弁護士報酬の敗訴者負担制度に関する決議

2000(平成12)年10月18日
日本弁護士連合会理事会


決議の趣旨

当連合会は、司法制度改革審議会に対し、弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度の導入を提言することのないよう強く要望する。


決議の理由

1.司法制度改革審議会においては、そのテーマのひとつとして、「『国民が利用しやすい司法の実現』及び『国民の期待に応える民事司法の在り方』について」の検討が行われ、その中で弁護士報酬の敗訴者負担制度問題が取り上げられている。


2.この問題について、当連合会は、2000年6月13日付けで「『国民が利用しやすい司法の実現』及び『国民の期待に応える民事司法の在り方』について」と題する書面を司法制度改革審議会に提出し、同日開催の第22回審議会において、平山正剛当連合会副会長が、さらに8月29日開催の第28回審議会において、久保井一匡当連合会会長がそれぞれ意見を表明している。


3.司法制度改革審議会においては、6月27日及び7月11日開催の審議において、弁護士報酬の敗訴者負担制度についての「対応の方向」として、以下の通りの取りまめがなされている。


  1. 弁護士報酬の敗訴者負担制度は、弁護士報酬の高さから訴訟に踏み切れなかった当事者が訴訟を利用しやすくなることなどから、基本的に導入する方向で考えることに大方の意見の一致をみた。
  2. しかし、同時に、敗訴者に負担させる金額は、勝訴者がその弁護士に支払った報酬額と同額ではなく、その一部に相当しかつ当事者に予測可能な合理的な金額とすべきこと、および労働訴訟・少額訴訟など敗訴者負担制度が不当に訴えの提起を萎縮させるおそれのある一定種類の訴訟は、その例外とすべきことに異論がなかった。
  3. 要検討事項
    1. 敗訴者に負担させるべき弁護士費用額の定め方
    2. 敗訴者負担の例外とすべき訴訟の範囲および例外的取扱いの在り方

4.当連合会は、前記の通り、司法制度改革審議会に対し意見を述べてきたところであるが、以下の理由から、一般的(双方向的)な敗訴者負担制度の導入には強く反対するものである。


  1. 我が国においては、当初から勝敗がはっきりしている事件は多くなく、むしろ勝敗がはっきりしない事件が多いのが実情であり、一般的な敗訴者負担制度が導入されれば、二重の弁護士報酬の負担に耐えるだけの経済力のない市民や企業を裁判から遠ざけ、訴訟提起を躊躇、萎縮させるという効果をもたらすことになる。我が国の裁判の実情は、先進国の中でアメリカは例外としても、ドイツ、フランスに比べても紛争の中で訴訟提起にまで及ぶ事件数が非常に少ない。そのような状況の中で、訴訟提起の萎縮効果をもたらすおそれのあるような制度を設けることは時期尚早である。
  2. また、消費者の権利確立に関する訴訟、公害訴訟、国・地方自治体の責任を問う訴訟等いわゆる「政策形成訴訟」ともよばれる分野において、幾多の敗訴判決を重ねた末にようやく勝訴を勝ち取り、法令の改正や政策の変更がなされるに至っていることが多くあり、このような訴訟は一般的な敗訴者負担制度のもとでは窒息せざるを得ない。
  3. 訴訟提起前においては、敗訴の場合の相手方の弁護士報酬負担への懸念から、本来可能な主張もすることなく、不当な請求に応じてしまうおそれがある。訴訟提起後においては、敗訴の場合のペナルティが大きくなるため、意に反する和解を受け入れざるを得なくなるおそれがある。
  4. 訴訟を提起する場合だけでなく、応訴する場合においても、正当に争えば勝訴(請求棄却)の見込みがあっても、争って負けたときは相手の弁護士報酬も負担しなければならないということでは、応訴することをためらい、相手の請求を受け入れてしまうことになりかねない。
  5. 基本的には、日本社会の法化や契約の書面化が一般的となり証拠が得やすく、証拠開示制度の実現、証拠収集制度の拡充・拡大や立証責任分配の適正化等の民事訴訟の改革が進展し、全体として、裁判の利用が普及した段階になればともかく、現時点では、原則的に弁護士報酬は各当事者が支払うという制度が日本の実情に適するものである。

5.以上の通り、弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度は導入すべきでないが、消費者訴訟、労働訴訟、公害訴訟、薬害訴訟、行政訴訟、国家賠償訴訟等に限っては例外的に、裁判の利用を促進し支援するため、片面的敗訴者負担制度の導入が図られるべきである。


6.司法制度改革審議会は、敗訴者負担制度問題も含め審議事項について、本年11月に中間報告を、さらに2001年7月までには、最終報告を行う予定とされている。一般的な敗訴者負担制度については、上記の通り訴訟提起を躊躇・萎縮させるおそれのある制度であること、またその他のさまざまな問題点が指摘されており、その解決・改革がなされることなく、拙速に導入を図ることは、国民の司法へのアクセスを現状より困難にすることになり、国民の裁判を受ける権利の保障の観点から極めて不適切である。


よって、当連合会は、司法制度改革審議会に対し、弁護士報酬の一般的な敗訴者負担制度の導入を提言することのないよう強く要望する。