家事事件の家庭裁判所への移管に関する意見書

2001年3月16日
日本弁護士連合会


I 趣旨

1.裁判所全体の中での家庭裁判所の位置づけを見直し、その人的物的な条件を格段に強化する措置をとることを前提として、人事訴訟の訴えの原因である事実によって生じた損害賠償請求に限らず、相続人の範囲の確定や相続財産の範囲など遺産分割に関連する訴訟事件についても、家庭裁判所に移管するべきである。


2.これらの事件を移管するにあたっては、調停や審判との連携および当該訴訟における証拠調手続等の整備を行うことになるが、その際には、家庭関係事件の特質に配慮した適正な手続の保障がなされるべきである。


3.そのほか、家事事件に関連する手続についても、履行確保制度の改善等いくつかの整備すべき点があり、それらについても具体的に検討されるべきである。


II 理由

司法制度改革審議会は、2000年11月に公表された「中間報告」において、人事訴訟事件(解釈上人事訴訟に属するとされているものを含む)を家庭裁判所の管轄に移管すべきであるとし、さらに、「離婚の原因である事実など人事訴訟の訴えの原因である事実によって生じた損害賠償の請求についても、人事訴訟と併合される限り、家庭裁判所の管轄とすべきである」との方向を打ち出した。一方、「人事訴訟事件以外の家庭関係紛争事件で、家庭裁判所の管轄に移管すべきものの有無、範囲については、今後検討すべきである」として、結論を保留した。


当連合会は、これらの問題について、会内で討議を重ねるとともに各弁護士会に対するアンケート調査等に基づいて検討を行ってきた結果、以上の結論に達した。理由は次のとおりである。


1. 遺産分割関連事件について

(1) 現行制度の問題点と移管の必要性


現行の遺産分割手続においては、遺産分割手続中に相続人や相続財産の範囲、遺言の効力、遺留分減殺等遺産分割の前提問題について争いが生じた場合、それらの問題についても審判で判断することができるとされているものの、実務上はいったん調停または審判の申立を取り下げて、それらの争点について訴訟等別の手続で解決した後に改めて調停を申し立てるという扱いがなされることが多い。そうなると、いったん家庭裁判所の調停を取り下げて、地方裁判所等の訴訟手続を経たうえ、再度家庭裁判所に調停審判の申立を申し立てるということになり、市民にとってわかりにくく、手続的負担もきわめて大きくなる。


また、現状では遺産分割の調停や審判に時間がかかるうえ、さらに訴訟を経ることによって、解決までの時間はいっそう長期化することとなる。訴訟事件が上訴で争われる場合にはなおさらである。


また、遺産から生じた果実の共有物分割請求事件などの遺産分割関連事件についても、遺産分割手続とは別個の訴訟によって解決すべきものとされていることから、調停または審判とは別個に地裁に訴えを提起する必要があり、これらを遺産分割と一括して解決することができない。


このような問題点を解決するために、家庭裁判所にも遺産分割の前提問題事件および遺産分割関連事件についての管轄を認めたうえ、上記のような問題点を解消するための手続の整備を行う必要がある。


(2) このように、家庭裁判所にも遺産分割関連事件の管轄を認めることについては、訴訟という対審構造の事件を家庭裁判所が取り扱うことによって、専門機関などを活かした人間関係調整機能という家庭裁判所の特質を失わせるという批判がある。しかしながら、訴訟と調停・審判は別個の手続であり、家庭裁判所に遺産分割関連訴訟の管轄を認めたからといって、それがただちに調停および審判の審理のあり方に影響を及ぼすものではない。調停および審判については、これまでの運用で築かれた独自性があるのであり、このような独自性を維持する限り、家庭裁判所の前記のような特質を失わせることに直接つながることにはならない。


(3) なお、遺産分割の前提問題事件および遺産分割関連事件について家庭裁判所の管轄を認めたとしても、遺産分割手続(調停または審判)と関連訴訟の手続を完全に分離してしまうと、結局のところ、関連訴訟を地裁で行うのと同様の問題が生じる。したがって、遺産分割手続を係属させたまま関連訴訟の審理を行うとともに、両方の証拠を共通にして二重に証拠を提出する手間を省くなど、双方の手続を有機的に結合する制度上の工夫が必要である。


ただし、そのためには、調停ないし審判においても証拠等の相手方当事者への開示等の手続的保障が不可欠であり、その点での手続および運用の改善が必要である。


2. 移管した後の手続について

(1)人事訴訟事件(離婚、離縁、認知、子の否認、婚姻無効、婚姻取消、離婚取消、養子縁組無効、養子縁組取消、離縁無効、認知取消および民法776条の父を定める訴え)、解釈上人事訴訟に属するとされている事件(離婚無効、離縁無効、身分関係存否確定の訴え)、遺産分割の前提問題事件および遺産分割関連事件を家庭裁判所の管轄に移した場合、その訴訟および関連する調停・審判等の手続についても必要な整備を行うことになる。その際、調停や審判と訴訟との関連および訴訟における証拠調手続等の整備が問題となる。


(2) 調停で利用された証拠等の引き継ぎ


まず、家庭裁判所に移管された訴訟手続において、それに先行する調停または審判に利用された証拠等の使用を認めるべきか否かという問題がある。


この点に関しては、当事者に対する適正手続の保障、および調停での腹を割った率直な話し合いが阻害されることのないよう、当事者が関与せず、または当事者に攻撃防御の機会が与えられなかった証拠や調査官の報告書、調停委員の所見等をそのまま訴訟で利用することは認めるべきではない。すなわち、当事者に開示されないような家庭裁判所調査官等の調査報告書や調停における期日経過票などがそのまま訴訟で使用されることのないようにする必要がある。


しかしながら上記訴訟事件から移管された場合には、調停および審判の手続においても、当事者に反論の機会を与えるために、調査報告書等は、特に開示することが不適切なものを除き、原則としてすべて当事者に開示するように改める必要がある。


調停または審判手続において提出された書証についても、訴訟手続に引き継がないとすると、訴訟において改めて提出する必要があり、二度手間になる。したがって、これらの書証についてはそのまま訴訟手続に引き継がれるものとすべきであるが、その前提として、調停および審判手続においても当事者から提出された書証はすべて反対当事者に開示する扱いを確立すべきである。


(3)同様の見地から、訴訟手続において家庭裁判所調査官による職権調査を行う場合、その結果については、原則としてすべてを当事者に開示して反論および反証の機会を保障すべきである。


(4)また、人事訴訟においては、調停の独自性を確保する観点から、先行する調停に関与した裁判官は、原則としてその後の訴訟に関与できないものとするべきである。


3. 関連するその他の手続について

(1) 履行確保


婚姻費用、扶養料および養育費の継続的に発生する家事債務が履行されないときに、その履行を実現させるについて、現行の制度は十分に機能しているとは言いがたい。


履行確保の制度としては、通常の強制執行のほか、家事事件に特有の制度として履行勧告と履行命令の制度がある。しかし、強制執行等によって実現しようとしても、多くは債権額が少額であるのに、手続は面倒であり、また、すでに発生した債権についてのみ執行が可能であるから、継続的に給付を保障するためには強制執行の申し立てを繰り返さなければならない。そもそも執行すべき財産の発見や特定ができない場合、強制執行によって実現することは不可能である。履行勧告には強制力はなく、履行命令にも直接強制する効力がないから、結局任意の履行を期待するしかない。


「中間報告」では、「家事事件に関する審判・調停により定められた義務の履行確保のための制度を実効化するべきである」と指摘しているところであるが、さらに、簡易な強制執行の制度を家庭裁判所に創設したり、給与からの天引きの制度、公的機関による立替の制度、不履行に対する効果的なサンクションを与える制度を設けるなど、その具体的な内容についても検討し、方向を示す必要がある。


(2) その他の手続の整備


家事事件に関連する諸制度として、不在者財産管理人、相続財産管理人等の制度があるが、その職務や裁判所による監督の内容は法律上必ずしも明確ではなく、また、財産の管理、処分についても、不適切な規定がそのまま残されている。たとえば、相続人の不存在の場合の相続財産管理人は、遺産に属する不動産を換価する場合は競売しなければならないことになっている(民法957条2項、932条)など、実態にそぐわない制度がそのまま残されているのである。


このような家事事件に関連する諸制度についても、改善の必要性は高く、その旨を指摘する必要がある。


4. 家庭裁判所の人的物的施設の拡充について

(1) ところで、家庭裁判所の人的物的施設を現状のままにして前記のように遺産分割関連事件を移管すると、家庭裁判所はその負担に耐えられないということになろう。これは、遺産分割関連事件を移管しないとしても、「中間報告」で打ち出された人事訴訟および関連する損害賠償事件だけを家庭裁判所に移管する場合でも、同様である。


家庭裁判所に限らず、一般に裁判官の数や施設の状況は現状では不充分であり、当連合会もその充実を求めているところであるが、家庭裁判所においては人事訴訟や遺産分割関連事件を移管するとした場合、冒頭に述べたように、裁判官をはじめ家庭裁判所調査官、書記官、事務官等の増員、および人事訴訟、遺産分割関連訴訟の移管に備えた法廷等の増設などの人的物的施設の抜本的な拡充が必要である。


(2) 加えて家庭裁判所においては、家事審判官や少年係裁判官など、職務の内容からみて非常勤裁判官の勤務の形態に適する場面が多い。したがって、裁判官の増員にあたっては、非常勤裁判官の制度を導入し、その活用を図るべきである。


以上