土地収用法の一部を改正する法律案に関する意見

2001年4月18日
日本弁護士連合会


 

はじめに

土地収用法の一部を改正する法律案(以下「法律案」という。)は、先の「土地収用法の一部改正に関する試案」を条文化したものである。当連合会は先の「土地収用法の一部改正に関する試案」につき2001年3月2日付「土地収用法の一部改正に関する試案に関する意見」(以下「日弁連意見書」という。)を発表したが、その趣旨は法律案のなかに具体化されていない。


そこで以下「法律案」につき逐条的に意見を述べるものとする。


第3条(収用適格事業について)

意見

賛成する。


理由

収用適格事業については、廃棄物の処分に再生の場合を含む(リサイクル施設)とした改正であり、従来の法律を安易に拡大しておらず、日弁連意見書に適合したものである。


第15条の7~同条の13(仲裁制度の導入)

意見

仲裁制度創設自体には賛成するが、仲裁人の構成には反対である。


理由

収用手続によらずに、補償金の額のみ仲裁制度にゆだねることは先の日弁連意見書のとおり合理的で賛成する。しかし仲裁委員の構成につき、法律案では収用委員会の委員を当てるとしており(法律案第15条の8)、これについては公正・中立性の観点から疑問がある。


国土交通省の説明では、収用委員は少なからず弁護士が就任していることと、仲裁の対象が補償金の額のみに限定されることを考慮すると、公正さを失わずに迅速な手続が期待できるとのことであった。たしかに、実効性の点から収用委員を当てることも理解できないではないが、仲裁の本来の機能からすれば仲裁機関の公正・中立性が要求されるべきである。しかも法律案は仲裁手続につき、公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律を準用しており(法律案第15条の12)、仲裁手続に裁判所という公的機関が関与しうることを考慮すると、仲裁機関は第三者的立場にゆだねるのが適切と思われる。例えば弁護士会の仲裁などを利用することもひとつの方法であろう。仮に収用委員を仲裁人に任命するとしても、収用委員からは1名とし、他の2名は外部委員とすることも検討されるべきである。さらに土地所有者に仲裁人の選定権を認める規定を考えるべきである。


第15条の14(事業の義務的説明)について

意見

賛成であるが、先の日弁連意見書のとおり、国土交通省令により、事業説明会の具体的方法につき、十分な時期、周知方法、内容を明示すべきである。


理由

法律案では事業の説明会等につき国土交通省令で定めるとしているが、いまだ省令の内容が明らかになっておらず、今後の策定が待たれる状況である。現行における土地収用法の最大の問題点が「事業そのものの合理性の有無」にあることを勘案すると、事前説明会が形式的な手続の採用に止まることなく、実質的に機能する制度に高める必要がある。そのためには先の日弁意見書で指摘したとおり、省令の策定に当たり、次のような点が考慮されるべきである。


  1. 説明会の対象者を土地所有者に限定することなく、当該事業により社会生活上の影響を受ける者すべてを網羅することを考慮すること。特に現行の「公共用地の取得に関する特別措置法施行規則」第1条第2項の範囲を広げることをも考慮すべきである。
  2. 周知方法としては単に官報によるだけではなく、最低限地方紙の利用を考慮し、事業内容が全国的な関心事と思われる場合には全国紙を利用すること、インターネットによるホームページを利用して国民がいつでも知りうる状態にすることを考慮すべきである。
  3. 土地収用法の最大の問題点が「事業そのものの合理性の有無」にあることを勘案すると、事業目的、事業内容がどの程度まで開示されるかが最大の関心事である。したがって、事業目的、事業内容が簡潔、抽象的に止まることのないよう特段の配慮がなされるべきである。具体的には過去の土地収用法関連における裁判例を勘案して最低限の開示要件を摘出し、それを省令等で明確にしておくべきであろう。少なくとも現行の「土地収用法」第18条に規定する申請書の添付書類は説明会で公にすべきであり、これにより後の公聴会の争点の整理、集約に役立ち、手続の迅速性が担保されると思われる。

第23条(公聴会の義務的開催)について

意見

先の日弁連意見書のとおり法律案には賛成であるが、具体的な公聴会の運営、手続については、住民、市民の納得のできる制度設計を目指した省令を立案すべきである。また先の日弁連意見書のとおり、公聴会の申出人としての「利害関係人」の範囲を省令等で明確にすべきである。


理由

公聴会の義務的開催自体は手続の透明性からも適切な制度である。問題は公聴会が形式的開催に流れることなく、公正で信頼できる制度として設計されなければならないということである。土地収用法の最大の問題点が「事業そのものの合理性の有無」にあることを勘案すると、公聴会は単に意見を聴いたと言うような説明型(意見陳述型)に止まらず、討論形式を導入した対審型構造を考慮されるべきである。公聴会の内容、手続については国土交通省令で定められることになるが(法律案第23条3項)、省令立案ではこれらの点を考慮すべきである。


また法律案では、公聴会開催の請求をできる者として「利害関係人」と規定しているが、利害関係人の範囲が不明であり、これを狭く解すると公聴会が形式に流れる危険がある。したがって、当該事業により社会生活上の影響を受ける者すべてを含む旨を少なくとも省令等に織り込むことも検討すべきである。


また当初の試案の段階では「公聴会の主催者について、職能分離の見地から、独立性のある審査官的な者であることが望ましい」としている。公聴会実施の公平性・信頼性の確保の観点からすれば省令の立案ではこのことが十分に生かされなければならない。


第25条の2(第三者機関による意見聴取)について

意見

先の日弁連意見書のとおり、基本的に賛成である。ただし、環境等に対する影響等を考慮すれば、事業認定庁が国土交通大臣の場合で、社会に重大な影響を与えると思われる事業については「社会資本整備審議会」の他に「条例で定める機関」にも並列的に意見聴取をすることも考慮されるべきである。さらに第三者機関の委員の構成につき、国民の信頼を得る人選が担保されるべきであるし、第三者機関の意見にある程度の拘束力を持たせるべきである。


理由

法律案では事業認定に対する国民の信頼確保の制度として第三者機関による意見聴取を提言しており、第三者機関として、事業認定庁が国土交通大臣の場合には「社会資本整備審議会」(法律案第25条の2の1項)、都道府県知事の場合には「条例で定める機関」としている(法律案第25条の2の2項、同34条の7の1項)。しかし事業認定がきめ細かい意見の聴取を必要とすべきとの観点にたてば、「社会資本整備審議会」の他に「条例で定める機関」にも並列的に意見聴取をすることも考慮されるべきである。法律案では事業認定につき異議ある書面が提出されない場合には第三者の意見聴取は不要で有る旨規定しているが(法律案第25条の2の1項但書)、公共事業の適否が大きな社会問題になっている現状を考慮すれば、事業認定に異議があるなしにかかわらず第三者の意見を聞くことも場合によっては必要であり、この点を何らかの形で法律案に盛り込むべきと思われる。


さらに問題となるのは、当該第三者機関の委員の構成が国民の信頼を得るに足りるか否かであると思われる。もし第三者機関の委員の構成が事業者又は事業認定庁寄りと批判されるのであれば、当該制度の自滅行為となろう。したがって、第三者機関の委員の構成については市民代表、法学会代表をも参加させる制度にするのが適切と思われる。


なお、第三者機関の審議基準として公共の必要性だけでなく、土地収用による環境等の不利益をも考慮すべきことを何らかの形で(審議基準、審議準則等)明示すべきことをも考慮されるべきである。


また、第三者機関が事業認定不可の判断をしたときに、事業認定庁が第三者機関の意見を無視して行政責任の名の下に事業認定をすることができる制度は、制度として不適当である、反面、行政行為は行政官庁の行政責任の下に執行されるべきであり、個々の行政行為を第三者の意見で決定することは、行政権の軽視となり、統治制度上問題ともいえる。したがって、先の日弁連意見書のとおり、第三者機関が事業認定不可の判断をしたにもかかわらず事業認定庁が事業を認定しようとするときは、再度公聴会を義務づける等の制度を考慮すべきと思われる。


第26条(事業認定理由の公表)について

意見

先の日弁連意見書のとおり賛成である。ただし、公表方法については、単に官報のみに頼ることなく、事業の規模、内容により、地方紙、全国紙、ホームページの利用を考慮し、公表方法を省令等に織り込むべきである。


理由

法律案では国土交通大臣にあっては「官報」で、都道府県知事にあっては「都道府県知事が定める方法」と規定されている(法律案26条1項)。この点国土交通省の説明ではホームページにも当然掲載する予定であるとのことであった。しかし事業の規模、内容により、地方紙、全国紙での公表も省令で規定しておく必要があると考えられる。


なお、法律案では事業認定理由をも公表するとしているが(法律案26条1項)、公表の程度については先の試案のとおり「判断の基礎となった事実関係その他の事情を具体的に示し、判断に至った過程を理解できる程度に記載する」ように、省令で規定しておくべきであろう。認定理由が抽象的で簡易であれば判断理由の説得性に欠けるであろうから、判断過程で利益の対立、視点の相違がある場合にはそれを適示した上で、判断理由を示すべきであろう。


第36条~同条の2、第38条(土地・物件調書作成の特例)について

意見

先の日弁連意見書のとおり、法律案にはにわかに賛成しえない面もあり、具体的な省令の立案に当たっては十分に検討されるべきである。


理由

土地・物件調書作成は、対象となる自己の所有権などの明細を明らかにするもので、所有権などの得喪という基本権にかかるものであるから、原則は現行のとおり厳密な手続によるべきである。しかし反面、公共事業は国民の税金でなされるものであり、公共事業の遂行にむやみに時間をかけ、事業費用の増加を放置することもまた見直さなければならないことは当然である。


法律案は簡便な手続を行える場合の「関係者が多数」の多数を100人とし、補償金見込額が僅少である場合の僅少については省令で定めるとしている。国土交通省の説明では、僅少については1万円を考えているとのことであり、この程度であれば許容範囲とも考えられる。しかし、「関係者が多数」の場合の例として「入会権」の場合には単に多数として処理することが不適切な場合も考えられ、この点の考慮した省令を立案すべきである。


なお、公告・縦覧の特例(法律案第36条の2の3項以下)については先の日弁連意見書のとおり、土地所有者及び利害関係人に通知されることにされているが、複写制度は規定されていない。できれば起業者の作成した申出書及び添付書類につき複写ができるようにすべきであろう。


法律案では異議申出書の提出期間が縦覧期間内とされており(法律案第36条の2の6項)、その期間は1ケ月間であるが、縦覧期間に対応できる被収用者は少ないと思われ、この期間が1ケ月と短期間であることと併せて実効性に乏しく、異議申出があっても以降の進行は異議申出のない場合と同様であることを考えると、異議申出書の提出期間の始期の工夫、異議があった場合の対応についても規定する必要があるのではないかとの疑問がある。


調書の証明力については、調書の記載事項が真実に反していることを立証した場合には真否の推定が働かないとされており(法律案第38条)、やや先の日弁連の意見書に近い形になっているので、特に反対はしない。


第40条3項、第63条3項(収用委員会審理における主張制限)について

意見

先の日弁連意見書のとおり法律案には反対である。


理由

法律案では先の試案と同様に、事業認定の違法を、収用委員会審理で主張することは同委員会の権限を越えるもので、事業認定が無効という場合を除き、その主張を制限する規定をおいている。確かに収用委員会は事業認定の適否を決する場ではなく、手続の流れとしては当然とも評価できる。


しかし、収用裁決取消しの訴訟において、事業認定の違法性を承継したものとしてその主張を許す裁判例があることを勘案すると、行政段階を司法段階と区別して、その主張を禁ずるとすることは困難であるといわねばならない。その上、行政訴訟において事業認定の無効の主張は排除するものでないとすれば、違法性の承継を行政段階で排除する規定の実効性は疑問である。


また、住民側から事業認定それ自体を行政段階で争う手段に乏しい現状から、収用委員会での主張を明文で禁ずることは一般の理解が難しい。


この点は、先の日弁連意見書のとおり、実務上の解決にゆだねるべきで、あえて事業認定の違法の主張を制限する規定を新設してこれを制限すると必要はないのではないかと考える。むしろ事業認定手続における説明会、公聴会、第三者機関からの意見聴取が適正に機能すれば自然と解決されるものであり、明文化の必要はないと考える。


第65条の2(代表当事者制度の創設)について

意見

先の日弁連意見書のとおり、代表当事者制度自体の創設は賛成であるが、収用委員会による事実上の強制が行われないような運用を求める。


理由

先の日弁連意見書のとおり、共同の利益を有する当事者が任意的に代表当事者を選定することは、審理の合理化の観点から認められる。しかし、収用委員会がこれを勧告することを法定化することは事実上これを選定することを迫ると受け止められ問題がある。


また、任意選定の場合でも、試案の代表当事者を3人に限るとなると事案によっては不適切な場合がありえる。しかし多数の当事者間に対立関係がある場合には「共同の利益」の要件がはずれ、各グループ毎の代表当事者を選定するであろうから、特段の支障がないともいえる。


結局、収用委員会による事実上の強制が行われないような運用がなされれば良いと思われる。


第88条の2(損失の補償に関する細目)

意見

法律案に賛成する。


理由

補償基準を設け透明性を確保することは適切である。


第100条の2(補償金払渡方法の合理化)について

意見

先の日弁連意見書のとおり、補償金払渡方法は合理化だけに流されず、権利者の保護が十分かの観点からも検討すべきである。この点からすれば試案の発送主義の考え方には反対である。


意見

先の日弁連意見書のとおり、収用に伴う補償金の支払は、権利者などに直接払い渡される必要がある。これは、権利の得喪についての重要な事象で、権利取得裁決の効力に関連するからである。しかし、金銭の支払方法についての判例の進展は、直接手渡し以外に他の方法を順次認めてきた。そこで、法律案のような現金、郵便為替証書等の合理的な支払方法には反対しない。


しかし今回の法律案では、この受領がなされない場合にも、発送をもって、権利取得裁決の効力を失わないとしているのは(法律案100条の2の1項)、原則を著しく曲げ、便宜に過ぎるものとして反対せざるをえない。


第139条の2(生活再建措置の充実)について

意見

先の日弁連意見書のとおり、法律案に賛成する。


理由

起業者が、単に金銭補償だけで責任をまっとうしたとする時代は過去となり、代替地その他の具体的な生活再建措置に努める責任があるのは当然で、これを規定する必要がある。


その他の意見(先の日弁連意見書と同趣旨)

1. 第三者機関としての事業認定機関を創設することの可否について

法律案では事業認定手続に民意を反映させる制度として、事業説明会の義務的開催と公聴会の義務的開催、そして第三者機関による意見聴取の制度を規定しているが、これらはいずれも事業認定権が国土交通大臣や地方自治体に専属していることを前提としている。しかしながら昨今は公共事業の見直しが叫ばれており、事業認定に対する国民の不信が少なからず見受けられる。このような状況下で適正な事業認定を期待するなら、事業認定権を第三者機関に任せることも検討すべきかと思われる。少なくとも社会に大きな影響を与えると思われる事業については、その認定権を第三者機関にゆだねることをも検討されるべきであろう。反面、事業認定自体は行政権の行使として、行政がその政治責任においてなし、不当な行政権の行使は議院内閣制のもとで政治責任を問われる形で民主的な担保がなされているものと考えられるから、社会に大きな影響を与えるものではなく、地域住民の反対が予想されない事業については、従来とおり国土交通大臣や地方自治体が事業認定をなすことになる。


2. 不服申立審査機関設置の有無について

今回の法律案には規定されていないが、事業認定自体に不服がある場合に、行政訴訟以前に、その違法性、不当性を争える機関(ADR)を設置することの是非が考えられる。例えば行政官庁、経済界、法曹界からなる(仮称)事業認定審査会を設置し、その場で事業認定に不服のある利害関係人は事業認定取消の裁定を求めることができるとする等である。事業認定手続における事業説明会、公聴会、第三者機関からの意見聴取が適正に働くか否か若干の疑問がある以上、これらも検討されるべきと考えられる。


以上