第10回国連犯罪防止刑事司法会議日弁連報告書

2000年4月10日
日本弁護士連合会


English


はじめに

 私たちは日本における基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする全弁護士を代表する組織として、刑事司法における基本的人権保障に取り組んできた。私たちは、第8回、第9回の国連犯罪防止会議にも代表団を派遣してきた。当連合会は昨年NGOとして国連協議資格を取得した。私たちは、ウィーン宣言の内容を支持し、第10回国連犯罪防止会議が成功することを願って、同会議の議題に即していくつかの意見と提言を述べることとする


Ⅰ 法の支配と刑事司法システムの強化

提言

 「刑事手続の国際化」にあたっては「人権保障の国際化」を視野にいれた検討を行い、国境を越えた組織的犯罪と闘うための対策が人権保障のための制度的保障と両立するように配慮すべきとの観点から、私たちはウィーン宣言案第4項を支持し、「国際的な人権保障の枠組みと両立する方法で、」とのフレーズを挿入することを提案する。


理由

1 刑事手続の国際化という視点

 「犯罪の国際化」とりわけ「組織犯罪の国際化」は、経済活動や人間の移動が世界的規模で行われるのに伴い伝統的な国境の概念が失われ、もはや一国の国家主権によっては対処できない「新たな挑戦」ともいうべき国際的現象であるから、一定の国際条約の下、各国の捜査機関や司法機関が協力し連携して犯罪の抑止にあたるという方向性は正当なものである。日本においては、アメリカ及びイタリアのマフィア勢力の4倍以上にあたる8万余の暴力団勢力が存在し、これが日本の経済社会及び政治に対し重大な悪影響を及ぼし、市民及び企業に日常的な脅威を加えているという現実がある。従って、日弁連は、弁護士会による民事介入暴力対策が、暴力団勢力による市民及び企業の被害者救済及び同種事案の事前防止を目的とする人権救済活動であるとの視点に立って、この20年間、日本における組織的な犯罪集団である「暴力団」による「民事介入暴力」と闘ってきた。日弁連も、こうした立場から、国際組織犯罪防止条約の採択に向けた今回の犯罪防止会議開催の意義を高く評価するものである


 しかし、他方で、国際的な犯罪防止を強調する余り、国際人権自由権規約を始めとする国際人権法が築いてきた個人の人権保障、とりわけ、刑事上の罪に問われた者に認められる手続的保障が危殆に瀕することがありはしないかという危惧を抱いていることも、率直に表明しなければならない。


 国際人権自由権規約など締約国に対し法的拘束力を有する国際条約は、普遍的な人権の価値を国際的に承認するとともに、個人がその人権を実際に享受できるよう法的保障措置を締約国に義務付けている。それゆえ、刑事司法に関わる手続的保障(被疑事実につき告知を受ける権利、無料で通訳を受ける権利、弁護人の援助を受ける権利、黙秘権など)は、今日、各国の法制度の違いを超えて、国際的に共通する「刑事手続における国際人権法」としての性格を有するに至っている。犯罪を国際的な枠組みの中でとらえようとするのであれば、「捜査の国際化」や「犯罪人引渡手続の国際化」はコインの一面であり、その裏側には「人権保障の国際化」が常に伴っていることを想起しなければならない。


 したがって、国家間の協力を議論する場合、「犯罪の国際化」にどう対処するのかという視点ではなく、「人権保障の国際化」をも視野にいれた「刑事手続の国際化」をどう図るかといったより広い視点で議論を尽くすことが要請されていると考える。こうした「刑事手続に関する国際人権法」といった観点からは、たとえば、各国の捜査手続の適法性を担保するためには、適切かつ実効的なシステムとして何が必要でどのように実現するのかが十分に検討されなければならない。


 法の支配という原則は、国際人権法の根幹をなしている原則である。そして、法の支配と人権の尊重とは不即不離の関係にあり、民主的な社会を実現するための車の両輪である。


 国際的な組織犯罪が国際社会にとって大きな脅威であり、その対策が極めて重要であることは事実であるが、そのことを理由に人権の手続的保障を侵害することは許されない。国際社会において、国際組織犯罪防止条約が真に正当性をそなえた「刑事手続に関する国際人権法」の一環として受け入れられるには、いかに困難であっても、人権を保障する方法と犯罪抑止に必要な方法との合理的な調和点が見出されなければならないのである。


2 日本における刑事司法システムの強化

(1)刑事司法改革の動き

 1999年、日本国政府は民間人13名によって構成される「司法制度改革審議会」を内閣に設置し、21世紀における日本の司法のあり方について諮問した。同審議会は、今後2年間にわたり、日本の司法制度の全般につき検証と議論を尽くし、あるべき改革の方向性を提言することとなっている。日弁連もこれに呼応して、国民が利用しやすい司法制度の実現を目指して、市民の視点に立った「司法改革ビジョン」を独自に発表し、同審議会の議論に寄与している。刑事司法の分野では、「国民の期待に応える刑事司法のあり方」の観点から、「人権保障に関する国際的動向も踏まえつつ、新たな時代に対応した捜査・公判手続のあり方」及び「少年事件も視野に入れた被疑者・被告人の公的弁護制度のあり方」が論点として取り上げられ、また、「国民の司法参加」の観点から、陪審・参審制度の導入が議論されることになっている。


(2)規約人権委員会の勧告の持つ意義

 こうした国際的な視点からの制度見直しがなされるに至った背景には、1993年11月4日と1998年11月5日の二度にわたってなされた、規約人権委員会による日本政府報告書に対する審査の最終見解が存在する。1993年のコメントは、日本の刑事司法の最も特徴的な運用である代用監獄における身体拘束を利用した取調べシステムに着目して、日本の刑事司法が国際人権自由権規約の保障する刑事上の手続的権利を完全には遵守していないことに懸念を表明し、その改善を勧告するものであった。しかし、日本政府は、事実上、その勧告に従った改善措置を講じなかったため、1998年の最終見解は、日本の刑事司法の抱える問題点をほぼ網羅的に取り上げ、逐一、問題点に対応した勧告をするに至った。その主要なものは注1の通りである。


(3)勧告の具体化

 日弁連は、日本の刑事司法の一翼を担う当事者であると同時に改革の旗手でもあることから、この勧告を実施するための活動を独自に進めており、そのいくつかは日本政府を巻き込んだ制度化の方向に着実に歩んでいる。そのうち最も重要な動きは、これまで制度として存在しなかった、起訴前の身体を拘束された被疑者に国の費用で弁護人を付する制度(起訴前の国選弁護制度)を新設する構想が、基本的に、法曹三者によって合意されるに至ったことである。これは、日弁連が制度の欠陥を補うため自前の費用で運営していた当番弁護士制度を国家の費用負担により実施しようとするものである。前記改革審議会の論点のうち「被疑者・被告人の公的弁護制度のあり方」も同じ制度の創設を志向するものであるから、勧告が求めた「勾留中の被疑者に助言し援助する国選弁護人」は実現される見通しが立ったといえる


 しかし、すべての問題点につき勧告の実現に向けた動きがあるという訳では ない。日本政府に代用監獄を廃止する動きはないし、日弁連の提案にも関わらず取調過程に録音テープを導入することには消極的である。また、身体を拘束された被疑者と弁護人との接見交通を「捜査の必要」という一方的な捜査機関の判断によって制限できる接見指定制度は、最高裁判所(1999年3月24日判決)の合憲判断によって、実質的に存続が認められた結果になっている。規約人権委員会の弁護人のアクセスに関する勧告の趣旨は、被疑者・被告人の主体性を承認したうえで自己防御権を全うさせる点にあるが、日本の刑事司法の下では、未だ被疑者・被告人の地位は防御の主体ではなく、依然として捜査の客体にとどめ置かれているのである。


(4)国内法の立法動向

 近時の立法例を見れば、日本政府は1988年に国連麻薬及び向精神薬の不正取引に関する条約を批准したのに伴い、従来の捜査手法になかったコントロール・ディリバリーを認める新たな立法をしたほか、1999年8月には、組織犯罪に対処することを理由として、「通信傍受」を認める通信傍受法・組織的犯罪対策法を制定するに至っている。今後、これらの立法の効果及び運用状況が注目される。


 こうした一連の立法は、国際的な組織犯罪に対する国際協力を最大の根拠とするものであるが、その反面において要請される人権保障に対する配慮は必ずしも十分ではない。それ故に、日本国憲法及び国際人権自由権規約の定める適正手続の要請が、今後、なし崩し的に後退させられることのないよう特段の努力が必要である。


 冒頭に述べた日弁連の提言は、こうした我が国の人権状況の危機感を反映したものであるが、同時に国際的にも、犯罪との闘争を考える場合、ともすれば忘れがちな盲点であり、意識的に、常に留意しておかなければならない視点であると考えるので、ウィーン宣言4項においても、「国際的な人権保障の枠組みと両立する方法で、」とのフレーズを挿入することを提案するものである。この提案は、「国際的組織犯罪対策条約案」24条1項及び「人、特に女性・子どもの不正取引議定書案」13条の趣旨にも合致したものである。


Ⅱ 関係公務員とりわけ裁判官に対する人権教育について

提言

1 人権救済と人権教育をともに権限とする国内人権機関の設立を各国で進めることは国連の重要な政策である。ウィーン宣言案12項の政府機関とNGOの間に「国内人権機関」を明記すべきである。


2 裁判官が国際的な人権保障のシステムに習熟するよう、専門的な人権教育プログラムを開発し、実施して行くべきである。このことを明確にするため、ウィーン宣言案20項を「裁判官を含む関係職員に対する人権教育を提供し」と修正することを提案する。


理由

1 総合的な国内人権機関の重要性

 我々はウィーン宣言案20項の国連の人権基準が犯罪とりわけ、国際組織犯罪に対処するために貢献しているという見解を強く支持するものである。


 人権保障を実効性のあるものとするためには、司法機関とは別個に、行政機関からも独立した国内人権機関を設立することが求められている。人権保障のための制度、とりわけ公権力の濫用に対する公的監視システム及び人権救済制度は刑事司法の効果的な運用の不可欠な要素である。


 日本国内には国連パリ原則を満たすような、人権教育と人権救済を権限とする国内人権委員会は存在していない。人権擁護に関する行政は法務省の人権擁護局が所管している。しかし、規約人権委員会は最終見解において法務省の人権擁護委員制度に関して、「人権擁護委員は法務省の監督の下にあり、また、その権限は勧告を発することに厳しく限定されていることから、そのような仕組みに当たらないと考える。」としている(9項)。


 このような機関は人権救済だけでなく、総合的な人権教育の推進のためにも必要不可欠なものである。


2 特定職業従事者に対する人権教育について

 法執行に当たる公務員に対する人権教育は刑事司法における人権侵害の発生を未然に防止する上で極めて重要なものである。


 「人権教育のための国連10年」に関し、国連の行動計画と国内行動計画のいずれにおいても、特定職業従事者に対する人権教育の重要性が強調されている。


 日本の国内行動計画では特定職業従事者に対する人権教育について検察職員、矯正施設、更生保護観察職員、入国管理関係職員、教員・社会教育関係職員、医療関係者、福祉関係職員、海上保安官、労働行政関係職員、消防職員、警察職員、自衛官、公務員、マスメディア関係者などが対象にあげられている。


 しかし、この国内行動計画では、国会議員、裁判官、司法修習生に対する人権教育が抜けている。裁判官に対する人権教育については、規約人権委員会の第4回日本政府報告書審査において出された最終見解32項で、「裁判官に関しては、規約の規定に習熟させるため、裁判官協議会及びセミナーが開催されるべきである。委員会の「一般的意見」及び第一選択議定書による個人通報に対して委員会が表明した「見解」が、裁判官に配付されるべきである。」と、具体的に指摘されている。裁判官に対して規約人権委員会の最終見解は配布されたが、国内行動計画はまだ変更されていない。


 裁判官などの特定職業従事者に対して、関連する人権条約や国際人権基準や国連人権高等弁務官事務所が作成した「プロフェッショナル・トレーニング・マニュアル」などを利用した参加型・体験型の専門的な人権教育を実施していくことは刑事司法の適切な運用に大きな貢献をもたらすであろう。このことをウィーン宣言に明確に盛り込むため、表記の通りの修正を提案する。


Ⅲ 刑事被拘禁者に対する処遇と人権保障

提言

 ウィーン宣言案20項の「刑務所の改革」の重要性などを支持し、刑事拘禁施設における規律秩序と社会復帰のための処遇を両立させるための刑事施設職員のための人権教育を国連の技術援助プログラムを通じて積極的に実施すべきである。


理由

1 概観

 日本はその低い犯罪率によって有名である。10万人当たりの被拘禁者の数も40.3人と低い数字を示している。日本の刑務所には過剰拘禁の問題はない。逃亡や被拘禁者によるスタッフや他の被拘禁者へ暴力の事例も少ない。従って、日本においては被拘禁者は安全に生活ができると考えるかもしれない。他方で、日本の監獄における生活は大変厳しく時には非人道的なものと言える。1997年末における被拘禁者の数は未決既決をあわせて50894人であり、そのうち外国人は3215人である。最も多い犯罪はドラッグであり、次は窃盗である。


2 日本における受刑者に対する処遇の特徴

 分類処遇と累進処遇が受刑者処遇の基本的な特徴である。分類処遇にあたっては、それぞれの受刑者の問題と必要について、調査が行われる。累進処遇のもとでは、受刑者の家族との面会と手紙の数は等級が上がるにつれて増えていくこととなっている。分類の重点は拘禁のセキュリティではなく、初犯か再犯かに置かれている。矯正のための処遇としては刑務作業が重視されている。初犯者のための刑務所を除いて教育活動やカウンセリングなどの活動は不活発である。また、開放刑務所は非常に小規模な農場型のものがあるだけである。外部通勤や外出外泊制度は存在しない。 刑務所における処遇が効果を上げることができるかどうかは職員の熱意と能力にかかっている


3 規律と秩序の過度の強調

 日本の刑務所の特徴は厳しい規律秩序の体制である。日弁連はこれまでに数度に渡って詳細なレポートを規約人権委員会に提出してきた。1998年11月自由権規約委員会は日本政府の報告書を検討し、刑事拘禁制度について注2のように厳しい最終見解を公表した


 このような最終見解は日本の刑事拘禁制度の深刻な問題点を簡潔にまとめたものであり、日弁連とも見解を共通にするものである。日弁連では法務省が1982年に提案した監獄法の改正案(刑事施設法案)に対する対案として国際的な人権基準に適合した刑事処遇法案を対置・提案してきた。法務省案と日弁連案が対立したまま、改正は実現されないまま推移してきた。日弁連ではこの最終見解を受けて緊急に改正を必要とする諸点に絞って1999年末に改正案を提起している。


4 日本の刑務所の最近の変化

 最近の状況の特徴は死刑確定者に対する再審請求中の処刑が行われた(1999年12月)が、これは公正な裁判を受ける権利などの観点から問題である。他方で規律秩序に偏重した規則にはわずかながら改善の兆しが見られる。作業中のわき見や会話の禁止の規則は維持されているが、その違反はただちに懲罰とされるのではなく、警告したのちに継続した場合に懲罰の対象とされるように変更された。また残酷な拘束具として非難が集まっていた革手錠についても禁止はされていないが使用件数が激減している。


5 法務省と日弁連との話し合い

 1999年末に法務省は日弁連に対して受刑者処遇の改善について話し合いを求めてきた。このような公式の話し合いの申し入れは1987年に監獄法の改正のための話し合いが両者の見解の対立のために打ち切られて以来のことである。日弁連ではこの申し入れを受けて積極的に話し合いに応じ、国際人権水準に適合し人間的な処遇を実現するために建設的な提言を行っていく予定である


6 刑務官に対する人権教育プログラムの開発と実施

 国連人権高等弁務官事務所では刑務官に対する人権教育を実施するためのマニュアルを作成中である。このマニュアルを使用した、人権保障と積極的な社会復帰プログラムを内容とする刑務官に対する職員研修を国連の技術援助プログラムの一環として実施することは極めて重要である。


Ⅳ 紛争後の技術援助

提言

ウィーン宣言案9項を支持しこれを補強する観点から次の点を提案する。


1 紛争後の混乱を最小限にくい止めるため、国際機関などによる応急的な技術援助が検討されるべきである。


2 紛争後の自立的な刑事裁判制度の復興に当たっては、裁判・検察制度だけでなく、刑事弁護制度の確立を重視すべきである


理由

1 概観

 犯罪防止会議のディスカッションガイドがパラグラフ17で指摘するように、紛争後の国家再建において「人権と基本的自由の保障に十分に配慮した法と秩序の維持を確実にする刑事裁判制度の復興は最優先事項の一つ」である。刑事裁判制度復興への国際的技術援助には、2段階がある。第一段階は、紛争後の混乱状態のなかでも刑事裁判を実施するための応急措置であり、第二段階は、自立的な制度復興にむけての法曹養成を含めた本格的な措置である。日弁連はカンボジアにおける刑事司法制度の確立支援に取り組んだ経験から次のような提言を行いたい。


2 応急的な裁判制度の実施のための技術的援助

 日弁連は、紛争後の人権と基本的自由の確保のために、応急的な裁判制度を実施、及びそのための人材派遣も含めた技術援助が検討されるべきことを強調したい。


 刑事裁判は国家主権の中核的な作用であり外国ないし外国人が関与することはできるだけ避けられるべきであるが、紛争直後においては、当該国の人的・物的資源だけでは裁判が運用できず、その無秩序状態のもとで人権侵害や犯罪がばっこするといった状態がありうる。このような状態に対処するのが、上記第一段階である。


 たとえば、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)は、人権部門を置き、犯罪防止や人権擁護活動をしようとした。東チモールでも、裁判機能の早期復活が求められている。これらの例の十分な検討が必要である。


3 自立的な刑事裁判復興に向けた技術的援助

 第二段階の自立的な刑事裁判制度復興にむけての本格的な措置について、日弁連は、弁護活動、及び刑事弁護人を含めた法曹養成、法律扶助・国選弁護人制度確立の重要性、さらに弁護士会による国際協力の必要性を強調したい。


 刑事裁判における弁護活動の重要性は、いうまでもない。しかし、ともすれば、裁判所や検察機能の整備に比較して、二の次にされる傾向がある。


 刑事弁護は、第一に、被告人・被疑者の手続的権利を保障し、誤判を防ぐために必須であると同時に、第二に、被告人の更生を援助して、犯罪の再発を防ぐためにも重要な機能を果たすものである。


 したがって、再建復興のための活動の初期の段階から、十分な弁護活動を保障することが必須であり、そのために、法曹要請や法律扶助・国選弁護人制度の確立を期するべきであり、さらに、弁護士会がこのような分野の国際協力に参画する必要がある。


Ⅴ 被害者に対する援助

提言

 我々はウィーン宣言25項を全面的に支持し、犯罪被害者の援助と和解と癒しの司法システムを導入する国際的な行動計画の導入を歓迎する。


理由

 犯罪被害者に対する日本の政府の取り組みには1980年に制定された犯罪被害者等給付金支給法を除いてみるべきものがなかった。同法は死亡や重度の障害が発生している場合に限定されている。


 1985年の「国連被害者人権宣言」が求めているように、被害者に十分な情報が提供され、適切な援助が与えられ、その家族を含めた安全とプライバシーを守るための制度の確立が必要である。また、精神的、身体的、経済的な被害から適切かつ早期に回復できるための援助がなされなければならない。


 二次被害の防止、事件情報の入手、司法手続きへの支援、犯罪者との和解と癒しのプロセスの促進などを定める犯罪被害者基本法の制定が望まれる。また、国際的にもウィーン宣言25項に定められた行動計画の樹立を心から歓迎したい。なお、日弁連は1999年10月、「犯罪被害者に対する総合的支援に関する提言」を発表したが、日本政府は2000年3月、「犯罪被害者保護法案」を閣議決定した。


Ⅵ 女性と刑事司法

提言

1 ウィーン宣言草案10項及び11項に賛同し、その採択を求める。特に、ジェンダーの視点を組み込むことの具体化として、裁判所の構成におけるジェンダーの視点からの配慮、公判手続における被害者や証人の保護などの措置を、国内刑事手続に導入することを各国が検討すべきである。


2 ウィーン宣言草案13項を支持し、女性や子どもに対する暴力や人身売買を根絶するために、国際社会での一層の議論の発展を期待し、各国が効果的な政策を検討することを期待する。


理由

1 国際刑事手続法へのジェンダーの視点の必要性

 1998年7月に採択された国際刑事司法裁判所規程においては、報復や証拠隠滅を防ぐために、被害者や証人の保護のための手厚い規程が設けられた。かかる措置は、特に女性の被害者や証人のプライバシーや精神的平穏が公判手続において保護されることに役立ち、ひいては女性の被害者や証人が犯罪の告発や捜査に協力することを促し、犯罪の防止に役立ちうるものである。同様に、同じく同規程において、裁判所の構成において、裁判官の選任において男女の公平が考慮されることや、女性や子どもに対する暴力に関する専門家を裁判官に含めるべきとされたことも、女性の被害者が犯罪を申告・告発しやすくし、また女性に対する犯罪が公正に処罰されることが期待でき、もって犯罪の防止に役立つと言える。


 このように、国際刑事手続法ともいうべき、国際刑事司法裁判所規程に具体的にジェンダーの視点からの配慮に基づく措置が組み込まれたことに照らし、各国国内刑事手続法においても、同様の措置が導入されることが検討されるべきである。なお、日本における女性と刑事司法に関する実態は、注3のとおりである。


2 女性などに対する人身売買の根絶について

 ウィーン宣言草案13項が述べるとおり、女性の人身売買の根絶に向けては、現在国連国際組織犯罪条約の選択議定書の草案が検討されているところであるが、この問題に関連する国際人権法の強化のための更なる国際社会での議論の発展及び各国の政策の発展を期待する。


注1

1 起訴前勾留(22項)

 「委員会は、規約9条、10条および14条で定められている権利が起訴前の勾留においては次のような点で十分に保障されていないことに深い懸念を有する。起訴前勾留は警察のコントロール下で最大23日間可能であり、被疑者は速やかでかつ効果的な司法的コントロールのもとに置かれず、この23日間の勾留期間中は保釈が認められておらず、取調べの時間および期間を規制する規則が存在せず、勾留中の被疑者に助言し援助する国選弁護人が存在せず、刑事訴訟法39条3項のもとでは弁護人へのアクセスが厳しく制限され、取調べは被疑者の選任した弁護人のもとで行われない。委員会は、規約9条、10条および14条に適合するように日本の起訴前勾留制度を直ちに改革するよう強く勧告する。」


2 代用監獄(23項)

 「委員会は、取調べをしない警察の部署の管理下にあるとはいえ、『代用監獄』が別の機関の管理下にないことに懸念を有する。このことは、規約9条および14条に定められている被拘禁者の権利が侵害される可能性を大きくしかねない。委員会は『代用監獄』制度を規約の要求をすべて満たすものにすべきであるとした第3回定期報告書の審査後の勧告を再度表明する。」


3 自白を取得する取調べの監視および電気的記録(25項)

 「委員会は、刑事裁判における多数の有罪判決が自白に基づいてなされているという事実に、深い懸念を有する。自白が強制的に引き出される可能性を排除するため、委員会は、警察の留置場すなわち代用監獄における被疑者の取調べが厳格に監視され、また電気的な方法により記録されることを強く勧告する。」


4 証拠開示(26項)

 「委員会は、刑事法において、検察官には、その捜査の過程において収集した証拠のうち、公判に提出する予定がないものについてはこれを開示する義務がないこと、および弁護側には手続のいかなる段階においてもそのような証拠資料の開示を求める一般的な権利は認められていないことに懸念を有する。委員会は、規約14条3項の保障に従い、締約国が、その法律と実務において弁護側が関連するあらゆる証拠資料にアクセスすることができるようにして、防御権が阻害されないよう確保することを勧告する。」


注2

1 死刑確定者(21項)

 「委員会は死刑確定囚者の拘禁状態に深刻な懸念を有し続けている。とくに、委員会は、訪問や通信の過度の制限、死刑囚の家族や弁護人への執行の告知がなされていないことは規約に抵触すると理解している。委員会は死刑確定者の拘禁状態を規約の7条、10条1項に従い、人道的なものにすることを改善する。」を勧告した。


2 刑務所制度(27項)

 「委員会は、規約2条3項(a)、同7条、及び同10条の適用について深刻な問題が生じている日本の刑務所制度の諸側面に関し、深い懸念を抱いている。特に、委員会は以下の事項について懸念を有している。


  • a)受刑者が自由に話をしたり、周囲と親交を持つ権利、プライバシーの権利等を含む基本的な権利を制限する苛酷な所内規則
  • b)厳正独居の頻繁な使用を含む苛酷な懲罰手段の使用
  • c)規則違反を犯したとされる受刑者に対する懲罰を決定するについて、公正で開かれた手続の欠如
  • d)刑務官による報復行為に対し、申し立てを行った受刑者に対する保護が不十分であること
  • e)受刑者による申し立てについて調査するための信頼できるシステムの欠如
  • f)残酷で非人間的な取扱いと考えられる革手錠のような保護手段の多用」

注3:女性と刑事司法に関する日本国内の実施状況

1 被害者としての女性
①警察における対応

 近時、政府の取組みは進みつつあるが、今なお、女性の性犯罪女性が強姦その他の性犯罪や夫や恋人からの暴力を告訴したりしても、警察が告訴の受理を渋ったり、被害者の過去の性的経歴などについて興味本位に事情聴取を行う警官がいたり、強姦の被害者からの事情聴取を男性警官が行う場合がある。また、ストーカーの被害に対して真剣に対応しなかったために殺人等の重大な事態に至った例もあった。


②公判段階

 現行制度のもとでは、被害女性の保護のため公判の公開停止・被告人の退廷等がなされない場合が多く、プライバシーを保護するための証拠制限の規定もない。


 法制審議会が本年2月22日答申した犯罪被害者保護のための法整備に間する要綱骨子によれば、強制わいせつ罪、強姦罪等ならびに児童に対する淫行、児童買春の被害者等について、被害者のプライバシーや精神的平穏を保護するためビデオリンク方式による証人尋問及び,証人を被告人から遮蔽、証人への付き添いを認める答申をした。答申を生かした法整備の早期実現が望まれる現状である。


③外国人女性の売春及び少女売春

 ⅰ 外国人女性の売春被害


 1983年の国連社会経済理事会の「人身売買および他人の売春からの搾取の禁止に関する特別報告」では、日本人男性のアジア諸国への買春ツアー、ヤクザによる組織的女性輸入、個室付浴場などが取り上げられた。この現状は、いまだなくなっていない。


 国際的人身売買介在者の中には、フィリピンのマニラコネクション、ヤクザコネクション、タイのチャイニーズシンジケートなどの組織的なものがあり、これは日本の暴力団と強固に結びついているといわれている。これら送り出し国、受け入れ国双方で犯罪組織の監視のもとに置かれた女性が、強制売春の対象にされるのは容易なことであろう。特に、タイの農村漁村の田舎からリクルートされてくる女性の場合、日本では本当は何が待ち受けているのかということをまったく知らされない場合が多い。工員や店員、子守り、メイド等の職業に就くと勧誘され、それを信じてやってくる者も多い。東京のタイ大使館には1991年1年間で3千人、92年には毎月300ないし350人が逃げてきている。


 各国の警察等関連機関による国際的連携により犯罪組織の摘発を徹底する必要がある。


 ⅱ 少女売春


 少女売春の温床の場になっているテレホンクラブ営業の規制や淫行処罰規定を盛り込んだ青少年保護育成条例が制定されているが、テレホンクラブ利用もテレホンクラブを利用した買春等も減少していない。少女売春については、「児童買春、児童ポルノに係る行為の処罰及び児童の保護等に関する法律」が1999年11月から施行されたが、子どもの人権・性的自由の視点にたった運用が必要である。


2 司法制度

①法定刑が低いこと


 強盗罪が「5年以上の懲役」なのに強姦罪は「2年以上の懲役」である。強盗致傷は「7年以上の懲役」なのに、強姦致傷は「3年以上の懲役」である。


 現行日本刑法では女性の性的自由が所有物よりも更に低い地位に置かれており、不合理である。強姦罪等の法定刑は引き上げられるべきである。


②告訴期間の制限がある。


 強姦罪は、被害者の告訴がないと被疑者が訴追されない親告罪であるが、親告罪の告訴期間は6ヶ月しかないため、短すぎて、被害者が告訴の機会を失っている。告訴期間が経過すると被疑者は処罰されなくなる。前記法制審議会が答申したように、告訴期間制限の撤廃を実現すべきである。なお、この点については、2000年3月、日本政府による法案提出の準備が完了した。


③児童への性的虐待に対して、親告罪とされているため処罰が困難である。


 わが国では強姦罪が親告罪となっているため、未成年者が被害者の場合その法定代理人が告訴権者となるが、これは被害者の母親が自分の夫を告訴したり、被害者の両親が自分の血縁者を告訴することを意味する事となり、事実上告訴がされない場合が殆どである。


 現に日本では、近親姦が処罰されることは滅多にない(1999年の強姦罪の検挙件数のうち、被害者が実子・養子が0件、継子が1件であり、猥褻罪では、実子・養子が2件、継子が0件であった。)。これらの欠陥の防止のため、強姦罪を親告罪から外すか、強姦罪とは独立の近親姦処罰規定(これは親告罪としない。)を制定する事が検討されるべきである。


3 処罰規定の運用の問題

①暴力団の関与に対する徹底しない捜査


 わが国の売春関連事犯は、暴力団が介入するケースが多く、暴力団の有力な資金源となっている。1995年の暴力団員の検挙人員267人中、売春防止法違反者が223人(83.5%)である。しかも、従来からデートクラブ等の派遣売春においては受付け用に転送電話や携帯電話を使用した上、受付け場所と売春婦の待機場所を完全に分離したり、短期間に移動するなどし、対取締工作は一段と巧妙化している。


 暴力団が関与している売春事案については、徹底した事件の摘発検挙を実現するためより一層創意工夫を行い、捜査の充実強化に努めることが強く望まれるところである。


 また、「買春許容社会」であるわが国では、まず、このような社会の解消に取り組むべきである。


②暴行・脅迫の認定の不合理


 日本の裁判所では、「強姦罪における暴行・脅迫を認定するためには、反抗を著しく困難にする暴行・脅迫でなければならない」と解釈・運用されている。したがって、被害者が恐怖から抵抗できなかった場合などにまで無罪とする例がある。このことは、女性に命がけの抵抗を要求する事となっており、極めて不合理である。


③被害者の同意の認定の不合理


 性行為について、安易に黙示の合意を認める裁判例があり、被害者の落ち度や、抵抗しなかったことをもって「黙示の合意」とする判決が存在する。裁判所において、性的被害者の対処行動について、分析・研究が進んでいない。


④量刑が低いこと


 強姦罪の量刑は、強盗罪に比べて顕著に低い。これは、戦前の女性が男性の所有物とほぼ同視されていた時代の考え方を今に至るまで引きずっている。「強姦を免れるために金品を提供する被害者が少なくない」という事実や、「強姦されて自殺す被害者はいるが、強盗の被害にあって自殺する被害者はいない」という事実から、強姦罪の方が多く量刑されるべきであるという指摘が一部裁判官からもなされているが、いまもって改められていない(鬼塚判事司法研究報告書17-3=刑の量定の実証的研究(強姦罪)288頁以下)。


4 司法関係者

 わが国では女性に対する暴力事案における被害者からの事情聴取、訴追、相談、救済等に携わる警察、検察、裁判官弁護士等が女性の人権に配慮するよう、ジェンダーの視点からの教育が養成・訓練等において十分なされていない。


 前記のとおり処罰の運用における量刑の引くさや、犯罪の成否にかかわる運用上の不合理は、裁判官のジェンダーの視点が十分でないことを物語るものである。


 夫や恋人による女性に対する暴力についても、警察官、弁護士、裁判官等司法関係者が犯罪扱いをしない実情にある。


5 女性に対する暴力の調査及び政策


 わが国では、初めて女性に対する暴力の実態調査結果が総理府により2000年2月明かになったところである。司法関係者のジェンダーバイヤスに対する調査も全くなされていない。女性に対する暴力の根絶のために、女性に対する暴力を予防と救済するために、政府はジェンダーの視点に経った調査、研究を一層充実させる必要がある。


 又、わが国は「従軍慰安婦」の被害者に対する法的責任を未だ認めていない。「従軍慰安婦」問題は、国家による女性に対する差別及び外国人女性対する差別による暴力である。二度とこのような女性に対する暴力による人権侵害が起きないように、日本政府は「従軍慰安婦」制度の真相究明、被害者に対する被害の回復措置及び歴史教育をなして、国家としての法的責任を果たさなければならない。