「犯罪被害給付制度に関する中間提言」に関する意見書

2000年9月
日本弁護士連合会


第1 はじめに

犯罪被害者支援に関する検討会(以下検討会という)は平成12年8月10日『犯罪被害給付制度に関する中間提言』(以下中間提言という)を発表した。


その内容は現行の犯罪被害者等給付金支給法(以下犯給法という)に基づく給付金制度(以下犯給制度という)を支給範囲及び支給金額等においてかなり大幅に改正する提言を含んでおり注目に値するものである。


ところで、犯給制度については、一定の役割を果たしているものの、犯罪被害者や社会の要請から見れば極めて不十分であり、また、諸外国の制度と比較してみても見劣りするものであることは否めない。


このため、犯罪被害者に対する抜本的で総合的な経済的支援を求める声は犯罪被害者だけでなく国民の間においても年々高まっている。


平成12年5月に成立したいわゆる「犯罪被害者保護二法」では、衆参両院において犯罪被害給付制度の拡充に努める旨の付帯決議が採択された。


日本弁護士連合会(以下日弁連という)は、平成9年4月18日に犯罪被害回復制度等検討協議会を設置して犯罪被害の回復に関する諸施策を総合的に検討した。そして、平成11年10月22日「犯罪被害者に対する総合的支援に関する提言」を発表し、そのなかで「犯罪被害者基本法要綱案」を提案したものである。 


この中で示した日弁連としての犯罪被害者の経済的支援に関する基本的立場は、犯罪被害者の意向を十分踏まえた上で、抜本的且つ総合的に行うべきであるとするものであって、今後ともこの基本方針に基づく調査検討を継続し、あるべき経済的支援策を提言していく方針である。


今回発表された検討会の中間提言は、日弁連が提言したような抜本的で総合的な経済的支援策とは言い得ない。


それは、あくまでも現行犯給法のもとでの、部分的な改正を求めるものである。


しかしながら、その内容は上記のように支給範囲の拡大及び支給金額の増額等が示され、現行制度を大幅に改正しようとするものであって、犯罪被害者の経済的支援に一歩前進をもたらすものであることは確かである。


そこで、日弁連としては、当面行われようとしているこのような犯給法の改正作業においても、できる限り犯罪被害者の要請に応えうるものを実現するために、検討会の中間提言及びこれに関連する犯給制度の改善について以下の通り意見を述べる次第である。


第2 中間提言について

1. 総括的意見

(1) 中間提言によれば、支給範囲を拡大し支給金額を引き上げるべきことが提言されている。そして、支給範囲については、現行法が死亡又は重障害に限定しているのに対し、障害給付金の支給範囲を障害等級14級にまで拡大すべきものとし、これに加えて、重傷病に対する給付金を創設することを提言した。これは、犯給法施行以来つとに指摘されてきた点を大きく改善しようとするものであり、被害者の経済的支援を大きく前進させるものである。


また、支給金額についても、算定のための給付基礎額及び倍数について現在の賃金水準等に基づいて見直しを求めるものであり、十分首肯し得るものである。


(2)しかしながら、中間提言は、犯給制度について「重大な犯罪被害者に対して連帯共助の精神に基づき給付金が支給されるものであり、また、その給付される内容は損害のすべてを補填するものではない」との前提に立つものであり、給付金の受領を犯罪被害者の権利として認めるものではない。


このために、提言には一定の限界があり、必ずしも犯罪被害者及び国民の要請に十分応えるものとは言い難いところがある。日弁連では、「犯罪被害者に対する総合的支援に関する提言」において、犯罪被害者に対する支援、被害回復並びに社会復帰の実現について、これを権利として明確にすべきことを提言し、被害回復についても、次の2点を基本とすべきであるとした。


  1. 犯罪被害者が、速やか且つ容易に損害賠償請求等を行うことを可能とすること。
  2. 犯罪被害者が、十分な被害の補償を受けるための制度を整備すること。

そこで、日弁連としては、中間提言及びこれに関連する留意点、さらには中間提言に言及されていない事項についても、できる限り、上記の基本的立場を考慮しながら意見を述べることとしたい。


なお、検討会は中間提言を発表した後においても、中間提言において言及した部分以外の実務上運用改善すべき事項や、中長期的に法制度上検討を要する事項について継続審議し、最終提言に盛り込むことを予定するとのことであるので、これらの点についても十分検討されるよう要望する。


2. 個別事項に関する意見
(1) 障害給付金の支給対象の拡大について
意見

心的外傷による障害についても、支給対象とすることを障害等級の内容に明記するべきである。


理由

これについては、犯給法施行令により、第4級の精神障害として支給の対象とされるに至ったが、実際の適用上の判断の困難さ及び解釈による拡大運用であるための限界が指摘されている(犯罪被害者支援の基礎201頁及び227頁の奥村正雄教授の指摘)。


また、第4級に該当する事例に限らず、犯罪被害者の被る精神的被害は極めて重大である。


そこで、支給対象を5級~14級まで拡大することに伴って、精神的被害についても重傷から軽傷にいたるまで、その程度に応じて各等級において心的外傷による障害を明文をもって規定するべきである。


(2) 重傷病に対する給付金の創設について
A. 要件について
意見

「全治1ヶ月以上の治療を要するもの」との要件で十分である。


「一定日数(おおむね2週間程度)の入院」という要件は反対である。


理由

交通事故では「交通事故証明」及び「医師の診断書」によって給付が開始され、また労災保険においても保険給付の申請書と診断書により給付が開始されるのであって、いずれも入院は要件にされていないのであるから、犯罪被害者についてだけ入院要件をもうける必要はない。


全治一ヶ月以上の重傷という絞りだけで十分である。


もしこのような要件に固執すれば、強姦や強制わいせつなど外傷は軽いのに心的外傷は重いという被害について、入院の経過がないとして犯給制度の支給対象からはずされてしまうこととなる。


B. 給付内容について
意見

「保険診療による医療費の自己負担部分に相当する部分」だけでは不十分である。


まず、医療費については、現実に支出を余儀なくされた医療関係の費用(例えば、家族の付添看護費、装具、衛生用品、栄養費など)を全額給付内容とするべきである。


同様に、心的外傷を受けた場合におけるカウンセリングの費用を給付内容に加えるべきである。


さらに、重傷病により賃金等の収入を得られない被害者については、休業補償給付をするべきである。


理由

医療関係の費用は純粋に治療費だけではない。重傷の場合、治療費以外の費用でも決して無視できないような金額が、犯罪被害者の負担となっている。従って、医療費については、家族の付き添い看護費用、装具、衛生用品、栄養費など被害者が支出した医療に関係する全ての費用を給付内容とするべきである。


また、犯罪被害者の精神的被害の回復において、カウンセリングは極めて重要な役割を果たしているので、資格を有する専門家によるカウンセリングの費用は給付の内容にするべきである。


つぎに、重傷病の場合には休業による無収入により、生活の困窮に陥る場合があるので休業補償給付が必要である。


労災の場合には、休業補償給付がなされる上、労働基準法あるいは労働協約によって解雇制限が定められており、休業によって直ちに生活困窮に陥ることはない。


これを犯罪被害者の場合についてみてみると、労基法第26条によって「使用者の責めに帰すべき事由による休業」以外の休業には賃金請求権が認められていないため無収入となる。労災による被害とは比べものにならないくらいに深刻なのであるから、休業補償給付の必要性はより高いものである。


C. 給付期間について
意見

給付期間を3か月程度の期間を目安とすることについては、これを一律に定めるべきではなく、現実に療養あるいはカウンセリングに要した期間に応じて給付するべきである。


理由

中間提言では、給付期間を3ヶ月程度とすることの根拠として、警察庁が平成12年に実施した犯罪被害者の実態調査結果によれば、3か月未満で治癒したものが7割を超え、3か月未満で退院できたものも8割を超えることをあげている。


しかし、仮に警察庁の実態調査結果のとおりだったとしても、3か月以内に治癒し得なかった被害者を切り捨てる理由とはならないはずである。


一律に3か月という給付期間に限定してしまうのでは、長期間の治療を要する重傷病の場合に治療途中で医療関係の給付をうち切られてしまうこととなる。


また、前記のとおり心的外傷のカウンセリングでは、一旦症状が好転した後再び悪化するなど一進一退を繰り返すことも予想され、3か月に限定することにそぐわない重大な被害もある。


従って、給付期間については、できる限り被害者の実状にあわせ、現実に医療あるいはカウンセリングに要した期間に応じて給付するべきである。


D. 他の給付との関係について
意見

障害給付金が支給される場合にも、重傷病の給付金が支給されることとする制度には賛成である。


E. その他について
意見

支給手続の簡便化及び支給の迅速性確保のための行政の側の必要な態勢の確保の指摘についても賛成である。


仮給付制度を改正し、重傷病給付金の迅速な支給を図るべきである。


そこで、この際、担当機関、裁定機関のあり方についても諸外国の例を参考に検討するべきである。


理由

支給手続の簡便化については、生活保護あるいは労災保険のように、医療機関からの直接の請求方式を採用することも簡便化に極めて有効なものである。


また、早期に犯罪被害者を認定し、治療費を仮給付で支払えるようにするため犯罪被害者証明書等を医療機関に提示して直接治療費を支払えるようにする方法も一案である。


担当機関、裁定機関については、中間提言添付の「主要国における犯罪被害者に対する経済的支援制度一覧」によれば、いずれも補償に関する専門の公益法人、委員会を設置するかあるいは社会保障に関係する行政庁が担当となっている。


日本の場合、今後予想される申請数の増加、給付内容の複雑化及び増大に現在の態勢では応じきれないおそれが生じるならば、やはり、先進諸外国の例に学んで、犯罪被害者補償専門の態勢を整えるべきである。


第3 中間提言外の改正点の提言

1. 税務裁判手続に必要な主要な能力
意見

(1) 前記のように休業補償についても給付の内容とするべきである。


(2) 介護費用を給付内容に加えるべきである。


理由

重傷病による給付の期間中においてもまた障害給付の対象となる後遺障害の認定を受けた後においても、介護の必要な重大な被害を受けている被害者がある。


専門の介護者を頼めばかなりの金額の費用がかかり、そうでない場合には家族が犠牲となって介護をしているのが実状である。


従って、医療関係の費用と共に介護の費用はどうしても給付内容に加えるべきである。


ちなみに、労災保険では前掲の1級3号には「常に介護を要するもの」との要件がまた2級2の2号には「随時介護を要するもの」との要件がそれぞれ定められており、介護補償給付の対象とされている。


現行犯給制度では、1級3号に「常に介護を要するもの」、3級3号に「終身労務に服することができないもの」(労災等級の3級3号該当)、4級4号に「特に軽易な労務以外の労務に服することができないものであって、日常生活に著しい制限を受けるもの」(労災等級の5級1の2号該当)、との要件が定められている。


従って、労災保険の等級表と若干定め方が異なるが、介護を要するものについて介護費用を給付することは可能である。


また、「警察官の職務に協力援助した者の災害給付に関する法律」で介護給付が定められていることも参考となる。


意見

(3) 逸失利益、慰謝料についても自賠責保険程度までは補償の対象とするべきである。


理由

前記のように労働災害の場合には労災保険による休業の補償に加えて、雇用関係の維持について労働基準法あるいは労働協約上の解雇制限がなされている場合が少なくない。また、症状の程度に応じた部分的就労、段階的職場復帰の制度がある場合もある。


ところが、犯罪被害者の場合には、このような補償は法制度上存在しない。専ら、使用者の善意に頼るのみである。


しかし、休業が長期にわたりさらに後遺障害が重大であれば失職は確実である。その後の補償は一切ない。


従って、重傷病による休業補償給付に加えて、自賠責保険なみに後遺障害等級に沿った逸失利益の加算を検討するべきである。


また、自賠責保険では慰謝料についても支給対象となっているのであるから、犯罪被害者の場合にもせめて自賠責保険程度のものを給付内容に加えるべきことを検討するべきである。


意見

(4)被害者本人の心的外傷だけでなく、他方配偶者(はこれに準じる者)、親、子の心的外傷も対象にするべきである。


理由

配偶者等が死亡などの極めて重大な被害を受けることによって配偶者、子、親が心的外傷を受けることは極めて深刻であるとの報告もなされている。これらのカウンセリング費用も支給すべきである。


2. 支給範囲の拡大について
(1) 過失犯による犯罪被害者について
意見

過失犯による犯罪被害者も支給対象とするべきである。


理由

現行の犯給法によれば、過失犯による被害は支給対象から除外されている(同法2条1項)。


これは、立法の経緯によるところが大きいといわれている。


また、犯給制度が、被害者の経済的打撃のほか精神的打撃を緩和するためのものであるので区別に合理性があるとの指摘もある。


この指摘は、つまるところ犯給制度が被害者の権利と言うよりも、むしろ被害者に対して金銭給付をすることにより法秩序に対する信頼を回復することを企図したことによるものと推測される。


しかし、犯給制度が被害者の被害回復を目的とする制度である以上、過失犯を除外する理由はない。犯罪行為によって自己の生命身体又は精神に被害を受け、損害を生じたものであって、このような損害を回復されるべきことにおいては犯罪行為が故意か過失かで何ら異ならないからである。


また、同じ犯罪行為である交通事故については自賠責により被害回復がなされる以上、それ以外の過失犯だけ除外される理由はないからである。


(2) 外国人について
意見

日本国内において住所を有しない外国人も支給対象とされるべきである。


理由

現行の犯給法によれば、「日本国籍を有せず、且つ、日本国内に住所を有しない者」は支給対象から除外されている(同法3条)。しかし、日本国内で犯罪被害を受けた者が、外国人であっても最小限の補償を必要としていることにはかわりがない。また、国際化が進む中で外国人を除外すべきではない。


(3) 支給対象者の拡大について
意見

1ヶ月未満の傷病者についても、暫時支給対象を拡大すべきである。


理由

犯罪被害者の被害は、症状の程度如何に関わらず、社会全体で負担すべきものである。可能な限り、支給対象者は拡大すべきである。


3. 支給制限について
(1) 犯給法第6条第1号について
意見

犯給法第6条第1号(親族関係要件)及びこれを受けた同施行規則第2条ついては削除すべきである。


理由

被害者と加害者との間に一定の親族関係があることだけをもって支給の制限を行うことは合理的ではない。


家庭内暴力による悲惨な被害や親族間における性暴力が深刻な被害(ドメスティックバイオレンス等)をもたらしている実状に鑑みれば、このような被害者に対する経済的支援の道を狭めるべきではないからである。


支給対象としての適否の問題として考えるならば、一定の親族関係他の事情が付加された場合、これにより支給を制限すべき場合がありうるが、この場合には犯給法第6条第3号(「社会通念上適切でない」との要件)の一要素として検討すべきであり、且つ、それで十分である。


(2) 同条第2号について
意見

同条第2号については、この制限の適用は十分慎重に行うべきである。そして、この点に関し、犯給法施行規則第3条ないし第5条による支給制限については、単に被害者の行為を認定するだけでなく、実質的に見て、給付金の支給が「社会通念上適切でない」ものか否かを踏まえて検討するべきである。


理由

もともと犯給法は、いわゆる通り魔的な犯罪により生命身体に対して被害を受けた者を救済することを企図したものであった。このため、生命身体に対する犯罪被害を受けた者であっても、被害者が、加害者や加害行為について一定の関係を有する場合、広く支給制限がなされている。


しかし、犯罪行為の多くは身近な人間関係の中から発生するのであり、また、そうでない場合でも、犯罪行為は何らかの接点を前提として発生することも少なくないのである。


そして、このような場合であっても、被害者の経済的支援が必要な場合が多く存在するからである


(3) 同条第3号について
意見

同条第3号(社会通念上不適切な要件)による支給制限の運用については、慎重に行うべきである。この点に関連して、犯給法施行規則第6条を削除すべきである。


理由

犯給法施行規則第6条は、「犯罪行為が行われた時において、被害者等と加害者との間に密接な関係があったとき」は、支給を制限するものとする。


しかし、例えば親族間以外のドメスティックバイオレンスやストーカーによる大きな被害が存在する実状に鑑み、このような類型規定による支給制限を行うべきではない。


4. 損害賠償との関係について
意見

犯給法第8条による支給制限については、損害賠償として受けた金額と給付金の額が犯罪被害による損害を超過した場合、その限度において支給を制限するものとすべきである。


理由

犯給法第8条によれば、「犯罪被害を原因として被害者又は遺族が損害賠償を受けたときは、その価額の限度において、犯罪被害者等給付金を支給しない。」ものとされている。


しかし、例えば、被害者が合計1000万円の経済的損失を受けた場合において、犯給法で200万円が支給されたとされたとき、更に加害者から300万円の被害弁償を受けると、被害者は200万円の給付金を返還せざるをえなくなり、結局700万円について被害回復がなされないままである。


これでは、被害回復が十分になされないだけでなく加害者の交渉の努力が無駄になる。


被害弁償による支給制限は、二重取りを回避すればそれで十分である。


5. 仮給付制度について
意見

仮給付制度については、その適用範囲を拡大し、犯罪被害発生後早期に給付が行われるよう改善すべきである。


理由

犯給法によれば、「公安委員会は、第10条第1項の申請があった場合において、犯罪行為の加害者を知ることができず、又は被害者の障害の程度が明らかでない等当該犯罪被害にかかる事実関係に関し、速やかに前条第1項の裁定をすることができない事情があるとき」に仮給付ができるものとする(第12条第1項)。


しかし、ほとんど仮給付制度が機能していない状況である。


そして、今回提言されている重傷病給付の支給を効果的に行うためには、犯罪被害者が大きな経済的負担を強いられる犯罪被害当初の医療費等の支出について簡便に利用できるようにすべきである。


また、犯罪被害者等給付金支給法施行令第6条によれば、仮給付の金額は、給付すべき金額の3分の1に相当する額とされている。


しかし、重傷病給付が休業補償等にも拡大された場合及び治療費については、必要性が極めて高いので、全額仮給付を行うべきである。


6. 裁定申請期間及び時効期間について
意見

裁定申請期間は、当該犯罪被害の発生を知り、かつ、損害が確定した日から3年又は当該犯罪被害が発生した日から20年とし、時効期間は3年とすべきである。


理由

犯給法による給付金は、被害者にとっては、損害の補填に他ならないものであるから、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効と同一にするのが妥当である。