行政機関の保有する情報の公開に関する法律施行令に関する意見書

2000年11月
日本弁護士連合会


2001年4月1日から施行される「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(以下「情報公開法」という。)のために「行政機関の保有する情報の公開に関する法律施行令」(以下「施行令」という。)が制定されたが、施行令には情報公開法の規定の趣旨に反するのではないかと思われる規定がある。情報公開法が適正に施行されるためには以下のような解釈ないし改正が必要である。


1. 対象文書が基本的に「決裁文書」になっていることに関して

情報公開請求が実際に可能であるためには、対象情報が保存の対象として管理されていなければならない。このような観点から、情報公開法2条2項において、情報公開請求の対象情報を決裁供覧文書に限定せず組織共用文書とし、意思形成過程情報を極力情報公開請求の対象にしようとした。この見地より施行令を見ると、施行令16条4号に基づく別表第二で規定している保存対象文書は基本的に「決裁文書」となっている。これは立法意図に反するおそれがある。


「決裁文書」について、別表第二の末尾備考では、「行政機関の意思決定の権限を有する者が押印、署名又はこれらに類する行為を行うことにより、その内容を行政機関の意思として決定し、又は確認した行政文書をいう。」と説明している。これからすると、「意思決定の権限を有しない者」が作成した文書や、意思決定の権限を有する者が作成していてもその者の「押印、署名又はこれらに類する行為」がない文書は、原則として保存の対象にならないということである。しかしながら、情報公開法が情報公開の対象文書を極力広げようとした趣旨を踏まえ、「押印、署名」が責任者の対象文書に対する認識行為であることから、「これらに類する行為」については、押印や署名がなくても実際に責任者が職務として目を通すことが行われていればよいと広く解釈すべきである。総務庁の説明も同趣旨であった。


2. 長が必要と認める文書の「必要」の解釈について

保存対象が基本的に「決裁文書」であることの不十分さを補うものとして、「行政機関の長がこれらの行政文書と同程度の保存期間が必要であると認めるもの」(別表第二の一ル、二ト、三チ、四ヘ、五ハ)という規定を設けたものと考えられる。しかし、これでは唯一、長が「必要」と認めるか否かにかかっているということであって、実際には実施機関の職員が「必要」と認めるか否かで決まるということであり、基準がないのと同じである。


この点を補うためには、ここに言う「必要」の内容とは、「これらの行政文書の作成経過における議論の内容を記録した文書など意思形成過程を理解する上で有益と考えられるものなど、これらの行政文書と同程度の保存期間が必要であると認めるもの」と解釈されるべきである。


この点に関連する規定として、別表第二の四ハ、ニがあるが、ハ(「調査又は研究の結果が記録されているもの」)で対象としているのは「結果」だけであり、ニ(「ハに掲げるもののほか、所管行政に係る政策の決定又は遂行上参考とした事項が記録されているもの」)で対象としているのは「参考とした事項が記録されているもの」だけである。いずれも意思形成過程の議論の内容の保存としては不十分である。


3. 文書の保存期間が短いことに対する改正の必要性

薬害エイズ事件や薬害ヤコブ事件などでは、作成時から十数年が経過した後になって重要な資料が日の目を見るに至り、厚生省の当時の対応状況やその問題性を事後的に検証できた。しかし、別表第二を見ると、特に三以下の文書について全体的に保存期間が短過ぎ、上記事件に関する文書は作成時から十数年を経過しているということですべて廃棄されてしまっていたことになる。情報公開法の制定が、却って事後的な検証を困難にするというのは明らかに不合理である。


実施機関の保存文書量が大量になってしまうことを、実施機関が懸念するのは理解できないではない。しかし、わが国で初めて情報公開法を施行するに当たって、どのような文書がどの程度の期間保存されるべきかという問題について実施機関側も利用者側も的確な判断ができるようになっているわけではない。そのような時点においては、まず行政文書の廃棄を慎重にするという姿勢で始めるべきである。


そのような観点から考えると、当面、少なくとも、別表第二の三の文書は10年に、同四の文書は5年に、同五の文書は3年に、同六の文書は1年に、それぞれ保存期間を引き上げるべきである。


4. 不服申立て期間中などの文書保存に関しての解釈運用について

情報公開請求は、物理的に存在する文書に対してのみ行うことができる。東京都においては、1996年(平成8年)に一部非公開決定後不服申立て期間中に文書管理規程に基づいて対象文書を廃棄するという事件が起こっており(判例時報1636号41頁以下)、大分県においても、1998年(平成10年)に非公開処分後の提訴期間中に対象文書を廃棄するという事件が起こっている(大分地方裁判所平成一〇年(行ウ)第二号事件)。情報公開請求後、文書保存期間が経過したとき、対象文書は廃棄されてしまうのかという問題がある。


施行令16条6項ニでは、公開・非公開等の決定があった日の翌日から起算して1年間は保存するものとしている。その後、不服申立て手続中や取消訴訟手続中に上記決定から1年が経過した場合に関連して、施行令16条6号ロ、ハの規定がある。


現に係属している訴訟における手続上の行為をするために必要とされるもの 当該訴訟が終結するまでの間」では、保存期間を延長する文書は「訴訟における手続上の行為をするために必要とされるもの


であるから、訴訟の攻撃防御に必要な文書を指しているように読めるが、総務庁の説明では、訴訟の対象となっている文書も当然これに含まれるとのことであった。したがって、右規定の解釈論として、「取消訴訟の対象となっているもの」も「必要とされるもの」に含まれると解釈・運用されるべきである。


現に係属している不服申立てにおける手続上の行為をするために必要とされるもの 当該不服申立てに対する裁決又は決定の日の翌日から起算して一年間」でも、保存期間を延長する文書は、「不服申立てにおける手続上の行為をするために必要とされるもの


とされていることから、ロと同じ問題がある。総務庁の説明では、不服申立ての対象となっている文書も当然これに含まれるとのことであった。したがって、ここでも「不服申立ての対象となっているもの」は、「必要とされるもの」に含まれると解釈・運用されるべきである。


5. 保存期間の延長に関して

情報の長期保存の重要性は、常に別表第二に対応する行政文書の分類に対応するとは限らない。内容によっては、別表第二に規定されている期間経過後も保存すべき場合があり得る。施行令では、この点に関して、「職務の遂行上必要があると認めるときは」一定の期間を定めて当該保存期間を延長するとしている(16条7項)。問題は「職務の遂行上必要があると認めるとき」をどのように解すべきかということであるが、情報公開法の趣旨からすれば、行政実務の便宜という観点よりも行政の説明責任という観点こそが重視されるべきであり、「職務の遂行上必要がある」か否かの判断に当たっては、国民にとって重大な利害関係ないし重大な利害関心があるものか否かということが重視されるべきである。