢者の基本的権利の保障の必要性は、国連総会において、「高齢化に関する国際行動計画」(1982年)、「高齢者の国連原則」(1991年)及び「高齢化に関する宣言」(1992年)などで繰り返し決議され、「高齢者は家族ケア及び健康ケアの利益を受けるべきであり、住居、ケア又は介護施設に居住する際には人権及び基本的自由を享受できるべきであること及び高齢者は尊厳をもって安全に身体的精神的侵害を受けずに生きることが出来るべきである」(高齢者の国連原則)ことが確認されている。同時に国連総会は、これらの決議において、高齢化社会が急速に進む状況の中で、高齢者の権利を尊重し、高齢者の社会統合を促進するために取るべき措置について、社会権規約の各条項に従って具体的な勧告を行ってきた。


これに対し、日本政府の高齢者対策は、1995年に制定した高齢社会対策基本法にみられるように、高齢者の基本的権利を保障するという立場ではなく、高齢化社会に対する対策をどうするかという視点でしか高齢者を見ていない。しかし、高齢者は、長年社会にさまざまな形で貢献しながら、市場経済や自由競争の深化の中で、その生活や住居など基本的権利すら脅かされる状況にいたっている。そうした高齢者に対し、国連総会の諸決議に沿った総合的な権利保障を実施するためには、高齢者基本法の制定が不可欠である。


B. 高齢者の十分な生活水準に対する権利と高齢者の家族の権利

規約11条は十分な生活水準に対する権利を保障しているが、これを受けて1991年の国連総会で採択された「高齢者のための国連原則」は「高齢者は収入、家族及び社会の支援が与えられること並びに自助を通じて十分な食料、水、住居衣服及び健康ケアに対するアクセスを有する」と規定している。また、家族を保護を定める社会権規約10条について、国連の高齢化に関する国際行動計画は、高齢者の住居の保障に加え、高齢者の家族を支援し、保護し、強化するため高齢者のニーズに家族が応えることを助ける為のあらゆる必要な努力を行うべき事、高齢者の家族を支えるための社会的サービス、在宅の高齢者の支援を求めている。


日本政府による高齢者対策の基盤整備の目標である新ゴールドプランの内容は、2000年3月末までに達成する目標としてホームヘルパー17万人、ショートステイ6万人分、デイサービス・デイケア1・7万カ所、特別養護老人ホーム29万人分、老人保健施設28万人分、24時間巡回ホームヘルプサービスや特別養護老人ホームの個室化等となっている。しかし、新ゴールドプランの目標値は要介護高齢者の人口約280万人と比較して、その目標は余りにも低いものであった。政府も、この目標が不十分なことを自覚して、新たに2004年に向けての5カ年計画を策定中であるが、今後5年後には要介護者人口は350万人に増加することが予測されているので到底現状では対応できない。


介護の主力となる在宅介護を支援するホームヘルパー17万人が達成されても、65才以上人口1000人当たり8人という低水準なものでしかない。17万人の常勤のホームヘルパーで対応可能な要介護者は厚生省の基準によると25万人から38万人であるが、2000年の要介護者数は280万人と推定され、特別養護老人ホーム等施設入居者目標数を除いても185万人になりホームヘルパーの不足は明かである。


特別養護老人ホームも、29万人分であるが、2000年現在の要介護者数280万人の1割しか入所できない。現在でも待機者が全国で約6万人以上いると言われる状況では、要介護高齢者の増大に対応できず、政府の報告するように高齢者対策の基盤整備が順調に進捗しているような状況ではない。都市部では、特別養護老人ホームへの入所に2乃至3年待つのは当たり前の現状では、必要な介護が行える状況にはない。


新ゴールドプランの量的目標自体も達成が不可能で、7割以上の自治体が財源やマンパワーを確保できず、1999年末までに新ゴールドプランの目標の達成は出来なかった。


このような現状に対し、政府は在宅介護を、低賃金で不安定な非常勤のホームヘルパーと、住民参加型のボランティアで安上がりにまかなおうとしているが、高齢者介護の中心となる在宅介護の支援者であるホームヘルパーの質と量を確保することなしに、高齢者の十分な生活水準に対する権利と高齢者の家族の権利を確保することは困難である。


C. 介護保険制度の問題点

2000年4月から導入された公的介護保険制度は、これまで高齢者の福祉は国が税金でまかなってきた制度を大幅に変えて、社会保険によってサービスをまかなおうとするものである。社会保険方式とは、保険料の支払いを条件に保険の給付を行うもので、介護の必要と認定された人に、介護費用の1割の自己負担制の下に、介護の現物給付を行うシステムである。


しかし、その為には、介護が必要な高齢者に必要な介護が給付できる体制が整備されていなければならないが、日本の現状は基盤整備が不十分な状態である。このため、施設が不十分な市町村では、施設入所が必要な要介護度の認定ランクを下げざるを得なくなっている。


また1割の自己負担があるために、費用負担ができない人は、負担可能な範囲の介護しか受けられない。この為、2000年4月の公的介護保険の実施以降、特に低所得層に介護が必要な高齢者が適切な介護サービスを受けられないと言う問題が発生している。


従来の福祉制度では無料で週2回1回3時間のホームヘルプサービスを受けていた人が、介護保険導入後は1割負担で月4000円になった為、経済負担を軽減するためヘルパーの派遣回数や時間を減らすと言う高齢者が増えている。


この為、介護が必要な高齢者が、必要な介護利用を控えたり、身体介護の利用が増えず、利用料が安い家事援助に集中したため、大手の民間介護事業者の収入予測がはずれ、事業を縮小したり、ホームヘルパーを解雇したりして社会問題となっている。


また介護保険制度は、被保険者が市町村の要介護・要支援認定を受けて初めて給付を受けられるシステムになっている。この為、介護保険が実施されてから、介護を要する人が自立と判定されて介護認定を受けられないことも起きているし、審査を担当する市町村からは痴呆の症状のある人の要介護度が低く出てしまうという意見が相次いでいる。要介護認定の判定結果に対しては、高齢者とその家族の半数が信頼できないと考えている調査結果が出ている。


高齢者の場合、要介護状態の変化は著しいことが予想されるのに対し、第三者機関による要介護・要支援認定にシステムで果たして適切な認定が行われるのか問題である。


要介護・要支援の認定を受けると、被保険者は、民間の介護事業者との介護サービス契約を締結してサービスを受けることになる。これまでは、措置ということで国が介護・支援の必要に応じて適切な介護サービス・支援サービスを行うことの建て前になっていたが、介護保険では契約関係になる。要介護認定及び介護契約における高齢者の権利養護システムの確立が不可欠である。一応、不服申立制度として、審査制度はあるが時間がかかり介護の緊急性に対応できない。第3者としての福祉オンブズマンの制度の確立など、総合的な権利擁護システムの確立が無いと高齢者は無権利状態に放置される。


2. 老人医療保険制度、社会保障に対する高齢者の権利(12、9条)

(1) 日弁連の意見

  1. 高齢者の規約9条、12条のもとでの権利を保障するため、高齢者の医療費一部負担制度、ならびに国民健康保険の保険料の滞納者に対する保険証の取上の取り扱いは、直ちに改善されるべきである。
  2. 病院による高齢者の退院強要につながるような診療報酬制度は、直ちに是正されるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第9条」の1(2)において、医療保険制度、財政構造並びに老人保健について述べているが、そこであげられている「患者の一部負担」や「世代間の負担の公平化、老人医療費の適正化・効率化等の観点から必要な見直しに取り組んでいる」ことが、実際の高齢者の医療にどのような問題を引き起こしているかについて述べていない。また、政府報告書は、「第12条」の2(2)において、医療保障制度や老人保健法による保険事業について述べているが、老人に対する医療の現場で発生している問題について全く触れていない。


(3) 理由

A. 老齢保健制度の必要性

規約の9条及び12条、国連の「高齢化に関する国際行動計画」(1982年)、ならびにILOの社会保障に関する条約(102号)及び障害・老齢・遺族給付に関する条約(128号)によれば、高齢者に対しては、その資力の有無に関わらず医療サービスが与えられる強制老齢保健制度の設立が求められている。


B. 日本の高齢者医療の問題点
  1. 1982年、政府は、老人保健法の制定により老人医療費の無料化から自己負担の有料化に変え、しかも1984年には本人2割負担を導入し老人の負担金額を増大している。この為低所得層の老人医療の保障が確保されない危険がある。
    また国民健康保険の保険料の滞納があると保険証を取り上げ、滞納者は病気になっても医者にかかれない事態を招いている。保険料の滞納者は1998年で322万世帯と加入者の16・5パーセントに達し、保険証の取り上げも1998年で33万世帯を超えている。これは国民の医療を受ける権利を侵害しており問題である。
  2. 老人保健制度の導入に伴い、高齢者の入院患者が多い病院が、「老人病院」として制度化され、特例許可病院として一般病院より医師看護婦の数が少なく、介護職員が加わる。また老人医療費を抑制するため70歳以上の高齢者に関し一般患者より低い別建の診療報酬が適用され、高齢者を治療したり、入院させると儲からない仕組みとなった。
    このため、高齢者が、病院から退院を強要されたり、入院を拒否されたりする事態を招いている。このような制度は高齢者に対する差別であり、高齢者に適切な医療を行うことに反している。
  3. 1988年の診療報酬の改定では、入院期間が長くなればなるほど診療報酬が低くなる逓減制が持ち込まれた。このため、病院は、診療報酬の低い高齢者や長期入院者を抱えると赤字になる仕組みであるため、要介護の高齢者の入院を拒否したり、長期入院者の退院を強制したりする事態を招いている。これは高齢者の適切な治療を受ける権利を侵害するものである。
  4. 1990年に、政府は、療養型病床群を導入して「老人病院」である特例許可病院に診療報酬の「定額制」を導入した。この制度は、介護強化病院できめこまかな介護が期待され介護が報酬に取り込まれたという積極的な面もあるが、実態は、報酬が同じなら介護に手の掛からない患者を入院させた方が儲かる為、重度の介護が必要な患者が入院を拒否されたり、退院を強制される事態を生みだしている。

3. 老齢年金(9条)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、高齢者の基本的権利を保障する高齢者基本法を制定すべきである。
  2. 日本政府は、高齢者の十分な生活水準に対する権利を保障し、高齢者の家族を支えるための政策を実施すべきである。
  3. 日本政府は、高齢者が必要とする適切な介護サービスを提供できる体制を早急に確立すべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第9条」の1(2)において、医療保険制度、財政構造並びに老人保健について述べているが、そこであげられている「患者の一部負担」や「世代間の負担の公平化、老人医療費の適正化・効率化等の観点から必要な見直しに取り組んでいる」ことが、実際の高齢者の医療にどのような問題を引き起こしているかについて述べていない。また、政府報告書は、「第12条」の2(2)において、医療保障制度や老人保健法による保険事業について述べているが、老人に対する医療の現場で発生している問題について全く触れていない。


(3) 理由

A. 公的年金制度の問題点

1998年末現在、老齢年金受給者1830万人のうち、45パーセントにあたる838万人が、平均月額4万7000円の国民年金だけの受給者である。夫婦でも7万ないし9万円に過ぎない。


この国民年金の水準は、1994年の国民生活基礎調査による統計では、全国一人あたりの年間所得は平均211万円であることと比較すると、国民年金のみでは生活できない状況を示している。そのため、1994年度の生活保護受給者の内高齢者世帯の占める割合は44パーセントに達している。この様な現状は高齢者が安心して生存できる条件を満たしているとは到底いえない。他方、厚生年金受給者においても、その老齢年金平均月額は18.3万円(1998年3月末)であり、ようやく国民一人当たりの平均収入に達する状況である。これらの年金の実態は、日本の高齢者の多くが、最低限の生活を維持するには足りない公的年金しか受給していないことを示している。


B. 支給開始年齢の引き上げの問題点

また厚生年金(報酬比例部分)については、2000年4月の改正で、報酬比例部分の年金支給額の5パーセント削減、65歳以上の支給の賃金スライドの凍結、2013年から支給開始年齢を60才から65才に引き上げることが決定された。企業の60歳定年制の存在など60歳以上の雇用が確保されていない現状での支給年齢の引き上げは、高齢者の生活を一層困難にする。そればかりか、現在40歳以下の国民は、支給年齢の引き上げや報酬比例部分の5パーセント削減、賃金スライドの凍結によって、生涯受給額で約1000万円、60才の国民で500万円の減額になり、国民の年金生活はますます困難になっている。


C. 滞納者・免除者の扱い

国民年金の保険料滞納者、免除者、未加入者の総数は、1998年3月末で900万人に達している。このうち保険料の滞納者は、国民年金被保険者数1924万人の20パーセントに当たる392万人に達している。このように、未加入者や滞納者が多数にのぼる背景には、被保険者の経済的困窮以外に公的年金制度に対する不信感が存在している。政府は、公的年金制度に対する不信感を取り除く措置を早急にとる必要がある。


また、日本国憲法では第25条で国民の健康で文化的な生活を保障し、13条では個人の尊厳と快適な生活に対する権利を保障している。そして、社会保障の権利を保障する規約9条や、ILOの社会保障に関する条約(102号)及び障害・老齢・遺族給付に関する条約(128号)に照らせば、高齢者は一定の年齢に達したとき、年金の分担金の支払いの有無に関わらず、その最低限の生活を保障するに足る老齢給付その他の援助を与えられるべきである。


各論4 障害を持つ人の権利

1. 障害を持つ人に対する差別を廃絶する措置

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、障害を理由とした差別が個人の尊厳を損なうものであることを明言し、差別の廃絶のための措置と差別に対する効果的な救済を保障する差別禁止法を制定すべきである。
  2. 日本政府は、身体または精神の障害を理由とした資格制限条項を廃止すべきである。
  3. 日本政府は、知的障害や身体的障害を持つ人々を施設に長期間隔離収容することが、人間の尊厳に関わる問題であることを自覚し、統合された環境の中での生活を保障するための措置をとるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. 差別禁止法の必要性

委員会は、一般的意見第5(1994年)において、相対的に高い生活水準を有する国でも、障害を持つ人は規約で認められた経済的、社会的及び文化的権利の全範囲を享受する機会を否定されていることが非常に多いことや、締結国が定期報告の中でこの問題に非常にわずかの注意しか払っていないことを指摘している。このことはまさしく日本に当てはまるものである。


そして、上記一般的意見第5は、規約が障害を持つ人に明示的に言及していないものの、「いかなる差別もなしに行使される」という規約2条2項に含まれた要求は、明らかに障害に基づく差別にも適用され、締約国が障害から生ずる不利益を克服することができるような適当な措置を取ることが要求されている旨明言している。


日本においては、障害に対する偏見はなお根強いものがあり、労働、家族生活、生活水準、住居、医療及び教育など全生活にわたる分野で、差別や不利益を被っている状況にある。このような偏見を払拭し、障害を持つ人々に対する規約上の各種の権利を総合的に保障していくためには、障害を理由とした差別を禁止する法律を制定すべきである。


B. 資格制限条項の撤廃

一般的意見5は、「障害に基づく差別」を「規約の目的上『障害に基づく差別』とは経済的、社会的及び文化的権利の承認、享受又は行使を無効にし又は害する効力を有する、障害に基づくあらゆる区別、排除、制限、特恵又は合理的便宜の否定を含む」と定義している。法律における障害の存在自体を欠格事由とする資格、免許等の規定は、まさに障害に基づく区別、排除、制限であり、「障害に基づく差別」であることは明白である。また、実際にも各種の免許制度、許可制度、任用制度等における欠格条項は、障害に対する各種のサポート体制が整備されているもとで、合理性を欠いていることが多い。


1999年総理府が集計した結果によれば、欠格条項を定める制度は63制度存在する。政府はこれらについて包括的見直しに着手しているが、見直しの基本方針は、絶対的欠格条項(一定の障害があれば裁量の余地なく一律に認められないものをいう)を、相対的欠格条項(障害の程度と職務等の困難度等を比較考量し、主催者の裁量で可否が決せられるものをいう)に変更していくということにある。しかし、資格制度である以上、その資質と技能について業務適格性の有無は、資格試験などの客観的基準の中で決定されるべきであり、障害を持つ人のみを不安定な主催者の裁量に委ねるべきではない。


また、警察庁が今般明らかにした「道路交通法改正試案」では、「運転免許試験に合格した者がてんかん、精神分裂病等にかかっている者である場合には、道路交通の安全の観点から政令の基準に従い、原則として免許を拒否することとします。」(2.(2)・)として、従前と同様に精神障害の存在等を運転免許の欠格事由とする方針を明らかにしている。しかし、自動車運転免許は、地域によっては日常生活に不可欠な移動手段であり、警察庁の方針は、精神的障害を持つ人々の社会参加自体を否定するに等しいものである。


加えて、資格取得にとって、高校や大学などにおける専門教育を受けることが必要とされる場合も多いが、教育機関が施設の構造や入学試験の方法を理由として障害を持つ人の入学を拒否する場合には、資格取得の準備をする機会を奪われることになる。それゆえ、障害を持つ人々が教育機関に参加できるための措置をつくすことも、差別の廃絶のためには不可欠である。


C. 統合された環境での生活の保障

1993年に採択された「障害を持った人のための機会の平等に関する基準規則」は、3項において「国家は、統合された環境における、子ども、青年及び成人のための平等な初等、中等及び高等教育の機会の原則を認めるべきである」と規定している。


日本においては、障害を持つ人をその意思に反して隔離施設(病院)に長期間収容したり、障害を持つ子どもを一般の子どもと区別して分離された環境の中で教育をするなど、障害を持つ人に対する隔離政策が依然存在している。このような実態は、上記基準規則3に定める「統合された環境での生活を保障」に違反するものである。


2. 障害を持つ人の労働の権利と所得保障(7、8、11条)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、障害を持つ人の労働市場への統合を促進するとともに、生活が可能な賃金を保障させる措置を講ずるべきである。
  2. 日本政府は、障害を持つ人が十分な生活への権利を享受できる所得保障を行うべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、障害を持つ人の労働の権利について何も記述しておらず、所得保障については、「第9条」の2において障害給付の概要を記述するのみであり、障害給付の対象とならない障害を持つ人の所得保障の問題などには触れられていない。


(3) 理由

A. 障害を持つ人の労働の権利

障害を持つ人の雇用について、日本政府は、障害者の雇用率制度(企業が雇用を義務づけられる従業員数にしめる障害を持つ人の割合)を設置しているが、現在の「1.8%」は労働能力を持つ障害を持つ人を雇用の場に吸収させるにはあまりに低率なものである。また、障害を持つ人の就労を促進するためには、職場環境のバリアフリー化などが併せて推進される必要がある。


賃金については、罰則をもって強制される最低賃金制度が存在するが、この制度は、障害を持つ人の雇用においては例外が認められている。最低賃金はその地域で生活する上で必要最低限の所得として算出された額であることを考えれば、障害を持った人について最低賃金をさらに下回ることを認めることは、障害を持つ人の生存すら困難にするものであり、早急に是正されるべきである。


B. 所得保障

政府報告書によれば、日本の障害基礎年金の水準は、1級で月額83.283円、2級で月額66.625円(いずれも1998年4月実績)であり、通常の生活に必要な所得に比べれば著しく低額である。


特に、障害を持った人の所得保障制度に関する最大の問題点は、就労による賃金と年金などの所得保障とが、障害を持つ人すべてのセーフティネットとしてもれなく適用されてはいないということである。障害基礎年金を支給されるのは1級、2級の重度の障害を持った人に限られており、3級以下の障害を持った人の場合は、年金が支給されない一方で必ずしも就労の機会は保障されていないし、仮に就労できても障害を理由に最低賃金の保障も適用されない。


それゆえ、日本政府は、すべての障害を持つ人が十分な生活への権利を享受できるよう、雇用、最低賃金及び年金支給による、漏れのない所得保障を行うべきである。


各論5 外国人の権利

1. 難民認定申請者の生活保障

(1) 日弁連の意見

日本政府が難民認定申請者のうち、出入国管理及び難民認定法による就労資格のない外国人について難民認定の判断が出るまでの間その就労を禁止し、かつその生活援助の方策を講じていないのは、規約第11条生活水準の権利に違反するものであり、就労許可もしくは生活援助の方法による生活保障を行うべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

日本では難民認定に対する判断に数年を要した事例も少なくない。難民認定申請者は出入国管理及び難民認定法による就労資格をもっていないものが少なくなく、超過滞在、密入国など適法な在留資格そのものを持っていない者もいる。彼らは就労資格がないので出入国管理及び難民認定法19条により日本では就労できないことになるが、難民認定申請中は特に政府から生活援助の方策はとられていない。民間の難民事業本部から難民認定申請者に対して保護費が支給される事例があるようだが、これは公的な支給ではなく、出入国管理局の職員は難民認定申請者にこの支給の教示も行なっていない。従ってほとんどの難民認定申請者はこの給付を知らない。


また日本では、出入国管理及び難民認定法39条により退去強制事由があるとの疑うに足りる相当な理由がある外国人は収容される扱いになっており、難民認定申請中の外国人が収容される事例は少なくない。仮放免が認められる場合でもその条件として身元保証人をたてることが求められる。しかし就労資格がないため経済的に面倒をみることまではできないとして身元保証人のなり手がなく、収容が継続される難民認定申請中の外国人もいる。


就労資格を認めないことが規約第6条、第7条に違反するといえないにしても、難民認定申請中の者について日本政府の判断が出るまで、就労もさせずかつ生活の援護もしないことは、生活水準についての権利を規定した規約第11条に違反する。


2. 資格外就労者と労働条件についての権利

(1) 日弁連の意見

就労資格を有しない外国人(在留資格のない外国人及び、在留資格はあるが就労資格を有しない外国人)で就労している外国人は、賃金の未払いなどがあっても、出入国管理局に通報されることを恐れて、不当な利益を得ようとする使用者と交渉することができず、また日本人や就労資格のある外国人ならば当然利用できる労働基準監督署に申告して指導などを受けることができない。日本政府がこのような状態を知りながら、労働基準法の規定や労働基準監督署の役割などについて周知徹底せず、放置していることはこれは労働条件の権利を規定した規約第7条、人権実現の義務を規定した規約2条1に違反するので、早急に是正の措置をとるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

出入国管理及び難民認定法において就労資格がないとされても、日本国内法においては過去の労働に対する賃金などは当然保障される。しかしながら、資格外就労は禁止されており、これが当局に判明すると強制退去につながることなどから、資格外就労の外国人は極めて弱い立場に立たされている。すなわち、低賃金、長労働時間など劣悪な労働条件に甘んじているのが現状であって、労働基準法で定める時間外労働に対する割増賃金の支払が受けられない、あるいは約束された賃金そのものが支払われないこともある。このような場合通常ならば労働基準法等違反であるとして、労働基準監督署の指導などを受けることができる。しかし出入国管理及び難民認定法62条2項は、「国及び地方公共団体の職員は、その職務を遂行するに当って前項の外国人(退去強制事由があると思料される外国人)を知ったときは、その旨を通報しなければならない」として公務員の通報義務を規定している。この点については、1989年(平成元年)10月31日基監発第41号(都道府県労働基準局長殿宛て労働省労働基準局監督課長通達(部内限り)は、「申告等に対処する過程において、申告等に係る外国人労働者が不法就労であることが判明することがあり得るが、労働基準監督機関としては、まず、法違反の是正を図ることにより本人の労働基準関係法令上の権利の救済に努めることとし、原則として入管当局に対し、通報は行わないこととしている。」と定め、1990年(平成2年)6月1日基監発第20号(都道府県労働基準局長殿宛て労働省労働基準局監督課長通達においては、「なお、不法就労に関する出入国管理行政機関への情報提供については、現在法務省と鋭意協議中であり、まとまり次第別途通知する予定であるので、それまでの間は従前どおりの取扱いとすること。」として法務省と協議中であるとしている。しかしこのような労働基準監督当局の内部通達はひろく知られておらず、また使用者が直接入国管理局に通報することを恐れることもあって、就労資格のない外国人労働者は、労働基準法違反の状況があっても、労働基準監督署の指導などを受けることができず、劣悪な労働条件や賃金不払いなどがあっても泣き寝入りしているのが現状である。 国がこのような状態を知っておりながら、労働基準法などの各規定、労働基準監督署による指導,労働基準関係の法令上の権利の救済を求める外国人については入管当局に通報しないことなどについて周知徹底してしない。これは、労働条件についての権利を規定した規約第7条、締約国の人権実現の義務を規定した規約第2条1に違反する。


3. 公務員採用における外国人差別

(1) 日弁連の意見

一般職国家公務員について永住・定住外国人を採用しない日本政府の取り扱いは規約第6条1、規約第2条2に違反する。日本政府は、「公権力の行使または公の意思の形成への参画に携わる公務員」については日本国籍を必要とするとするが、ひろく外国人を一般職国家公務員その他の公務員に採用するべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「一般的コメント」の3で「わが国における外国人の公務員の採用については、公権力の行使または公の意思の形成への参画に携わる公務員となるためには日本国籍を必要とする」と記述している。


(3) 理由

現行法では外国人を外交官、自衛官に採用することは禁じられている。また裁判官や検察官として採用されることもない。一般職の国家公務員については、外国人を排除する法律の規定はないが、人事院規則8-18に「日本国籍を有しない者は採用試験を受けることができない。」と規定しているため、採用試験によって採用される一般職国家公務員への採用はなされていない。なお東京都の管理職選考試験資格を外国人に認めなかったことが争われた裁判で、東京地方裁判所は、「わが国に在留する外国人は、公権力の行使あるいは公の意思の形成に参画することによって直接的にまたは間接的にわが国の統治作用にかかわる職務に従事する地方公務員に就任することはできないが、それ以外の職務、いうならば、上司の命をうけて行う補佐的・補助的な事務、もっぱら専門分野の学術的・技術的な事務などに従事する地方公務員に就任することは許容されている」と判示した(東京地方裁判所1996年5月16日判決)。日本政府のいう「公権力の行使または公の意思の形成への参画に携わる公務員」は非常に広く解釈されすぎており、外国人は原則として国家公務員には採用されない結果につながっている。これはすべての者が自由に選択する労働によって生計を立てる機会を得る権利を規定した規約第6条に違反する。


4. 国民年金

(1) 日弁連の意見

  1. 1986年4月1日現在で60才を越えている在日韓国・朝鮮人などに老齢福祉年金が給付されない取り扱いは規約第9条、第2条2に違反する。日本政府は国民年金制度創設時に50才を越えていた日本人に老齢福祉年金を支給したように、上記在日韓国・朝鮮人などに老齢福祉年金を支給すべきである。
  2. 1982年1月1日時点で20才を越えている在日韓国・朝鮮人などである障害者に障害福祉年金が支給されない取り扱いは、規約第9条、第2条2に違反する。日本政府は国民年金制度創設時に20才を越えていた日本国民の障害者に障害福祉年金を支給したように、上記の在日韓国・朝鮮人などである障害者に障害福祉年金を支給すべきである。
  3. 1959年11月1日において日本国民でないものについてはそののち日本国籍を取得しても障害福祉年金を支給しないという扱いは規約第9条、第2条2に違反する。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、在日韓国・朝鮮人などに老齢福祉年金や障害福祉年金が支給されない扱いについては、何も記述していない。


(3) 理由

  1. 日本政府は、国民年金制度を創設した当時、受給資格をみたすことができない日本国民が無年金状態にならないよう次の措置をとった。第1に、国民年金保険料の徴収開始の1961年4月1日時点で50才を越えている日本国民には国民年金に加入することができないので保険料を納めなくても70歳になれば支給される無拠出制の老齢福祉年金の制度を設けた。第2に国民年金法施行日である1959年11月1日時点で20才を越えている日本国民の障害者については、国民年金に加入したとしても傷害年金の受給対象とはされなかったので、障害福祉年金を支給する制度を設けた。
  2. 規約は日本において1979年9月21日発効した。そののちの1982年1月1日、我が国の難民条約及び難民議定書の加入に伴う法改正により国民年金の国籍条項が撤廃され、同日から国民年金に外国人も加入できるようになった。1985年に法改正が為され、国籍条項撤廃時年金加入期間が年金受給資格期間である25年に満たない外国人にも老齢基礎年金を受給する道が開かれたが、なお1986年1月1日時点で60才を越えている外国人は老齢福祉年金の対象とされなかった。また1982年1月1日時点で20才を越えている在日韓国・朝鮮人などである障害者に対しては日本国民に対するような経過措置は講じられず、障害福祉年金は支給されなかった。
    これらの扱いは日本人と比較して外国人を不利益に扱うものであるから規約第9条、第2条2に違反する。
  3. なお日本に在住する韓国人で1959年11月1日全盲で法別表1級に該当する廃疾を受け(当時満25才)となり、1970年12月16日帰化によって日本国籍を取得した者がした障害福祉年金裁定請求について1972年8月21日却下され、これは最高裁においても支持された(最1小判1989年3月2日判例時報1363号68頁)。上記の1982年1月1日の国籍要件撤廃の後にこの者が再度した障害福祉年金裁定請求に対して、1985年3月19日右国籍要件撤廃が将来にむかってのみ効力を有するとされていることから却下され、これは下級審でも支持された(大地判1994年8月24日判例タイムズ855号181頁)。しかし少なくとも規約が適用されたのち、生来の日本人であるか、あるいは帰化した日本人であるかによって障害福祉年金の支給が左右されるということは規約2条2項に違反するものと解されるべきである。

5. 社会保障

(1) 日弁連の意見

恩給及び戦傷病者戦没者遺族等援護法による給付について、かつて日本国軍人として軍務に服し、戦後母国の独立に伴い日本国籍を離脱した外国人に対して、日本国籍がないことを理由としてこれを給付しないことは、規約第9条、第2条2に違反するので、早急に是正すべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

第二次大戦においては、日本の植民地であった朝鮮出身者はその当時日本国籍を有するとされていた。彼らの中には日本軍人として軍務に服した者もいた。かれらは1952年4月28日発効したサンフランシスコ平和条約による朝鮮の独立の結果、日本国籍を喪失したとされた。


恩給法は、日本国籍の喪失は年金たる恩給権の消滅事由と規定していた。第二次大戦において日本軍人として従軍し負傷した大韓民国人が増加恩給に対する棄却処分の取消を求めた事件で裁判所は、自国民援護条項である国籍条項は、援護の原資負担が国であること、自国民保護の責務が当該国家にあること及び恩給権の性質に照らして合理的であるとし、国際人権(社会権)規約26条に違反するものではないとした(東地判1998年7月31日判例時報1657号43頁)が、この事案では社会権規約違反の主張はなされていない。


戦傷病者戦没者遺族等援護法は、軍人軍属などの公務上の負傷もしくは疾病又は死亡に関し、国家補償の精神に基づき軍人軍属などであった者またはこれらの者の遺族を援護することを目的とするものであり、恩給法と同様国籍条項があり、日本国籍を喪失した者には支給されない。これについてもいくつか裁判例があるが、いずれも最終的には違法ではないとしている(大地判1995年10月11日他)が、大高判1999年9月10日は社会権規約に定める平等原則は合理的理由による区別を禁止するものではないとし、大高判1999年10月15日は、規約人権委員会が一般的意見18で自由権規約26条の差別禁止の保障は同規約上にさだめられた権利に限定されないとしている点について、社会権規約の権利と自由権規約の権利は同等に考えることができないとし、さらに規約人権委員会の意見は日本の裁判所の自由権規約社会権規約についての解釈を法的に拘束するものではないとした。


恩給法による恩給は、公務に対する対価とみるべきであり、公務ののちの国籍変更はその給付とは関係がない。規約人権委員会は1993年11月第三回日本政府報告書の審査にあたって発したコメントにおいて、旧日本軍において軍務についたが、もはや日本国籍を有していない韓国・朝鮮や台湾の出身者は、その恩給に関して差別されている、と明確に指摘している。報告書戦傷病者戦没者遺族等援護法は、上述したように国家補償の観点から援護を行なうものであるから、やはり受給者の国籍変更はその給付とは関係がない。このような各法規の規定及びこれにもとづいて戦後国籍離脱をした者にこれらの給付を行なわないとの扱いは、規約第9条、第2条2に違反する。


6. 医療保険

(1) 日弁連の意見

在留資格をもって1年以上日本に滞在するものではない外国人に対して国民健康保険を適用しない日本政府の扱いは、規約第9条,12条1及び、第2条2に違反する。


このような外国人に対しても国民健康保険の適用を認めるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

国民健康保険法では、国民健康保険は市町村が行なうものとし、適用対象者(被保険者)は市町村の区域内に住所を有する者と定められている(同法5条)。厚生省は1992年3月31日、適用対象者について「外国人に対する国民健康保険の適用について(1992年3月31日厚生省保険発第41号、都道府県民生主管部(局)長宛」との通知を発した。これによれば適用対象となる外国人は、(1)外国人登録を行っている者で、入国当時の在留期間が1年以上であるもの、(2)入国当時の在留期間が1年未満であっても、入国時の入国目的、入国後の生活実態を勘案し、1年以上我が国に滞在すると認められるもの、となる。


在留資格がないフィリピン女性に健康保険証の交付が拒まれた事案で、その滞在や居住が法律上認められたものではなく居住の事実だけでは国民健康保険法5条にいう「住所を有する」にはあたらないとして訴えを退けた判決がでた(東地判1995年9月27日判例時報1562号41頁)。そののち同種の事案で在留資格のない外国人でついても当該市町村の区域内に住所を有していると認めうる場合には当該市町村の行なう国民健康保険の被保険者となりうるとの判断がなされた(東地判1998年7月16日判例時報1649号3頁)。


住所とは生活の本拠地を意味するものであり、滞在が適法か否かは関係がないはずである。不法入国によって強制退去されるかはどうかは入管法の問題であるが、それまでの間の生活が現に日本でなされる以上は、健康な生活に欠くことができない国民健康保険への加入が認められるべきことは当然であろう。入管法上の在留資格がないことを理由に国民健康保険の適用を否定しようとする日本政府の姿勢は、規約第2条2項の「その他の地位」によって差別をするものであり、第9条、第12条2及び第2条2に違反する。日本政府は速やかに上記通知を撤廃して在留資格のない外国人に対しても国民健康保険の適用を認めるべきである。


7. 生活保護とこれによる医療給付

(1) 日弁連の意見

定住ではない外国人や在留資格のない外国人に対して生活保護を適用しない日本政府の取り扱いは、規約第11条1、第2条2に違反する。日本政府はこれらの外国人に対しても日本国民と同様生活保護の適用を認めるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、生活保護法の外国人への適用状況については何も記述していない。


(3) 理由

従来厚生省は定住ではない外国人や在留資格のない外国人に対して生活保護法を準用という形で適用を認めてきた(1950年11月6日付社乙発第190号「生活に困窮する外国人に対する福祉措置の方針について」都道府県知事宛厚生省社会局長通知、1954年5月8日社発第382号「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」厚生省社会局長通知)。しかし1990年10月25日厚生省主催の生活保護指導職員ブロック会議の席上で厚生省は各自治体に対して生活保護法を準用する外国人の範囲を入管法別表第2に規定する外国人(永住者、定住者)に限るとの口頭指示を行い、定住ではない外国人や不法滞在者には準用しない旨明らかにし、以後定住ではない外国人や不法滞在者に対する生活保護の適用が打ちきられるようになった。また生活保護法は適用対象を日本国民に限定している解され、社会権規約の内外人平等達成義務は国家に課せられた政治的義務であって個人に対しこれに対応する具体的権利を賦与したものとまではいえないとする下級審判決がなされている(東地判1996年5月29日判例時報1577号76頁 東高判1997年4月24日判例時報1611号56頁他)。


生活保護による給付の中には医療扶助も含まれるところ、この生活保護による医療扶助が外国人に適用されないため、非定住や在留資格のない外国人は重大な疾病や負傷がある場合でも、医療を受けることが困難である。医師法第19条では、医者は正当な事由なく患者の診察を拒んではならない、と規定する。しかし外国人には生活保護法の医療扶助すら適用されないとなると、病院はこのような外国人の診療を拒否し、いわゆるたらいまわしの状態が出てくる。


上記の各判決は日本国籍の有無によって生活保護の適用を左右しようとするものでである。厚生省の立場も基本的には同様であり、ただ永住及び定住の外国人に対しては恩恵的に生活保護を適用するというものである。永住・定住外国人以外の外国人に対して生活保護の適用がなされないこと、また従前適用がなされておりながら適用されなくなったことは、規約第11条、第12条、第2条2に違反するものであり、速やかに是正されるべきである。


8. 教育を受ける権利

(1) 日弁連の意見

  1. 日本国に在住する外国人が自国語ないし自己の国及び民族の文化を保持する教育をする学校と大学校の在学生及び卒業者に対して、日本国の学校教育法第1条の各義務教育過程、高等学校教育、大学に相当する教育を受けているものに対して、その資格を認めず、法律に根拠を持つ公的な職業資格を認定する試験あるいは大学入学試験に受験させないことは、規約第6条、第13条、第2条2に違反する。
  2. 上記の日本に在住する外国人の自国語ないし自己の国および民族の文化を保持する教育をする学校に対して,その教育を維持推進する経費の公的助成金の支給について,日本国の学校と比較して不利益な差別のない経費を助成するべきである。
  3. 日本国は,上記の外国人のための学校に通学する児童,生徒,学生について,日本国で実施されているあらゆる奨学制度において,不利益な差別なくその奨学制度が適用されるよう処置するべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

日本国に居住する外国人は、自己の民族ないし自国の固有な言語その他の文化を保持する権利があると解されるが、日本国の学校教育法によって設立されている公立の小中高校及び大学は外国人が自己の民族ないし自国の固有な言語文化を維持するに足りる教育は行なわれないことになる。同法に基づき設立された私立学校についても認可に必要な各学校の各学年で教育することを必要とする各教科とその教育時間を教育すると、外国人の自己の民族ないし自国の固有の言語文化を維持承継するに足りる教育をすることは時間的に不可能であるとされている。1995年現在、学校教育法による認可を受けずに運営されている朝鮮学校は初級学校(小学校に相当)75校、中級学校(中学校に相当)52校、高級学校(高校に相当)12校、大学校1校であり、インターナショナルスクールは32校ある。


朝鮮初中級学校は、いずれも小学校及び中学校として認められていないので、朝鮮中級学校の卒業生が日本の高等学校を受験することも、また朝鮮高級学校の在校生が高等学校に転入することもできない。日本で職業就職に関係する各種資格試験の受験資格で、高校卒業あるいはそれ以上の学歴を要するものは、別表記載のとおりであり、極めて多い。したがってこれらの学校の卒業生はこれらの受験資格がないためそのままではこれらの資格を要する職業につくことができない。朝鮮高級学校卒業生については私立大学及び公立大学の約半数が受験資格を認めているものの、国立大学95校はいずれも受験資格を認めない。インターナショナルスクールの卒業生については、私立公立大学はさらに条件が悪く、国立大学で受験を認めるところも皆無である。このような就職や進学についての不利益を避けるため、日本の定時制高校に通ったり、大学検定試験を受けるなどするものもいるが、極めて負担が過重なばかりか、定時制高校への入学資格もないとして拒否されることもあるようである。


教育はその内容に意義があることはもちろんであるが、その教育内容と水準にしたがった就職資格や受験資格の取得が伴うべきことは当然である。これら朝鮮学校やインターナショナルスクールについては、外国語を国語としあるいは外国語をもって他の教科を教えているものであるが、日本の学校教育法とほぼ同等の教科内容と水準を維持しているものであるならば、対応する小学校、中学校、高等学校あるい大学として扱い、前記の転入、資格試験や大学の受験資格が認められるべきである。このような教科内容や水準を検討せず、日本語を国語としてないことや日本語によって教科を教えていないということによってその卒業生にこれらの資格試験や大学の受験資格を一律にないなどととすることは、自由に労働を選択する権利あるいは、教育を受ける権利を奪うものであり、規約第6条、第13条、第2条2に違反する。


また,日本国政府は,ここに指摘する外国人のための学校については,日本国の義務教育課程,高等教育課程に相当し学力的にも日本国の各学校に劣らない教育を実施しているにもかかわらず,それぞれに相当する資格を認めず技芸などの各種の学校と同列のレベルの評価しか認めないために,義務教育および高等教育に支出される地方公共団体の公的な助成金は日本国の同等の教育課程の教育をする各私立学校に比較して概略10分の1以下となっている。このため,自国語ないし自己の国および民族の文化を維持する教育を受ける児童生徒は義務教育を無償で受けることができず,またこれらの学校の教員もそ給与・待遇において日本国の同等の教育を担当する教員の2分の1以下であり,2000年の例(愛知県名古屋市の朝鮮学校)においては同年4月から同年12月現在給与の支払いが遅滞している状態が生じている。さらに日本国には国家予算で設置され政府が監督する「日本育英会」および地方公共団体などの奨学制度があるが,これら外国人学校の生徒,学生には一切その運用を拒絶して何らの奨学制度も存在しない。


これは,規約委員会一般意見13に照らして,規約第13条2項(a)(b)(c)(e)に違反している。


各論6 労働

1. 雇用関係諸政策(6条)

(1) 日弁連の意見

戦後最悪の不況の下での企業都合による解雇に対して、日本政府が労働者の権利を保障するための措置をとらず、むしろ個人の雇用の機会の減少を助長する措置をとっていることは規約第6条に違反する。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第6条」の2(3)において、「雇用政策の目標である完全雇用の達成とその水準の維持を実現するためには、その時々の経済や雇用の情勢に即応して的確かつ機動的な雇用対策の推進をはかる」と記述している。


(3) 理由

  1. 1990年に2.1%であった完全失業率はが2000年4月には4.8%、完全失業者は346万人と第2次大戦後最高・最悪の事態となっている。企業は、再生・再編の名の下に、合併、営業譲渡、分社化などさまざまな方法で全員解雇、一旦全員解雇して低い労働条件をのむ者のみ再雇用するなど安易且つ横暴なリストラ・解雇が蔓延し、自殺者が3万を越え(1999年・33048人)、増加しているなど労働者の雇用に対する不安が高まっている。
    産業再生法(1999年8月)、民事再生法(1999年12月)、会社分割に関する商法改正(2000年5月)等は企業の再生維持が目的とされ、いずれも労働者の雇用確保の観点が欠落している。逆に国家が合併や事業譲渡などに伴う解雇を公的資金で後押しするなど横暴な人員削減を合法化する役割を果たすもので、「リストラ促進法」といわれている。マスコミからも「これら国家的リストラ法制は財界の強い要請に基づいて行われているもので、労働者の権利や雇用という視点が著しく希薄」との指摘がなされている。日産自動車の2万人以上の大量の解雇にも、集団的に解雇される労働者とその家族の生活維持のための何の具体策も講じていない。
  2. 企業による人員削減は必要限度を越えており、企業は人員不足をサービス残業(無報酬の時間外労働)で補っている。財界が設立した社会経済生産性本部は「サービス残業をなくせば90万人、残業そのものをなくせば170万人、あわせて260万人の雇用をふやすことができる」と言う。しかし、政府は労働基準法に明らかに違反するサービス残業の取り締まりには極めて消極的である。
  3. さらに、従来から経営不振を理由とする人員削減のための解雇(整理解雇)には4要件(a.人員削減の必要性、b.解雇回避努力を尽くしたか、c.労働組合と協議を尽くしたか、d.人選は公平か)を必要として労働者の雇用を守ってきた裁判所が、これらの動きの下で右4要件に反する解雇も安易に認める判決や決定が次々と出され、労働者の雇用不安を助長している。

2. 労働生産性の向上のための政策(6条)、労働時間の制限及び有給休暇(7条)

(1) 日弁連の意見

1997年及び1998年に実施された労働基準法改正は、長時間労働を助長するものであり、規約6条、7条に違反する。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第6条」の3(3)において「労働時間の短縮は、国民がゆとりある生活を営むために我が国が全体として取り組むべき国民的課題」「週40時間労働制の完全定着を基盤として、年次有給休暇の取得の促進、長時間残業の削減を重点に労働時間対策の積極的推進に努めている」と記述している。


また同報告書は、「第7条」の4(2)において、時間外労働について「非常災害の場合(第33条)又は労使が書面で時間外労働に関して協定を行い、これを行政官庁に届け出た場合(36条)に限られる」と、また「第7条」の5(1)において「中小企業においては大企業に比べ労働時間の短縮が困難となっている」「年次有給休暇については労働者が病気等有事への備えを重視する傾向があること等の要因から完全取得されない場合が多い」と記述している。


(3) 理由

日本は現在に至るもILOの労働時間に関する条約は1つも批准しておらず、過労死に象徴される長時間労働は従前から国際的にも指摘されてきた。特に最近のリストラ人減らしが進む中で時間外労働が増えている。1997年の年間実労働時間は1983時間であり、政府が公約している1800時間の実現は程遠い。ところが政府は、1997年には、労働基準法の女性に対する時間外労働を年間150時間以内とするなどの女子保護規定を全面的に撤廃し、男女とも一日、一週単位の制限をなくし、年間360時間の罰則を伴わない強制力のない基準を設けたに過ぎない。人間の生活は一日単位でなりたっており、ILOの1995年の調査でも一日単位で時間外労働の制限をしている国が96カ国ということから見ても、日本の労働時間の規制緩和は問題である。


さらに、1998年には労働基準法を改悪し、労働時間の管理を労働者にゆだね、企業の都合により実際には長時間に及んでも一定の時間しか働かないとみなす裁量労働や、業務の繁閑に合わせて労働時間を変更する変形労働時間制の条件を大幅に緩和した。これらの政府の最近の労働政策は財界の強い要請によるもので、いずれも長時間労働に拍車をかけるものである。その後の日本労働組合連合会の裁量労働に関する調査でも「労働時間が増えた」が33.7%、「家族時間が減った」が32.1%となっている。


政府報告書は「時間外労働は労使協定(36協定)を行政官庁に届けた場合に限られる」と時間外労働が例外的、限定的のような報告をしているが、現実には時間外労働は常態化し、しかも労使協定に基づかない違法残業が蔓延している。特に問題なのは膨大な量のサービス残業(無報酬の時間外労働)である。日本では時間外労働に対して使用者が一定の時間数までしか払わない、あるいは一切支払わない、労働者が人事考課等を考えて時間外労働しても申告しないなどによって時間外労働手当が支払われていないことが少なくない。これをサービス残業というが、これは前述の年間の実労働時間には含まれていない。このような違法な時間外労働が常態化している。従って、日本の実労働時間は実際には2000時間をはるかに越えている。


有給休暇については、1997年の年間取得日数が9.4日に過ぎない。政府報告書のように病気等有事への備えのためや、人手不足で取りにくい、人事考課が下がるなどの理由で取得率は極めて低い。


以上、日本の労働者の実生活は政府のいう「ゆとりある生活」とは程遠い。過労死とまではいかなくとも長時間労働の下で日本の労働者は健康を損ない、家庭生活や社会生活のための時間を奪われているというのが実情で、社会権規約第7条の「良好な労働条件」「労働時間の合理的な制限」に反するものであり、時間短縮に向けた抜本的な対策が急務である。


3. 安全かつ健康な作業状況(7条)

(1) 日弁連の意見

日本政府は、規約第7条のもとでの権利を保障するため、労働者の過労死(働き過ぎによる死亡)や過労自殺を招くような過密な業務、長時間労働、過重な精神的負担を労働者に課する企業活動を改善するための措置を直ちにとるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、7条の2(2)(a)において「わが国の労働災害(業務災害、通勤災害、業務上疾病)による死傷者数は1961年をピークとして減り続けている」と記述している。


(3) 理由

労災死亡者は減ったとはいえ1998年で1844人、しかも1999年は1992人に増加している。特に、長時間過密労働の下で1998年の脳・心臓疾患労災認定者数は過去最高の90人、うち42人が「過労死」している。これは行政上あるいは裁判上過労死と認定されたものであり、潜在的過労死数ははるかに多い。過労死が多発している関係で、「過労死」問題を専門的に取り組む弁護士集団が毎年行っている電話相談「過労死110番」には労働者本人や家族から毎回2~300件もの相談が寄せられている。数年前に経済企画庁は、人は3100時間を越えると過労死するおそれがあるとし、日本の男性の6人に1人はこれに該当するとの調査結果を発表している。


特に、最近問題になっているのが過労による自殺が増えていることである。1999年の過労自殺の労災認定請求件数は93件にものぼり、同年に過労自殺と認定されたのは11件である。特に若い層での過労自殺が目立つ。裁判で自殺が過労死と認定された24歳の若者は、自殺する前の半年間は連日深夜の退社、2カ月前になると午前2時以降の退社が3日に1度、徹夜が4日に1度という状態の下で鬱病、自殺という経過をたどった。こうした事態に労働省も認定基準を緩和せざるを得ないほど深刻である。


こうした事例において企業が裁判において損害賠償責任を命じられる自体になっているが、行政がこれらの労働実態についての調査・監督を怠っている。裁量労働やサービス残業によって実際には統計に現れていない労働時間の実態調査もサービス残業根絶の措置も行われていない。


さらに、過労死等の職業性疾患の労働災害認定については、労災保険のもとでの認定までに長期間を要することに加え、厳しい認定基準のもとでの労災保険の却下認定に対し、訴訟を経て労働災害と認められるまでに数年を要するという問題もある。そのため、被災労働者やその家族に、速やかな救済が保障されていない。


4. 雇用形態による差別(7条)

(1) 日弁連の意見

パートタイマー等非正規雇用労働者に対する雇用形態による差別、特に1999年12月1日施行された労働者派遣法の改正は、労働者の雇用の安定を害し、かつ正規


労働者との間との差別を公的に容認するものであり、規約6条及び7条に違反する。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第7条」の1(2)(b)において、「(最低賃金について)常用、臨時、パートタイマー等すべての労働者に適用される」と記述している。派遣労働については何ら記述していない。


(3) 理由

日経連が1995年に発表した「新時代の日本的経営」は、21世紀の労働力政策として、正規雇用を少数に抑え、パートタイマー、派遣労働等の非正規雇用の増大を図る労働力の流動化を打ち出した。その後の非正規雇用の増大はとりわけ著しい。特に、長引く不況の下で正規労働者を採用せず、大量のリストラ解雇の一方でパートタイマー、派遣、契約社員等の非正規労働者の採用に切り変えている。その狙いが「低賃金」かつ「雇用の調整弁としていつでもやめさせられる」労働者を増やすことにある。


パートタイマーや派遣労働が政府のいうようにニーズにあった働き方というのは一部で、正規に雇用されることが困難でやむなくパートタイマー等の非正規雇用で働いている労働者が少なくない。賃金が低く生活できないため複数の仕事をかけもちで深夜も働く労働者が増えている。


1999年の総務庁「労働力調査」では、非正規雇用者は1138万人(全雇用者に閉める割合は21・8%)、うち67・9%は女性である。女性労働者の中での割合は37.4%(35歳以上では過半数)と高く、特に女性が正規雇用の就職先を見つけにくい実情にある。そのうえ1998年の賃金を見ても、正規女性労働者が正規男性労働者の63.9%であるが、パートタイマーはその正規女性労働者の68・4%(労働省「賃金構造基本統計調査」)と著しく低い。


特に雇用形態は非正規雇用でありながら、実際には正規労働者と同様の働き方をしているケースが少なくない。長年正規社員と同様に働きつづけてきた臨時社員の女性たちが提訴した丸子警報器事件では正規女性労働者との賃金差別を認める一審判決(長野地方裁判所1996年3月15日)が出され、高裁で和解が成立している。ようやくこうした先例がつくられたが、同様の実態は常態化している。


非正規労働者については、賃金差別だけでなく突然の解雇、有給休暇がとれない、一時金や退職金が出ない等、法律違反も含めて正規労働者に比較し極めて劣悪な労働条件に置かれている。にもかかわらず、日本のパートタイム労働法はこれらを規制していない。ILO175号パート条約を批准するとともに、正規労働者との「均等待遇」を義務づけるパート労働法等の改正が急務である。2 これまで26業種に限定されていた派遣事業について、一部の例外を除いて原則自由化する改正法が1999年12月1日施行された。ILO181号条約では派遣対象業務を限定しており、各国でも業務の限定(ドイツ、イタリア)、受入れ事由の限定(フランス、イタリア)、近い過去に人員削減があった事業所での派遣導入の制限(イタリア、韓国)等がなされている。さらに派遣先で就労が一定期間を越えると正規雇用を義務づけている(ドイツ、フランス、イタリア、韓国)。これに対して日本では派遣労働については突然の契約解除、契約違反の賃金、契約外労働、派遣先でのいじめなど不安定・無権利な実態が問題とされてきたが、適切な救済措置がはかられないまま対象業務を飛躍的に拡大し、原則自由化したものである。


派遣業界が強調する、派遣労働者雇用のメリットとして(1)雇用責任の軽減、(2)雇用の調整・人件費の軽減などをあげている。今回の原則自由化は財界の強い要請を受けて進められたものである。すでに多くの企業においてコスト削減のみを目的として、正規雇用はしない、正規労働者を派遣に切り換えるなど派遣への置き換えが急速に進んでおり、今後派遣労働者の著しい増加が予想される。その結果、いつ仕事を失うかわからない不安定雇用、派遣先社員との賃金・労働条件格差、社会保険等の無権利が進行している。


5. 労働組合(8条)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府が国家公務員の労働協約締結権、争議権、地方公務員の争議権を一律に禁止していることは規約8条1、2、3項に違反する。
  2. 自衛隊員、警察官、消防職員が一切の労働基本権を否定されていることは規約第8条2、3項に違反する。
  3. 日本政府が、特定の労働組合所属による差別し、差別是正のための措置をとらないことは規約第8条に違反する。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第7条」の1(1)において「憲法28条により、勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利が保障されている」「国家公務員は、その地位の特殊性と職務の公共性から、労働基本権が制約されており、国営企業を除く一般職の国家公務員は給与等の勤務条件について労働協約を締結することができない」と記述している。


(3) 理由

  1. 公務員については、「職務の公共性」から例外的に権利が制約されることはありうる。しかし、一律にストライキを禁止することや団結権それ自体を否定する合理的理由はない。日本の国家公務員法、地方公務員法ではストライキを一般的な形で禁止し、罰則が規定されている。ILOからも日本政府に対して注意を喚起している(1995年、条約勧告適用専門家委員会)。さらに警察官や消防職員については団結権も保障されておらず、いずれも規約8条違反といわざるを得ない。判例は「条約は公務員の争議権を保障していない」「合理的な制限は可能」「わが国は公務員のストライキについて留保している」等の理由で規約やILO条約違反ではないとしている。労働基本権が制約される公務員は全労働者の8%、400万人をこえており、その権利が保障されていないことはすべての労働者にとって重大な影響がある。
    消防職員の団結権禁止についてはすでにILOにおいても問題とされている。政府はILOの指摘を受け、「消防職員委員会」制度を設置し団結権にかわるものとしているが、右委員会はいかなる意味でも労働組合ということはできず、団結権制限の合理的理由とは到底言えない。
  2. 規約に照らして、国が特定の労働組合や組合員を差別することは許されないことは当然である。しかし、国家公務員について所属労働組合による昇格・昇級差別が執拗に行われている。例えば、全税関事件では昇格・昇級等の差別を認めるいくつかの判決が出されれているが、すでに提訴以来20年以上も経過しながら、国は労働行政上の改善の措置をとっていない。
  3. 1979年の国鉄民営化に際しての国労、全動労の組合員1047名の国労・全動労のJR不採用事件はすでに10年が経過しても解決していない。1999年11月18日、ILOは国有鉄道の民営化は国が積極的に推進した事業であり、組合差別が問題とされている本件について、組合の申立により国の関与が指摘され、「日本政府がJRと組合の交渉を積極的に促進するよう強く要請する」との勧告が出された。政府として責任をもって早期に解決すべきである。
  4. 労働委員会制度で重要な任務をになっている労働者委員の選任について、地方労働委員委員会においては一部の例外を除いて、中央労働委員会においてはすべての労働者委員が、一つの組合推薦(日本労働組合連合会約750万人)の者のみが選任されており、他の組合推薦(全国労働組合総連合160 万人)は選任されていない。これらは地方自治体及び国が組合差別を行っていると言わざるを得ない。
  5. 労働組合に対する不利益扱いという団結権の侵害とこれに対するすみやかな救済が行われないということは、労働組合に団結して要求をかち取っていくという労働組合本来の活動を弱める大きな要因となっており、労働組合の組織率の低下をもたらしている。日本においてはストライキが最近ではほとんど行われておらず、労働組合の組織率は1998年で22.4%と毎年下がり続けている。

各論7 環境保全

1. 環境対策(12条)

(1) 日弁連の意見

  1. 政府が公害発生を防止する為に設定した環境基準の多くが未達成の状況が続いていることは規約12条に反している。環境基準を達成すべくその対策を至急に講ずるべきである。
  2. 政府は、環境ホルモン、ダイオキシンなど深刻な環境被害を及ぼす有害化学物質から国民の健康や環境を保護するための対策が今までなされていなかったことを認識し、国際基準に匹敵する規制を行わなければならない。

(2) 政府報告書の記述

1989年3月提出の第1回政府報告書では、環境政策に関し、環境汚染が著しく進み人の健康に影響を与える事態を招いたこと、そのための対策として総合的環境政策が実施され、環境は全般的に改善されたが、大都市圏を中心に改善が遅れていること、大気汚染、水質汚濁、騒音・振動、土壌汚染等について環境基準を設定して達成する努力をしているが、改善にむけて努力を要することが記述されている。


しかし、報告書は一般的で、公害対策の経過を述べているだけであり、深刻な公害被害の実態や環境基準の達成状況については具体的に記述していない。また原子力発電所を初め原子力事故の防止対策についても触れていない。


そして、第2回政府報告書は、「第12章」の2(4)(a)において廃棄物処理に関する法制度について報告しているだけで、廃棄物処理から発生するダイオキシンや環境ホルモン等公害環境問題については一切ふれていない。


(3) 理由

A.

日本は、戦後、水俣病、イタイイタイ病等いわゆる4大公害被害をはじめ、大気汚染、航空機騒音等深刻な公害被害者を生み出した。しかも、それらの被害者は、加害企業等に対する損害賠償を得るのに長期間の裁判闘争を余儀なくされた。民事上の損害賠償責任を踏まえた公害健康被害補償法によって補償を受けている被害者は、現在も64,000人余(1999年12月末現在)もいる。しかも、未だに幹線道路周辺での大気汚染患者も発生し続けており、損害賠償と差し止めを求める裁判も続いている。


公害問題の高まりの中で、政府は1960年代後半から各種環境基準を策定したが、未だに多くの測定地点において各基準値が達成されていない。環境基準は、人の健康を保護し生活環境を保全する上で維持されることが望ましい行政上の基準であり、努力目標とされているが、何年にもわたって環境基準の達成が果たされていない状況では、政府は国民の健康を保護する義務を果たしていないと言わざるを得ない。公害や環境破壊は、事前に防止することが重要であって、そのためには少なくとも環境基準を達成しなければならない筈である。長期にわたり環境基準の未達成状況が続いているのは、規約12条が「全ての者が到達可能な最高水準の身体的及び精神的健康を享受する権利を有し、その為の環境衛生及び産業衛生のあらゆる状態の改善の措置」を求めていることに反している。


日本では、環境問題を取り扱う省庁として環境庁があるものの、これまで人的・物的面で他省庁と比べて小さく、直接に担当する権限も狭かった。そのため、他省庁との調整においても力が弱いと批判されており、環境対策、環境基準達成に向けた総合的な施策が十分に行われていなかった。ようやく2001年1月から環境省に昇格したが、単なる庁から省への名前の格上げだけでなく、環境省に環境基準の緊急なる達成のための規制権限を与える等、政府において積極的な対応が行われなければならない。


B.

廃棄物処理施設から排出されるダイオキシンや工場から排出される有害化学物質が、広く日本国民の生活と健康を脅かしている。日本は、世界で最もゴミ焼却場が多く、ゴミ焼却場からのダイオキシンによる農産物被害が社会的なパニックを引き起こすなど問題が深刻になっている。


政府においては、かかる問題に対する対策を今まで講じておらず、1999年11月になってようやくダイオキシン類対策特別措置法が制定された。同法では、耐用一日摂取量(TDI)を4pgと定め、また幾つかの環境基準も設けてはいるものの、それらの数値は国際基準と比較して緩いものが多く、また一定期間における暫定基準を設けているなど、国民の健康を守るという点から見て十分な規制にはなっていない。


2. 環境対策について(12条)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本では原子力事故が続いており、日本政府は、これらの事故原因について明らかにした上、原子力施設周辺の住民の健康や環境を保護するための事故防止対策、事故が発生した場合の住民保護の対策を至急確立しなければならない。
    また、安全規制を行う行政機関について、それを十分に行うために必要な権限及びこれを執行するに十分な能力(スタッフ・設備など)を付与しなければならない。
  2. 原子力発電所については、新増設を中止し、既存の原発も段階的に廃止すべきである。使用済み燃料の再処理も中止すべきである。
  3. 日本政府は原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物を地下300メートル以下の地層中に埋設して最終処分すると法律で決めたが、これは絶対安全であるという保証がなく、高レベル放射性廃棄物が地下水に漏出する危険性も否定できなく規約12条の趣旨に反するものである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は原子力発電所をはじめとする原子力事故の防止対策や放射性廃棄物の処分対策について、何ら記述していない。


(3) 理由

  1. 日本では原子力事故が続いており、日本政府は、これらの事故原因について明らかにした上、原子力施設周辺の住民の健康や環境を保護するための事故防止対策、事故が発生した場合の住民保護の対策を至急確立しなければならない。
    また、安全規制を行う行政機関について、それを十分に行うために必要な権限及びこれを執行するに十分な能力(スタッフ・設備など)を付与しなければならない。
  2. 原子力発電所については、新増設を中止し、既存の原発も段階的に廃止すべきである。使用済み燃料の再処理も中止すべきである。
  3. 日本政府は原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物を地下300メートル以下の地層中に埋設して最終処分すると法律で決めたが、これは絶対安全であるという保証がなく、高レベル放射性廃棄物が地下水に漏出する危険性も否定できなく規約12条の趣旨に反するものである。

3. 廃棄物処理について(12条)

(1) 日弁連の意見

  1. 豊島への産業廃棄物の不法投棄、フィリピンへの産業廃棄物不法輸出問題等、日本では産業廃棄物の不法投棄が社会問題となっており、廃棄物の不法投棄や不適正処理を防止するためにも、排出事業者の責任を強化するとともに、産業廃棄物につき排出から最終処理までの移動を記録し管理する制度(マニフェスト制度)についても、運用の徹底が図られる制度にすべきである。
  2. 既存の廃棄物処理場が逼迫する現状において、廃棄物のリデュース、リユース、リサイクルなど循環型社会を実現するために、汚染者負担原則を徹底した拡大生産者責任制度を導入すべきである。
  3. 廃棄物処分場設置に伴う自然環境等の汚染の事実を認識し、水道水源地における立地規制を設けるとともに、浸出水の汚染値や遮水工技術等に関する情報公開・住民参加をはじめとした徹底した予防策を早急に講ずるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、第12条の2(4)(a)において、廃棄物処理について、一般廃棄物については市町村がその管理と処理について責任を有していること、産業廃棄物の処理と管理は排出者の責任であること、廃棄物の収集、運搬、中間処理及び最終処分は法によって定められた基準に適合しなければならないと報告して、あたかも廃棄物の処理や管理が適正に行われているかのような内容になっており、現実に起きている不法投棄や廃棄物処分場からの有害物質排出問題やこれを巡る住民訴訟が起きていることなどについては、何ら記載がない。


(3) 理由

A.

香川県豊島において、日本最大の産業廃棄物の不法投棄が行われ、産廃処理業者は倒産、破産したが、産廃は50万トンも放置されたままである。産廃処理業者は倒産して撤去不能となり、不法投棄を見過ごした香川県当局が責任をとらされ、無害化処理して島外に搬出することになった。このような例は他にもあり、多額な税金が使われる一方で、産業廃棄物を排出した排出業者や生産者の責任が問われないのは矛盾する。


1999年12月には、日本からフィリピンへの有害廃棄物の不法輸出が発覚し、廃棄物は日本に引き戻された。結局、廃棄物は廃棄されることになったが、日本での不法投棄や違法な野焼きは後を絶たない。また、埼玉県所沢市周辺では、違法な野焼きや小型の産業廃棄物焼却場の集中によって、ダイオキシンによる汚染被害が社会問題になり、周辺住民からは公害紛争調停が申し立てられている。


このような違法な不法投棄や野焼き、廃棄物焼却が後を絶たないのは(1999年4月調査による1997年度不法投棄件数は855件、投棄量は約40万トンである)、不法投棄に対する刑事罰が甘いこと、排出事業者は委託基準に従って廃棄物の処理を委託すれば、その後廃棄物処理業者が不法投棄しても、排出事業者は責任を問われないことなどが原因である。廃棄物の排出事業者責任や拡大生産者責任が確立しない限り根本的解決にならない。


政府は、遅まきながら廃棄物処理法を改正し(2000年10月施行)、排出事業者に注意義務を課すことによって排出事業者責任を強化したが、注意義務を怠ったかどうかの判断は厳しくなされなければならない。例えば、排出事業者において過失がなかった点の立証負担をさせるべきである。さらに、生産から排出、管理、最終処理まで一貫して物質の移動を管理する記録制度(マニフェスト制度)が徹底されれば、違法不正な投棄の対策となるところ、日本でも同制度が導入されているが、偽造が横行している現状であるにも関わらずそれに対する規制がほとんど行われていないなど、有効な制度となっていない。


B.

日本では、廃棄物最終処分場において、その処理能力の限界を迎え(一般廃棄物の最終処分場の残余年数は8年余、産業廃棄物の最終処理場については3年余とされている)、リデュース、リユース、リサイクルなどそもそも廃棄物を出さない循環型社会の実現が求められている。そのためには、廃棄物処理に対する拡大生産者責任を明確にすることで、製品の製造の段階から環境への影響に対して生産者に責任を負わせることが重要である。日本では、今まで拡大生産者責任を規定した法律がなかったが、循環型社会基本法が成立した(2000年6月施行)。


しかしながら、上記法律は、理念法にすぎないため実効性に乏しく、また消費者にも一定の負担を求めている既存の個別法をもとにしており、国や地方自治体、事業者、国民が役割分担を決め、生産者は一定の責任を負うという責任共有論を規定しているにすぎない。


これに対し、例えばドイツでは、汚染者負担原則を徹底し、生産者に無償回収義務を課すなど重い責任を負わせている。


C.

日本では、都市部における廃棄物処分場の立地が困難となり、自然が豊かな地域や水道水源保護地域に建設が行われている。


しかし、貴重な自然や水道水源地帯への処分場建設は、自然環境に対する汚染を心配する住民の反対が大きく、裁判において建設の差止も認められている例もある。一度汚染された自然環境を回復するには膨大な費用と時間がかかることから、事前予防を第一に考えなければならない。


そのためには、まず立地規制を徹底しなければならない。現在の施設基準では、水道水源地域での立地は規制されていないので、その立地規制を設けるべきである。


また、排出物質や遮水工技術等に関する情報の公開を義務づけ、周辺地や下流域の住民を交えた十分な議論を行える手続を設けるべきである。


4. 下水道整備について(12条)

(1) 日弁連の意見

  1. 下水処理は、「排水」から「再生水」へ視点を転換し、合併処理浄化槽等による発生源における汚水の自己処理を推進すべきである。
  2. 河川の水質汚濁の大きな要因となっている生活雑排水を未処理のまま放流する単独処理浄化槽を速やかに廃止すべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第12条」の2(4)(c)において、下水道整備について、下水道の建設及び維持管理は市町村及び都道府県等の地方自治体が行っていること、並びに政府として財政的・技術的援助を行っている旨報告し、また全ての下水は下水処理場により処理することが義務づけられており、公共用水域の水質の保全を図っていると報告し、下水道整備について万全であるかのような内容となっている。


(3) 理由

河川等の公共用水域の水質は、代表的な水質指標であるBOD(又はCOD)の環境基準の達成率を見る限り、達成率が低く(河川では約80%)水質改善が進んでいない。


かかる原因の一つは、炊事、洗濯、入浴等人の日常生活に伴って排出される生活排水が大きな要因となっている。


従前より、下水道によって、市街地から発生する汚水を処理し、放流することによってきれいな川、海を取り戻すことができるとされ、下水道計画を進める必要性が強調された。


しかしながら、生活排水対策としての下水道整備は、巨額投資(毎年約4兆円余り)が行われているにも関わらず、遅々として進んでいない。しかも、下水道処理区域外では、トイレの水洗化を図る施設として浄化槽(し尿のみを処理する「単独浄化槽」と、し尿以外に生活雑排水を処理する「合併処理浄化槽」がある)を設置する必要があるところ、下水道の普及が進まないことから、コストが安く場所も狭くて済む単独浄化槽が相当数設置されている(利用者は約3000万人以上とされる)。この単独浄化槽は、生活雑排水が未処理で放流され、その排出水質基準が非常に緩やかであることから、河川の水質汚染の元凶とされているのである。さらに、下水道整備については、市町村が設置・管理するもの(=「公共下水道」、建設省都市局の所管)、都道府県が設置・管理するもの(=「流域下水道」、建設省都市局の所管)、個人が設置・管理するもの(「単独浄化槽」、建設省住宅局の所管)など、所管局と管理者がバラバラになっている。各所管部局がそれぞれに施策を行うことにより、下水道関係の予算が分断され、事業計画においても無駄な出費がなされることが少なくないのである。


また、海に面している都道府県の流域下水道は、処理水を海に放流していることから、せっかく処理した水が川に戻らない。このため、中小河川は水量の点からも危機に瀕することになる。生命が水の循環によって育まれ、維持され、特に河川の水は有限で貴重なものであることからすれば、下水処理においても水循環を維持することは極めて重要である。従って、下水処理に関しては、水循環の視点にたった汚水の再利用を重視しなければならない。そのためには、まず下水道至上主義から脱却し、合併処理浄化槽や集中合併処理浄化槽(コミュニティ・プラント)によって、発生源における汚水の自己処理を推進すべきである。また、処理水の水質保全が図られなければならない。単独浄化槽は速やかに廃止されるべきであり、また下水処理施設からの放流水(処理水)の水質基準も強化すべきである。


5. 自然遺産の保護について(15条)

(1) 日弁連の意見

  1. 自然環境を開発行為から保護するための法制度は、生態系の保全という視点を有するものであるべきであり、身近な自然環境も含めた総合的な自然保護対策を実施すべきであり、そのための統一的な法制度を確立すべきである。
  2. 環境権や自然享有権が国民の権利として裁判や行政手続で認められていない点を至急改めるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、自然遺産の保護に関し、「第15条」の2(3)において「優れた自然環境を保護する地域を自然環境保全地域等として指定、管理を行っている」「傑出した自然風景地の保護と利用を図るため自然公園法に基づき自然公園の指定、管理を行ってその面積は1994年で国土の14%に当たる533万ヘクタールである」、「原生的な天然林を保存することにより、自然環境の維持、動植物の保護に資するため、森林生態系保護地域等保護林の設定、管理を行っている」等と述べ、あたかも自然遺産の保護が万全であるかのような内容となっている。


(3) 理由

A.

自然環境保全法に基づく「原生自然環境保全地域」の指定を受ければ、立入制限を含む厳格な保護が期待できるが、指定の対象が国又は地方公共団体所有の地域に限定されるため、現在指定された地域は非常に少ない(日本国土全体から見れば、わずか0.015%にすぎない)。また、「自然環境保全地域」の指定を受けた地域も、なおわずかであって(10地域、21,593ha)、かつ届出だけで宅地の造成等が可能となる場合があり、保護対策として十分とは言えない。


また、自然公園の指定を受けたとしても、その中で伐採が禁止される特別保護地区は、自然公園中限られており(特別保護地区は自然公園中6.2%を占めるにとどまる)、自然公園内のほとんどの森林で林業等の産業活動が可能となっている。そもそも、自然公園法は、人間が優れた景観を有する自然を利用するための法律にすぎず、真に自然環境を保護する目的のものではない。


さらに、国有林中保護林の設定を受けたとしても、法的拘束力がないことから十分な保護を受けることはなく、またその範囲は限定的(国有林中、森林生態系保護地域の設定を受けているのは約4%にすぎない)である。国有林事業の財政危機対策の一環として売却処分さえ受ける可能性がある。


世界遺産に選ばれた「屋久島」「白神山地」についても、例外ではない。屋久島は1,219haが原生自然環境保全地域に、白神山地は14,043haが自然環境保全地域に指定されているだけであり(1993年3月末現在)、白神山地内では伐採が行われている場所が見受けられる。


野生生物の保護に関しても(例えば、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律)、貴重な動植物種における個体の保護という視点からしか規定されていない。


そこで、政府は、自然環境の調査研究を網羅的に行って、その現状を的確に把握し、生態系の保全という観点から、優れた景観を有する自然や学術的に価値のある自然だけでなく、身近な自然環境も含めた総合的な保全施策を早急に行うべきであり、そのための統一的な法制度を確立すべきである。


B.

環境権は、「国民は環境を支配し、良き環境を享受しうる権利があり、みだりに環境を汚染し、我々の快適な生活を妨げ、あるいは妨げようとしている者に対しては、この権利に基づいてこれが妨害の排除又は予防を請求しうる」というものであり、かかる権利が認められれば、開発行為によって自然環境が破壊されようとする場合、国民は環境権に基づき裁判において差止請求等の訴えを起こすことができる。


しかしながら、日本の自然保護法制は、「環境権」を規定していない。1993年に制定された環境基本法は、国の施策は環境に配慮することをうたってはいるが、環境権を明記しなかった。このため、国民は、自然環境が公共事業等によって破壊されようとしているとき、有効な手立てをとることができなかった。


諫早湾の干拓事業や長良川河口堰問題が良い例である。諫早湾は、干潟では日本最大級の面積を持ち野生生物の宝庫であり、それを保護しようとする運動が、住民・環境NGOらによって盛んに行われたが、干拓事業が強行され消滅した。長良川の河口堰建設も、住民による反対運動が行われたにもかかわらず、強行された。


白神山地においては、「青秋林道」建設計画さえ持ち上がった。このときは、住民が保安林の指定解除に対する異議申立という形で自然保護運動を盛り上げて反対し計画を中止させたが、日本の自然保護法制の欠陥をさらけ出した。


政府は、早急に環境権や環境権から発展的に提唱された「自然享有権(国民が人間らしい生活を維持するために必要不可欠な自然の恵沢を享受する権利)」を認めるべきである。それによって国民は、環境権(自然享有権)を根拠とした裁判を起こすことができるようになり、開発に伴う自然環境破壊に対する予防手段を講じられるのである。


6. 環境保全について(12条、15条)

(1) 日弁連の意見

  1. 環境破壊を未然に防止するために、政策や計画、プログラムの策定段階から、社会的、経済的側面だけではなく、環境的側面を含めた総合的見地で、住民や環境NGOの意見書提出権や情報開示請求権、異議申立権を規定したアセスメント手続を確立しなければならない。
  2. 現行の環境アセスメント制度に関し、手続や評価の内容に関する審査の客観性や信頼性を担保するための中立の第三者機関の設置や代替案の検討を義務づけるよう至急改めるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A.

環境破壊を未然に防止するためには、政策や計画、プログラムの立案段階から、自然を良く知りうる住民や環境NGOが情報を求めたり、意見を述べたりする住民参加手続が不可欠である。


しかしながら、自然保護法制において、情報公開や公聴会規定といった住民参加の手続を定めた規定は少ない。


この点、1997年に環境影響評価法が成立し、2度にわたる意見書の提出によって住民が意見を述べることができるようになった。


しかしながら、上記法律の対象はあくまで個別事業の着手段階であり、かつ対象となる個別事業も限定されている。個別事業の基礎となる上位計画は、環境影響評価(アセスメント)の対象となっていない。各種開発事業は、その上位計画等によって実施プランが立てられた上で事業着工に至ることが多いので、一旦上位計画等が定められてしまうと、個別事業の着工段階で住民らが意見を言えたとしても、その段階では事業を中止・変更することは非常に困難である。従って、政策や計画、プログラムの策定段階から、社会的、経済的側面だけではなく、環境的側面を含めた総合的評価制度(戦略アセスメント)の対象にした上で、住民参加手続を設けることが必要である。


そして、住民参加の機会として、住民等と事業者が相互に意見の交換と協議ができる場としての公聴会手続や、環境影響評価の手続や内容等に対する不服申立手続を取り入れるべきである。


B.

さらに、環境アセスメント制度においては、手続や評価の内容に関する審査の客観性や信頼性を担保するため、中立の第三者機関による審査制度や、さらに同審査において関係住民や環境NGOが参加できる手続が必要であるが、現行の環境影響評価法ではこのような制度になっていない。


また、現行法では、アセスメント制度の根幹とも言うべき代替案の比較検討という手法に関し、その代替案の提示を明確に義務づけていないなど、不十分な内容にとどまっている。


このように、環境保全のための手続が整備されているとは到底言えないのであって、至急改められなければならない。


各論8 適切な生活水準の権利(11条)-居住の権利を中心に

1. ホームレス

(1) 結論

  1. 日本政府は、自ら及び地方自治体を通じて、直ちにホームレスの実数・実態、その発生原因を調査しなければならない。
  2. 日本政府は、ホームレスの実態調査を踏まえ、ホームレスの人々の充分な生活水準への権利を確保するための、総合的な措置を策定及び生活保護法をはじめとする現行法規の運用をしなければならない。
  3. 日本政府は、自ら及び地方自治体をして、ホームレスとの十分な話し合いや適切な代替場所の提供などの措置を取ることなく強制立ち退きを行ってはならない。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第11条」の3(1)において「ホームレス、違法居住者及び追立てに関する統計的なデータはない」と述べるだけで、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. 実態調査の必要性

ホームレスの数は近年の経済不況による解雇、高齢による失職等により急速に増加しており、最近漸く行われた行政の調査でも、大阪市で1998年に8660人、全国で1999年で17174人の人数が報告されている(厚生省社会援護局)。しかしながら、その調査の手法は実態を正確に反映するものではなく、実数は数倍と見られている。こうした、実態把握の不十分さは、ホームレスに対する実効的な救済措置が取られていない最大の原因となっている。


委員会も、その質問事項において、「29.日本におけるホームレスの人数および強制退去の件数に関して詳細な情報を提供されたい。」との情報提供を求めているところである。


B. 実態調査を踏まえた総合的措置の必要性

これらのホームレスの人々は、浸水の危険があり、また、湿地で不衛生な河川敷や、若者などによる襲撃を受けやすい公園や道路に住んでいる。大阪市内では、路上や公園で死亡した者の数は、1990年252人、1995年191人であり、病院に運ばれ24時間以内に死亡した者を合わせるといずれの年も400人を越えている。ホームレスの人々の年齢層は、50代が最も多く約半数を占め、40代から60代までの人々でほぼ90パーセントをしめるなど、中高年層が大半であり、またほとんどが独身男性である。ホームレスの人々の中には、健康状態に問題を抱える人々が多く、とりわけ高齢者は冬の寒さや夏の暑さに耐えられず、栄養失調で死ぬ人も増加している。


ホームレスの人々の90%以上は1998年以降に、60%以上は1999年以降ホームレスになっており、バブル崩壊後の長期不況の中でホームレスが発生している状況にある。また、1980年代から福祉削減政策による生活保護の見直しの結果、生活保護の受給要件は厳格なものとなっており、1985年から約10年間に生活保護受給者は143万人から88万人へ50万人以上減少した。地方自治体による生活保護の実際の運用において、「住所不定者」や「稼働能力のある者」と見なされる者は、実際の要保護性にもかかわらず保護の対象外とされていることも、ホームレスの増大を招いている。また政府の住宅政策が貧困であることも、ホームレスの人々の増大の原因となっており、良質の低家賃住宅の大量の供給政策が必要である。


ホームレスの人々への対応については、一部の地方自治体が、居住、職業訓練及び医療などについて取り組みを始めているものの、日本政府としてホームレスの人々の充分な生活水準への権利を確保するための総合的措置は策定されていない。


厚生省は、2000年3月「ホームレスの自立支援方策」を発表したが、その中で実施するものとされている「街頭相談」(最低限、生活保護を受ける権利があることを知らせる機能がある)すら、実際には十分に実施されていない状況である。「ホームレス自立支援方策」は、2000年度中に、全国で8カ所、定員1300人の居住施設の設置を予定しているが、実際のホームレスの人数やその所在場所の多様さに比べて明らかに不足している。


とりわけ、日本には、最低限度の生活の保障とその自立を助長するための生活保護法が存在するが、多くのホームレスの人々には適用されていない実状がある。これは、日本政府が生活保護法の適用の要件として「住所」を要求しているため、定まった住所を持たないホームレスの人々に対して、「住所」を欠くものとして生活保護法の適用を拒否することがあるためである。しかし、生活保護受給に住民登録は要件とされるものではなく、また、定まった住居がない人に対してこそ生活保護法を活用して最低限の住居や生活を保障する必要性が高い。


C. 強制立ち退き

1996年1月24日、東京都は、新宿駅西口地下の東京都の用地に長年居住していたホームレスの人々に対し、強制立ち退きを実施した。その後においても、地方自治体によるホームレスの人々に対する強制立ち退きが繰り返されている。日本において、公権力が行う強制立ち退きに対し、ホームレスの人々にとって、十分な協議の機会、代替の居住場所や補償措置は、何ら制度的に保障されていない状況にあり、規約11条のもとでの権利が確保されていない。


2. 阪神淡路大震災

(1) 結論

  1. 日本政府は、地震による被害拡大を防止するために、自らまたは地方自治体をして、起こりうる地震の規模を想定して、住民に対する十分な情報の提供を行い、また保安上危険な建物に対する予防措置をとるべきである。
  2. 日本政府は、防災対策・災害救助のために、想定される被害規模に十分対応できる避難所をあらかじめ設置するとともに、災害救助に必要とされる救助の内容を被災者の尊厳を確保するに足りる内容とすべきである。
  3. 日本政府は、災害により住居を必要とすることとなった者のための仮設住宅について、量的にも質的にも適切な住居に対する権利を確保できる基準を策定して、実行すべきである。
  4. 日本政府は、震災後の住宅の再建ができなかった被災者の数や実状についての調査を行い居住確保の措置をとるとともに、倒壊・焼失した住宅について負債を抱えたままにいる被災者の困難をやわらげるための措置をとるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記載していない。


(3) 理由

A. 阪神淡路大震災と日本政府の対応

1995年1月17日5時46分に発生した阪神・淡路大震災は、我が国がかつて経験したことのない大都市直下型地震であった。人的被害については、死者6,300余名、負傷者43,100余名に上り、日本の自然災害としては、関東大震災以来最大の犠牲者と被害をもたらした。


日本政府は、この震災に対応するため、兵庫県では10市10町、大阪府では5市に災害救助法を適用し、災害救助法の適用による救助は、1995年8月20日に終了した。(以上について、「厚生白書(平成8年度版))


B. 地震情報の提供・対策の実施

阪神淡路大震災により、約44万世帯が被災し、25万棟が全半壊あるいは全焼した。このうち震災による直接の死者5500名以上の死因が、家屋・家具等の倒壊による圧迫死88%、火災による焼死10%であった。このことが示すように、建物の倒壊や火災が被害を拡大させる直接の原因となったものである。


また、神戸市については、1974年、ついで1986年の時点で、専門家により「神戸市は断層の巣であり、直下型なら震度6があり得る」と指摘されていた。また、1988年、神戸市の人口島への鉄道新設の中止を求める住民訴訟で、地質学者は「M7クラスの大地震が起こりうること、新線建設予定地は地盤が悪く高架構造には適さず、強い地震が起これば損壊し島が孤立する恐れがあること」を証言していた。しかしながら、神戸市は、市は震度6を前提にすれば耐震防火水槽を有する広域避難場所の設置などに予算が必要なことが分かり「震度6は現実的ではない」との判断のもとに、震度5を想定した防災計画しか策定しなかった。また、建築基準法のもとで地方自治体は、保安上危険な既存不適格建築物に対し改築、修繕など是正措置を命じることができるが、神戸市は、同法のもとで、震度6以上の地震を想定した措置を取らなかった。


規約の保障する適切な居住の権利は、「安全に、平穏に、人間としての尊厳が認められる場所で生活する権利」(一般的意見4)を含むものであり、日本政府は、自らまたは地方自治体をして、起こりうる地震の規模を想定して、住民に対する十分な情報の提供を行い、また保安上危険な建物に対する予防措置をとる義務を負っている。それゆえ、日本政府は、阪神淡路大震災のような、建物の倒壊や火災による被害の拡大を防止するために、地方自治体とともに、地震予測や防災計画の再検討、住民に対する十分な情報提供を行う必要があり、ならびに保安上危険な建物に対しては建築基準法を活用して既存建物の補修や活断層上の建物建築を制限するなどの措置をとる必要がある。


C. 十分な避難所設営の必要性と被災者の尊厳に配慮した救助

震災後に設置された避難所は、1995年1月23日のピーク時で1,153か所に達し、316,678人の被災住民が収容された(厚生白書平成8年度版)。しかし、公設の避難所が十分でなかったことから、多くの人が、寒天のもと公園や学校の運動場、川縁、半壊の家などで避難生活をせざるを得なかった。そして、公園などの仮設トイレの設置は震災から40日後という状況であった。公設の避難所も、男女が雑魚寝の状態で、とりわけ女性に必要とされるプライバシーが確保されず、また、高齢者がコンクリートの床に寝かされ健康悪化の原因となった。


このような公設の避難所の不足と状況の劣悪さの原因は、政府が想定される被害規模に十分対応できる避難所をあらかじめ設置することをせず、また、避難施設に関する厚生事務次官通知により、「避難所設置費1日100人当たり13、000円」、食料費は燃料費等も含めて「1日1人当たり860円以内」とする被災者の尊厳を無視した基準設定にあった。


さらに、これらの避難所についても、震災から半年後の8月20日、神戸市は250カ所の避難所に1万人余の被災者がいた状況のもとで、避難所を閉鎖し食糧の供給を打ち切るという措置を行った。これらの劣悪な居住条件が震災で助かった人から800人もの新たな犠牲者を生み出した。


D. 仮設住宅の不足と内容的劣悪さ

震災により新たな住居が必要とされた家族は、兵庫県下の全壊・全焼の世帯数だけとっても188、068世帯であった。これに対し、兵庫県下の仮設住宅建設戸数は、48、300戸であり、建設戸数の全壊・全焼世帯数に対する比率は25.7%にすぎなかった。その結果被災者の多くは仮設住宅に入居出来ず県外に避難し、或いは野宿、半壊の住宅での生活を余儀なくされた。これは、仮設住宅の建設戸数を「全焼全壊住宅の最大限3割以内」とし、残りの7割の住居を求める被災者を全く無視した「厚生事務次官通知」の基準によるものであった。


また、設置された仮設住宅も、1戸当たり26.4平方メートル(多人数世帯33.0平方メートル)ときわめて狭い上、プライバシーの保護や外気との断熱が十分に確保できないものであった。さらに、仮設住宅への入居は、抽選によって決められたため、多くの被災者が、元住んでいた場所から遠い場所にある仮設住宅への入居を余儀なくされ、かつ、元のコミュニティーの人間関係を維持できない状況に追いやられた。その結果仮設住宅で震災発生の1995年1月から1998年12月までの4年間に、誰にも看取られず、気付かれずに死ぬ”孤独死”235名(うち自殺28名、餓死衰弱死4名)が発生した。


E. 恒久住宅再建あるいは再建が困難な者のための居住のために必要とされる措置

自治省の統計によれば震災により、兵庫県下で約46万世帯が居住建物の全壊または半壊の被害を受けた。これに対して、兵庫県の計画建設戸数は12.5万戸であり、現実には18~20万戸が供給されたが、その差約25万世帯の行方が不明のままである。自力再建したと思われる戸数を除いても、多数の被災者が再建された住宅を確保できずにいることが推測されるが、そうした困難を抱える被災者の統計や実状は調査されておらず、対策もとられていない。


また、日本の住宅取得の多くは、住宅金融公庫や銀行から借り入れによって成り立っている。震災の結果、推計で住宅金融公庫に負債のある4000戸、負債総額400億円、民間銀行に負債のある15000戸、負債総額1500億円の住宅が倒壊し、これらの倒壊建物について、被災者は1戸あたり平均1200万円以上の債務が残されることとなった。これらの被災者は、倒壊した建物についての債務を支払いつつ、建物の再建のために新たに負債を負わなければならないという状況に追い込まれている。日本政府は、被災者に対し、災害弔慰金の支給等に関する法律のもとで、貸付限度額を350万円とする災害援護資金の貸付けを行った(貸付実績は1996年3月1日時点で55,613件)。しかし、倒壊建物被害に対する救済としては、その金額においても、貸付という性格においても十分なものではなく、その結果、建物の再建を断念し、あるいは負債返済のために住居を持たないまま建物用の土地を売却しなければならない被災者を生み出した。


各論9 社会保障

1. 社会保障費

(1) 日弁連の意見

  1. 日本において社会保障関係への国費の支出は、欧米先進諸国に比して、その国力に不相応に少ない。これは規約2条が定めた「規約に認められた権利の漸進的達成のために自国における利用可能な手段を最大限に用いる」義務に抵触する。国力に応じた社会保障費を支出するように改善すべきである。
  2. 2000年3月、日本政府が年金制度を改悪し、支給時期及び支給金額を後退させたことは、規約2条に抵触する。
  3. 日本政府は、社会福祉の基礎構造改革として2000年6月には社会福祉事業法の改正による社会福祉法によって、福祉における措置制度を廃止し契約制度に変えた。
    このことによって福祉における公的責任の後退が規約9条が保障する権利の後退を招く危険がある。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第9条」の6において、社会保障関係費が国家予算及び国民経済に占める割合が増加している旨を記載し、数値を紹介しているが、社会保障制度をめぐる最近の変化については、なにも記載していない。


(3) 理由

A. 社会保障関係費の国内総生産(GDP)に占める割合

その国が社会保障給付をどの程度重視しているか、つまりその国の社会保障の水準を見極めるためには、社会保障関係への国費の支出を国内総生産(GDP)との割合で評価する必要がある。1993年の比較によれば、スウェーデンの38.5%を筆頭に、フランス27.9%、ドイツ25.3%、イギリス21.1%となっているのに対して、日本は11.9%でしかなく、1996年においてさえ13.4%に留まっている。これでは国力の相応しい支出をしているとはいえず、国際的に見て、日本は社会保障を軽視している国と評価されてもしかたがない。


これは規約2条が定めた「規約に認められた権利の漸進的達成のために自国における利用可能な手段を最大限に用いる」義務に抵触することになる。


B. 年金制度の改悪

また、2000年3月、日本政府は急速な人口比の高齢化に伴う年金財政の悪化を理由に年金制度の改悪を強行した。具体的には厚生年金(報酬比例部分)の5%カット及び支給開始年齢の60才から65才への引き下げ、賃金スライドの凍結、収入ある高齢者に対して65歳~69歳も保険料負担を求めるなどである。年金財政が人口比の高齢化とともに悪化して行くことは、当初から予測できたことであり、その解決を給付の減少という形で所得保障を後退させる方向を選んだことは、漸進義務を課した規約2条に抵触するものといえる。


C. 社会福祉制度の契約化

日本政府は社会福祉基礎構造改革として第2次大戦後作られた社会保障・社会福祉を見直し、無駄を省き機能不全を改めるという理由で大きな政府から小さな政府論による福祉の改革を始めた。これはニーズの多様化と利用者の選択権を保障するための供給側の多様化という美名の基に措置制度を廃止し、契約へ移行させるというもので、2000年6月の社会福祉事業法の改正による社会福祉法によって行われた。この目指すところは措置制度を廃止し、契約による「市場福祉」の導入である。


しかし規約9条は社会保障を求める権利を保障し、この実践として国は公的責任として様々な社会保障・社会福祉の政策を行ってきた。今回の措置から契約への移行によって社会福祉・社会保障の分野における公的責任の後退が行われる危険性が高い。


2. 家族給付と家族の保護

(1) 日弁連の意見

児童手当制度を含む家族給付は、規約11条のもとで子どもを含め家族が「十分な生活水準」を維持できる内容に改善されるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第10条」の1(2)(a)において、児童手当、児童扶養手当及び特別扶養手当について、直近の数値を記載しているが、それに対する評価や将来の充実や改善の方針については、なにも記述していない。


(3) 理由

1998年の出生率(1人の女性が一生の間に産む子どもの数)が、過去最低の1.38人となった。このような少子化傾向の要因の一つとして、働きながら子どもを育てる環境が整備されていないことが指摘される。子どもの養育が負担になる状況が続く限り、そのしわ寄せは必ず子どもに向かうことになることは明かである。それゆえ、子どもを養育する家族に対する支援の強化は、最優先すべき課題であり、そのひとつとして、児童手当制度を含む家族給付は、規約11条のもとで子どもを含め家族が「十分な生活水準」を維持できる内容に改善されるべきである。


それにもかかわらず日本政府はこれを充実するどころか、後退させる制度改悪を強行した。即ち、政府は1999年「子育て減税」と銘打って、税金計算において16歳未満の扶養家族に係る扶養控除の額を10万円加算する措置を採用していたが、わずか1年後の2000年3月、突如としてこの加算措置を廃止してしまった。政府は上記廃止と引き換えに児童手当の支給年齢を「3歳未満」から「義務教育就学前(6歳到達後最初の年度末)」まで延長し、これによって300万人の子どもが新たに児童手当の対象となる。しかし、その反面で、児童手当の支給対象とならない6歳から16歳までの子どもがいる世帯や、従前から児童手当の支給対象であった3歳未満の子どもを持つ世帯(対象となる子どもは1900万人)は、上記の減税措置の廃止によって税金の支払いにおいて不利益を被ることになるので、早急に改められなければならない。


また、そもそも日本の児童手当、児童扶養手当の給付水準は国際的に見ても低く、これらの引き上げこそ実施すべきである。


特に、障害を持つ子どもの養育保障については、障害に対する日本社会の差別と偏見が根強く、親亡き後の子どもの将来を悲観して無理心中(子殺し)を図る親の事件が報道されることがある。これは、日本社会において、障害を持つ子どもを尊厳を持つ存在として生育していく環境が保障されていないことの証左である。日本政府は、障害を持つ子どもの養育の負担と責任を親のみに押しつけるのではなく、障害を持つ子どもの養育を社会として支援していくための措置を実施すべきである。その一例として特別児童扶養手当制度の早急な充実が求められる。


3. 十分な生活水準についての権利(11条)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、規約のもとで日本が利用可能な手段を最大限に用いて十分な生活水準への権利を保障する義務に照らし、生活保護法のもとでの給付水準を引き上げるべきである。
  2. 日本政府は、実際に生活に困窮する者が、生活保護の対象から排除されることがないように、不必要な要件や厳格な審査を緩和する措置をとるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第11条」の1(2)(b)で、生活扶助基準額の推移を記述しているが、その基準の妥当性や実際の生活保護法の運用については記述していない。


(3) 理由

日本では、憲法25条が生存権を国民に保障し、その中心をなす生活保障の措置として、生活保護法が存在する。しかし、それにもかかわらず、実際に餓死する者が発生しているという事態は、生活保護法の運用がその内容と手続きにおいて、効果的に機能していないことを示している。


厚生省は1981年に「生活保護の適正実施の推進について」と題する通達を出して、生活保護の不正受給を防止するためと称して申請受理段階で「相談」扱いとし、事前調査を徹底し、申請受理自体を限定するように指導した。この窓口業務での閉めつけは、真に生活保護を必要とする市民に対しても抑制的に機能し、結果的に餓死者を出してしまったのである。


また、ホームレスの人々についても、別項で詳しく述べたように、地方自治体が生活保護法の適用要件としての「住所」を持たないことなどを口実に、生活保護を与えていない状況が存在する。その結果、生活保護の受給がないまま行路病死に追いやられているホームレスの人々も存在する。日本政府は、近時主要自治体と協力して支援策を実施し始めているが、十分なものとは言えない。まず健康回復に向けた援助を最優先として行路病死を防止する必要があり、続いて就労安定策や失業者に対する雇用創出策を実施する必要がある。また、仕事、家庭、健康を失った者に対する精神的なケアやカウンセリングなども不可欠である。


各論10 開発援助・国際経済関係

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、政府開発援助において、国際人権基準、とりわけ規約上の各種の義務を実現するための政策を早急に策定すべきである。
  2. 日本政府は、前項の政策を効果的に実施するために、政策の策定におけるNGOの参加、ならびに政府開発援助に関する情報のよりいっそうの開示に努めるべきである。
  3. 日本政府は、重債務貧困国の債務救済について、重債務貧困国の人々の規約上の権利の実現の観点から、債務免除を含む現実的かつ効果的な政策を直ちに策定すべきである。
  4. 日本政府は、日本国内の私人や私企業が行う輸出貿易や対外投資が、相手国の人々の規約上の権利の尊重へとつながるための政策を早急に策定すべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、政府開発援助について、教育、保健その他の社会インフラストラクチャーおよび社会サービスに対する開発援助を行っている旨記載している(第11条の2(7)項、第12条の3項、第13条の5項及び第15条の4項)が、それ以上の記載や具体的情報は提供されていない。また、政府報告書は、国際経済関係に関しては、何ら記載していない。


(3) 理由

I 政府開発援助
A. 政府開発援助実施の状況

日本政府は、規約2条1項のもとで、国際的な援助及び協力、特に経済上及び技術上の援助及び協力を、「この規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するために」行うことを義務づけられている(一般的意見第3の14項)。


日本政府による「我が国の政府開発援助の実施状況(1999年度)に関する年次報告」(2000年10月閣議にて報告)では、1999年の日本の政府開発援助は、対前年比44.0%増の153.2億ドルとなったこと、日本は91年以来9年連続して世界第1位のODA供与国であること、が報告されている。


また、同報告書では、形態別では、99年の実績のうち二国間援助は全体の約7割の104.8億ドル(対前年比22.5%増)となり、その内訳は、無償資金協力が23.2億ドル(同7.1%増)、技術協力が31.6億ドル(同15.4%増)、政府貸付等が50.0億ドル(同36.9%増)であること、また、国際機関(世界銀行など国際開発金融機関及び国連の開発関係機関)を通じた援助は全体の約3割の48.5億ドル(対前年比132.3%増)となっている、ことが報告されている。


B. 政府開発援助実施における問題点

しかし、日本の政府開発援助に対しては、これまで、a)ダム建設、港湾開発、工業団地開発、道路建設、発電所建設など巨大施設建設が中心となっており、援助を受ける国の社会発展に効果的に寄与しないばかりか、環境や文化遺産の破壊の原因となっている、b)巨額の政府開発援助が援助を受ける国の腐敗の温床となっている、c)援助の対象国は、アジア諸国が中心で地域的な偏りがある、d)政府開発援助の実施状況に関する情報開示がなされていない、という批判が加えられてきた。たとえば、二国間政府開発援助の地域別割合は、アジア地域に対するものが、1970年度に98.2%を占めていたが、1999年度においてもなお63.2%を占めている。


C. 政府開発援助実施における政策

日本政府は、政府開発援助大綱(1992年6月30日閣議決定)において、以下の内容のODA4原則を含む、政府開発援助の指針を定めた。


  1. 環境と開発を両立させる。
  2. 軍事的用途及び国際紛争助長への使用を回避する。
  3. 国際平和と安定を維持・強化するとともに、開発途上国はその国内資源を自国の経済社会開発のために適正かつ優先的に配分すべきであるとの観点から、開発途上国の軍事支出、大量破壊兵器・ミサイルの開発・製造、武器の輸出入等の動向に十分注意を払う。
  4. 開発途上国における民主化の促進、市場指向型経済導入の努力並びに基本的人権及び自由の保障状況に十分注意を払う。
    日本政府は、最近においても、従来の政府開発援助に対する批判に加えて、政府開発援助をめぐる汚職事件などが発覚したため、政府開発援助の改革に関する指針を発表している。たとえば日本政府は、「政府開発援助に関する日本の中期政策」(1999年8月10日)において、今後5年程度を念頭に置いた我が国ODAの基本的考え方、重点課題、地域別援助のあり方を発表し、また、「ODAの透明性・効率性の向上について」(1999年11月27日対外経済協力関係閣僚会議 幹事会申合せ)において、「我が国ODAの実情を国民の前に明らかにし、その透明性を高めるとともに、援助対象国の真の実情・ニーズに則した弾力的・機動的な対応を行い、援助の効率性を高めていくことが緊要である。」との見解を表明した。

D. 規約の適用ならびにNGOの参加と情報開示の必要性

日本政府によるこれらの政府開発援助に関する改革のための指針の作成は、政府開発援助の実施状況に対する批判に対応しようとするものであるが、政府開発援助が従来持っていた諸問題に対し、有効な改革案となっているかは、まだ検証されていない。また、これらの政府開発援助に関する日本政府の大綱や指針は、規約についてはまったく言及していないため、規約上の日本政府の義務をどのように実行するものであるのかは、明らかとなっていない。日本政府は、政府開発援助において、国際人権基準、とりわけ規約上の各種の義務を実現するための政策を早急に策定すべきであるとともに、それを実効的に行うために、政策の策定におけるNGOの参加、ならびに政府開発援助に関する情報のよりいっそうの開示に努めるべきである。


E. 重債務貧困国(Heavily Indebted Poor Countries)の債務救済

アフリカを中心に、特に重い対外債務を抱えて苦しんでいる重債務貧困国に対しては、それらの地域の人々の規約上の権利を確保するためにも、債務の軽減が急務であることは、1999年の先進国ケルン・サミットにおいて、拡大HIPCイニシアティブとして合意されたところである。日本政府は、拡大HIPCイニシアティブについて、他のG7諸国とともに昨年のの迅速な実施に向け、一層の努力を行っていくとしながらも、債務救済の具体的な方法としては、直接の債務免除ではなく、債務救済無償方式(我が国が拡大HIPCイニシアティブ適用国に対して債権の100%削減を行う際には、一旦繰延べを行い、その後当該国から返済を受ける度に返済額と同額の無償資金を供与する)という方式を提唱している。しかし、重債務貧困国に対する緊急の債務免除という国際的合意が形成されている中で、日本政府の提唱する債務救済無償方式に対しては、救済法を必要以上に複雑にしている、救済に際して重債務貧困国からいったん返済を受けることを前提とすることは非現実的であるといった批判が加えられている。


日本政府は、重債務貧困国の債務救済について、重債務貧困国の人々の規約上の権利の実現の観点から、債務免除を含む現実的かつ効果的な政策を直ちに策定すべきである。


II 国際経済関係

日本政府は、規約2条1項のもとで、「この規約において認められる権利の完全な実現を漸進的に達成するために」、国際的な援助及び協力を通じて行動をとる義務を負っているが、この義務は、日本国内の私人や私企業が行う輸出貿易や対外投資についても、相手国の人々の規約上の権利が尊重されるように、日本政府が一定の規制または勧奨を行うべきことを含んでいるものと考えられる。


日本国内の私人や私企業が行う輸出貿易や対外投資について定める法令は、外国為替及び外国貿易法(外為法)ならびにこれに基づく政令、省令、告示及び通達である。外為法は、外国為替取引の原因となる貿易取引、貿易外経常取引、資本取引などすべての対外取引を包括的に管理する法律である。外為法は、「外国為替、外国貿易その他の対外取引が自由に行われることを基本とし、対外取引に対し必要最小限の管理又は調整を行う」(同法1条)ことを原則としている。そして、外為法においては、輸出貿易や対外投資について、相手国の人々の規約上の権利の尊重に関する目標や制約は、一切定められていない。


例えば、対外直接投資を行う場合には、以下の場合に関して財務大臣に対する届出を行うこととされている以外には、何らの制約も加えられていない(同法23条)。


(ア)

我が国経済の円滑な運営に著しい悪影響を及ぼすことになること。


(イ)

国際的な平和及び安全を損ない、又は公の秩序の維持を妨げることになること。


また、輸出貿易については、「国際的な平和及び安全を妨げることになる」という観点から、武器関連貨物や原子力関係貨物などの特定の貨物や特定の地域への輸出について通産大臣の許可が要求され、「国際収支の均衡の維持並びに外国経済の健全な発展」という観点から、特定の地域への特定の貨物の輸出について通産大臣の承認が要求されている(以上について同法48条)。


しかしながら、外為法には、相手国の人々の規約上の権利をはじめとする人権の観点からの目標や制約は存在しない。その結果、日本国内の私人や私企業が行う輸出貿易や対外投資が、相手国における人々の労働条件、子どもの保護、健康、環境あるいは文化などに深刻な影響を与える場合においても、そのことにより輸出貿易や対外投資を制限することは日本の国内法上困難である。


それゆえ、日本政府は、日本国内の私人や私企業が行う輸出貿易や対外投資が、相手国の人々の規約上の権利の尊重へとつながるための政策を早急に策定すべきである。


各論11 健康に対する権利

1. 適切な医療を受ける権利

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、通常の医療について医療の質を向上させ、医療の安全を確保するために有効な措置を講ずるべきである。
  2. 日本政府は、医療事故の被害者が迅速適正に救済される制度を整備すべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A.

規約12条では、「すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利」が認められている。


B.

さらに規約12条は、健康への権利を侵害された全ての被害者は、適切な補償を受ける権利を有し、その権利救済のため被害者には効果的な、司法その他の救済手続へのアクセスが保証されねばならないとしている(一般的意見14.59項参照)。


また、国のオンブスマン、人権委員会、消費者会議、患者権利協会等が健康への権利の侵害を取り上げるべきであるとし(同上)、健康権侵害への効果的救済へ向けた実態把握や権利救済への勧告等を行う具体的機関の必要性を強調している。


C. 社会福祉制度の契約化

しかるに、日本においては、近時、人違い手術、消毒剤の点滴静注など深刻な医療事故があいついで報道され、安全な医療を受ける権利について、国民の中で不安が広がっている。


そして医療事故の背景には、看護職員の数の不足、過重な労働、医師養成プロセスにおける臨床教育の不十分等多様な要素が存在している。


D.

医療事故を防止するためには、まず第1に医療事故に関する情報を集め、実情を把握すること、第2にそれらを分析して事故原因を調査すること、第3に具体的な防止策を立案して実施することが必要である。しかし日本には、医療事故の実態を把握する制度すら存在しておらず、医療事故から教訓を引き出して再発防止に役立てる国の制度は存在していない。


E.

また日本においては、医薬品の副作用による被害については不十分ながら救済制度が存在するものの、医療事故の被害者を救済する行政上の制度は整備されておらず、司法上の救済も多額な費用と長期間を要し、迅速かつ効果的な救済を保証するものとはなっていないため、医療事故の被害者の多くは救済されていない実情にある。


医療事故の被害者を救済する制度が存在していないことは、医療事故の実態の把握を困難とすることにつながり、その結果医療の質を向上させ安全な医療を実現するうえでも障壁の一つとなっている。


F.

そこで、日本において、医療の質を向上させ、医療の安全を確保し、適切な医療が提供されるようにするためにはどうすべきか、またそれとの関連の中で医療事故の被害者を救済する制度はどうあるべきかについて早急に検討がなされなければならない。


この検討のためには、審議会を設けるなどして医療の受け手の立場とりわけ医療事故の被害者の声も十分に反映させつつ、開かれた論議を尽くすことが欠かせい。


日本政府は医療の安全を確保するために有効な措置を講ずると共に医療被害者の救済制度を整備すべきである。


2. 医療における患者の権利(12条)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、通常の医療について医療の質を向上させ、医療の安全を確保するために有効な措置を講ずるべきである。
  2. 日本政府は、治療を受ける者が、十分な情報が与えられた上で治療方法を選択する権利(インフォームド・コンセント)が法的に保障されるための措置をとるべきである。
  3. 日本政府は、医学研究及び実験的治療について、被験者を保護するための統一的な保護措置を法律により定めるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. 医療における患者に対し規約が保障する諸権利

自己の医療情報へのアクセスの権利は、委員会の規約12条に関する一般的意見14の12項「情報へのアクセス」で認められているばかりではなく、自由権規約17条の保障する権利との関連で自由権規約委員会の一般的意見16の10項において、プライバシーの保障の関連で個人情報へのアクセスの権利を明確に認めている。さらに強制的治療等が問題となる精神医療の分野でも原則として自己の医療情報へのアクセスが認められるべきであるとされている(1991年国連総会決議「精神病患者の保護と精神保健ケアの改善に関する原則」19項)。


患者の権利としてのインフォームド・コンセントについても、同じく、委員会の一般的意見14の8項で、「健康への権利は、自由と権利を含んでいる。この自由には、自己の健康と身体をコントロールする権利、同意に基づかない医療処置などの干渉からの自由の権利を含む」として認められている。このインフォームド・コンセントは、自己の健康と身体をコントロールする権利は、より直接的には、自由権規約17条の保障するプライバシー権に基づき保障されている。上述の「精神病患者の保護と精神保健ケアの改善に関する原則」11項においても、インフォームド・コンセントに関する詳細な規定が定められている。


また、委員会の規約12条に関する一般的意見14の12項の8項では、健康についての権利は同意に基づかない実験からの自由を含むとしており、この権利はまた自由権規約17条において自由な同意なしに医学的実験を受けない権利として保障されている。


B. 医療情報へのアクセス権

日本においては、インフォームド・コンセントの権利を保障する明文の法規はなく、また実務においても、最近でこそインフォームド・コンセントの必要性が指摘されるようになってきたが、医療の現場においては、未だに患者に十分な情報を与え、治療方法を選択する権利を与える段階にはいたっていない。しかし、患者が十分な情報を与えられて、治療方法を選択する権利は、上記のように規約において保障された権利であり、法的に保障されるための措置がとられるべきである。


C. インフォームド・コンセント

日本においては、インフォームド・コンセントの権利を保障する明文の法規はなく、また実務においても、最近でこそインフォームド・コンセントの必要性が指摘されるようになってきたが、医療の現場においては、未だに患者に十分な情報を与え、治療方法を選択する権利を与える段階にはいたっていない。しかし、患者が十分な情報を与えられて、治療方法を選択する権利は、上記のように規約において保障された権利であり、法的に保障されるための措置がとられるべきである。


D. 医学研究及び実験的治療における被験者の保護

日本においては、実験的治療や投薬が広範に行われているにもかかわらず、対象となる被験者の身体や健康を保護するための統一的な法規は存在しない。わずかに薬事法のもとで、医薬品の臨床試験を規制するGCP(Good Clinical Practice)の厚生省令が存在するが、GCPは、罰則などの制裁をもって遵守義務を課すものではなく、被験者の苦情申立や救済の手段も制度化されていないなど、きわめて不十分なものである。日本政府は、実験的治療について、被験者を保護するための統一的な保護措置を法律により定めるべきである。


3. 薬害(12条)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は、政府が取得した医薬品の安全性・有効性に関する情報を、情報公開法の解釈とその運用にあたってできるかぎり広く公開するとともに、医薬品による被害を防止するために政府や製薬企業が自ら積極的に情報を開示し、公表することを制度化すべきである。
  2. 生命や健康とを脅かす疑いのある医薬品に対しては、すべての者が政府に対し販売中止や回収を含む緊急の措置の発動を申し立てることができ、政府が申立に対してとった対応を理由を付して応答する義務を政府に対して課す手続が創設されるべきである。
  3. 政府や製薬企業による医薬品の安全性・有効性の確保が適切になされているかを監視するため、政府や製薬企業の活動を調査し、必要に応じ勧告を行う権限を持ち、専門家や消費者代表を含めて構成される、監視機関が設置されるべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. 薬害に関し規約が保障する権利

規約12条が保障する権利は、単に健康に生活する権利のみならず、自己の身体的・精神的健康を自らコントロールする権利を含むものと解され(一般的意見14の8項)、自由権規約19条2項とあいまって、健康に関する情報を求め、受け取り、発信する権利を含んでいる。


B. 日本で繰り返される薬害被害

日本においては、かつてのサリドマイドやスモンによる被害から、最近のソリブジンや薬害エイズの被害にいたるまで、制約による被害があいついできた。そして、そのつど制度や法律が設置・改正されているにもかかわらず、法制度が十分な効果を発揮せぬまま次の薬害が発生している。


日本において薬害が廃絶されない理由としては、治験段階のGCPをはじめとする規制基準や薬効評価基準が曖昧であること、政府や製薬企業による医薬品情報収集体制が不十分であること、研究者や監督官庁と製薬企業が癒着していること、病院が薬価差益を極大化するため不必要に医薬品を濫用していること、患者側にも医薬品に対する盲目的な信奉があること等の要因を挙げることができる。


それらの要因の中でも、特に指摘すべきは、政府における医薬品の調査、監視及び承認の体制が、きわめて不十分であることである。政府部内においては、製薬企業の育成を目的とする行政部署と医薬品の安全性を検査する行政部署がようやく分けられることになったが、日々多数の医薬品を承認する審査体制は、審査センタ-の50人程度の職員によって担われており、担当者自身、十分に外国文献や各種医薬品情報を検討する余裕のないことを認めている状況である。


C. 情報公開の政府や製薬企業による積極的公表の必要性

政府が取得した医薬品に関する情報は、2001年4月施行予定の情報公開法によって、市民に開示されることが期待されている。しかし、情報公開法のもとでは、多くの企業の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれのある情報は原則として公開しないとする制限が付されており(同法5条2項)、人の生命・健康を保護するため公にすることが必要であると認められる情報はその制限の例外とはされているものの、同法の解釈・運用次第では、医薬品に関する情報の公開が妨げられるおそれもある。日本政府は、同法の解釈・運用に当たって、医薬品の安全性や有効性に関する情報の開示が、自己の身体的・精神的健康を自らコントロールする権利に関わるものであることを踏まえ、広く公開する方針をとるべきである。


さらに日本政府は、規約12条のもとでのみならず、国内法のもとでも自ら医薬品の安全性・有効性を確保する積極的義務を負っているのであり(薬事法1条)、医薬品の安全性・有効性に関する情報を公表して薬害を未然に防止することもその積極的義務に含まれる。それゆえ政府は、自ら及び製薬企業をして、医薬品の安全性・有効性に関し、必ずしも情報公開法の手続を待つことなく、マスメディアやインターネットを用いて迅速かつ適切に情報提供等を行うよう、制度を整備することが求められる。


D. 危険な医薬品に対する申立制度の必要性

さらに、医薬品被害が発生したのではないかという疑いは、当該医薬品を使用している患者・消費者が最も早く認識することが多い。医薬品の副作用を監視する市民団体も存在し、安全性に関する情報が市民団体に集約されることも多くなった。それゆえ、医薬品に関する情報を広く収集し、生命や健康とを脅かす疑いのある医薬品を早期に発見し、必要な対応を行うためには、そのような医薬品に対し、販売の中止や回収を含む緊急命令の発動を求める申立の道を、すべての者に開くことが必要である。


また、このような申立制度においては、医薬品の安全性・有効性に関する情報を広く提供すべき政府の義務に照らし、政府が一定期間内に調査の結果と取った措置について、理由を付して説明する義務が政府に課せられるべきである。


E. 市民参加の監視組織の必要性

これまで政府の担当官庁(厚生省)による医薬品の規制システムが、有効に機能せず薬害が繰り返されてきた事実に照らせば、医薬品の規制システムを行政組織のみに一元的に委ねるのではなく、規制システムが有効に機能しているかどうかを恒常的に監視するシステムが必要である。


医薬品被害の発生と拡大防止には、上記申立制度に加えて、恒常的な監視機関も必要であり、そのような監視機関は、政府や製薬企業の活動を調査し、必要に応じ勧告を行う権限を持ち、専門家や消費者代表を含めて構成されるべきである。


4. 感染症対策

(1) 日弁連の意見

日本政府は、HIV感染者・エイズ患者をはじめとする感染者について、啓蒙教育活動を含む差別を廃絶するための措置、ならびにこれら感染者の自立を確保するための措置をとるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、「第12条」の2(1)(a)において、エイズについて、「正しい知識の普及等の対策を講じ、感染症拡大防止に努めている。」と記述しているが、感染者がおかれている差別や自立の困難さなどに対する対策は何ら記述されていない。


(3) 理由

日本における感染症対策は、感染症拡大防止という観点に偏り、すでに感染した者がおかれている差別や自立の困難さなどに対しては、十分な対策がとられてこなかった。特に著しい差別を受けてきたハンセン病にはらい予防法が、HIV感染者・エイズ患者についてはいわゆるエイズ予防法が政府によって作られてきたが、感染症拡大防止という観点に偏るあまり、結果としてかえってすでに感染した者に対する偏見・差別が助長・拡大されたという歴史がある。


HIV感染者・エイズ患者に対する雇用差別については、私的企業において、本人の同意を得ないHIV検査と雇用主による検査結果の情報取得をプライバシー侵害行為であると認め、HIV感染を実質的な理由とする雇用期間途中の解雇を解雇権の濫用であり無効と判断したものがある(千葉地方裁判所2000年6月12日判決労働判例785号10頁)。しかし、この問題は、不法行為や解雇に関する判例法理に委ねられる以上に、廃絶に向けた具体的措置は取られていない。


HIV感染者については、1998年から、感染自体をハンデとして捉え、身体障害者として保護するという制度がスタ-トし、一定の進展は認められる。しかしながら、感染者に対する差別や偏見を廃絶や、雇用確保などの自立を支援するための立法や具体的な措置は取られていない。


また1998年10月には、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が成立しているが、同法に対しては、使用されている「新感染症」「指定感染症」等の用語の定義が不明確であることが、感染症患者の権利を侵害する事になるのではないか、との批判が加えられている。


5. ハンセン病患者・元患者

(1) 日弁連の意見

日本政府は、ハンセン病患者に対する90年もの長きに渡る終生・強制隔離政策の誤りと、患者及びその家族に対する重大な人権侵害の責任を認め、以下の措置を早急に実施すべきである。


  1. ハンセン病患者・元患者(とその家族)に対して謝罪をし、具体的な名誉回復措置を講じるとともに、被害を償うに足りる補償を行うこと。
  2. ハンセン病に対する差別偏見を解消すべく、具体的施策を実施すること。
  3. ハンセン病患者・元患者に対する生活保障を恒久的に整備・充実させること。
  4. 強制終生隔離政策が採られた理由を明らかにし、同様の人権侵害行為の再発を防止するための措置をとること。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書は、この問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. ハンセン病患者に対する人権侵害の状況

日本政府は、1907年「癩予防ニ関スル件」という法律を制定して以降、ハンセン病患者を辺境の療養所へと強制隔離し、その中で絶滅させるという政策を遂行してきた。政府は、法律制定当初からハンセン病の伝染力が微弱であることを認識していながら、1931(昭和6)年には「癩予防法」を制定して強制隔離政策をさらに強化し、民族浄化の旗印のもと、患者を捜し出しては強制的に収容し、患者の家や患者が歩いた場所を大々的に消毒することによって人々に「ハンセン病は恐ろしい伝染病である」との誤った認識を植え付け、恐怖心をあおって、差別偏見を著しく助長していった。


患者は療養所へ強制隔離された後、療養所内では、十分な治療を受けられないばかりか過酷な強制労働に従事させられ、病状や後遺症を悪化させていった。外出は厳格に制限され、職員からは人間扱いされず,逃亡する者,国に反抗的な態度をとる者は恣意的に懲戒権を行使され、監房に入れられた。そこは、療養所とは名ばかりの「収容所」であった。所内結婚の条件として男性には断種手術(優生手術)が強要され、妊娠した女性は強制的に堕胎させられた。恐ろしい伝染病であるとの政府の恐怖宣伝によって築かれた差別偏見の厚い壁によって、患者の家族はひどい差別偏見にさらされ、患者は家族や社会からも断絶された。ハンセン病と診断された者は、政府によって、一人の人間として社会内で平穏に生きる権利を完全に否定され、「人権」をことごとく奪われてきたのである。


B. 理由のない強制終生隔離政策

そもそもハンセン病を起こす「らい菌」は感染力・発病力ともに極めて微弱であり、1907年当初から強制隔離政策をとる必要性など全くなかった。さらに戦後、特効薬プロミンの登場によってハンセン病は完全に治る病気となっていた。


しかし日本政府は、日本国憲法のもとにおいても強制終生隔離政策を逆に強化し、1953年、患者団体らの反対を押し切って旧法の強制隔離の思想をそのまま受け継ぐ「らい予防法」を制定したのである。


その後も日本政府は、隔離を不要・有害とする医学的国際的知見を無視し、また国際会議における特別法廃止の勧告等にも従わず,「らい予防法」の下で強制終生隔離政策を継続した。らい予防法下においては外来治療体制もなく、社会復帰支援策も極めて乏しい状況にあり、仮に療養所からの外出が認められ、または逃走して自ら社会内での生活をはじめたとしても、患者・元患者が政府により策出された根強い差別偏見の中で社会生活を営み続けることは極めて困難であった。誰もがハンセン病罹患の事実をひた隠して生活し、多くの者は無理をして体をこわして再入所せざるをえなかった。


全国13の国立療養所には,現在,無念の思いでこの世を去っていった2万3000柱の遺骨が故郷の土に還ることなく納骨堂に眠っておられる。また4500名もの入所者が故郷に帰ることもできず,親戚に迷惑をかけないようにと狭い療養所の中でひそやかに生活を営んでおられ,その平均年齢は74歳にも及んでいる。また,社会内で生活する退所者に対しては政府の生活保障は全くなされておらず(社会復帰支援事業として限度額わずか250万円を受領し得るのみである),退所者は根強い差別偏見の中で,「ハンセン病」のレッテルを恐れるあまり,身元経歴を隠し続けることを余儀なくされ,満足な就職の機会も得られず,ひっそりと,自力で生活することを強いられている状況にある。


C. 誤った政策に対する政府の無反応と訴訟の提起

1996年3月,ようやく「らい予防法」が廃止された。しかし政府は,法廃止の遅れについて形式的謝罪を行ったものの,90年にわたる激烈な人権侵害についてはいまだにその責任を認めておらず,元患者らが被った被害の補償も全く行っていない。政府が過去の政策の誤りを認めない限り,政府によって貼られたレッテルとそれによる差別偏見が消えることなく根強く社会内に残り続けるのは当然の理である。


このような中,1998年7月,13名のハンセン病もと患者が国の責任の明確化と謝罪,人権侵害に対する国家賠償を求める裁判に立ち上がった。この裁判は人間の回復裁判と呼ばれ,2001年1月末日現在,全国の原告数は約600名にも及んでいる。しかし被告国は,裁判においても全くその責任を認めようとせず,死ぬ前に人間として認めてもらいたい,との思いからようやく声を挙げた原告らの要求を拒み,争い続けている。


ハンセン病に罹患した患者・元患者らは,ハンセン病という病気に罹患したその事実のみをもって,療養所に強制収容され,家族や社会と断絶され,あらゆる人権を侵害され続け,年老いて子や孫に囲まれることも能わず寂しい生活を強いられている。国によって人生そのものを奪われたといっても決して過言ではないのである。


政府は,規約及び一般意見を踏まえ,強制隔離政策の誤りと未曾有の人権侵害行為の責任を真摯に受け止め,国際社会に対して人権保障の推進を標榜する立場から,ハンセン病患者・元患者の人権回復のため,早急に諸施策を講じなければならない。


6. 精神障害を持つ人の健康権(2,12条)

(1) 日弁連の意見

医療法における精神病床の人員配置に係る特例規定、すなわち精神病床において、医師を入院患者48人に1人、看護婦(士)を入院患者6人に1人と規定しているのは、一般病床が医師を16人に1人、看護婦(士)を3人に1人と規定しているのと比較して、精神障害の故に他の社会構成員と同じレベルの医療ケアを受ける権利を不当に侵害するものであり,早急に是正されるべきである。


(2) 政府報告書の記述

政府報告書はこの問題について何も記載していない。


(3) 理由

A.

委員会の一般的意見№5(1994)障害を持った人の中で委員会は、障害に基づく差別を定義して以下のように述べる。


「15…規約の目的上『障害に基づく差別』とは、経済的、社会的及び文化的権利の承認、享受、又は行使を無効にし、又は害する効果を有する、障害に基づくあらゆる区別、排除、制限、特恵、又は合理的便宜の否定を含むと定義できる。…」


同じく同委員会の一般的意見№5のF第12条―身体的及び精神的健康に対する権利34では、国連総会決議A/RES/48/96 Annex 障害者の機会の平等化に関する基準規則第2条医療的ケア、第3項「国家は障害を持った人、特に幼児及び子供が、社会の他の構成員と同じ制度内で、同じレベルの医療ケアを与えられることを確保すべきである」を引用している。


B.

医療法における人員配置基準に係る特例により、精神病床における人員配置基準を、医師を入院患者48人に1人、看護婦(士)を入院患者6人に1人(一般病床では、医師は患者16人に1人、同じく看護婦(士)は入院患者3人に1人)と規定しているのは、精神科入院患者の他の社会構成員と同じレベルの医療ケアを受ける権利を侵害しているのは、上記基準自体により明らかである。なお、国会における政府答弁において政府は、「平成11年度の医療監視の結果によると、全精神病院1193病院のうち、346病院(約29%)が医師についての基準を充足せず、53病院(約4%)が看護婦について基準を充足していない」ことを認めている(第150回国会衆議院厚生委員会山井委員の質問に対する政務次官答弁)。


精神科入院患者は、例えば東京の場合のように多くは西部山間部にある単科精神病院の閉鎖病棟に入れられており、それ自体で医療ケアにアクセスする権利を大いに制限されているが、その上精神科特例により劣悪なレベルの医療ケアしか受けられない差別的な取扱いを受けており、規約2条の禁止する「その他の地位」による差別的取扱いに該当する。


C.

なお、この問題は第150回国会参議院国民福祉委員会(2000年)の審議及び政府に対する朝日俊弘議員の質問趣意書で取り上げられ、政府は大略以下のようにその見解を述べている。


  1. 社会権規約2条の解釈として「障害に基づく差別」は「他の地位」による差別として禁じられているものと解されるが、この規定は不合理な差別を禁ずる趣旨であって合理的差異を設けることまで禁ずるものではないと解しているとして、「合理的差別」の概念を援用している(質問趣意書に対する回答)。
  2. 医療法に基づく精神病床の基準は、広く精神疾患の特性に応じた医療を確保するために設けられてものであって、精神障害者に対しての保健医療サービスの提供を差別するものではない(堀利和議員の質問に対する政務次官答弁)。
  3. 国連総会決議「障害者の機会平等化に関する基準規則」第2条第3項にいう「他の社会構成員と同じレベルの医療ケアを受ける」とは、何を指すのか明らかではないが、それぞれの疾病に即した適切な水準の医療を受けることが確保されていれば、上記規則及び社会権規約第2条2、同第12条との関係で問題は生じない(同質問趣意書に対する回答)。

各論12 ドメスティック・バイオレンス(妻への暴力)

(1) 日弁連の意見

  1. 日本政府は自ら又は自治体・警察・医療機関等を通じて、直ちにドメスティック・バイオレンスの実態を調査しなければならない。
  2. 日本政府は、実態調査の結果をふまえて、国民にドメスティック・バイオレンスが人権侵害であることの意識変革を行うために、広報・研修・学校教育及び社会教育での人権教育等に取り組まなければならない。
  3. 日本政府は、緊急措置として、被害者の安全を確保する為に、ドメスティックバイオレンスから避難する為の公的シェルターを全国に設置し、一時保護制度対象者の範囲を広げて避難できる態勢を確保すべきである。そのために公的シェルターを補う民間シェルターにも公的援助をすべきである。
  4. 日本政府は、ドメステイック・バイオレンスの被害者及び加害者に対する対処として重要な、心身の安定を取り戻すためにのケアシステムを確立するための人材及び施設を早急に整備すべきである。
  5. 日本政府は、ドメスティック・バイオレンスの防止、社会意識の啓発、実効的な救済のための措置を総合的に持つドメスティック・バイオレンス法を導入すべきである。

(2) 政府報告書の記述

政府報告書はこの問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. ドメスティック・バイオレンス廃絶の必要性

今日女性に対する暴力は、両性の平等の実現(規約3条)及び女性の地位向上を阻害するものとしてその廃絶が世界的課題となっている。国連総会は1993年12月「女性に対する暴力撤廃宣言」を採択した。1996年の国連人権委員会「女性に対する暴力特別報告者」であるラディカ・クマラスワミの「ドメスティック・バイオレンス特別報告書」は、ドメスティック・バイオレンスが、女性の人権を侵害するものであること及び各国はドメスティック・バイオレンスを防止する責務があることを強調している。


B. 日本政府の対応と問題点

日本政府は、1996年12月の男女共同参画2000年プランにおいて、女性に対するあらゆる暴力の根絶を唱え、性犯罪への厳正な対処、セクシュアルハラスメントの防止対策、被害女性に対する相談体制などの充実、職員の養成訓練、防犯対策の強化などを具体的施策として打ち出した。その後3年以上を経て具体化されたことは、


  1. 雇用機会均等法の改定に際しセクシュアルハラスメント対策が明記されたこと、
  2. 警察庁が女性に対する暴力のうち特に性犯罪被害者の対策として、セカンドレイプ防止のために女性警察官による事情聴取や性犯罪捜査指導官の設置などの方策を打ち出し、各自治体警察も女性警察官による相談室の設置などを行っていること、
  3. 男女共同参画室が女性に対する暴力は違法だというキャンペーン広告を雑誌などに掲載したこと、
  4. 1999年11月初めての全国的な「男女間における暴力に関する調査」を実施したこと、
  5. 2000年5月にいわゆる「ストーカー法」(ストーカー行為等の規制等に関する法律)を制定(施行は2000年11月)したこと

などである。


男女共同参画審議会は、女性に対する暴力部会において、2000年4月に「中間とりまとめ」を発表した。「中間とりまとめ」は、特に対応を迫られている問題として「夫・パートナーからの暴力」と「性犯罪」を検討しているが、それに対する対策はきわめて不十分なものである。すなわち、ドメスティック・バイオレンスに対しては、現行法の活用を提言するのみで、包括的な防止や救済を定めるドメスティック・バイオレンス防止法の制定までは求めていない。性犯罪に対しても、被害者に配慮した取り組みは求めつつも、強姦罪(財物に対する強盗罪より法定刑が軽い)の法定刑の見直しについては結論を出さないなど、女性に対する暴力が軽視されている日本の社会認識を変えるべき前向きの提案は行われなかった。


男女共同参画審議会はさらに2000年7月31日、「女性に対する暴力に関する基本的方策について」と題する答申を行った。この答申は、ドメスティック・バイオレンス問題が潜在的であり、社会の十分な理解を得ておらず、現行制度における被害者及び加害者への対応が不十分である、という現状の問題点を指摘するものであった。しかも、答申は、現行制度の活用を求めるのみで、ドメスティック・バイオレンス防止法の導入やその他の法制度の改正については、明確な結論を出さなかった。


C. 現行法制度改正の必要性

現行法制度のもとでは、「夫・パートナーからの暴力」において、被害者は加害者に同居家屋からの退去を求めることができず、加害者の暴力から逃れるには被害者が家を出るしか方法がない。そして被害者が、家出を決意しても、安全な避難場所は少ない。


公的シェルター(緊急避難所)としては、各都道府県に婦人相談所や一時保護所が存在する。しかし、この一時保護制度は、売春防止法34条に基づき設置された施設であり、入所対象者である「売春を行うおそれのある女子」の概念を広範に解釈することによって、売春と無関係な女性も保護しているにすぎない。加えて、ドメスティック・バイオレンスの被害者に対して必要な夫・パートナーからの安全保護や心理的なケアなどの体制は整っていない。それでも、一時保護所の入所者中の夫・パートナーの暴力からの避難者は、全都道府県の一時保護所に存在し、入所者に占める割合は、1992年全国平均34.5%だったものが、1996年には42%に増加している。


子どもづれの場合のドメスティック・バイオレンスの被害者に対しては、母子生活支援施設(旧母子寮)がシェルター機能を果たすことが期待されているが、同施設の所在地は秘匿されておらず安全性の確保に問題がある。


そこで、公的シェルターを補完するものとして、各地に民間シェルターが誕生しているが、極めて小規模のものが多く、場所も大都市に偏在しているうえ、財政面でも寄付金に頼らざるを得ず、関係者がボランティアとして支えていても、厳しい財政状況にある。 このようなシェルターの不備により、ドメスティック・バイオレンスの被害を受けながら避難することのできない女性は、相当数にのぼる。日本弁護士連合会が実施した電話相談の結果によれば、夫・パートナーの暴力を受けた被害者のうち、約40%の被害者は、家から逃避した経験を持っていなかった。このことは、ドメスティック・バイオレンスの被害者にとって、暴力を避けるために家を離れることがいかに困難であるかを示している。


D. 日弁連の対応

当連合会は、妻への暴力・子どもへの虐待をなくすために、1998年9月、国および地方公共団体が以下の措置をとるべきことを求める決議を行った。


  1. 実態調査を実施し、人権侵害であるとの意識換気を図るべきである。
  2. 緊急暫定措置として一時保護制度の対象者の範囲を広げ、被害者の安全確保に努め、民間シェルターの公的援助を実施すべきである。
  3. 被害者の救出を容易にしケアするための制度、妻への自立援助対策、父母の再教育制度を整備すべきである。

各論13 元「従軍慰安婦」及び戦時性奴隷の被害救済

(1) 日弁連の意見

日本政府は、元「従軍慰安婦」及びその他の戦時性奴隷の被害者に対し、その法的責任を認めて、直ちに被害者の規約上の諸権利を実現する以下のような措置をとるべきである。


  1. 真相の徹底した究明とその開示
  2. 被害者に対する謝罪と名誉の回復措置と賠償
  3. 日本国内でのこの問題に関する歴史教育の実施

(2) 政府報告書の記述

政府報告書はこの問題について何も記述していない。


(3) 理由

A. 「従軍慰安婦」被害の実態

第2次世界大戦中及びそれ以前の「従軍慰安所」は、日本政府がその存在を確認した国または地域だけでも、日本、中国、フィリピン、インドネシア、マラヤ(当時)、タイ、ビルマ(当時)、香港、マカオ及び仏領インドシナ(当時)にわたり、その数を確定することは困難であるが、総数は20万人とも言われている(日本弁護士連合会「『従軍慰安婦問題』に関する提言」 1995年1月)。また、「従軍慰安婦」の出身地は、日本、朝鮮半島、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、オランダ、ベトナム、マレー、タイ、ビルマ及びインドなどに広がっている(同上)。


長い沈黙の末に名乗り出た「従軍慰安婦」の被害者らは、旧日本軍による加害行為によって苦しめられたのみではなく、戦後においても、膀胱炎、子宮内膜炎、卵巣異常、吐血、閉経前の生理痛、子宮の痛みなどが残り、不妊、性病のため、戦後治療を受け苦労した者、子宮摘出手術を受けた者など、子宮、母性機能に障害を残している。また、殴られたり、蹴られたりなど暴行、傷害による痛みなどの神経症状、骨折による骨の変形や機能障害を残している。「従軍慰安婦」が受けた精神的打撃は大きく、精神的外傷後遺症(PTSD)を現在に残している。そのため、不安、不眠、頭痛などの神経症状のほか、人間不信に陥る者、鬱病に罹患している者もいる(同上)。そして被害者らは、すでに戦後55年の経過を経て、高齢化し、救済を受けることができないまま次々と死去している。


B. 日本政府の責任

日本政府は、1993年8月4日、慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話(河野洋平 当時)により、次のように述べて、


第2次世界大戦中及びそれ以前の「従軍慰安婦」制度に対する旧日本軍の組織的関与の事実を認めた。


「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。」


また、「従軍慰安所」の実態と旧日本軍の関与については、人権委員会決議1994/45による女性に対する暴力とその原因及び結果に関する特別報告者ラディカ・クマラスワミの報告書によっても明らかにされてきたところである(「戦時における軍事的性奴隷問題に関する朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国及び日本への訪問調査に基づく報告書」E/CN.4/1996/53/Add.1)。


C. 日本政府の対応

名乗り出た被害者らは、日本政府に対して、正式な謝罪と法的な損害賠償を求めてきた。日本弁護士連合会は、「従軍慰安婦」問題について、真相の徹底した究明とその開示、被害者に対する謝罪と名誉の回復措置と賠償、ならびに日本国内でのこの問題に関する歴史教育を行うことを求めてきた(日弁連 同上)。また、国連機関により指名された特別報告者らも、日本が被害者らに対する法的責任を認めて、真相の究明、公式謝罪、法的賠償、責任者の処罰を行うべきことを繰り返し勧告してきた(前出クマラスワミ報告書、国連差別防止少数者保護小委員会特別報告者ゲイ・J・マクドゥーガルの「武力紛争下の組織的強姦、性奴隷制及び奴隷制類似慣行に関する最終報告書E/CN.4/Sub.2/1998/13)。


これに対し日本政府は、1995年7月、民間基金を原資とした元「従軍慰安婦」に対する一時金の支給及び元「従軍慰安婦」に対する医療・福祉事業を展開している団体への政府資金による支援を行う「女性のためのアジア平和国民基金」(国民基金)を設立させた。国民基金はこれまで、フィリピン、韓国、台湾


などで、(イ)心からのお詫びと反省の気持ちを表す総理の手紙の交付、(ロ)民間からの募金を原資とした一人当たり200万円の償い金の交付、(ハ)政府資金による医療・福祉支援事業、などを実施してきたと報告している(外務省「いわゆる従軍慰安婦問題に対する日本政府の施策」2000年11月)。


しかしながら、国民基金に対しては、被害者の求める日本政府による公式謝罪や法的賠償ではなく、日弁連が上記「提言」において求めている措置を満足させるものでもない。そのため、多数の被害者が総理の手紙や一時金の受け取りを拒否し、あるいは後述するように日本政府に対する日本国内での民事訴訟が継続している。


D. 法的責任に関する日本政府の立場とその問題点

日本政府は、上記のように、「従軍慰安所」に対する旧日本軍の組織的関与を認めながら、以下のような理由をあげて法的責任を否定している(「女性に対する暴力に関する特別報告者が提出した報告書に対する付属文書1における日本政府の見解」E/CN.4/1996/53/add.1)。


  1. 旧日本軍の「従軍慰安所」に関する行為や強姦行為は、それが行われた当時の国際法で禁止された行為ではなかった。
  2. 「従軍慰安婦」個人は、国際法のもとで損害賠償を求める法的権利がない。
  3. いかなる請求権もサンフランシスコ講和条約をはじめとする戦後の国際協定によって放棄され、解決済みである。
  4. 「従軍慰安婦」被害に関する責任は、すべて時効によって消滅している。

これらの日本政府の反論に対しては、上記のマクドゥーガル報告が詳細に論破しているところである(E/CN.4/Sub.2/1998/13)。


E. 日本の裁判所における被害者救済の状況

日本の裁判所では、韓国、フィリピン、オランダ、中国、台湾の元「従軍慰安婦」あるいはその他の性奴隷制の被害者が、日本政府を相手として謝罪と損害賠償を求めている。そのような訴訟は、多くが集団訴訟の形をとって、現在8件の事件が係属し、これまでに以下のような判決が下された。


  1. 山口地方裁判所下関支部1998年4月27日判決(韓国人元「従軍慰安婦」)
  2. 東京地方裁判所1998年10月9日判決(フィリピン人性奴隷)
  3. 東京地方裁判所1998年11月30日判決(オランダ人元「従軍慰安婦」)
  4. 東京地方裁判所1999年10月1日判決(在日韓国人元「従軍慰安婦」)
  5. 東京高等裁判所2000年11月30日判決(在日韓国人元「従軍慰安婦」)
  6. 東京高等裁判所2000年12月6日判決(フィリピン人性奴隷)

以上の判決は、被害者らは国際法のもとでは個人の請求権を持たないこと、第2次世界大戦中またはその前の日本の国内法は国家は無答責としていたこと、民法上の責任が認められるとしても時効または除籍期間の経過により権利は消滅している、といった理由によって、被害者の請求を斥けている。なお、山口地方裁判所下関支部の判決は、唯一、日本政府が旧日本軍の関与を認めたときから日本政府の被害者救済の立法を行う義務が生じたにもかかわらず日本の国会はこの義務を果たさなかったことが違法であるとして、30万円の慰謝料を認めた。


それゆえ、元「従軍慰安婦」あるいはその他の性奴隷制の被害者は、日本の裁判手続を通じても救済を受けられない状況にある。


F. 日本政府が実行すべき措置

以上の元「従軍慰安婦」あるいはその他の性奴隷制の被害者らは、旧日本軍による深刻な被害を受け、その結果、現在においても、十分な生活水準や最高水準の身体及び精神の健康を享受できないままに放置されている。日本政府は、被害者らに対する法的責任に鑑み、被害者らの社会的、経済的及び文化的諸権利をとりわけ保障する義務を有しているものであり、被害者らが高齢となって死亡している状況においては、直ちにそれらの保障措置をとる義務がある。


付属資料

1. 日本国憲法による社会権の保障

  • 1-1 日本国憲法の基本的人権に関する条文 (10-40条,98条)
  • 1-2 社会権規約の条文と憲法の社会権の条文との対比
  • 1-3 日本国憲法の保障する社会権に関する日本の裁判所の代表的判決
  • 1-4 考察

2. 社会権規約に関する判例

  • 2-1 判例集に登載された全判決一覧表
  • 2-2 社会権規約に関する重要判例の紹介
  • 2-3 考察(判例の分類も含む)