サービス・プロバイダの法的責任における判決執行等の問題に関する意見

2001年4月20日
日本弁護士連合会


 

1. 情報技術による新しい産業構造を創りあげるためにサービス・プロバイダの業務を確立する具体的な施策が必要である。発信者がアップロードし、サービス・プロバイダが公衆に送信する種々の情報に名誉等の人格権又は知的財産権を侵害するものが含まれ、結果としてサービス・プロバイダの公衆送信が権利侵害等の違法行為となるべき状況が生じている。サービス・プロバイダによる公衆送信は、情報をアップロードする発信者の権利侵害等の行為に起因するものであるところから、サービス・プロバイダに法的責任を負わせることが相当でない場合が考えられ、この場合においてサーバーからの違法な情報の削除又は公衆送信の差止め及び損害賠償請求権の当事者となるべきものではないとする考えがある。


2. 文化庁・平成12年12月著作権審議会第1小委員会審議のまとめ等及び郵政省・平成12年12月インターネット上の情報流通の適正確保に関する研究会報告書によると、サービス・プロバイダの業務の確立と被害者・権利者の法益の調和を図ることが必要であり、この方法として、一定の範囲でサービス・プロバイダの公衆送信を免責とし、発信者を特定する情報の開示手続を確立することによって、被害者・権利者が直接発信者との間で権利侵害等の成否を決することができるよう法整備を行う方針が認められる。かかる施策を講ずることによって、被害者・権利者の法的救済が制限され、場合によっては適正に侵害行為を差し止められない状況が考えられる。公衆送信の具体的法案を立案する段階で、すでに検討のことと思われるが、被害者・権利者の司法による法的救済を確実にするため、下記について充分な検討をすべきである。


(1) サービス・プロバイダが、現に権利侵害等の情報を、公衆に送信し続けている場合であっても、サービス・プロバイダに認める免責の範囲及び方法によっては、被害者・権利者が当該サービス・プロバイダに対し、公衆送信の差止めを求められない状況が想定され、被害が拡大することになるので、特に、名誉毀損等人格権の侵害行為については、後の損害賠償によって回復できない重大な問題を生じさせることになる。


サービス・プロバイダに対する免責の範囲及び方法は、被害者・権利者の法益を過度に制限することがあってはならず、仮処分命令申請手続によって違法状況を速やかに排除することができるものでなければならない。


この免責が適正な範囲内であるときであっても、発信者の特定ができない場合、サービス・プロバイダが発信者の特定情報を開示しない場合又は発信者が所在不明等のためこれに対する差止請求権の行使が不可能な場合において、被害者・権利者が緊急に差止めを可能にする方法を講ずるべきである。


(2) 被害者・権利者が発信者との間で権利侵害等の成否を決し、公衆送信差止仮処分命令等を得た後、発信者がこれに任意に応じない場合には、被害者・権利者は、発信者に対し執行手続を執ることになるが、そのほとんどが代替執行によることができず(注1)、間接強制によらざるを得ないことが想定されるところ、かかる発信者に対し損害賠償の請求によって執行を促すことが功を奏し得ないと考えられ(注2)、債務名義又は仮処分命令が執行不可能となり、侵害行為の継続する状況が予想される。


これを回避するためには、被害者・権利者と発信者間の債務名義又は仮処分命令が一定の手続においてサービス・プロバイダに対し執行に準ずる効果があるものとして、緊急の公衆送信の差止めを可能にすべきである(注3)。


(注1)
発信者がアップロードした端末機器の存在を確認し、これを代替執行者が操作してサーバーにアップロードした情報を削除することになるが、これは発信者ごとの端末の操作によるもので不可能な場合が想定される。加えて発信者が操作性を説明せず、又はデータにプロテクションを掛ける等サーバーへのアクセスを妨害するときには、削除は不可能となる。


(注2)
代替執行に応じない発信者は、居所を覚知し得ない者であったり資力を捕捉しえず損害賠償の執行自体が不可能である者が考えられ、発信者に対し情報を削除する心理的強制になり得ない。


(注3)
一つの案として次の方法が考えられる


  1. 発信者からサービス・プロバイダに対し情報削除の通知(意思表示)をした場合に、サービス・プロバイダは情報をサーバーから削除する義務を負うこととする。
  2. 被害者・権利者は、発信者に対し、情報公衆送信差止命令又は削除命令を求める他に、発信者からサービス・プロバイダに対し情報削除通知の意思表示をすることを求める。
  3. 被害者・権利者が、上記の情報削除通知の意思表示をすべき判決を得たときは、この正本をサービス・プロバイダに提出して削除を求める。

以上の案は、民法414条2項但書、民事執行法173条1項本文(意思表示の擬制)によって執行に準ずる状況を作ろうとするものである。 


判決正本の提出によって執行に準ずる状況を作るためには、サービス・プロバイダがこれに応じないことが絶対にあり得ないという法制、たとえば、不動産登記法27条(判決による単独申請)に類似した制度が必要になるが、この法制は、サービス・プロバイダが削除を争う固有の利益を喪失させるものであってはならない。


意思表示義務の強制執行(民事執行法173条1項本文)は、確定判決によらざるを得ず、緊急性を要する公衆送信の差止めを仮処分命令申請手続によって得ることはできない。そこで、意思表示を求める本案の他に、発信者に対する判決取得後のサービス・プロバイダに対する本案(たとえば、被害者・権利者の発信者に対する情報削除請求権に基づき発信者のサービス・プロバイダに対する情報削除請求権の代位行使)を想定して仮処分手続(仮の地位を定める仮処分)によって、公衆送信の停止を求める方法を別途検討する必要がある。