国連人権委員会で「武力紛争下の組織的強姦・性奴隷」に関する決議を求める日本弁護士連合会の意見書

2000(平成12)年3月16日
日本弁護士連合会


第1 日本弁護士連合会の意見

日本弁護士連合会は、国連人権委員会が、国連人権推進擁護小委員会第51会期決議1999/16「武力紛争下の組織的強姦・性奴隷」を確認し、この問題に関し、とりわけ次の内容を含む決議を行うよう求める。


  1. 国家は「その軍隊構成員のすべての行為について責任を負わなければならない」、またこれら法規に違反する行為について国家は、被害を受けた個人に対し、「損害がある場合には賠償責任を負わなければならない」と述べる、陸戦の法規慣例に関する1907年のハーグ第四条約の規定は、これまでも国際慣習法の一部であったこと。
  2. 諸国家に対し、武力紛争下に行われた性暴力で未だ補償救済の行われていない侵害行為について、被害者に損害賠償を与えるべきことを求めること。
  3. 侵害行為に関する国家や個人の権利と義務は、国際法の問題として、時の経過によって消滅しないのみならず、平和条約、平和協定、恩赦、その他如何なる手段によっても消滅させることはできないこと。
  4. 武力紛争下の組織的強姦や性奴隷行為など、戦争犯罪や人道に対する罪をはじめとする国際人道法違反の行為に対しては、権限を持ち適正手続に裏付けられた国際刑事裁判所において適正に処罰されるべきこと。

第2 日本弁護士連合会の意見の理由

1. 武力紛争下の性暴力に関する日弁連の取り組み

日本弁護士連合会は、これまでいわゆる「従軍慰安婦」問題について、数多くの会長声明、提言及び勧告などにおいて、


  1. 旧日本軍の行った「従軍慰安婦」制度は日本政府が国家として責任を負うべきものであること
  2. 「従軍慰安婦」制度の被害者に対しては1907年のハーグ陸戦条約第3条をはじめとする国際人道法のもとで日本政府が法的補償を行うべきこと
  3. これら被害者の損害賠償請求権は戦後の国家間条約によって消滅するものではないこと

を繰り返し表明してきた(添付資料1 「従軍慰安婦」問題に関する日弁連会長声明、提言及び勧告一覧)。


これらの日弁連の意見は、国連人権小委員会に対するテオドア・ファンフォーベン特別報告者の報告書「人権と基本的自由の重大な侵害を受けた被害者の現状回復、賠償および更正を求める権利についての研究」及び国連人権委員会に対するラディカ・クマラスワミ特別報告者の報告書「人権委員会決議1994/45による、女性に対する暴力とその原因及びその結果に関する特別報告者ラディカ・クマラスワミ女史による報告書 朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国及び日本への訪問調査に基づく戦時の軍事的性的奴隷制問題に関する報告書」(1996年1月4日 E/CN.4/1996/53/Add.1)によって、引用されまた確認されてきている。


日弁連は、このような経験の上に立って、国連人権推進擁護小委員会に対するゲイ・マクドゥーガル特別報告者の報告「武力紛争下の組織的強姦、性奴隷及び奴隷類似慣行に関する最終報告」同付属文書「第二次世界大戦中に設立された『慰安所』についての法的責任の分析」(1998年6月22日 E/CN.4/Sub.2/1998/13)及び同小委員会第51会期決議1999/16「武力紛争下の組織的強姦・性奴隷」を歓迎するものである。


2. 武力紛争下の性暴力に対する法的救済の現状

武力紛争下の性暴力に対する法的救済は、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所やルワンダ国際刑事裁判所における性暴力の訴追や処罰、性暴力を体系的に対象犯罪に含むローマ国際刑事裁判所規程の成立、あるいはドイツ連邦共和国での戦後補償立法の存在や米国での連邦拷問被害者保護法・カリフォルニア州強制労働賠償法の存在など、全世界的に法的救済の強化される法的枠組みがつくられつつある。


しかし他方で、カンボジアでの大虐殺やインドネシアにおける華人女性に対する攻撃や東チモールでの独立派住民に対する攻撃など、武力紛争下の性暴力に対する法的救済が実効的に実現されていない状況もある。例えば、日本においては、「従軍慰安婦」問題に対し、日弁連は再三の意見表明を行ってきたにもかかわらず、事態の改善は見られない。日本政府は、「従軍慰安婦」問題の被害者に対し、その所属国家との戦後処理条約によって解決済みであることなどを理由として、被害者に対する法的補償を実施していない。また、これら被害者が原告となった損害賠償請求訴訟において、日本の裁判所は、被害者に対する立法不作為を認めて低額の損害賠償を認めた判決もあるものの(関釜事件山口地裁下関支部判決)、判決を行った全ての訴訟において1907年のハーグ陸戦条約第3条あるいは国際慣習法のもとでの被害者個人の請求権を否定し続けている(フィリビン人性奴隷事件東京地裁判決、オランダ人元捕虜事件東京地裁判決、在日韓国人「従軍慰安婦」事件東京地裁判決)。このため、「従軍慰安婦」問題の被害者に対しては事件後半世紀以上をすぎた現在においても、実効的な救済が与えられないでいる。


3. 武力紛争下の性暴力に関する決議の必要性

以上のような状況の下で、武力紛争下における性暴力に対しては、その被害者の救済と加害行為の防止のために、国連人権委員会が、武力紛争下の性暴力に適用されるべき法理と国際機関及び諸国家の実行すべき措置を明かにして促すために、決議を採択する必要がある。


その決議に際して国連人権委員会は、世界中の武力紛争下の性暴力について調査と法的分析を行っているマクドゥーガル特別報告者の報告及びそれに基づき採択された国連人権推進擁護小委員会決議1999/16が参照されるべきである。


4. 決議に含まれるべき事項

日弁連が、国連人権委員会の決議において、特に含まれるべきと考える事項は次のとおりである。


(1)国家は「その軍隊構成員のすべての行為について責任を負わなければならない」、またこれら法規に違反する行為について国家は、被害を受けた個人に対し、「損害がある場合には賠償責任を負わなければならない」と述べる、陸戦の法規慣例に関する1907年のハーグ第四条約の規定は、これまでも国際慣習法の一部であったこと。


小委員会決議1999/16が、第3項で「人道法、人権法及び刑事法に関して現存する国際的な法的枠組みがいかなる場合にも性暴力と性奴隷制を明白に禁止し犯罪としているというこの研究の結論を、繰り返し、」と述べているように、武力紛争下での性暴力が国際犯罪であり得ることは、すでに国際法上確立された法理である。そして同決議が、前文第一文で「国内的または国際的武力紛争という状況において行われた性暴力や性奴隷行為が、裁判所の管轄権に属する人道に対する罪や戦争犯罪を構成することを明確に認めている、1998年7月17日に国連全権外交官会議で採択されたローマ国際刑事裁判所規程を想起し、」と述べるように、武力紛争下での性暴力が国際刑事裁判所で裁かれるべきことは、大多数の国々がローマ国際刑事裁判所規程に賛成することにより明らかとされている。他方で、刑事裁判のシステムは、被疑者や被告人に対する国際法上認められた適正手続のもとに運営されるべきことが前提条件である。それゆえ、公正な刑事司法を保持しつつ、武力紛争下での性暴力に対する不処罰と人権侵害との連鎖を断ち切るべきであるという国際社会の決意をを、上記(4)の決議において明らかにすべきである。


以上