自民党「企業統治に関する商法等の改正案要綱」に対する意見

2001年3月16日
日本弁護士連合会


総論

(意見)

自由民主党政務調査会法務部会・商法に関する小委員会は、わが国におけるコーポレート・ガバナンスのあり方について検討を行い、平成9年9月8日付で、「コーポレート・ガバナンスに関する商法等改正試案骨子」(以下「第1次骨子」という)を、その後、平成10年6月1日付で、「企業統治に関する商法等の改正案骨子」(以下「第2次骨子」という)を各々公表して各界からの意見を募り、これを踏まえて、平成11年4月15日付で、「企業統治に関する商法等の改正案要綱」(以下「要綱」という)を取りまとめた。要綱は、基本的に、上記第1次、第2次骨子を承継したもので、株主代表訴訟制度の改正と監査役制度の改正の2点を提案している。


この要綱については、しばらくそのままそれ以上の論議がされないままにきたが、大和銀行役員に対する巨額賠償を認めた大阪地裁12年9月20日判決を機に、株主代表訴訟に関わる商法改正論議が再燃し、各界で論議されるようになったが、この要綱は、それらの論議の土台とされている。


そこで今回、改めて、この要綱に対し、当連合会としての意見を明らかにするものである。


当連合会は、既に前記第2次骨子について、商法が株主代表訴訟制度を制定した制度趣旨を弱め、また、今日の日本社会の株主代表訴訟制度に関する期待に反するものと考え、平成10年9月11日付で、これに反対する意見書(自由民主党商法に関する小委員会の「企業統治に関する商法等の改正案骨子」に対する意見書)を提出している。


当連合会は、その意見書の中で、第2次骨子の「提案理由」が、一般株主軽視の現状を改める必要があり、平成5年商法改正による株主代表訴訟の簡易化はそれに資するものとしながらも、具体的改正案においては、株主代表訴訟における株主の権利を現状より制限しようとするものであり、論理が矛盾していること、したがって、会社経営陣に対する監査機能を強める必要性こそあれ、それを弱めるような代表訴訟制度改革は正当化できないことを述べたが、この批判は、要綱に対してもそのままあてはまるものである。


要綱における改正の眼目は、会社経営者にとって耐えがたい負担を強いているとされる株主代表訴訟制度を緩める方向での改正であり、これと調和をとるために、監査役の地位の独立性を強化する改正も付加的に行なおうとするものである。実は、これが、上記のような論理矛盾を来す根本的原因となっているのである。したがって、株主代表訴訟における株主の権利を制限する改正が妥当なのかという点が正当化されない限り、この改正は正当化されないことになる。


まず、第2次骨子では、以下のように述べていた。


わが国には「企業経営における一般株主軽視」の傾向があり、したがって「株主重視の姿勢を一層鮮明にし、社外取締役の機能強化に努める米国の企業社会に範を求め、企業統治に関してもグローバルスタンダードを導入すべき時期である。」そして「『株主代表訴訟制度』についても合理的な位置付けが行われなければならない。」とする。


そして、その米国流のコーポレート・ガバナンスを採用する理由として、「米国企業社会は、1970年代に相次いだ企業不祥事や代表取締役報酬の過大化に対する機関投資家の反発を受けて、意思決定機関たる取締役会から独立した、社外取締役を中心とする委員会に監査・訴訟・報酬・取締役人事などの機能を移譲することが一般化した。今回の改正は、これに習い、米国社外取締役の位置にわが国の監査役を置き、米国の独立委員会の機能のうち、監査と訴訟の機能をほぼ全面的に監査役に委ねようとするものである。」「米国の全米法律家協会は、…株主代表訴訟の適否を取締役会から独立した訴訟委員会の判断に委ねるものとする規約を設けている。本改正案もこれに習い、第一義的な代表訴訟の適否を取締役会から独立した監査役会に委ねるものとする。」 このような理論は、基本的に、要綱でも踏襲されている。「わが党では、…企業経営における一般的株主軽視の現状を重視し、『株主利益の最大化のための企業経営のチェック体制の強化』が急務であることを確認した。」平成5年以来の商法改正によっても、「株主軽視の土壌が大きく改善される兆候は未だ見られない。」したがって、「株主重視の姿勢を一層鮮明にし、社外取締役の機能強化に努める米国の企業社会に範を求め、グローバルスタンダードの観点から、わが国におけるコーポレート・ガバナンスの確立を早急に図るべきである。この一環として、…『株主代表訴訟制度』についても合理的な位置づけをする商法等の改正を行うべきである。」とする。


以上のように、第2次骨子においては、「社外取締役の機能強化に努める米国の企業社会に範を求め、企業統治に関してもグローバルスタンダードを導入すべき時期」としていたが、要綱においても、「社外取締役の機能強化に努める米国の企業社会に範を求め、グローバルスタンダードの観点から、わが国におけるコーポレート・ガバナンスの確立を早急に図るべきである。」と、殆ど同一の表現となっている。米国の制度の一面のみをとらえて「グローバルスタンダード」と見なしたり、日本との断片的な比較をしたりすることは失当である。


要綱は、コーポレート・ガバナンスの確立を早急に図るために、監査役制度の改革を唱え、その際、米国にならい、米国の社外取締役の位置にわが国の監査役を置き、米国の独立委員会機能のうち、監査と訴訟の機能を監査役会に委ねようとするものである。そもそも、アメリカにおける社外取締役の評価については議論あるところであり、業務全般に関し権限を有し、会社経営者を選任・解任する権限を有する取締役会に社外取締役を強制するのと、そのような権限を有さず、業務に関しては違法性監査権しか有しない監査役に社外監査役を強制するのでは、まるで制度趣旨が異なる。さらに、経営者の監督を考える場合、株主総会、取締役会の改革など、全体的なコーポレート・ガバナンスの中での位置づけなしに、監査役制度についてのみの改正を進めるというのは無理があるといえる。


要綱は、「株主重視の姿勢を一層鮮明にし」、コーポレート・ガバナンスの確立の一環として、株主代表訴訟制度について「合理的な位置づけをする」改正をすべきであるとしつつ、具体的改正案においては、株主代表訴訟における株主の権利を現状より制限している。この点については、全く理由不足を否めない。そもそも、わが国における「株主代表訴訟の脅威」を過度に強調すべきではない。平成5年商法改正まで、株主代表訴訟制度は、殆ど活用されてこなかった。しかし、同改正が提訴手数料額を低額に定めたことや、会社不祥事が頻出したこと等を背景に、ここ数年、ようやく本格的な利用がはじまったばかりである。このような商法改正の経緯、社会からの期待を念頭に置く必要がある。


また株主代表訴訟の提訴件数は安定してきているし、現実に取締役の責任が認められたケースは、悪質な違法行為がなされた場合がほとんどである。経営判断原則がほぼ確立したこともあり、単なる過失により責任が認められることはほとんどない。濫用事件等については、裁判例上、一定の要件が形成しつつあり、また、嫌がらせ訴訟の類に対しては、担保提供命令の実務がそれなりの対応をしている。ほとんどの事件は担保提供命令に従わないための取下げまたは却下か、請求棄却で終了している。


以上のように、株主代表訴訟の現状が、わが国の経営者にとって耐えがたい負担を強いており、日本企業の活力を損なっているという認識は適切とは言い難いのである。


以上の通り要綱は、「株主利益の最大化」ないし「一般株主軽視の土壌の改善」の方法として、中途半端な監査役制度の改正を前提に、むしろ株主の利益を後退させるような不適切な株主代表訴訟制度の後退を図っている点で賛成できない。どうしても改正作業を行なうのであれば、監査役制度の改正のみを先行させて行なうべきであろう。以下、個々の改正条項案ごとに検討を加えることとする。


第1. 取締役の監査役に対する説明責任

取締役は、3ヶ月に1回以上、業務の執行の状況を監査役(商法特例法上の大会社にあっては、監査役会)に報告しなければならないものとする。


商法特例法上の小会社については、この規定は、適用しないものとする。


現行法上は、取締役は、監査役から報告を求められたか(商法274条2項)、会社に著しい損害を及ぼす恐れがある事実を発見したとき(同274条の2)を除いて、監査役への報告義務は課されていない。これに対し、要綱は、小会社を除いて、取締役は、3ヶ月に1回以上業務執行の状況を監査役(又は監査役会)に報告しなければならないものとしている。


この要綱案は監査の実効性に資するものであるので、賛成する。


但し、監査役はいつでも取締役や使用人に対して、営業の報告を求め、業務・財産状況を調査することができるとの規定(商法274条2項)が希薄化しないように留意するべきであるとの意見にも注目すべきである。


第2.社外監査役の数

商法特例法上の大会にあっては、監査役は、3人以上で、そのうち半数以上は、会社又はその子会社の取締役又は支配人その他の使用人でなかった者でなければならないものとする。(注:本項の施行については、3年の経過措置を講ずるものとする。)


社外監査役を半数以上として、社外の目が会社経営に及ぶようにしようとした点で、要綱はある程度は評価できる。


しかしながら、社外監査役の数を半数以上とした点については問題が残る。社外監査役が半数だけだと(会社は、社外監査役を最低数に押さえようとするであろうから、事実上社外監査役は半数となるであろう)、拒否権は得られるが、積極的に意思を通すことができず、監査役会がデッドロックに乗り上げることになりかねないからである。また結果的には、社外監査役の数を増大させるだけでなく、監査役の員数全体を実際には増やすことが予想される。


更に、社外監査役の定義についても、要綱は、親会社の取締役や使用人等を社外監査役から除外していない。親会社から子会社に送り込まれた監査役は、子会社の取締役に支配されることがないから独立性に問題はないし、また子会社の株主である親会社の意向を忠実に反映しているから株主重視の方向にも適合する、という指摘もあるが、これは妥当ではない。通常は、子会社の役員は、親会社から派遣されるか支配されているのであって、子会社の少数株主から見れば、親会社の取締役や使用人だった監査役は経営陣と一体であって、中立性・独立性は乏しい。


以上から監査役の員数及び社外監査役の定義に関する本改正には賛成できない。


第3.監査役の任期等

1. 監査役の任期は、4年とする。


2. 監査役が辞任したときは、その監査役は、辞任後最初に召集される株主総会に出席し、辞任の理由を述べることができるものとする。この場合においては、他の監査役も、辞任につき意見を述べることができるものとする。


監査役の任期を現行の3年から4年に延長するとの点については、監査役の地位の独立性を強化するものであるので(但し、その実効性については疑問視する意見もあるが)、前段については賛成する。


また、現行法上、監査役は、選任・解任の際に、株主総会での意見陳述権(商法275条の3)が認められているが、この趣旨を辞任の際に拡張することは妥当である。確かに、辞任についての意見陳述の権利の実効性については疑問視するむきもあるが、いずれにせよ監査役の独立性に資するものであるから、後段についても賛成する。


第4.監査役選任に関する監査役会の同意権

商法特例法上の大会社にあっては、取締役は、監査役の選任に関する議案を株主総会に提出するには、監査役の同意を得なければならないものとする。


要綱は、監査役の取締役に対する独立性を高めるために、株主総会への監査役の選任議案について監査役会に拒否権を与えている。


監査役の半数以上は社外監査役であることから(要綱第2)、社外監査役が一致して選任議案に反対すると、監査役会の同意は得られず、結局、取締役は監査役選任議案を株主総会に提出できないことになろう。その点で、ある程度は監査役の独立性を高めることになるであろう。


しかしながら、監査役の半数が一致すれば、任期が来ても新たな監査役候補の推薦を拒否して居すわることが可能になる。このような事態は、会社経営陣と監査役会の半数との間で対立が生じると、いつまでも解消されないということになる。


したがって、同意権は監査役の独立性の確保には大きな期待はできず、他方、会社経営に混乱をもたらしかねない。よって、この同意権の規定には反対する。


第5.取締役等の損害賠償責任の軽減

1.取締役の会社に対する損害賠償責任は、株主総会の特別決議により、取締役の報酬の2年分を限度として軽減することができるものとする。ただし、取締役がその職務を行うにつき悪意若しくは重大な過失があったとき又は取締役の責任の原因となる行為が犯罪となるときは、この限りでないものとする。


2. 株主総会の決議により取締役の責任を軽減するときは、取締役の責任の内容、責任を軽減する理由及び取締役の報酬の額を株主総会の召集通知に記載しなければならないものとする。


3. 取締役は、取締役の責任の軽減に関する議案を株主総会に提出するには、監査役の全員の同意(商法特例法上の大会社にあっては、監査役の全員一致による監査役会の同意)を得なければならないものとする。商法特例法上の小会社にあっては、監査役の同意を得ることを要しないものとする。


4. 監査役の責任軽減についても、同様とするものとする。


(1) 総説


第2次骨子と比較すると、取締役の責任の制限の問題を、株主代表訴訟によるか否かに関わらず、実体法上の責任制限の問題として位置付けた点においては、要綱を評価することができる。


確かに、会社としてはさまざまな考慮から、責任を軽減したほうが長期的な会社の利益に適うと合理的に判断する場合があり得る。例えば、有能な人材を取締役として確保し、業務執行を萎縮させないために、厳格な責任を追求することが適切でないと考えられることもあるからである。現行法上も、取締役の責任免除の規定が存在するが、これは全株主の同意を要件としており(商法266条5項)、大会社では殆ど実現不可能である。


したがって、どのような場合に取締役の責任を追及すべきか、追及するとしてどの限度で責任を追及できるとすべきか、又、どのような手続で責任の免除を認めるべきかについては、大きく意見が分かれるところである。


しかしながら、株主総会の多数決により責任制限を認めるということには、少数派株主の意向を無視して責任制限を認めてよいか、会社債権者の利益を害してよいか、等の問題があるということも考慮に入れなければならない。問題は、これらの利害関係人の利益をどのように担保するのか、責任制限の議案の公正さをいかに担保するかというところが大きな問題である。


責任制限を認めるための手続的な要件として、要綱は、独立性を強化する改正が行われることを前提に、監査役全員の同意があればそのような議案の公正さが担保されると考えたのであろう。しかしながら、前述のように、監査役の独立性の強化は限定的なものにとどまっており、それだけを理由に議案の公正さを担保することは困難である。


また、要綱は、小会社については責任軽減に関する議案の提出に当たっては、監査役の同意を要しないとしているが、監査役によるチェックのない小会社については、そもそも責任制限を認めないのが筋ではなかろうか。


(2) 責任限度額


要綱は、取締役の責任制限に限度額を設け、これを報酬の2年分としている。


確かに、責任制限に限度額を設けることは、取締役に注意義務を果たさせるに足るインセンティブを確保し、モラルハザードを防ぐ必要があるし、裁判所がすべての損害につき取締役に賠償責任を肯定するときであっても、大多数の株主の意向が取締役の責任軽減を求めることがないとは言えない。


しかしながら、2年分の報酬という要綱の限度の定め方は疑問である。報酬の2年分という額の面での不充分さもさることながら、仮に商法269条の「報酬」の定義が適用されるとすれば、ここで言う報酬は相当程度低い金額にとどまることになり、単純に「2年分の報酬」を限度とすればかなり低額に止まることになるからである。


すなわち、従来から商法269条でいう「報酬」の意義は極めて狭く解釈されており、通説・判例は使用人兼務取締役の使用人としての報酬、取締役の賞与、取締役へのストック・オプション等はいずれも同条の報酬に含まれないものと扱っている。そうなると取締役が会社から受け取る利益のかなりの部分が報酬ではないということになり、それを責任制限の基準として用いるとすれば、低すぎる額となろう。現実に、使用人兼務取締役の報酬の大部分は、使用人としての報酬であり、取締役としての報酬は大きな額ではない。


仮に、「報酬」を基準とするのであれば、使用人としての報酬であれ、賞与であれ、ストック・オプションであれ、会社から職務の対価として受け取った経済的利益はすべて「報酬」に含まれる規定としないと、責任制度の限度としては不適切であろう。 また、「報酬」額をいかに算定するかも困難な問題である。例えば、行使されていないストックオプションをどのように評価すべきかは、困難な問題である。この点を解決せずに「報酬」を責任制限の基準とすることは大きな問題である。


(3) 手続要件


要綱は、株主総会決議の要件として、取締役の責任の内容、責任を軽減する理由及び取締役の報酬の額を招集通知に記載することを要求している。これは、株主に十分な情報を開示するということからすれば適切である。しかし、この記載内容には、損害の額、及び責任の原因となった具体的事実をも要求すべきであろう。しからざれば、株主は適切な判断ができないからである。


(4) 責任軽減が認められない場合


要綱は、責任軽減が認められない場合として、取締役がその職務を行うにつき悪意若しくは重過失があったとき又は取締役の責任の原因となる行為が犯罪となるときを挙げる。この点については妥当であろう。


(5) 監査役の会社に対する損害賠償責任の事後的制限


要綱は、監査役の責任についても、取締役に対する責任の軽減についての手続と同様の手続により、責任軽減がなされると規定している。


しかしながら、取締役会が株主総会に監査役の責任軽減の議案を提案するときに、同僚の監査役全員の同意を要件とするということで、その議案の公正さを担保できるか、という根本的な疑問がある。


したがって、この点については賛成できない。


第6.定款変更による取締役等の損害賠償責任の軽減

1.会社は、定款をもって、取締役会の決議により、取締役の報酬の2年分を限度として、取締役の会社に対する損害賠償責任を軽減することができる旨を定めることができるものとする。ただし、取締役がその職務を行うにつき悪意若しくは重大な過失があったとき又は取締役の責任の原因となる行為が犯罪となるときは、この限りでないものとする。


2.前記の定款の変更に関する議案を株主総会に提出するには、監査役の全員の同意(商法特例法上の大会社にあっては、監査役の全員一致による監査役会の同意)を得なければならないものとする。商法特例法上の小会社にあっては、監査役の同意を得ることを要しないものとする。


3.上記の定款の定めをした会社は、取締役の報酬額を営業報告書に記載しなければならないものとする。


4.取締役会が取締役の責任を軽減する旨を決議したときは、取締役は、決議後最初に召集される株主総会において、取締役の会社に対する責任を軽減した旨、取締役の責任の内容、責任を軽減した理由及び取締役の報酬の額を報告しなければならないものとする。


5.監査役の責任の軽減についても、同様とするものとする。


(1) 事前の責任軽減の問題点


要綱は、あらかじめ定款の規定があれば、取締役会の決議により、取締役の責任を軽減できる旨規定する。要綱が、このような事前の責任軽減を認めようとする趣旨は、こうした規定により、高額の損害賠償責任を負わされるのではないかという取締役の危惧を除き、経営を萎縮させないためとされる。しかしながら、事前的・包括的な責任制限の授権は事後的責任制限(要綱第5)とは意味するところが大きく異なり、更に問題が多い。


そもそも、事前の責任制限を定める定款変更決議の段階においては、事後的に責任の軽減を決議する株主総会の特別決議の際に開示されるような情報は、株主には開示されないのである。このように、具体的事案において、株主に情報を開示し、株主の意向をモニターする機会がない点が根本的問題である。更に、責任を報酬の2年分に限定することが問題であることは、前述(第6(2))したとおりである。


要綱は、責任軽減を決議した取締役会後の最初の株主総会において、一定の事実を報告するよう求め、事後の情報開示を規定している。しかしながら、事後開示では取締役の行為をコントロールする力は弱い。前述したとおり、監査役による議案の公正さの担保について問題があることを考えれば、取締役会決議による責任軽減という構成自体が疑問である。


少なくとも、取締役会による責任軽減の適否について、株主が事後的に争い、その結果責任軽減の決議に加わった取締役の責任を問いうるという制度にしなければ、公正さは担保されないであろう。定款の授権があっても、このような取締役の責任軽減の判断を、完全に取締役会の裁量事項としてしまうことには危険が大きすぎるからである。


したがって、要綱の案に対しては反対する。


(2) 監査役の会社に対する損害賠償責任の事前の制限


要綱は、監査役の責任についても、取締役に対する責任の軽減についての手続と同様の手続により、責任軽減がなされると規定しているが、この点について問題のあることは前第5(5)で述べたとおりであり、賛成できない。


第7.株主代表訴訟への補助参加

1.会社は、取締役を被告とする株主代表訴訟の被告を補助するため、監査役の全員の同意(商法特例法上の大会社にあっては、監査役の全員一致による監査役会の同意)を得て、その訴訟に参加することができるものとする。


2.監査役を被告とする株主代表訴訟についても、同様とするものとする。


(1) 被告取締役側への補助参加


要綱は、取締役の責任を追及する株主代表訴訟において、会社が被告取締役側へ補助参加することを認める。


しかしながら、そもそも、所詮同僚の立場の者に「会社」のために独立した立場で公正な判断・行動ができるか疑問がある。


更に、会社に対する責任を追及する訴訟で被告取締役側に参加するという会社にとって自損行為を行うことを許してよいか、それは取締役・監査役の利益相反行為ではないか、会社が有している証拠資料・訴訟資料が、被告取締役側のみに有利に裁判所に提出されることになり、証拠収集上大きなハンデを負っている原告株主側を一層不利にするのではないか、との疑問もある。


他方で、濫用的な代表訴訟や不当な代表訴訟について、会社が被告取締役側に補助参加することが認められてもよいようにも思われる。仮に要綱が、不当訴訟や濫訴の場合を超えて、被告取締役側に補助参加できると考えているのだとすると、それは過度の干渉を認めるものであり不当である。


更に、この問題については、民事訴訟法42条におけるいわゆる「参加の利益」をどのように解釈するかといった補助参加制度との整合性をも考慮に入れなければならない。従来、会社が被告取締役側に補助参加できるか否かについては、裁判例は大きく2つに分かれていた。


・否定例:中部電力株主代表訴訟事件(名古屋高裁平成8年7月11日決定・判例時報1588号145頁)


「訴訟の結果」とは、訴訟の勝敗即ち本案判決の主文で示される訴訟物たる権利又は法律関係の存否を指し、判決理由中で判断される事実の存否についての利害関係では足りないとし、判決主文における判断について、会社と被告役員は利害が相反し対立する関係にあるから、会社が被告役員に補助参加することは認められないとした。


・肯定例:東京商銀信用組合の組員代表訴訟事件(東京高裁平成9年9月2日決定・判例時報1633号140頁)


「当該会社の意思決定(取締役会の決議ないしそれに賛同した行為)そのものの適否が重要な争点として争われる場合に、当該会社が右意思決定を正当とし取締役の責任を否定する立場に立つときは、当該会社は、判決主文との関係では、形式的には原告である株主と利害を共通にするが、実質的には原告である株主とは利害が相反することとなり、むしろ被告たる取締役と利害を共通にするものということができるし、また、判決の理由中の判断ではあっても、当該意思決定を違法と判断されないことにつき、独自の利益を有するものというべきであり、かつ、右判断が当該会社に及ぼす影響の内容、程度によっては、右利益をもって、法律上の利益と評価すべき場合があると考えられる。また、株主代表訴訟は、…株主による会社の業務執行に対する監督是正のための訴訟という側面も有しているところ、本件のように当該会社の意思決定そのものの適否が重要な争点として争われる場合においては、後者の業務執行に対する監督是正の側面が強くなり、会社はいわば株主から監督される隠れた当事者としての立場を有するに至る…株主代表訴訟において自ら会社の意思決定が正当であるとの主張をする機会は一切与えられないとするのは、手続保障の立場から考えると妥当とはいえない。…被告取締役側であっても、会社の参加を認めた方が訴訟資料を適切に法廷に顕出することを可能にすると考えられる。」


本決定は、一般的に会社が被告取締役側に補助参加できることを認めたものではなく、被告取締役側への補助参加を認めても代表訴訟の公正さを妨げない一定の事案について補助参加を認めたものであると解される。


最高裁平成13年1月30日第一小法廷決定は、「取締役会の意思決定が違法であるとして取締役に対して提訴された代表訴訟において、株式会社は、特段の事情がない限り、取締役を補助するため訴訟に参加することが許される」として、補助参加を認めた。


同判決は、「取締役の個人的な権限逸脱行為ではなく,取締役会の意思決定の違法を原因とする,株式会社の取締役に対する損害賠償請求が認められれば,その取締役会の意思決定を前提として形成された株式会社の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがあるというべきであり,株式会社は,取締役の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有するということができるからである。そして,株式会社が株主代表訴訟につき中立的立場を採るか補助参加をするかはそれ自体が取締役の責任にかかわる経営判断の一つであることからすると,補助参加を認めたからといって,株主の利益を害するような補助参加がされ,公正妥当な訴訟運営が損なわれるとまではいえず,それによる著しい訴訟の遅延や複雑化を招くおそれはなく,また,会社側からの訴訟資料,証拠資料の提出が期待され,その結果として審理の充実が図られる利点も認められる。」と判示する。


同判決には、反対意見もあり、補助参加を広く認めすぎるのではないかとの疑問もあるが、少なくとも「特段の事情」の有無の司法判断の余地があり、また取締役会の意思決定以外の場合については、別途の司法判断がされる可能性がある。


会社が補助参加をした方が妥当な場合が仮にあるとした場合にも、この最高裁決定のように補助参加を認めるとすれば、敢えて一律に補助参加を認める商法改正は不要であり、要綱案には賛成できない。


(2) 被告監査役側への補助参加


要綱は、監査役を被告とする代表訴訟についても会社の補助参加を認める旨規定するが、会社の補助参加を監査役が判断する場合には利益相反の問題が生じるので、更に一層要綱案には賛成できない。


第8.株主代表訴訟を提起できる者

取締役又は監査役の会社に対する責任の原因となる行為があることを知って株式を取得した株主(知らなかったことについて過失がある場合を含む)は、株主代表訴訟を提起することができないものとする。


第2次骨子(第8)は、代表訴訟提起につき、いわゆる行為時株主要件をとっていたが、要綱は、現行法における株式保有要件(商法267条1項)を前提としつつ、株主代表訴訟を提起する株主の主観的事情を提訴要件の1つに取り込んでいる。


会社の損害填補という代表訴訟制度の目的からは、会社の現在の損害を回復すべきであって、現在の株主が提訴できるというのが理論的には自然であり、主観的事情は担保提供命令を判断する際の一要素として扱えば十分である。また、提訴株主の主観的要件を考慮すると、当該株主が知っていたかどうかということを別個に判断しなければならないことになり、その認定に手間取ることが予測され、訴訟経済上合理的でなく、代表訴訟を利用しにくくする懸念がある。


また、実体面においても、少なくとも、要綱が、株式取得時に知らなかったことにつき過失がある場合にまで提訴できないとすることは行き過ぎであり、いわゆる濫訴や不当訴訟の場合に限定すれば十分であると考える。


そもそも、従前より、株主代表訴訟制度の本質あるいは制度趣旨から離れた制度の利用にどのように対処するかが、大きな課題であり、制度の濫用に対する司法の対応については、多くの裁判例の蓄積がある。


1. 株主代表訴訟制度の本質・趣旨から離れ、原告株主が不当な個人目的で代表訴訟を提起する場合(濫用事例・濫用的事例)


代表訴訟権の濫用と認められれば訴えは却下される。濫用事例はこれにより対処できると考えられる。


(1) 三井鉱山事件・東京高裁平成元年7月3日判決(金判826号3頁)


「株主が一方では会社の権利の実現をはかるとともに、他方ではその訴訟の提起により自己の名前の広がることを望んでいるとしても、それだけの理由で直ちにその代表訴訟の提起が権利の濫用に当たるということはできない」


(2) 長崎銀行事件・長崎地裁平成3年2月19日判決(判例時報1393号138頁)


「株主が、右のような法の趣旨(注:株主代表訴訟制度の立法趣旨)を離れて、会社の利益ひいては他の株主の利益の犠牲ないしは侵害の下に、株主たる資格とは関係のない純然たる個人的な利益を追求するための取引手段として、その権利を行使するならば、それはもはや株主の権利の濫用であって許されないものといわざるを得ない。」として、はじめて株主代表訴訟で訴権の濫用にあたるとして訴えを却下した。


2.被告取締役が原告株主の訴訟提起が悪意でなされたことを疎明したときに、裁判所は原告に対し相当の担保を提供するよう命じることができる(商267条5項6項・106条2項)。この担保提供制度が、代表訴訟の濫用事例や濫用的事例に対して有効に働いている。


(1) 蛇の目ミシン担保提供申立事件・東京地裁平成6年7月22日決定(判例時報1504号121頁)は、この領域におけるリーディング・ケースであり、以下のように判示した。


「請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予測すべき顕著な事由がある場合、あるいは被告の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合等に、そうした事情を認識しつつあえて訴えを提起したものと認められるときは、『悪意』に基づく提訴として担保提供を命じ得ると解するのが相当である」 この決定は、担保提供の際に要求される「悪意」を訴え提起が不法行為を構成するとされる主観的要件とパラレルに考えている点で正当であり、より広く担保提供を認める態度を明らかにした。


(2) 淺沼組担保提供申立事件・大阪地裁平成8年8月28日決定(判例時報1597号137頁)


この決定は、悪意の意義を「(1)請求に理由がなくそのことを知って訴えを提起した場合、(2)代表訴訟の制度の趣旨を逸脱し、不当な目的を持って訴えを提起した場合をいう」と判断した。


(3) 四国総合開発担保提供申立事件・大阪地裁平成8年11月14日決定(判例時報1597号137頁)


この決定は、悪意の意義を「株主が代表訴訟を不当な個人的利益の追求又は取締役に対する嫌がらせの手段とするなど、株主代表訴訟の提起が株主としての正当な権利ないし利益の確保を目的とするものでない場合」とした。


(2)(3)の決定は、上記蛇の目ミシン事件決定の同一延長線上にあるものと考えられる。


(4) 大和銀行担保提供申立事件・大阪地裁平成9年4月18日決定(判例時報1604号139頁)
(5) 三菱商事担保提供申立事件・東京地裁平成9年5月30日決定(資料版商事法務159号98頁)


以上2つは、上記蛇の目ミシン事件決定と全く同趣旨である。


したがって、以上のように蓄積された裁判例により、濫訴及び不当訴訟に対処すれば十分なのであり、改めて要綱のように、提訴株主に対し主観的要件を課す必要はないと考える。よって、要綱には反対する。


第9.監査役の考慮期間

株主代表訴訟に関し、監査役の考慮期間は、60日とする。


要綱は、監査役の考慮期間を、現行法の30日(商法第267条2項)から60日に伸張している。


要綱は、30日間では監査役にとって調査及び情報収集するには困難であるとの趣旨から、60日に考慮期間を伸張することを提案しているものである。


しかしながら、監査役が取締役に対し、責任追及訴訟を提起しないと決定しても、株主は代表訴訟を提起できるし、株主が提訴した後も、監査役は引続き取締役に対する責任追及を検討し、会社として原告株主側に参加することもできるのである(商法第268条2項)。また、監査役に慎重な検討が要求されるとしても、それが60日で十分かどうかという点が、クリアされる訳はない。


逆に、提訴を待たされる期間が30日から60日に延長される株主にとっては、非常にわずらわしいものとなる。


したがって、考慮期間の伸張は不必要であると考える。


以上